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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第86話 調査行(まだ始まらない)

 偉大な魔女の跡を継ぐ魔王の臣となること。サラにとってそれは夢や理想などというものではなく、己の存在意義、そのものであった。

 だから惰弱な魔王が不満だった。怒りすら覚えていた。


 けれど。


 必要に駆られれば、いくらでも『魔王』として在れると言った、ユウガオやサニーの方が正しかった。彼は紛れもなく、仕えるに足る王だ。

 勿論、不満や苛立ちが完全に無くなったわけではないが、その覚悟と叡智は、不足を補って余りある。


 遠見の魔女がそうであったように、魔王の智慧は自分如きが及ぶところのものではないと、サラは確信した。そこへ、彼が問うた。


「何か気になることでもありますか?」


 サラはかぶりを振って答える。

「いいえ。陛下のお考えは、私などの理解の及ぶところでは無いでしょう」


 けれど魔王はこれに、それは違う、と応じた。


「確かに私は、貴女より多くのものが視えているでしょう。けれどひとりの視点には限界がある。水月みつきが良い例ですよ」


 たとえとして挙げられたのは、予期せずルナが得ることになった侍獣こねこだ。

 なるほど、とサラは納得した。遠くが良く視える者は、えてして近くを見ることが不得手であるのかもしれない。考えてみれば、そもそもサラの白鴉からして想定外であったのだし。


「それでは、私の愚考を述べさせていただきます。私たちが調査に赴くのは、商人が目を付けられていないかった場合、かえって藪蛇にはなりませんか? それならば、最悪の事態を想定して対応しておいた方が良いのではないでしょうか?」


 ふむ、と魔王は顎に手をやり、「ちょっと内緒話をしましょうか」と言って商人たちから距離を取る。

 取ろうとした、ところへ、商人の声がかかった。


「手短にお願いしますね。貴方がたと違って、此処は私たちにはキツイので」

 とぼけた言い様ではあるが、真実そうであることは間違いない。


「正直私としては思い切り待たせてやりたいのですが」

 思わず口を突いたサラに、しかし魔王はかぶりを振って否定した。

「気持ちはわかりますが、無駄な消耗や対立は避けておきましょう。私たちは彼とは違います」


 ――いや違う。否定のポーズを取った皮肉だこれ。


 これを完璧な笑顔でやるものだから、あの商人もさすがに笑顔をひきつらせている。実に良いザマだ、と思ったことはサラだけの秘密だ。


「タチの悪さで言えば、私たちの魔王様も相当なものですね」

 口の中で小さく呟いたサラに、魔王からの言葉は返らない。聞こえなかったのか、聞こえなかったふりをしたのか、答えるまでもない内容だと思ったのかはサラにはわからないが、なんとなく、最後のが一番ありそうだな、と思うのだった。


「とりあえず、ついでに資金調達もしておきましょうか」

 歩きながら、魔王が軽く手を上げて、こぶしを握りこんだ。なんの気負いもなく、言ってしまえば雑な、子どもが意味も無く手を振り回すような、そんな動作の後、開いた掌の上には指の爪くらいはある大ぶりな精石が5つほど乗っていた。雷精石だ。


 周囲に満ちる輝煌の結晶化。並の人間にとってはその身を苛むばかりの魔境も、魔王にとっては良質の鉱脈でしかないということか。サラの驚きは、ほんの僅かなものだった。同じことは遠見の魔女もやっていたから。祖母の他には誰にも真似のできないことではあったが。


「随分と簡単にやってしまうのですね……」

「あぁ、此処はちょうど偏りがあったので。それと、サラさんがさっき集めてくれたんでやりやすかったです」


 集めた、というか、サラにとっては勝手に集まってきた、という印象だったが、偏り、という言葉に納得する。此処はそういう場だったのか、と。

 そして充分離れたと判断したのか、魔王は足を止めて言った。


「私の考える最悪はお引っ越しです」


 言葉こそ軽いが、内容はとんでもないものだった。


「……それはつまり、あの森を棄てる、と?」

 特別声をひそめる意図があったわけではなかったが、サラの声は弱々しくかすれた。あの場所は、ユートピアは、皆で作り上げた楽園だ。その『皆』には魔王だって含まれている。フロルの森だった場所に、それぞれが得意とするところのものを付け足して、改良し、調整し、改善していったものだ。


 それを放棄することさえも、この魔王は考えているのだという。


「はい。今回想定される最悪の事態とは、私たちと商人との繋がりが確信されて、手段を選ばずに情報を引き出された結果、あの場所を特定されることです。あそこの皆を戦いに巻き込むことは、たとえそれが僅かな可能性だったとしても看過できない。

 引っ越し先は主の居る魔境……近場だと天剣山ですかね。剣匠龍と私では相性は良くないでしょうから、無粋ですがちからずくで従えましょう。番犬ならぬ番龍が居れば誰もうかつには手出しできなくなります。

 問題は今ほど快適な居住環境ではなくなること、ですかね。剣の魔境は本来ひとの住むようなところではありませんから」


 魔王はどこまでも徹底していた。それはもう、恐ろしいほどに。けれどサラはむしろそれを頼もしいと思う。遠見の魔女が択んだ魔王、彼にならば託せると。


「現在ユートピアを離れている者もいますが……」

 先に言われた通り、気付いたことは呑み込まずに伝える。意見ではなく、彼の判断材料を増やす、それだけのために。


「戦える者より戦えない者が優先です。楽園の外で活動できる者については、後で考えるとしましょう――と、いうのが私が想定する最悪の事態です」


 簡単に選べるものではないでしょう、そう言うと彼はいつものように微笑んだ。


「なるほど。つついた藪に蛇が居たとしても、想定される最悪を超えることはない、そうおっしゃりたいのですね? だから事態が最悪には至っていないか否かを確認に赴く、と。

 ですが真の最悪は陛下の身になにかあることだと思いますが」

 最後に、サラがそう問えば、魔王は平然と嘯いてみせた。


「蛇に咬まれて死ぬ龍はいませんよ」


 傲然と、自身を龍と称するその態度は、サラが望む魔王のそれだった。


「……口調、すっかりいつも通りですね」

 来た道を戻りながら、ふと思いついてサラが言う。


「――あぁ、そう言えば。サラさんには不満でしょうかね」


 それは、普段の態度からすればそう思うのだろうが。


「いいえ。自分でも意外ですが、この方が落ち着きます」

「毒されましたね」


 本人が言うな。そんな思いをため息に込め、サラは言う。

「まったくです。もっと堂々とした王をこそ望んでいたのですが……」

「堂々とはしているんじゃないですか?」

 確かに、ある意味ではそうだと言えるのかもしれないが。


「そういうのは堂々ではなく飄々と言うんです」


 サラの苦言に、違いない、と魔王は笑った。


 ちなみに。ニクスの侍獣に頼れば一切知覚されなくなるので、場所を移すまでも無かったのだと魔王が気づいたのは、元の場所に戻る直前のことだった。


 実は商人たちへの嫌がらせでやったのではないか、そんなふうに少しだけ邪推するサラであった。

短いですがキリが良いのとタイトルネタが思いついたのでここで切りました。更新の速さ(当社比)に免じて赦してください。

次こそ現状を確認します。

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