第9話 意外な才能
バースディ・パーティー当日。予期せぬ二部構成になったものの、やること自体は変わらない。ちょっと豪華な昼食を皆で食べて、お茶を飲んで、ゲームをしたり、話をしたり。第一部、ルビアがいつも誘っている女の子たちは、今年もプレゼントとして、手作りの飾り物を持ち寄っていた。身に着けるものであったり、部屋の飾りであったり。花を摘んでくる一人をあらかじめ決めておくのは、最初の時に部屋中が花まみれになって学んだことだ。
昼食時とその後の、話題の中心になったのは、当然と言うべきだろう、ルビアが初めて招待した男の子たちについてだった。ウィルとアル、ジェディと……あと、一応アンバーと。
ルビアは普段、皆の恋の話を聴く側だったが、今回ばかりは質問攻めにあった。「本命は誰?」「何がきっかけで好きになったの?」「どんなところが好きなの?」等々。
ルビアが答えられたのは、最初の質問だけだった。
「本命はまだ居ません。ウィル君とアル君、どちらかが相手なら恋ができるのではないかと、期待はしていますが」
「ジェディは? ちょっと乱暴でバカなとこあるけど、大事にはしてくれそうじゃない?」
ヴィヴィと呼ばれているヴィオラはそう言うが、
「彼相手に、母様のような恋ができるとは思えません」
というのがルビアの結論だ。
「いつも剣持ってうろついてるアルムよりはマシじゃない?」
もう一人のヴィオラ(こちらはヴィラと呼ばれている)がバカにしたように言う。
「私はそうは思わないです。アル君の剣は大事な人を自分の手で守るためのものなんだと思います。『粗にして野なれど卑に非ず』そんな感じです」
きっと両親が留守がちだから、自分が姉を護らないと、という想いが強いのではないだろうか。などと考えるルビア自身、つい最近まではただの乱暴者だと思っていたのだが。
「ルビア、それ好きだよねー」
呆れたように言ったのは、同じサルビアということもあってか、ルビアが一番仲良くしているサリィだ。何人かが「何それ?」と問うのに、ルビアが答える。
「アゲート王国の建国記の一説です。傭兵から騎士となったスピネルが、その出自を侮辱された時に返した言葉で、野蛮で粗暴でも、卑下するような行い――略奪や虐殺の類は、何一つしていないと断言したのだそうですよ。『愚者の紅玉』などと呼ばれることもあるその名前を、ルビーと改名することを王に許された時にも、父にもらった大事な名だからと固辞したとか。
本当に誇り高い騎士だと思いませんか?」
「騎士マニア……」
サリィの呟きをルビアは無視した。恋に憧れるルビアにとって、騎士物語は特別なものなのだ。
「その様子では、貴女に恋はまだ早そうですね」
ルビアの母、レンがため息とともに言った意味を、ルビアはまだ、理解できずにいた。
第二部のメンバーで、一番乗りはジェディだった。両手いっぱいに色とりどり……というか、手あたり次第といった様相の花を抱えてやってきたその姿には、ルビアならずともため息が漏れたものだ。もちろん感嘆のそれではない。
不文律ができていない第一回に、複数名が花を持ち寄ったせいで現出した混沌を、たった一人で演出してしまっているのには呆れるばかりだ。
その必死さを可愛いと思える程に、ルビアのジェディへの好感度は高くはなかった。
着飾って髪をいつもとは違う形に結い上げたルビアへの褒め言葉も、残念ながら彼女の心には響かなかった。
お茶会にも続けて参加となる、一番の友達のサリィと一緒に、数ばかり多い花を見られるレベルになるように悪戦苦闘して仕分けていると、次にアンバーとフォエミナ、アルの姉のヴィオラがやって来た。
急な誘いだったのに全員が祝いの品を持参していてルビアは驚いた。
アンバーは綺麗な貝殻、フォエミナは飾り紐、ヴィオラは髪飾りだ。
……正直、ジェディのセンスはアンバーに負けていた。
花のカオスがどうにか落ち着いた頃になって、家の外から何やら話し声が聞こえた。ノックの音がなかなか聞こえないのを怪訝に思ったルビアがドアを開けると、ウィルとアルが少し離れた場所に居た。
「……何してるんですか?」
ルビアの問に答えたのはウィルだった。
「あぁ、アルが馬を羨ましがって、少し見ていたんです」
農耕用のロバはたいていの家で飼っているが、高価な馬は少ない。が……
「あれ? アル君の家も飼ってませんか?」
行商人として、仕事用に馬車を所有していたはずだ、と問えば、
「親父たちと一緒で、ほとんど家にいないからな」
アルが肩を竦めて答えた。
「あー、その、似合ってるな、服」
ちょっと目を泳がせて、顔をほのかに赤く染めてのアルのセリフはルビアを大いに喜ばせた。
それに続く、二人から、と言ってウィルが差し出したプレゼントも。
それはただ一輪の花だった。緋色の花、それ自体は珍しいものではない、この村にもごく普通に咲く花だ。
――ごく普通に、ひと月ほど後には。
「サルビア……」
自分の名前のその花を、受け取って暫し呆然とする。
「何処で摘んで来たかは秘密です。アルに付き合ってもらって、二人で用意しました。事情があって一輪だけですし、時季外れなので、すぐに枯れてしまうとは思いますが、サルビアさんの誕生日を彩る花として、これ以上はないと思いまして」
ウィルはいつもの笑顔ではあったが、それでもルビアにとっては今年一番の贈り物だった。
ジェディの表情がこの上なく引き攣っていたことに、幸いにもルビアは気付かなかったので、幸せな気持ちのままでパーティーを続けることができた。
アルとウィルの二人が用意した一輪挿しが、テーブルの中央を飾り、ルビアの母もそれを驚いた様子で見ていた。
「いったい、何処で……」呆然と呟くのに、答えるウィルは平然と、
「秘密の場所で」唇の前で人差し指を立てて見せたりする。
「初めましては私だけでしょうか? ウィルムハルト=オブシディアン=エキザカム=ブラウニングです。父からはウィルと呼ばれています」
胸に手をやり、一礼すれば、
「まぁ。これはご丁寧に。ルビアの母、レン=ラピスラズリ=バラスンです」
切れ長の目に、凛とした佇まいの、ルビアの自慢の母が堂々と応じる。
「レン?」と、不思議そうにウィルが言うので、
「あぁ、それは、」とルビアが説明しかけると、
「それはひょっとして蓮、ですか?」
さらりと正解を口にした。
「あら。まさか娘と同い年の子に言い当てられるとは思いませんでしわ。随分と博識なのですね」
「まぁ、一応教師役を務めさせていただいているので。石と花、それと精霊文字は、だいたい頭に入っています。
レンさんは貴族の出だとうかがいました。貴石や半貴石のようなものが花にはないので、失地での名前を用いることが少なくない、でしたよね?」
「えぇ。私自身は、くだらない見栄だと思っておりますが」
自嘲の笑みを浮かべるのに、
「そのように思える貴女に、レン――ロータスの名自体は良くお似合いですよ。汚泥の中で咲く大輪の花、花言葉は『清らかな心』でしたか」
ウィルが完璧な微笑みで返す。
「あらあら。本当に博識ですこと。私を妾にと望んだどこぞの老人よりも、貴方の方がよほど貴族的ですわね」
「母様? 今日の主役は私ですよ?」
むぅ、と頬を膨らませるルビアに、
「貴女の方がよほど品が無いですね」
レンは呆れたため息をつくのだった。
レンの手によるパンケーキと紅茶は、ウィルにも大好評だった。
ウィル以外の男の子はパンケーキを、ウィルは紅茶をおかわりしていた。
「ウィル君なら知っていますか? 粗にして野なれど卑に非ず」
また始まった、という目で見てくるサリィをルビアは無視した。
「あぁ、あれは痛烈な皮肉ですよね」
即答に、ルビアは小首を傾げる。
「――え?」
――皮肉?
「ん? あぁ、そうか。きっと此処にある資料は、正史だけなんですね。
お行儀の良い、外に向けた資料では語られていない部分があるんですよ」
立ち上がり、んん、と軽く咳払いをして、ウィルは仰々しく一礼をした。大きく両手を広げて、朗々たる声で語るのは、建国記の一説――ルビアの知らない件だ。
「アゲート王国の建国が成り、最初期から戦い続けた傭兵のスピネルが第一の功とされた。
それが面白くないのは騎士たちだ。血筋、身分を嵩に着て、スピネルを粗野な傭兵風情と貶める。さて、建国の士が返した言葉とは――」
再度の一礼、顔を上げた時には、ウィルの表情は一変していた。野太い皮肉な笑みを浮かべ、大きな身振り手振りを交えて語る。
――また、知らない表情だ。
「粗暴? 野蛮? いかにもいかにも、その通り。我ら傭兵、品性よりも剣の腕を磨いてきた身なれば。さてはて尊い騎士殿は、我らが命を懸けし時、何処で何をしていらしたか? 功を恵んでもらおうなどと、卑しい乞食であるまいに」
独特な節をつけて、歌うように語り、ケーキナイフを手に取って、くるりと回してルビアに突きつける。刃物に対する驚きよりも、物語の中に居るような陶酔感の方が強かった。
「仮にも騎士を名乗るなら、剣で語ればよろしかろう。我らいつでもお相手致す」
にっ、と今一度太く笑って。やがて肩を竦めた時には、いつもの綺麗な笑顔に戻っていた。失礼、とナイフを下げてテーブルに戻す。
「巷説ですので、どちらが真実かは私も知りませんが」
もう一度聴きたい。割と本気で思うルビアだったが、
「良くわからん」アルが言い、
「難しい」アンバーが言い、
「もちっとわかり易くなんない?」フォエミナが言った。
一同をルビアが見回せば、物語に没入できたのは母のレンだけだったようで、ジェディは不満顔、サリィとヴィオラは困った笑みを浮かべていた。そこまで難しい言い回しだっただろうか? と、ルビアが首を傾げていると、
「本を読んだことがない子には、わかりにくかったかもしれないわね」
困り顔のまま、ヴィオラが言ったので、ルビアもなるほど、と納得する。本は高級品なので、何冊も所持しているバラスン家の方がこの村では異常なのだ。普段使う言葉以外にはなじみがなく、精霊術の呪文のように聞こえたのだろう。
と、そこまで考えて、ルビアの中に新たな疑問が浮上する。
その表情を読み取ったのだろう、ヴィオラが応えた。
「ウチは春に売りに出す商品を、冬の間に読ませてもらえるから。弟は自分で読むよりも、わたしや父さん母さんがかみ砕いて聞かせることの方が多かったからね」
その弟であるところのアルは「字は、読めるし……」と、ふてくされたように呟いていたが。
「そうですねぇ……なら、わかり易く現代語訳するので、アルは貴族の騎士役をやってもらえますか? 建国戦争で一番功績があったとされたスピネル役の私を、傭兵風情と罵ってくれれば良いです」
ウィルに言われると、途端に表情を明るくした。
「ふぅん、なんか面白そうだな。ルビアの誕生祝いの余興にちょうどいいか。二人合わせて花一輪だけ、ってのもなんだしな」
乗った、とアルは悪戯小僧の笑みを浮かべる。
「ですね。では、開幕」
ウィルがぱん、と手を打って、第二幕が始まった。
「騎士相手に生意気な口を叩くな! 卑しい傭兵風情が!」
どん、とテーブルを叩いて言うアルは、なかなかにノリノリだ。こちらも意外な一面ではあったが。
「卑しい、ねぇ?」
先ほど以上にふてぶてしく笑うウィルは、その比ではない。表情に加えて、言葉遣いも語り口も違っていて、まったくの別人に見えるのだ。それこそ、建国の騎士スピネルが今此処に居るかのように。
「何か文句でもあるのか!?」
椅子を鳴らして立ち上がったアルとの対比のように、ウィルは静かに席を立つ。
「あるともさ。確かにオレは傭兵だ、儀礼も礼節も知らぬ、粗暴にして野蛮な身の上だとも」
ここでがっ、と音を立てて片足を椅子に乗せ、ドスを利かせた低い声で言う。
「だがな。オレらが命懸けて剣振ってる間、てめぇらはいったい、何をしていやがった? 命も張らずに功績だけよこせとぬかす――高貴な騎士殿は、いつから乞食に成り下がった?」はっ、と鼻で笑い「果たしてどちらが卑しいか、名前だけでも騎士ならば、言葉ではなく剣で語ってみせろ。喧嘩なら高値で買ってやるぜ?」
睨み合うように向き合って、ぷっと吹き出したのはどちらが先だったか。声を上げ、楽しそうに笑い合う二人につられてか、気づけば全員が笑っていた。
長くなったので一度切ります。パーティーはもうちょこっとだけ続くんじゃよ。
次パートがあまりに短ければこれとまとめるかもしれません。
「粗にして野なれど卑に非ず」は、以前何かの本で読んだ言葉です、たぶん。戦記物の小説だったか、マンガだったか。本来の意味はルビアが語ったそれです。
うろ覚えなので、ひょっとしたらまったく違う言葉だったのかもしれませんが。
あと、スピネルは実在の宝石ですが『愚者の紅玉』という呼び名は創作です。充分希少で綺麗な宝石なのですが、ルビーに似ていて、且つ少し劣るため、ルビーもどき扱いされる不遇な宝石です。
秘密の場所でのお花摘み(隠語としてではなく)のお話も入れようかと思ったのですが、閑話2連発はさすがにないだろうと思い省きました。予告詐欺も連続してしまいますしね。
次回、『幸せな未来予想図』です。