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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第75.5話 楽園の魔王の魔法・精霊術考察

 魔女の遺した楽園で、ハルは精霊術を教えると共に学んでもいた。


 学ぶのは無論、魔女が遺した祝福のろいについてだ。わかり易く言い換えれば、彼女の吐いた嘘についてである。

 魔法使いを量産するために、何をどこまで偽ったのか。まず、それを知悉ちしつする必要がハルにはあった。魔法というちから自体そのものは極めて強力だが、魔法使いという存在はひどく脆弱だ。それこそ、本当の意味で魔法使いだと言えるハルですら、その威を揮うのに、外に理由を求めなければならないほどに。


 ――だから。前提からして既に歪んでいる魔法使いなど、失言ひとつで簡単に壊れてしまうことだろう。


 魔法の力を失う、というだけならまだ良い。下手をすれば、文字通りその人格ごと崩壊してしまいかねない。考えてもみれば良い。自分が日常的に消費してきた資源が……もっと言えば、非常食として食らったものが、ひとの成れの果てだったと、ある日突然知らされるのだ。まっとうな人間なら、嫌悪感で二度とそんなもの使えなくなるだろう。


 本当なら意思の存在を想起させる『精霊』という言葉も、此処ではただ世界に満ちた威という意味で『輝煌』と言い換えるべきなのだが、そこはまだ慣れないという建前の下、精霊で通していた。本音はただのこだわりだ。


 精霊というのは、いわば遺志である。命尽き、世界に還った者たちが遺した想いを、存在しないものとして扱うことがどうしてもハルにはできなかった。たとえ、それが口先だけのものであったとしても。


 それが、露見の危うさを伴うものであったとしても。


 とりあえずハルは、なるべく『精霊』という単語を口に出さないことを心掛けている。精霊術を、単に『術』とのみ呼称したりだ。


 そんな、手探りのひと月と少しが過ぎて。


 結論から言うと、魔女の偽りは精霊の本質についてのみであった。


 少なくとも、ここまでの時間でハルが確認できた範囲においては。未だ不用意な発言は慎むべきではあったが、これはほぼ確定と考えて良いだろう。上手な嘘の吐き方は、可能な限り嘘の分量を減らすことであるから、他にどうしても必要なものがない限りにおいて、虚偽は無いはずだ。

 だから、もう、憂いはほぼ無いと言って良い。けれど。


 今一歩、踏み込めていない気もするのだ。


「――何が、違うんでしょうか、ね……」


 と、口を突いた言葉にハル自身が驚いた。


 ――違う。何が、何と比べて?


 比較するふたつについては、考えるまでもない。ハルが教師役を務めた、かつてと今、ふたつの精霊術教室のことだ。

 けれど、どうしてそれを『違う』などと思ったのか。


 話せない内容ことは、あの村で教えていた時にだってあった。七彩教会の教えに反する内容がそれだ。だから皆に対する隠し事、という意味では当時も今も変わらない。なのに……


「――あぁ、なんだ」


 今更ながらに、気付くのは。


 あの時の精霊術教室が、本当に楽しかったのだという、当たり前のことだ。

 アルやルビアは言うまでもなく、派手さは無くともいつも教室の中心にいた滄翡翠や、精神的な意味で中心人物だったフォエミナ、いつからかアプローチが激しくなっていた深紫菫、子犬のようにじゃれついてくる琥珀に、なんならことあるごとに噛みついてきていた緑翡翠すらも含めて、得難い場所だったのだと。


 本当に、今更になって、思えた。


「そりゃあ、違って当然ですよね。何よりアルとルビアが居ないんだから」


 ふたりと話がしたいな、そう思って、気付けたことがもうひとつある。

 ハルにとって、思索とは常にひとりで行うものではなかったのだということだ。かつては魔女の手記を紐解きながら、言うなれば魔女との対話のように魔法について学んだ。精霊術に関して、教える内容を考える時には、いつもアルかルビアがそこに居た。


 自分ひとりでは、視点が足りない。


 もし此処に、アルとルビアが居てくれたなら。もっと違った気付きがあったのだろうか。精霊について。輝煌について。魔法について。

 きっとルビアとの対話は思索の一助となっただろうし、アルの発言は思いもよらぬ発想をもたらしてくれたことだろう。


 ただ、こと思索に限って言うのならば、そのふたりよりも適任であろう存在を、ついこの間フロストの家で知ったのだが、その人物のことはハルの意識に上りもしなかったのだから……


 存外、ただ『逢いたい』と想うことへの言い訳が欲しかっただけなのかもしれない。ハルにその自覚は無かったが、アルとルビアが知ったなら、きっと笑ったことだろう。アルは呆れたように、ルビアはそれすら慈しむように。


 あの時のあの場所と、同じものを再現することはできないけれど。それはかけがえのないものの証明にも思えて、ハルは少しの寂しさと、それを遥かに上回る誇らしさを感じるのだった。

一週間には間に合ったものの、短くてすみません。ハル君の授業内容じゃありませんが、こっちサイドの物語はかなり手探りでして……

次はまだ花名のついてない子たちを一気にやっちゃいますかねー。

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