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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第85話 調査行(始まらない)

 この魔境に潜入した者はいない、魔王はそう判断した。けれど、慎重な者であれば魔の領域に侵入する危険は冒さず、調査対象の商人に対する監視だけにとどめている可能性も無いとは言えない。


「安全確認が必要、か。サラ、予定変更だ。現状を正しく把握するまでは帰るわけにはいかない。この商人と私たちの繋がりが露見したのか、まだ疑惑の状態なのか、そうだとしたらどの程度の疑いを持たれているのか。それによって私たちの取るべき対策も変わってくる。

 今から……そうだな、一週間は商人に同行する」


 あくまで笑みは崩さない、魔王の判断は妥当なものだった。そうでなくては困る、とジャスパーは思う。自分と同程度の思考は、最低限できてもらわなければ、遠見の魔女が命を擲った甲斐が無い。


「――王命、賜りました」

 傅く臣下に対し、王は何故か居心地が悪そうにしていたが。王らしからぬ反応だが、この程度であればまだ許容範囲か。


「食料の調達など、全面的に協力してもらう。問題無いな」

 自身に向けられた疑問符すらない発言に、ジャスパーが用意してあった保存食を提示する。獣肉ではなく、小麦と乾した果実で作ったものだ。


「用意が良いことですね」雷光鬼は胡乱な視線を向けて、

「これも予定通りというということか」魔王は肩を竦めた。


「言われた通り、試験問題は友達の関わらぬことにしましたよ?」

「よくもまぁ、ぬけぬけと……」

 とぼけた発言に鬼が牙を剥くが、それくらいで怯えてやるような可愛げは、妻と違ってジャスパーには無い。そもそもジャスパー自身に戦闘能力は皆無なのだから、相手がひとでも鬼でも同じことである。


 言葉の通じる相手か否か、問題はそれだけだ。


「ま、これくらいでなければ使いものにならない」

 臣下を制し、嘯く魔王は確かに王の器と言えた。


 そして、魔王と雷光鬼の調査行が始まる。


 ……と、言えれば良かったのだが。


 実際は始まる前につまづいていた。


 護衛の娘の侍獣を通じて、帰還が遅れる旨を伝えた――侍獣がしゃべったことで大騒ぎになった件については今は省く――のだが、若干2名からの猛反対があったようだ。


 ひとりは護衛役の……おそらくは、ジャスパーとも面識のある鬼人の少年だろう。護衛の手が少なすぎると苦言を呈したようだ。


 もうひとりは……料理人、だろうか。持たせた料理がもう無くなるはずだと、なんとも呑気な苦情を伝えてくる。彼らであれば、最悪精霊を喰って命をつなぐこともできるだろうに。


「危急の時に動かずに何が王か」

 それが、魔王の返答だった。あと、食料に関しては事実を伝え聞かせた。雑な保存食に料理人は不満な様子ではあったが。


 まず、魔王は物資の転送を行った。輸送、ではなく転送、だ。

 大人が三人並んで横になれそうな大きな布を広げ、綺麗な円形といくつもの精霊文字が描かれたそれの上に、今回の商品を積み上げる。

 やったのはジャスパーの土人形ゴーレムだが。魔王の細腕は力仕事の役には立たない。


天駆リープ


 ただのひとこと。余人にはどのような色彩を想起しているのか想像すらできない告銘コールに応え、物資が瞬く間にかき消える。黒と散ったのは、その布か。仮に使い捨てだとしても、精霊術の転移とは比べるべくもない。


「随分と効率が良さそうですね」

 商人の問いに、魔王が答える。

「そのために創った。精霊の浪費は本意ではない」


 節約のための条件は、続く鬼人とのやり取りで知れた。


 同じ術式でこちらへ呼んでほしいと言うのに、魔王は一方通行であること、転移先の準備に数日単位で時間がかかるので今はそんな余裕がないこと、力技で解決できなくもないが、それをやった場合目立ちすぎるので集落の場所が明るみに出て本末転倒であること。


「今回は諦めてください。貴方は戦闘向きでも潜入向きじゃない」


 これに鬼人の少年は、戦闘になりそうなら無理を通してでも呼ぶように食い下がったそうだが、その時は逃げ帰った方がリスクが少ないと魔王は返した。


 そして今度こそ魔王と雷光鬼の調査行が……まだ始まらない。


 ジャスパーはここで、伝えていない情報を告げた。


 即ち、ルビアが両親と縁を切ってまで旅立ち、アルがそれに同行した、と。


 これを聞いた魔王は掌で目を覆い、空を仰いだ。


「あぁ、もぉ。」


 自身の熱を確かめるように、手の甲を額に当てて。ため息のようにそうこぼし、蒼穹そらへと向けて言葉を紡ぐ。魔境にあっても蒼さの変わらぬ、高く、遠い空へと。


「……バカだなぁ、ぜんぶ、ぜんぶ、だいなしじゃないか。なんのために突き放したと思ってるんだか。ルビアのバカ。ばーか」


 まるで子どもの悪口のよう言葉を紡ぐ口許は、しかし裏腹に優し気な笑みを刻んで。いっそ恋人同士の睦言のようですらあった。


「まぁ、結果的には正解だったかもしれませんが」

 ジャスパーがそう言うと、魔王は視線で続きをを促してきた。

「戻ってきた聖炎騎士団の生き残りが、あの異端者は何処だと息巻いていたそうなので。別れ際の親子喧嘩は多くの者が見ていたようで、誰かがとがめられる事態にはならなかったようですが」


「……あんなのにおとなしく従うルビアじゃない、ですかね」

 ため息交じりに魔王が言えば、護衛の雷光鬼が頭を下げた。

「申し訳ありません。私の責任です。アレも殺しておくべきでした。あのような小物には何もできないと思ったのですが……」


 これに魔王はかぶりを振る。

「責任、それ自体はあの時何もできなかった私にこそあります。が、サラさんの判断はむしろ逆ですね。権力を持った小人物ほど手の付けられないモノはありませんよ。愚かな敵、であればあえて生かしておくのも良い手でしょうが」

「……覚えておきます」


「それらをふまえて。シャモン商会はどうしますか?」

「その問いには既に答えた」

 癇に障ったのか、口調が鋭さを取り戻すが、それはジャスパーにとっては望むところだ。王には強く在ってもらわねば困る。


「ならばあくまで、こちらからは干渉しないと?」

 雷光鬼の逆鱗に触れるのを承知で、最終確認を。

 そういえば、とジャスパーは愉快な偶然に気づいた。


 ――雷は、龍になぞらえられることもあるのだったか。


「同郷の者、息子の同行者ということで、貴方がたは何らかのリアクションがとれるし、とるべきだ。が、そこに私たちが関わる余地は無い。今から行う調査の結果がどうあれ、次の接触には少なくとも年単位の時間を置く必要がある。

 何かできるのは貴方たちだけだ」


 満足のいく返答にジャスパーがひとつ頷くと、魔王の視線がふと空へと流れた。


「アルが一緒なのが不幸中の幸いですね。あのふたりが揃っていれば、そうそうおかしなことには……」

 と、その独白が半端に途切れる。


「どうしました?」訊いたのは護衛の娘だ。


「いえ。これは、嫉妬、なのかな、と」

 胸に手をやり、小首を傾げて答える彼は、変わらぬ微笑を浮かべたままで。いつものことなのだろう、雷光鬼はため息ひとつでそれを流すと、問いを重ねた。


「それは、どちらにですか?」

 じとりとした視線を魔王へと向けて。


「たぶん、両方に。なるほど、献花祭の時のアルはこんな気持ちだったのか」


 後半の独白の意味は、ジャスパーにはわからなかったし、


「――泣く程好きなら会いに行けばいいのに……」

 吐き捨てるように言った、妻の言葉も理解できなかった。


「私がいつ泣いたんです?」理解不能だ、と魔王が言い、

「涙が出てなかっただけで、笑いながら泣いてたでしょうが」

 彼を睨んで、フリージアが応じる。


「涙が出てないなら、泣いていないでしょう」魔王は肩を竦め、

「子どもが強がるんじゃないわよ!」フリージアは肩を怒らせる。


「――子どもでも王です。王は強くなければならない。

 私は、魔女に皆を託された」


「それでこそ魔王様」

 称賛するジャスパーを妻が睨み付けていて、夫婦喧嘩は確実だと理解できた。


 それでも。


 それでも、ジャスパーにとって遠見の魔女と彼女の遺した楽園は、他の総てに優先するべきものであった。


「シャモン商会とルビアたちのことで、私たちに何か依頼はありますか?」

 王の資質を示した少年に、ジャスパーは返礼のつもりで訊いたのだが。


「何も」


 返されたのは、全てを否定することばだった。


「私はお前を信じられない。だから、私から言うことは何もない」


 嫌われたものだな、とは思ったが、当然のことだな、とも思った。


 ジャスパー=グレンと、ウィルムハルト=ブラウニングとでは、優先順位が違うのだから。

お待たせしました! どうしても手の抜けないシーンがあったので時間がかかりました。

ついにハル君が友人の現状を知りますが、今の彼にできることは何もありません。やっても良いことは、と言い換えるべきでしょうか。


それはそれとして。

ばーか(大好き)

これどう考えてもヒロインが言うヤツじゃ?  どうにもウチの子はどっちがヒーローでヒロインだかわからないですね。

次回は魔王陛下の安全確認です。

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