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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第93話 大輪の花と再生の石

前回のあらすじ

「そんなわけで。禍炎の寵児ことダリア=マディラ=マルディランさんです」

『どんなわけで!?』

 ダリア。燃える炎を思わせる、華麗で優美な大輪の花。


 マディラ。生まれ変わるという意味を持つ、赤いシトリン。


 生まれた時から赤の色彩を持っていた彼女は、その花の名と石の名を両親から贈られた。赤の色彩、それ自体はこの国では他のどの色よりもありふれている――実際ダリアの両親も赤い髪と瞳をしていた――が、生まれながらのものとなると、自分以外の者をダリアは知らなかった。


 実はこれは当然のことで、『精霊の子を精霊に返す』という風習がこの国ではいまだに強く根付いていた。単に古い因習としてではなく、現実問題として、この国で生まれながらの『赤』を育てることは困難だ。

 なぜならこの国では火のちからが極めて強い。赤の色彩を得ていれば、泣く子にすら反応するレベルで、赤子を憐れんだがために一家そろって焼死、などということすら起こったほどだったから、命がけの子育てをする方が稀だった。


 そんなこの国の『当たり前』を、ダリアは知らない。知っているのは、何度も大火傷を負いながらも、ひとり娘を決して諦めなかった両親のことだけだ。


 ダリアが居るので町や村に住むことはできず、マルディランの一家は魔境の傍らに小屋を建てて暮らしていた。


 どうしても父母を傷つけてしまう火を怖がるダリアに、母は炎の美しさを語った。まるで大輪の花のように、火とは美しいものなのだと。

 父が教えてくれたのは、炎の持つ別の側面についてだった。火には生まれ変わるという意味もあって、まさにマディラという石がそれを表すのだと。


 だから、決してあなたは怖くなどないのだと、そう言って両親はダリアを慈しんでくれた。


 湯を使っていると、ダリアは両親と居た時のことを思い出す。髪を洗う母の手は優しく、湯船でもたれかかる父の背は大きかった。


「――なんで今の父さんは一緒じゃダメなのぉ?」


 不満をぶつけるつもりの言葉はしかし、半ばほどで心地よさに溶けて、最後はまるで甘えているような響きになった。

 むくれるダリアの髪を洗ってくれているのはもちろん母ではないのだが、気持ちよさはそれに匹敵するものであった。


「ダメなのは今の『貴女』の方ですよー」


 体を流す水が暖かいことに驚いていたルビアは、今は湯船でとろけ切った表情をしている。優しい手つきで全身くまなく洗われたダリアも似たり寄ったりだが。

 この国で生まれ育ったダリアは知らなかったが、湯に浸かる習慣は他国ではあまり一般的ではない。水に関しては水浴びをするなら同じことだが、それを沸かす火にかかるコストが問題だった。火が水よりも安価なこの国ならでは習慣である。


「あー、いーですねー、コレ」「というか、火の侍獣が居るこの一行なら普段からできますよね?」「あー、そっかー」「獣も虫も寄ってこないし、ホント紅蓮さまさまだよねー」「お犬様ー」「狼ですよー、いちおー」


 石造りの浴槽に、思い思いの恰好でしなだれかかっているルビアたちは、普段理知的な娘たちも含めて、もうふにゃふにゃである。


「むー、なんであたしがダメなのー」

 精一杯むくれてみせるダリアも若干溶けかけだ。


「パパとお風呂ー、なんていうのは、子どものうちだけですよー」


 ルビアの返答に、暫く不満げにうなっていたダリアだったが、すすっ、と距離を少し詰めて、上目遣いに訊いた。

「じゃあ、るびあ、は?」

 ひとの名前、というのは呼び慣れていないので、若干舌足らずだ。


「――えぇと……はい?」

 小首を傾げているダリアと、鏡写しのように首を傾けるルビア。


「るびあは、ダメ? 次も一緒におふろ。」


 雛鳥のような眼差しに、黄色い悲鳴が上がった。


「なにこの子かわいい」「持って帰りたい」「なんで発言がそう犯罪的なんですかね……」

 抱きついた茶髪と金髪がバカなことを言い、ツッコミを入れた暗褐色も、けれどしっかり頭を撫でている。ダリアはむずがるように体をよじるが、本気で嫌がっているわけではなかった。


 ――ひとの温度って、なんか久しぶり。


「いえ、女の子同士なら構いませんけど……というかダリア、普通についてくる気なんですね」


 苦笑したルビアに、ダリアは泣きそうになった。

「え……ダメ、なの……?」

「いえダメというわけではなくて。うーん、なんというか、私たちの事情に巻き込んでしまって良いものか、と」

 慌てて若干早口に答えるルビアに、ダリアは満面の笑みで応じた。


「父さんの手伝いをするのは当たり前だし。それにるびあだって……その、ともだち、だし?」

 少しばかりためらいがちに言ったダリアに、なぜかルビアはまた苦笑した。

「友達認定、早いですねぇ。彼もそれくらいなら良かったんですが……」


 ウィルムハルトを知らないダリアは、首をかしげるばかりだった。




 風呂から上がったダリアは、また『父』にひっついていた。そのげんなりした顔が、甘え過ぎた時の父そのままで、ますますダリアは嬉しくなった。


「そんなわけで、当たり前についてくる気ですよ、貴方の娘。」

「それやめろ。いやマジで」

 ルビアの発言に、『父』が嫌そうに応じる。


「……イヤ、なの? 父さん……?」

「あー、や、イヤってわけじゃなくてだな……おいルビア助けろ」

 口調は命令系だったが、その表情はなんとも情けないものだった。


「覚えていない娘から『父さん』と呼ばれるのは複雑みたいですよ?」

 そう言ってルビアはとりなすが、ダリアは唇を尖らせる。

「……だって。父さんは父さんだし」

「あ。これムリですね。諦めてください、アル君。」

「――ルビア!?」


「ま、せめてからかうのはやめてあげよ? ルビア」

 綺麗な金髪のメアリーがクスクスと笑いながらもそう言って、ダリアの『父』は納得……いや、諦めた様子で肩を落とした。


「けれど貴女が私たちに同行しても大丈夫なんですか、この国は?」

 暗褐色の髪を結い上げたアビーが疑問を口にする。魔霊を狩る最強クラスの戦力が抜けても大丈夫なのか、と。


 それに答えたのは、自宅を宿として提供してくれた中年女性おばちゃんだった。

「なぁに、今までだってなんとかしてきたんだ、問題ないさね。この国の人間は強いよ、たぶん、あんたらが思ってるよりもずっと、ね」


 だからあんたはあんたの好きなようにすれば良い。そう言って、微笑みかけたその顔に、ダリアは母を想った。顔そのものはまるで似ていないのに、なぜか、思い出された。


「それじゃあここからはダリアも一緒ね」

「戦力が増えるのは正直ありがたいです」

 メアリーに続けて言ったスピネルのことは、ダリアは少し苦手だった。あまりしゃべらないので、どう接したら良いのかわからない。

 困った結果、とりあえず笑顔を返していると、茶色の頭が傾いた。


「ところでちょっと気になったんだけど、ダリアって今いくつなの?」

 訊いたのはルッチだったが、他の皆も同感、とばかりに言葉を重ねる。

「黙ってると大人びても見えるんだけど……」「表情やしぐさはひどく幼く見えますよね」「幼い、と言えば話し方もそうですね」


「……いくつ、なんだろ?」

「いや自分の歳だよな!?」

 こてりと首を傾げるのに、耳元で叫び声が上がって、ダリアは顔をしかめた。

「父さんうるさい」

「お、おぅ、悪い……悪い?」

 オレが悪いのか? などとぶつくさ言っているのは無視して、ダリアは続けた。


「だって。祝ってくれるひとがいなくなってから、気にしたことなかったから」


 父が居なくなり、母が変わってしまったあの日から、魔霊を燃やす以外のことを気にしたことはなかった。


 いや、それも違う。ひとを巻き込まずに、魔霊を燃やすこと以外を、だ。


 母はどうにか呼び止めることができたが、見ず知らずの者を相手に同じことができるとはとても思えなかったから。だから。ダリアは、ひとごろしにだけはならないように、それだけは気を付けてきた。


「――父さん?」


 気が付くと、ダリアは抱きしめられていた。この『父』の側から抱きしめられるのは初めてで、なんだか気恥ずかしくなってしまう。


「――悪い。」

 耳元にささやかれた言葉は、少し震えているようだった。


「父さ」言いかけた言葉は、大号泣で塗りつぶされた。


 おばちゃんが『父』ごとダリアを抱きすくめて、大泣きしていた。


 ……なんというか、男泣き、とでも呼びたくなるような泣きっぷりだ。


 苦労したんだね、大変だったね、かけられる言葉こそ優しいが、その大音声は暴力的ですらある。気が付けば『父』が耳をふさいでくれていたので、ダリアは代わりに『父』の耳をふさいでやった。

 拘束(?)されていて、自分の耳には手が届かなかった結果ではあったが、親子の共同作業に少し嬉しくなるダリアだった。


 ふたりで交わした少し困ったような笑みは、開放される頃にはひきつった笑いに変わってはいたが。


「そんな調子じゃ食うもんにも不自由してたんだろ? 今日は腕によりをかけるから、期待してなよ」

 と、腕まくりなどしながら立ち去った恩人に、漏れたのが安堵のため息だったのは許してほしい。などと思うダリアに、問いを投げたのはアビーだった。

「言われてみれば確かに。貴女、どうやって食べてきたんです?」


「ん、助けた相手に食べ物わけてもらったり……あとは、コレ。」

 言って取り出したのは小さな火精石。このあたりならそこらの地面を掘れば出てくるものだ。


「……それを換金していた?」

 眉根を寄せて問うルビアは、なぜだろう、発言が肯定されることは無いと確信しているようですらあった。


「んーん、食べれるよ、コレ。まぁ、美味しくはないけど」

 言って、見本を見せるように口に放りこもうとするのを、

「――やめなさい!」


 悲鳴じみたルビアの声が止めた。


 驚きのあまり掌から石が零れ、床を跳ねる音がした。あまりの剣幕に、思わず「はい」とかしこまった返事が漏れた。


「……あ、あー、その……ほら、美味しいものを作ってくれるそうですし、何も美味しくないものを無理に食べなくても!」

「……あ、うん。そう、だね……」


 そんな、どこかぎこちないやりとりに、言葉を挟んだのはメアリーだ。


「そうそう。一緒に来るなら、もう無理してそんなの食べなくていいんだよ。これからはちゃんとしたものが食べられるから」

 ルビアの料理は美味しいんだよ? と、彼女が我がことのように自慢するのを聞いていたダリアだけでなく、口の中だけで小さく呟いたルビアの言葉は、誰の耳にも届かなかった。




「――共食いなんて、二度とさせませんから」

冬童話のネタ考えてたらこっちの更新が一週間ギリギリになってしまいました。こちらもなるべく週1は維持するつもりです。

以下宣伝。


「おくりもの」がテーマの今回、あえてこのタイトルで臨みます。


「ギフトレス」


それは贈り物をもらえなかった男の子の物語。

少年は本当に何ももらえなかったのか、もしもらえていたのなら、いったい何を?


そういうお話です。ひねりすぎ、と思った方はご安心を。内容はそもそも童話カテゴリのギリギリを責めています。まさにカテゴリーチキンレース。レギュレーション違反で通報されないか戦々恐々としております。(安心できる点がひとつもない)

良ければご一読ください。


(宣伝?)(いやほら、気にはなったんじゃないかなー、って)

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