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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第75話 永遠の美

 綺麗なもの、カッコイイものが、好きだった。


 だから彼は、今まで誰も入れたことのないアトリエにその人を呼び出して、告げた。告白と言ってもよいほどの熱量で以て。


「魔王様、貴方は誰よりも綺麗だ。だから、私の手でそれを永遠のものにしたい」


 用意してあった――ついでに言うと何度も練習した――セリフであったから、詰まらずに言えた。少々芝居がかった態度があまり似合ってはいないことには、彼自身は気づいていない。


 魔王は二度、三度と瞬きをして、返す。

「えぇと……すみません、私の命はもう私のものではないので、フロストさんに殺されてあげることはできません」

 それは本当に、申し訳なさそうに、物騒なことを。


「――はぁ!?」演技など一瞬で吹き飛んだ「なんでボクが魔王様殺すのさ!?」

 この場の演技それにとどまらず、普段の演技ものごと、まとめて。


「いや、永遠にするというのは、経年劣化が始まる前に殺して永久保存する、という意味では? フロストさんの停止の色彩ならたぶん可能でしょうし」

 などと彼は、大真面目に分析をしてみせるが。


「違うよしないよ怖いよ! なにその……なに!?」

 混乱のためか言葉が出てこないフロストに、魔王が律儀に答える。

「猟奇的?」

「そうそれ! そんなことしないよ!」

「なら、どういう意味なんでしょう?」

 きょとん、と魔王は小首を傾げる。彼はほとんど完璧と言って良い容姿の美人だが、時折こういう少女のようなあどけないしぐさを見せる。いや、そもそも女ですらないのだが。

 ……少なくとも、そう聞かされている。


「絵のモデルになってほしいってこと!」

 これ以上おかしな話になってはたまらないと、フロストは一切の比喩表現を排除して告げた。というか、画材で散らかるアトリエを見て、何故察せないのかとフロストとしては問いたいところだったけれど。


「はぁ……別にそれくらい良いですけど……それってわざわざ人目を憚るような話ですか? 恥ずかしいことでもないでしょう。あ、ヌードモデルとかですか?」

「ぬっ……! 違うよ!」

 服の胸元を軽くつまんでみせる魔王に、フロストの顔が一瞬で赤く染まる。年相応の、少年らしい反応だと言えたが、だからこそ背伸びをしたがるのも、また年相応のことだった。


「それと口調も、今のが自然で良いと思いますよ?」

 魔王の無自覚な追い打ち。効果は抜群だ。


「……ボクはシグとかアビスみたいになりたいのに……」

 うつむいた顔が上げられないままに、ぽつりとこぼす。


「アビス……深淵アビスですか。それは色名でしょうか?」


 予想外の問いかけに、はっとしてフロストは顔を上げる。そうか、此処に居ない者のことは知らないのか、と理解して、

「えっと……良くわかんない。皆アビスとしか呼ばないから。

 あ、そうだ、絵、あるよ」

 一度仕切り直す意味でも、場所を移す。まぁ、移すと言ってもすぐ隣の物置なのだが。乱雑に押し込まれた、と他人には見えるであろうそれらの中から、フロストは迷うことなく一枚の絵を取り出した。ひとに見せるのは初めてだが、恥ずかしいような腕ではないと自負していた。


 フロストが羞恥を感じていたのは、自身の描いた絵ではなく、自身が絵を描いているという事実の方だ。そういう繊細さは、彼の憧れるカッコ良さとは相容れないものであったから。


 描かれているのは、思索に耽るひとりの男。夜の闇よりも猶暗い黒髪を束ねることすらせずに、ただただ思考の海に潜り続ける細面の若者、その横顔を写し取ったものだ。


 写し取った、とは言っても、写す元はフロストの記憶なのだが。


 綺麗なもの、カッコイイものが、好きだった。

 だからそれらを永遠にしたいと想うのは、彼にとってごく自然なことだった。ユートピアの皆の肖像は、最低一枚ずつはある。フロストの審美眼に適わない者は、此処にはひとりとしていなかったから。


 けれどその中でも特に彼がカッコイイと思ったのがシグとアビスであり、一番綺麗だと思っていたのはサラであった。

 後者は今では魔王に替わっているが。


 アビスの絵を暫く眺めていた魔王は、やがてひとつ吐息して、

「憧れること、それ自体を否定はしませんが、過度な人真似はあまりお勧めしませんよ? 度を超すと自分が無くなってしまいますし、そもそもこのひとと貴方では方向性が違うように思えます」

 と、そこで一度言葉を切り、他のも見ても? と物置に詰め込まれた絵を指差した。フロストが頷くと、魔王は手近なところから数枚手に取った。全てが彼の見知った顔であったのは偶然だが、それがシグとサラと描きかけの魔王であったのは比率的に考えて妥当なところだろう。


 描きかけの絵は措いて、シグとサラの絵を……鑑賞、というよりも、観察と言った方が似合いそうな目で見遣り、魔王はひとつ頷いた。


「色彩もここまで正確に描かれているということは、やっぱりそうですね。この深淵さんの本質は知識の探求であり、つまるところ変化です。安定した状態の維持、停止を本質とする貴方とは水と油です。無理に真似ようとすると、貴方の在り様を損ないますよ」


 いつも通りに綺麗に笑って見せる魔王から、フロストは目を逸らした。

「……ボクじゃアビスとは仲良くできないってこと?」

 疎んじられているのは知っていた。いや、そもそもアビスは誰に対してもそうで、他者との関わりの一切を煩わしく思っている節があった。

 それでも、真逆だとこうもはっきり言われるのは堪える。


 けれど、魔王は「いいえ」とかぶりを振って言うのだ。

「貴方は彼にはなれない、ということですよ。

 たとえば、私にはとある友達がいます。彼よりカッコイイひとを私は知りませんし、その在り様に憧れてもいますが……それでも私は彼のようにはなれない。最初から魂の色彩いろが違うんです。真似ることなんてできないし、するべきではない。

 小器用に誰かの真似ができたって、自分を亡くすだけですよ?」


 何故だろうか、その言葉はまるで先達からの、そう、遠見の魔女からの忠告にも似た響きを持っていた。

 すぐには変えられないでしょうが、そう言って魔王は笑った。口調からのみ、苦笑だったのだろうと推測可能な微笑みだった。


「それで、モデルは構いませんが、こういうポーズはさすがに無理ですよ?」

 言って魔王が指差したのは、シグを描いた一枚だ。右の鉤爪を振りかぶり、まさにこちらに飛び掛からんとしているような、躍動感に重きを置いた絵である。


「いや、この状態で静止するのはシグでも普通に無理だと思う……」フロストは苦笑して続けた「魔王様はただ此処に居てくれれば良いよ。記憶だけを頼りに描けるほどには、ボクはまだ魔王様を視ていないから」

「じっとしてなくても良いんですか?」

「平気。想像を補うだけだから。退屈だろうし、本でも読んでてくれれば良いよ。あー、色彩関連の本しか無いけど、良い?」


 では、次に呼ばれた時は自前の本を持参しますね、そう言って椅子に腰を下ろした魔王は微笑んだ。


 以降は、特に会話も無く。美貌の魔王がページを繰る音と、フロストが絵筆を動かす音だけが室内を満たした。


「ストック」

 ぽつり、と魔王が漏らしたのは、どれくらいの時間が過ぎた頃だっただろうか。表情……は、いつもの笑顔なのでよくわからないが、うんうんと頷いているのは、何かに納得したのだろうか。


 納得も理解も不能なフロストが眉根を寄せて見遣ると、それに気づいた魔王が言葉を継いだ。


「魔女の葬儀の時、貴方が奉げた花の名前です。あまり花には興味が無いので忘れていましたが……これは、思い出すことが魔女からの宿題、ということですかね」

「――えっと……つまり?」

「貴方の花名です。古い名は紫羅欄花アラセイトウ、花言葉は永遠の美」


 ぴったりでしょう、と美人な彼は変わらぬ綺麗な笑みを浮かべるのだった。

待っていてくれた方、お待たせしました。少し短いですが、薄味だった彼のお話です。

次は精霊術教室関連のエピソード……に、なる予定です。ワリと未定とも言う。

翌月のイベントはどっちサイドから消化したものか……

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