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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第94話 覚醒の『赤』

前回のあらすじ

禍炎の寵児が仲間になった!

「まずは戦闘訓練が必要ですかね」


 本当に豪勢だった食事を終えて。スピネルがそう言うと、納得の表情をしたのはアルとルビアだけで、他は皆きょとんと首をひねっている。

 そして当人に至っては、


「――誰の?」

 などと訊いてくる始末だ。


「貴女のですよ、ダリア」


 スピネルにこの言葉に、ダリアはあからさまにムッとした表情を見せ、代わりに、というわけでもないだろうが、口を開いたのはルッチだった。


「――え、でも禍炎の寵児、なんだろ?」

 今更訓練なんて必要なのか、との問いかけに、間髪入れずに応じる。

「そうですね。禍炎の寵児と呼ばれ、恐れられています」


「あ。」アビーも思い至ったようで「なるほど、必要ですね」と頷く。


「あたしは……!」

 食って掛かろうとしたダリアの頭に、ぽん、とアルが手を乗せた。

「手加減の練習、って言い直したら納得できるか? 行く先々で火事を起こしてたんじゃあ、あっという間にお尋ね者だ。またルッチが悲鳴上げることになる」


 うー、と不満そうにうなってはいるが、さすがに反論はできないようで、文句が出てくることはなかった。




 訓練相手は考えるまでもなく道中の魔霊ということになった。此処ガーネット連邦国での魔霊との遭遇率は、幸い旅人に行き会う確率よりも遥かに高い。

 それを幸いと言ってしまえるのだ、この面子だと。


 むしろ町を出る……というか、家を出る時の方が問題で、宿賃は要らないという中年女性と、そのような施しを受けるいわれはないとするルビアとの間でひと悶着あった。

 結局ダリア分だけは支払い不要ということで落ち着いたのだが、他者にも自身にもひどく潔癖なルビアには呆れを感じたものだった。


 町を出て、いくらも行かぬ内に、隣で幌馬車を走らせていたアルが手を上げた。同乗しているルビアが魔霊の接近を感知したらしい。随分早いな、と思いつつも、スピネルも馬車を止めた。

 あちらの幌馬車にはあと、訓練を受ける立場のダリアが乗っている。ルビアがそちら側なのは、訓練の補佐を行うためだという。


「なぁルビア、湖まで行った時、ハルが言ってたことって覚えてるか?」そう問うたアルに、

「一言一句違えずに」などと即答して軽く彼をヒかせていたが。


 スピネルが担当する側の馬車内には、残る3名が籠って……談笑していたりする。図太くなったというかなんというか。

 それでもきっちり耐火の防衛機構は起動しているのだから、スピネルとしても文句を言うほどのことではない。


「ルビア?」「総数3」「ならまずは数を減らしとくか。紅蓮。」


 打てば響く、とはこのことか。最低限にも足らぬような言葉と視線で、状況の確認と対応を行うふたりの連携は完璧で、スピネルが前に出る必要は無い。不測の事態に備えて、後詰に回るのみだ。

 ちなみに防火用に空気の断層を作っているため外の音は聞こえないので、スピネルは唇を読んでアルたちの状況を確認している。


「ダリア、貴女のあかは、アル君のそれよりも透明度が高いですね。私にはウィル君のように銘を刻むことはできませんが、貴女の火が聖なるものであるならば、魔を祓うちからは在って自明です」


 ルビアが彼女の魂の色彩について言及しているのを読みながら、スピネルは自身の色彩に思いをはせていた。赤にしては火の扱いが巧いとはいえず、戦う手段を剣に求めた彼は、鋼色の真似をする赤――赤鋼しゃっこうなどと陰口をたたかれたものだ。

 メアリーを護れさえすればそれで良い。そう納得できるようになるのには、相応の時間が必要だった。完全に納得できたのはルビアとアルに出会ってからだが。


 3体の魔霊の存在が、見えないまでもスピネルにも知覚できる距離に至った時、『不測の事態』は起こった。


 ぞわり、と。肌が不吉の気配を感じる。何か、とてつもなく巨大でおぞましいモノが何処かで蠢いた、そんな感覚があり、スピネルが動揺する馬をなだめていると、それ・・は起こった。


 黒煙が、地中から湧き出すように立ち昇る。


「父さん……」

 と、蒼白になったダリアがアルの腕を摑んだ。或いは縋ったのを、状況把握に努めるスピネルは視界の隅に捉えていた。さすがに唇を読む余裕は無いが、顔色からおおよその予想はつく。

 あの禍炎の寵児が、まるで幼子のように怯えていた。

「ヤダ……これ、ヤダよ……」


 ぽん、とアルは軽い調子でその頭に手を乗せた。その落ち着いた態度に、この事態を知っている――少なくとも心当たりはあるのかと、スピネルは彼の唇の動きに集中した。


「大丈夫だ。今のオレは強いからな」


 ――『今の』。アルらしくもない、小賢しい言いようだ。


 アルにとっては『戦闘経験を積んだ今の』という意味でも、ダリアにはそれが『生まれ変わった今の』と聞こえたことだろう。

 当人にも自覚があったのか、抱き寄せたダリアの視界が遮られると、ほんの一瞬ではあったがいつになく渋い表情を見せた。本当はこういう些細な欺瞞も嫌なのだ、アルマンディン=グレンという少年は。


 そうする間に、黒煙は幾つもの塊に収束しつつあった。揺らぎ、蠢くソレは、やがていびつな三本指の腕のようなモノを二本形成して……


 アルが「任せろ」とばかりに頷きかけ、


 スピネルは「わかった」と頷き返す。


 遂には両の目を開いた、10や20ではきかない数の魔霊を睥睨し、アルは右手を掲げた。


「降り注げ」


 しゅは、ただのひと言。


赤炎雨レッド・スコール


 少年の腕が振り下ろされるのに応じて、赤い驟雨しゅううが視界を覆った。


 一粒一粒は、それこそ雨滴のような小ささの、ダリアの髪よりなお透明な炎の雨。それは馬車に組み込まれた防火術式で容易くかき消されるほどのか弱いものであり、実体のある人間であれば――スピネルは後から聞かされたことだが――全身に浴びたところで少し疲れるくらいのダメージしかない、派手な見た目に反して攻撃力には乏しい術である。


 ……実体を持たない魔霊に対しては、その限りではないが。


 泥の汚れが雨に流されるように、世界に染み出した魔霊が熔けて消えるのには、さしたる時間は必要ではなかった。


 その様を、というよりそれを為したアルを、ダリアは潤んだ目で見つめていた。


 ノックを3度。戦闘終了の合図を送り、馬車の防御を解かせたスピネルの耳に、スゴイスゴイとはしゃぐダリアの声が届いた。飛び跳ねんばかりの勢いだ、と思って見ると、本当に飛び跳ねていたりしたが。


「もうあの時とは違うんだね、父さん!」


 輝かんばかりの笑みを浮かべてアルに抱き着くダリアに反して、しかしアルとルビアの表情は晴れない。


 それを見て、スピネルも悟った。


 ――きっと、彼女の両親は『コレ』が原因で死んだのだ。


 そう考えれば、先の彼女の怯えようも納得ができる。


「たぶん大丈夫とは思いますが、一応町の様子を見に戻りましょう」

 ルビアの意見に反対する者はいなかった。


「魔石の回収はどうしますか?」

 念のため、といった調子でアビーがひと言確認したくらいだ。アルが駆逐した魔霊の核がそこら中に散らばっている。数が数だけに、集めればそれなりの金になるだろうが……


「あとでいい、そんなもん」

 吐き捨てるようにアルが言い、誰も――訊いたアビーですら――反対意見を述べなかった。はした金、とはとてもいえない金額でも、人命に勝るものではない。それがこの一行の共通認識であった。


「さっきのアレ、ルビアとアルには心当たりがあるんですか?」

 並んで馬車を走らせながら、スピネルは訊いた。


「……あー、ふつーは見たこと無いよな、魔霊が生まれるとこなんて」

「まぁ、私たちもウィル君が居たからこそ、ですしね。」


 またウィルか。そう思わないでもないスピネルだったが、ツッコミを入れるよりも疑問の解消を優先した。


「そーいや、居るんだったよな」

 ちら、とアルが視線を流した方角で、何を言っているのかはわかった。


「居ますねぇ。赤いわざわいの、最悪が。七彩を冠する七匹の龍、その中で明確に魔獣とされている唯一の個体たる、ひとに対する悪意のみで形作られたまがつ火。

 ひとたび目覚めれば周囲の魔霊にすら影響を与えると聞きましたが……こういうことだとは思いませんでした。近づく者は魂すら遺さずに焼き尽くすという話でしたが、まさか近寄らなくてもこんな災害を起こすとは。最悪の災厄、とは良く言ったものです」

 続けたルビアがため息で結んだ。


「禍炎の国、か……」噛みしめるようにメアリーが呟き、

「さすがに龍退治は無理ですしね」ため息混じりにアビーが言い、

「アルなら普通に勝てたりして」ルッチが無責任な冗談ことを言った。


「いやさすがにムリだろ」苦笑とともにアルは言う「相手は仮にも七龍の一翼、そう簡単には勝てねぇって」


 ……妙な沈黙が、落ちた。なんでもない顔をしているのは当のアルと彼を良く知るルビア、あとは良くわかっていない様子のダリアくらいだ。


「……あのー、アルさん? アタシには今の、簡単じゃないけど勝てる、って聞こえたんだケド……?」

 おずおずと、ルッチが問い返した。


「そこまでは言ってねぇよ。龍が相手じゃ五分の勝負も無理だろ。

 ただ、相手が火なら絶対の負けもぇよ。オレは太初の火オリジナル・フレイムなんだから」


「……それって充分スゴイ、ってかもぉ異常なことなんじゃあ……?」

 ルッチの笑いが若干ひきつっていたが、誰も彼女を笑えなかった。


 そも、ひとの手に負えないからこその龍なのだ。勝ちの目があるなど、本来であればあり得ない。あり得ない、のだが。


「何言ってんだよ? 火を相手にして勝負にもならないようじゃ、熾紅の名が廃るだろ?」


 彼ならば、或いは。そう思わせるだけの魂の輝きが、確かにこの少年には在るように思われた。


「あー、うん。忘れてたよ。アンタら普通に異常だったね」

 ことさら冗談めかしてルッチが言ったのは、場の空気を変えようとしてのものだっただろうか。


「なんでそこで私を見るんですか、失礼な」

 ルビアのこれはそれに乗ったのか、それとも本心からの言葉か。どちらにせよ、これに対する答えはひとつだ。


『異常だから』


 見事なまでの満場一致。新規加入のダリアだけは例外であったが、


「アル君まで!?」ルビアは裏切られた、と言わんばかりだが、

「いやお前、わかってるか? 一国でも有数の大商人から『先生』とか呼ばれて、その国でトップクラスの騎士からスカウト受けて、別の国じゃ叛乱軍のトップと知り合って、第八とはいえ王女様に貸し作って……コレ全部お前だぞ?」


 ――改めて並べると本当に頭がおかしい。アルは知らないが、叛乱軍の首魁に至っては、真っ向から言葉の矛を交えているのだから。


「……ほ、ほら、アル君の話でしたよね?」

 さしものルビアも反論の余地がなかったようで、露骨の話題を逸らした。これにアルは肩を竦めて応じる。


「ま、勝てるかもしれない、ってだけで挑む気はぇけどな。名声なんぞのために命張るつもりは、」


 言いさしたアルの言葉が唐突に途切れた。不思議に思ってスピネルが見遣ると、ちょうどアルがルビアに視線を向けたところだった。


「――必要いる、か? 名声。」


 別段気負いを感じるわけでもない平静な声で、特別真剣な眼差しというわけでもない目をけれど真っ直ぐに友へと向けて。


 少年は、龍を退治することが必要かと問うた。


 悲壮な覚悟も確固たる決意も無く、それだけに少女がひとつ頷きさえすれば「じゃあちょっと行ってくる」とでも言いそうな、そんな空気が其処には在った。


「どうでしょう? そりゃあ、あるに越したことはないですけど。アル君が危険を冒してまでとなると、リスクに見合わないですかね」


 ルビアの返答ことばには、むしろ当事者以外が安堵の息を漏らす。


「龍退治の英雄、なんて物語じゃ良くあるケド」

「知り合いが挑むとか心臓に悪すぎるよ……」

「それほどの名声が必要かもしれないって、いったい何事なんですか」

 馬車の中の女性陣が口々に言った。


 これにルビアは指先をあごに当てて、んー、と暫し思考を巡らせ、

「私たちの先生が、ちょっと厄介ごとを抱えてまして。その手助けができればな、と。それが私とアル君の旅の目的でもあります」


「先生、といと、くだんのウィルですか」

 くん、という敬称から年齢と距離感の近さがうかがえる。


「はい。全部自分ひとりで抱え込んで、私とアル君をそれに関わらせようとしなかった、誰よりも賢い大バカです」

 この言いように、アルが吹き出した。

「賢い大バカ……確かに……!」

「ねー。私たちの気も知らないで。ホント、どうしようもないひとです」


 ルビアが浮かべた微笑は……なるほど、恋する乙女のものだった。

魔龍の咆哮(眷属の強化と狂化):火の影響が強い禍炎の国全土に影響。魔霊の強制生成、存在する魔霊の全能力にバフ。魔龍の怒りも共有するため、暴走と言ってよい状態に。ガーネット連邦国の人的被害はほぼこれによって引き起こされ、ダリアの両親の死因でもある。


そんなわけでお待たせしました、書き直しとリアルの多忙さによりギリでしたがちょうど一週間でお届け。

明日中に童話の方も上げる予定です。

次は後日談的な一話を挟むか、シディ父さんの話にするか、どちらかです。

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