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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第80話 敵は何処に居る?

 街を出るのには何のトラブルも無かった。騒ぎの中心から遠ざかる流れに乗って進むだけで、実に簡単なものである。問題は騒ぎが落ち着いた後、放火犯に仕立て上げられる――事実そうだという事はひとまず措いておいて――可能性があることだろう。その場に居合わせたというだけで、証拠は一切無いものの、こちらはしがない流れ者、相手側の権力如何ではどうとでもなる。


 火を放った建物内の全員を焼き殺しでもすれば口封じにはなっただろうが、相手の思惑が判然としない以上、そこまでやるのはためらわれた。


 だからこそルビアは、あの場所で互いの名を呼ばないように指示したのだが。念のため、移動中に女性陣は髪形を変えてある。メアリーはポニーテール、ルッチはシニョンに結い上げて、アビーは髪を下ろしてひとつにまとめる。ルビアは編み込みを解いて緩い三つ編みに。髪飾りも泣く泣く外した。

 アルとスピネルはそのままである。男性の髪形は基本的にひとまとめに括るだけだから、変更すると逆に目立ってしまうし、アルは短髪なので弄る余地が無い。


「さて、じゃあ装甲版を外してしまいましょうか」


 街道を外れ、少し行ったあたりでルビアはそう指示を出す。星図状に精石が配置された外観は、黒一色の装甲版で覆っていたそれと同じものには見えないだろう。想定していた使い方とは違うが、予期せず役に立ったものである。


「こんなふうに逃げ隠れするのは、貴族としては不満かもしれませんが」


 森に分け入り、野営の準備を始めながらルビアが言えば、「結構楽しいよ?」などとメアリーが返す。遊びじゃないんですけどね、とルビアはため息をついた。


「あぁ……エメラルディア王国でも逃亡生活なんて……」

 むしろルッチが嘆いていた。


 ルビアとアルに関しては、このは程度なんでもない。最終的には教会を敵に回すことすら考えているのだから。


「まずは状況を整理しましょう。エメラルディア王国で有数の都市であるマラカイト・シティで戦支度が進められていた。攻撃目標は不明……現時点で明確なのはこれだけでしょうか」

 アビーが要点をまとめてくれるのを、ルビアは夕食の準備を進めながら聞いた。わかっていることはほとんどないと言っていい、けれど。


「エメラルディア王国とはどんな国でしょう?」

「中原の穀倉地帯ですね。精石の産出量も少なくはなく、厄介な魔境を抱え込んでいるわけでもない。豊かな国だと言って良いでしょう」

 確認のための問いに、打てば響くようなアビーの回答。おおよそルビアの認識と同じものだ。これは同行者たちに聞かせる意味もある。


「ですよね。暫く旅をした感じ、どこぞの帝国のような差別主義が蔓延しているわけでもなく、火種を抱えているとは思えないんですよね……」

 貧富の差は当然に在るが、スラム街のようなものは無かった。さすがに浮浪者が皆無とまではいかないが、貧民と呼ばれるであろう層はひどく希薄だ。この国の王はよほどひとの使い方が巧いのだろう。


 それでも、叛意を抱く者が皆無とはいかないのだろうか。或いは犯罪組織同士の抗争? それにしては規模が大きかったように思うが……


「王都にでも訴え出ますか?」

 アビーの発言に、具材を切る手が止まる。

「それなんですよねぇ……敵の正体がわからない上、敵の敵が味方とも限らないですから、下手なところをつつくと藪蛇になりかねません」


「じゃあほっとくのか?」

 そんなわけないよな、と言わんばかりのアルの信頼が、今ばかりは少々重く感じるルビアだった。確かに放置した場合、ワリを食うのは戦えない者たち、で……


「――そういう、こと……?」


 呆然、というよりも愕然と、呟きが漏れた。


 戦支度を見抜いたルビアたちを、何故問答無用で殺そうとしたのか。


 小火ぼや程度ならともかく、大火たいかになりそうな火種は見当たらなかった――少なくとも、この国には。


 ――内憂で、ないのならば。


 火を放つ、それ自体が目的であるならば、それは……


「見つけた!」


 思考は叫びによって断ち斬られた。


 単騎、駿馬を駆る男装の麗人――そう呼ぶにはいささか幼い少女が向かってくる。年齢はルビアよりも少し下くらい。体格も、およそ戦えるようには見えないが、それでもスピネルが前に出て、アルは紅蓮と共に周囲の警戒に当たる。


 本来周辺を視るのはルビアの役割なのだが、思考に没頭し過ぎていたせいで、気付くのが遅れた。急ぎ眼を凝らす。

「後続、5騎」

 アルとスピネル、双方に戦力情報を伝える。


「……あの、失礼ですが、どちら様でしょう?」

 戦闘補助に回ったルビアに代わり、アビーが交渉の矢面に立つ。


「お前たち、我々の戦支度に気づいた者たちであろう?」

 波打つエメラルドグリーンの髪も鮮やかに、馬上の少女が堂々と問う。少女らしからぬ口調は、しかし違和感を感じさせないものだった。命令、という行為に慣れている、そんな印象。


「人違いをしていらっしゃいませんか? 私どもはただの精都への巡礼者で、」

 アビーの言い訳は、しかし皆まで言わせてももらえない。

「炎そのものを纏うかのような髪。かような者が幾人も居るものか」


『あ。』

 思わず声を漏らしたのは、ルビアだけではなかった。見慣れていたせいですっかり失念していたが、闇夜の篝火のような同行者が居たのだった。その気になって眼を凝らせば、アルマンディン=グレンは隣町に居ても見つけられるレベルだ。


 髪やら馬車やらの小賢しい小細工が、若干恥ずかしくなるルビアだった。


「その観察眼は称賛に値する。どうだ、我らと共に来ぬか」

 それは命令だった。形だけは問いの体裁を取っていたが。


「何が敵です?」

 端的に、ルビアは問う。後続が追いついてくる前に、最低限の話は進めておかねばならない。


「無論、民をないがしろにし、私腹を肥やす王侯貴族だ」

 迷い無く言い放つのに、ルビアは予想が的中したことを知った。


「――え? ここの王様って、善政を敷いてるんじゃないの?」

 きょとん、と瞬くメアリー。


「なにを愚かな、」

「はい、だから内憂ではなく、外患、なのでしょうね」

 今度は馬上の少女の反論を、ルビアが潰して言った。


「貴様、何を……」


 牙を剥くような少女は無視して、ルビアはアビーに問いかける。


「仮にこの国で内乱が起こったとして、得をするのは誰でしょう?」

「それは勿論、豊かなこの国を狙ういずれかの隣国……あぁ、なるほど。それで外患、ですか」


「――っ! 妄言もたいがいに、」

「どちらが妄言ですか。あなたの主義主張はどなたの入れ知恵でしょう? いいように踊らされたことに、まだ気づけませんか?」

 声を荒げる少女に、淡々と。それがかえって、こちらの発言に信憑性を与える。事実を伝えるのに必要なのは、なにも雄弁さばかりではない。


「あぁ、そうそう。問答無用で私たちを『殺せ』と命じたのはあのひとですが」

 すっ、と追いついてきた後続の先頭、見覚えのある男をルビアが指差す。少女が視線を転じ、男が剣を抜き放ち……


「スピネル君、任せます」


 言い終わる前に、少女と男の間に割って入ったスピネルが、馬上から少女へ向けて振り下ろされた剣を弾いていた。


 ――躊躇無く、文字通り斬り捨てようとする、か。


 けれどそれは裏を返せば、真実に気付けるだけの知性が少女にはあり、そうなるとソイツにとって拙いことになる、という意味だ。


 無論、アルが一連の攻防を黙って見ているはずもなく。少女を除く5名の騎馬の眼前で炎を弾けさせる。

 いくら軍馬でも、これはたまらない。暴れ馬に振り落とされる者、倒れた馬の下敷きになる者などが続出する中、最初に剣を振るった男だけは器用に馬を捨て、曲芸じみた動きで着地していた。白々しく、たたらを踏んだりなどしているが。


「ととっ、オイオイ、小僧ふたりがなんて腕だよ。そっちの嬢ちゃんには全部見抜かれてるみたいだし、自信失くすぜ、ったく」

 改めて見るその男は、鮮やかな赤い髪をしていた。


 鮮やかな、血色のあかを。


「ブラド! 貴様っ! 民のためというのは偽りか!」

 少女が叫ぶその名、ブラド、とは血玉石ブラッドストーン、だろうか。気持ち悪いくらいにその男には似合っている。


「あー、はいはい、アンタは上手に踊ってくれてたんだがなぁ、プリンセス?」

「貴様ぁっ!」

 少女が挑発にいちいち食いつくが、ルビアはそれより気になることがあった。


「――プリンセス?」

「あぁそうさ、正義かぶれの第八王女殿下にあらせられる」

 道化たしぐさで男が一礼し、王女殿下だという少女がまたそれに反応する。


 が、それどころではない、と、ルビアはようやく思い至った。


「全部見抜いている、とは皮肉ですか」


 想像が確かなら、少女を殺そうとしたことですら、成功確率を上げるためのダメ押しでしかない。そうしておくに越したことはない、という程度の。


 ――少女が王族であるならば。決定打は、既に打たれている。


「おっと、もうそこまで気づいちまったのか。嬢ちゃんマジ優秀だねぇ。どうだい? ウチで働く気は無いかい?」


 お誘いに、ルビアはウィルムハルト譲りの笑顔で答えた。

「死んでも御免です」


 爆笑する男は捨て置いて、第八王女だという少女に告げる。

「既に兵は動かされています。王女の叛乱、という筋書きシナリオはもう完成しています」


「な……」

 崩れ落ちそうになる少女を、スピネルが支えた。当然利き腕では剣を握ったままだし、隙と言えるほどの隙ではなかったのだが。


 血色の男は、黄昏が夜に溶けるように姿を消していた。


「気が変わったらサファイア王国まで来なよ。報酬は弾むぜ?」


 そんなふざけた言葉だけを残して。

まーたコイツら国家規模の問題に関わってるよ。トラブルメーカーってレベルじゃねーな。

そんなわけで次回は叛乱騒ぎの顛末です。結末までいける保証はしない。

サブタイトルは良さげなのを考え中……

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