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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第79話 それぞれの眼に映るもの

 最初に気づいたのは、ルッチだった。


「音に歪みがある?」

 何のことかわからない、という顔で繰り返したアルに、何故わからないのかわからない、とルッチが視線を転じれば、他の皆も似たような表情で。


「……え、いやいやいや、聞き分けられないのはともかく、意味くらいわからない? 馬車が立てる音がおかしい、って」


「――いえ、まぁ、行き交う馬車を難しい顔で見てましたし、そこまでならなんとなくは。でもそれになんの意味があるのかまではちょっと……」


 ルビアですらそう言う、ということは、同業者でなければ通じないことなのだろうと納得し、ルッチはメインストリートを行く足は止めぬままに思案する。


「……えぇと、過剰積載、って言って通じる?」

 ルビアとアビー、それにスピネルは頷いたが、アルとメアリーが首をひねっている。ルビアが苦笑し「ようは積み過ぎということです」と、わかり易く言い直す。


「なんだ、それならそう言ってくれりゃいいのに」

「過剰積載、とだけ言った場合、重量限界を超えている、という意味で使われることが多いので、単に積み過ぎというよりも限定されているんですよ。軽いものを満載して、馬車の外側に括り付けて運んでも、積み過ぎは積み過ぎでしょう?」

「……あー、うん、なんかごめん。」


 良くわかっていないアルをルビアが黙らせてくれたので、ルッチは続ける。


「そんで、非常時の過剰積載も考慮に入れて、馬車っていうのはある程度の冗長度……あー、柔軟性? は持たせてあるものなんんだけど、それでも酷使が過ぎると車軸に歪みがでたりするわけ。馬車を扱う職人なら、音でそれを聴き分けるくらいはできるってこと」

 先の失敗から、なるべくわかり易い言葉を選んで説明する。


「へぇー。さすがプロね」と、素直に関心してくれたのはメアリーで、

「――つまり、一台二台の話ではない、と。」察しが良いのはアビーだ。


「そ。大半だね。半分以上……いや、七割程のコが酷使されてるよ」

「いや『コ』って……あぁ、うん。なんでもない」

 苦笑を浮かべたアルが何故途中から諦めた様子なのかはわからなかったが。直後、珍しくルビアが決めた店で昼食を摂ることになった。ルッチにはよくわからないが、よほど気に入る何かがあったのだろうか。

 ちなみにいつもは大抵アルが選ぶ。カンが良いのか、当たりを引き当てることが多いのだ。


 飲食店に動物を連れて入るわけにはいかないので、紅蓮は店の前でステイである。ルビアが一度抱き上げ、頭をひと撫でして、ひと言ふた言言い含めていた。

 実際は精獣、それも侍獣なので、そのあたりを説明すれば連れていても問題無いのだが、目立ちすぎるので普通の仔犬のふりをしてもらっている。


 店によっては動物用の食事も頼めたりするのだが、この店はどうだろう。ルビアから良くわからない指示を出されつつ、店内に入る。案内されるまでも無く、ルビアは入ってすぐの席を選んだ。


 結論だけ言えばあらゆる意味でハズレの店だった。値段は高いというほどでも無いが決して安いとは言えず、味も不味いとまでは言わないが、ルビアがありあわせで作った野営食の方が遥かにおいしいレベル。店員もなにやらピリピリしていて、態度が良いとは言い難い。余り物で紅蓮用の食事を出してくれはしたのだが、紅蓮もこれなら焼いただけの肉の方が良かったことだろう。


「んで、なんでこの店?」

 スープを口に含んだ時点で僅かに眉をひそめたアルが、ルビアにそう訊いた。

「……うん、確かに微妙」

 大皿の揚げ物を一切れ口に運んで、ルッチも同意する。これならいつも通りアルに任せておいた方が良かったのではないかと……


「あぁ、いや、そゆことじゃなくて」

 アルが苦笑して首を振った。

「話の途中で場所を変えたことと、この店であった意味、ですね」

 スピネルがそう続ける。


「馬車を止めるスペースがあるくらい大きな店だったからです」

 ルビアの回答に、なるほど、と頷いたのはアビーだけだ。もちろんルッチも、何が何やらわからない。


「話の続き、しますか?」アビーが問い、

「まぁ、一応手は打っておきましたし。」ルビアが答える。


 それでは、と前置いてアビーが口火を切った。

「行き交う馬車の実に七割もが過剰積載で運用されている。それは専門家が眉を顰めるレベルの異常事態……と、此処までは合っていますか、馬車職人さん?」


「コイツの場合、単に馬車愛が過剰過ぎるって可能性もあるけどな」

 などとアルが茶々を入れてくるが、

「馬車愛に関しちゃ否定しないケド、今回に限っちゃ異常事態もだよ」

 ルッチがそう返すと「否定しないんだ……」と呟いたきり沈黙した。

「そりゃ異常だよ、馬車ってのは財産なんだ。どんな安物を使ったって、それなりに値は張る。普通は使い潰すような使い方はしないさ」


 高価な物なら、大事に使う。当たり前で、疑う余地のないことだ。


「つまり、それが必要とされるような非常事態がこの街で進行している、ということですね。重量物の運搬……重い物というと、何が思いつきます?」

 大皿から取った揚げ物をひとくち齧ってルビアは顔をしかめた。


「そりゃあ、石とか、鉄とか……?」

 アルの答えに目を見張ったのはスピネルだ。

「――つまり、そういうこと、なんですか?」

 彼には何か思い当たることがあったらしいが、ルッチにはさっぱりだ。いや、ルッチに限った話ではなく、今のところスピネルと同じ認識に至っているのはルビアひとりだろうか。


「さぁ」と、ルビアは軽い調子で肩を竦めて答えた「それを確認するための此処、です。馬車を止めるに充分なスペースがあり、建物自体の大きさもそれなり。立地も含めて物資の集積場としての条件は揃っています」


「……相変わらずムチャをする」

 言って、スピネルが席を立つ。


「そうでも無いですよ? つついてみなければ敵かそれ以外かもわかりませんし。不意打ちを受けるよりは、こちらで流れを作った方が良いと考えました」

 ルビアは視線でアルにも起立を促して、アビーに向けて問う。

鉄と精石ぶきのげんりょう、大量消費、特需、何か思いつきませんか?」


 ここまで言われて、アビーも思い至ったようだった。驚愕に目を見開いている。ただ、メアリーとルッチだけが取り残されて、きょろきょろとあたりを……と、見回したところで、ふたりも気づく。殺気立った連中が遠巻きに取り囲んでいることに。入り口前も、ふたりが塞いでいる。


「さて。それでは関係者の皆さんに質問です」この状況でも極めて穏やかに、ただ声だけを少し大きくして、ルビアは決定的な問いを発する「いったい、何処と・・・戦争を始めるつもりですか?」


「……っ! 殺せ!」

 カウンターの向こうから、店主――実際は違う肩書なのかもしれないが――が叫ぶ。瞬間、ルビアの手が素早く動き……


 ごう、と、音すら立てて。店舗を紅蓮の炎が包んだ。


 ……そう、『紅蓮の炎』が。


 あまりの事態に、敵だと確定した連中が硬直する。その間隙を、この一行の頼もしい戦闘要員が見逃すはずもなく。


「走りますよ」

 そう、ルビアが声をかけて走り出した時には、入り口付近に立っていたふたりを、既にスピネルが打ち倒していた。戦闘に関しては素人のルッチには、彼らの生死まではわからない。


 全員が駆け抜けるのを待つことなく、殿しんがりのアルがまだ中に居る状態で、炎はその口を閉ざした。アルが平然と炎のただ中を駆け抜けた後、追いかけようとしたのだろう連中の悲鳴が聞こえてくる。

 まぁ、火そのものの色彩と同じことができないのは道理だ。


「火事です! 街のひとたちに報せてください!」

 ルビアが周囲に向けてそんなことを叫んだ。


 ――よくもまぁ、放火犯がいけしゃあしゃあと。


 ここまでくれば、ルッチにもわかる。店に入る前に紅蓮に話しかけていた内容がルビアの打った手、つまりこの火事であると。あの時動いたルビアの手は、紅蓮への合図、おそらくは火の精石あたりを投じていたのだろうと。

 それから、入店前にお互いの名前を呼ばないように指示したことの意味も。


 火事だ火事だと叫びながら、一直線に馬車を預けた宿を目指す。


「どんな事情があるのかは知りませんが、知られただけで問答無用というのは、碌なものではありません。さっさと街を出るとしましょう、長居は無用です」

 ルビアの決定に異を唱える者はいなかったし、ルッチとしても異存は無いが、それでも文句のひとつも言いたくなる。


「あぁ、もう、やっと帝国を抜けたのに!」


 あの国ではほとんど馬車の中で過ごして、ようやく大手を振って街を歩けるかと思えばまたこれか、と。嘆くルッチに、総ツッコミが入る。


 曰く、そもそもお前が往来で不用意な発言をしたからだろうと。


 ぐうの音も出なかったのは言うまでもない。

今回もほのぼのする予定だったんですが、何故かこうなってました。この一行、トラブルメーカー多すぎね?

これで本エピソード終了、でも良いのですが、せっかくなので相手側の事情にまで関わってもらうことにします。

次回「敵は何処に居る?」(物語の進行度合いによっては変更)お楽しみに。

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