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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第78話 騒がしい一日

前回までの蒼紅サイド

厄介な隣国を突破。反乱騒ぎに巻き込まれるも、ルビアが真相に気づき巻き込まれ過ぎることは回避。

 テーブルに置かれた木箱を前にルビアは首をひねっていた。

 木箱だ。宝石箱、と呼ぶにはやや装飾に乏しい、リボンをかけられた掌サイズの木箱。それをルビアの前にそっと差し出すように置いたのはアビーで。


「……商品?」

 人差し指をあご先に当て、予想をぽつりとつぶやけば、何故か旅の連れは全員テーブルに突っ伏した。普段よりちょっと上等なレストランだというのに、あまり行儀がよろしくない。

 ルビアが苦言を呈すると、ため息のハーモニーが聞こえた。


「お前さぁ……」

 片手で顔を覆ったアルから呆れ気味に呼び掛けられる、という事態は実はさほど珍しいものでもない。これで彼はツッコミ気質である。

「今日、何の日よ?」

 ルビアを斜めに見て、そんなことを言う。


「紅玉の月18日ですね。私の誕生日でもあります」

「そだなー、成人おめでとー」

 アルの祝福が投げやりだ。


「それでなんで『商品』なんて言葉が出てくるんでしょうかね……」

 スピネルは本気で悩んでいるような顔をしていた。

「リボンまでかけてあるのにねー」

 メアリーは呆れ顔だ。


「いえ、だって。アビーからプレゼントをもらえるとは思わなかったもので」


「は?」ルッチがどうしようもないバカを見るような目を向けてくる。


 ――失礼な。


「いやいや、アビーってば好き嫌い通り越してほとんど崇拝してんじゃん、アンタのこと。成人の祝いが無い方がおかしーでしょーよ」

「あぁ、なるほど。成人の祝い、というのであれば、そうかもしれませんね」

「……いや、言ってる意味、良くわかんないんだケド」

「仕事上付き合いのある相手なら、成人祝いくらいはするものだと……」

「うん、言ってる意味、全くわかんないんだケド」

「えぇ……」

 全否定にルビアは憮然となる。


「じゃ何? そこで魂抜けかけてるアビーからは、成人祝いでなきゃプレゼントもらえなかったとでも思ってんの?」

「はい。学ぶべき相手、とは思われているようですが、個人としては好かれていないでしょうから」


「……あの、ルビア? なんでそうなるの?」

 メアリーにまでかわいそうなひとを見る目を向けられる。これがわからない。


「だって、随分キツイこと言いましたから、私。あれで好かれはしないでしょう」

「いえ……アレは、叱られて当然のことをしたので……」

 未だ心ここにあらずの体でアビーが言うが、それは違う。


「でも私は叱らずに怒っただけです。ただ苛立ちをぶつけただけなんですから、つくづく私は指導者には向いてないですね」

 正論というのは暴力的だ。感情論以外の反論を殺してしまうほどに。


「それでも、叩きのめされることが必要な時だってありますよ」

 スピネルの言葉には妙に実感がこもっていた。


「そもそも感情抑制まで完璧だったら、それこそ未成年とは思えないよ」

 頬杖をついたメアリーは苦笑い。これにアルが答えて「そのへんはハルの悪影響だろうな」と言った。言われてみれば確かに、彼を基準に考えていた気がするルビアだった。特に自分に対しては、潔癖すぎるきらいがあった、ウィルムハルト=ブラウニングを。


「あのさ、ルビア。最近お前が元気ないからって、今日のコレ、アビーが企画したんだぜ?」

 アルの言葉に、ルビアは目を見張る。


 確かに、誕生日が近づくことに対して思うところがなかったわけではない。ウィルからもらえたかもしれないプレゼントとか、約束したものの、結局お流れになってしまったお茶会のこととか。

 けれどそれらは、極めて個人的な問題で。


「……そんなふうに、見えました?」

 ルビアとしては、普段通りに笑えているつもりだったのだが。


「いーや、少なくともアタシはゼンゼン」

「私も。って言うか、気付いたのってアビーとアルくらいじゃない?」


 アルはまぁ、しょうがない。あのウィルムハルトの笑顔を作り笑いと断じるほどなのだから。けれどアビーは……


「そんだけお前のこと見てたってことだろ。ってかルビア、やっぱお前とハルって似てるわ。自己評価低すぎ」

 軽く睨むような目を向けられたが。

「……なんで嬉しそうなんだよ」

 ルビアの反応に、呆れを通り越して面倒くさそうな態度に変わる。


「そりゃあ、好きなひとと似てるって言われたので」

「ダメなとこがだからな!?」

「何言ってるんです? 欠点も含めて愛おしいと思えないようなら、それは恋なんかじゃないですよ」

 眉をひそめたルビアがひどく当然のことを口にすると、何故か女性陣から黄色い悲鳴が上がった。騒ぐほどのことだろうか、とルビアはまた首をひねる。


 まぁ、それはそれとして。と、ルビアは差し出された箱を手に取った。

「心配をかけてしまったようですみま……いえ、気遣いありがとうございます」

 ごめんなさいより、ありがとうの方が嬉しい。そう言ったのは誰だったか。


 開けても? と確認を取ってから、リボンを解く。蒼い、晴れ空の色は、ルビアの髪色を意識したものだろうか。


「本当は箱ももう少しちゃんとしたものにしたかったのですが、恥ずかしながら思い出したのが最近でして……」と、アビー。


「……思い出した?」つい、箱を開けようとした手が止まる「えぇと、知ったのが、ではなくて、ですか?」


「いえ。いろいろ慌ただしくてつい失念していましたが、元から知ってはいました。父に聞いて」

「――できればその情報、私は聞きたくなかったです。というかあのヒトはなんで私の誕生日なんて知ってるんですか……」


 信者だからじゃね? と言ったアルの声など聞こえない。聞きたくないので聞こえない。そんな暗示をルビアが自分にかけていると、ルビアの両親から聴いたらしいと、アビーからの返答。

 とりあえず気を取り直して、ルビアはプレゼントの箱を開けることにした。


 開けて、ほぅ、と感嘆の吐息が漏れる。


 その反応に、よし、と手を打ったのはルッチだ。

「綺麗でしょ? アタシの自信作!」


「えぇ、これは、確かに……」

 そっと箱の中から取り出したそれは、髪留めだった。髪飾り、といった方が良いかもしれない。さすがの腕前で形作られているのは、紅姫竜胆エキザカム――ウィルムハルトの花だ。

 ちら、と視線を向けると、アルが頷いて答える。

「ルビアへのプレゼントなら、これしかねーだろ? ちなみに制作協力は紅蓮な。はめ込む石はメアリーとスピネルが選んでくれた。あぁ、そもそもの髪飾りはアビーの案だな」


 花弁の部分に象嵌されているのは、紫水晶アメシスト。これはルビアの石で、葉の緑の部分は孔雀石マラカイト翡翠ジェイド……こちらは色合いを鑑みてのものだろう。


「まぁ、中身にかかりっきりで、箱まで整える余裕がなくなったんだけどね」

「迂闊でした」

 苦笑するメアリーに、こんな時まで生真面目にスピネルが応じる。


「なわけで、オレら全員からのプレゼントだ。一番大変だったのはルッチだけど」

「ん? いつもと毛色の違う仕事で楽しかったよ?」

 負担についてアルが言及すると、ルッチはきょとんと返した。彼女にとっては金属加工は仕事にして趣味の延長らしい。


「つけましょうか?」

「ん、お願い。」

 アビーの言葉に、ルビアは素直に甘えた。


 空色の髪を、紅姫竜胆が飾る。


「……良く、お似合いですよ」アビーが穏やかに微笑み、

「さすがの配色だな」アルがメアリーとスピネルを称賛する。


 褒められたふたりは得意げで、ルッチは職人の顔で満足げに頷いている。


 やりとりがひと段落するのを待っていたように――実際待っていたのかもしれない――給仕が飲み物を運んできた。今日は有無を言わせずに、ルビアにも他の皆と同じものが注がれた。


 ……アルだけは別のものだったが。


「お祝いだし、乾杯くらいは、ね。2杯目以降は、気に入ったら、ってことで」

 立ち上るアルコールの匂いに躊躇しているのに気づいたのか、メアリーが気泡の弾けるグラスを掲げて片目を閉じた。


「では、ルビアさんの成人に」

 発起人だというアビーが声をかけ、乾杯の声が唱和する。


 軽く打ち鳴らされたグラスを口に運べば、ワインよりも甘めの芳香が鼻先をくすぐる。それほど強烈な酒気は感じなかった。


「あ。おいしい、かも……」

 驚き、口許に手をやるルビアに、アビーがそれは良かったです、と微笑む。その表情が先のルッチのそれと似通っていて、この酒を選んだのは彼女なのだろうな、と察する。


「普段の飲み物の嗜好から、甘めのものが良いだろうと考え、シードルにしてみました。スパークリングワインよりも口に合うのではないかと思いまして」

「そうですね、これなら次も同じもので良いかもです」

 ほのかな熱を顔に感じながら、ルビアが返す。


「一応酒なんだ、呑み過ぎには気ぃつけろよ?」

 などと言うアルが、自分だけノンアルコールなことに拗ねているように見えて、ルビアは笑いそうになってしまう。これは少し酔っているのかも……と、考えかけたところで。


 手を叩いて爆笑したのはルッチだった。

「なになにー、ひとりだけお酒呑めなくて拗ねてんの~? アンタも案外かわいいとこあんだね~」


 ――あ、違う。酔ってるのはアレだ。


「うぜぇ……」


 苦虫を噛み潰したようなアルの顔にも、ルッチは何が楽しいのかケタケタと笑い続けている。笑い上戸、というやつか。それでも今まではこんなことはなかったので、お祝いということで少々ハメを外しているのかもしれない。

 外す人間が違う気もしたが、これはこれで楽しいのでルビアは笑って流すことにした。アルには少し悪い気がしないでもなかったが。


 結局、一番面倒な酔い方をしたのがそのルッチで、他の面々は多少口数が増えるくらいのものだった。まぁ、酒を嗜むことは今までにもあったのだから、当然と言えば当然なのだが……少しつまらない、などと不謹慎なことを思ってしまうあたり、やはりルビアも酔っていたのかもしれない。


 騒がしくも楽しい記憶を、翌朝忘れている、などというオチはつかなかったものの、別の形で落ち着かないオチがついた。


「……あったま痛ぁ…………」


 翌朝ベッドで目覚めると、見事に酒が残っていたルビアである。

 初めての飲酒は呑み過ぎからの宿酔ふつかよい。ベタなオチではあるものの、起き上がることもできない。改良されたアルの解毒炎は、宿酔いにも効くのだろうか、などというバカなことを半ば以上本気で考えて。

 ルビアは、呑み過ぎた原因について想った。


 昨夜は楽しかった。


 本当に、楽しかったのだ。


 ……けれど。


 ――それでも、まだ、足りない、なんて。


「贅沢が過ぎる、というものですよねぇ……」


 ルビアは目を閉じ、彼のように微笑んだ。


 ……直後、宿酔いの頭痛がぶり返して顔をしかめたのだった。

日常回でした。

次は……はっきり決まっているわけではないですが、若干影の薄いルッチにスポットを当ててみようかと思ったり思わなかったり。

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