閑話 彼方からの手紙
自分の身の程は、わきまえているつもりだった。
ボクは特別な何者かではなく、どこにでも居るその他大勢に過ぎない。生まれながらに色彩を有していたアルとは違う。たぐいまれな知識を有しているウィルとも違う。
実際のところ、真に特別な色彩を持っていたのはウィルの方だったのだが。
けれど。きちんと学びさえすれば誰にでもできる『ようになる』ことが、ちゃんとできて『いる』と言って、彼はボクが『普通』であることを評価してくれたから。皆の見本になるように、言ってくれたから。
彼が手ずから残した精霊術の本を託されていたアルの姉に、次の教師役に指名していたのが既に村を出たルビアだったと聞かされて。
「だ、だったらボクがっ……!」
身の程知らずにも、そんな言葉が口を突いていた。つっかえ、つまって、おまけに声は震えていたことだろうけど。
言ってしまったのはきっと、ルビアのことを聞いていたからだと思う。こんな村には似つかわしくない生まれと容姿をしていたとはいえ、アルやウィルと比べれば、むしろこちらに近いと思っていた彼女が何をしたのかを。
何に、挑んだのかを。
――だから、ボクも。
そんな、身の丈に合わないことを思ってしまい、口を開いたものの、すぐに言葉が続かなくなったところへ。
「いーんじゃねぇの?」
頭に『どうでも』とでも付きそうな口調で投げやりに言ったのは、もうひとりのジェイド。今は緑翡翠で通している、ボクとはもちろん、教師役のウィルとも仲が良いとは言い難かった彼だ。
「実際向いてんじゃねぇの、お前みたいなタイプ」
集まった彼の教室の教え子たちからは、否定の声は上がらなかった。
「ふむ。だが今すぐに、というのは荷が重かろう。そもそも子どもが子どもに教えるということ自体、本当なら異常なのだ。成人するまでは大人――この教室で教えを受けたヴィオラの補佐という形にしてはどうだね?」
と、現実的な案を出してくれたのは、誰あろう神父様である。
精霊術教室の子どもたちが集まる場として教会を提供してくれたのも、あの日、ルビアが何をしたのかを教えてくれたのもこのひとだった。
ルビアの罵倒は反論の余地無く正しい、そう言って苦笑した神父を、人が変わったようだと言う者が多いけれど。ボクはどちらかと言えば、憑き物が落ちたようだ、と思う。今ではどうしても必要な時以外は前に出ることをやめ、時間があれば精典を読んでは思索に耽っている。
まるで聖職者の本分に立ち返ったかのように。
ウィルがこの村に残した影響は大きい。きっと、彼が思っているよりも、ずっと。いや、正確に言うならば、ウィルとルビアが、だろうか。
七彩教会を、ひいては村の神父を、疑うことなどなかった村の住民たち、特に子どもたちは、自ら考えることを覚えた。それがウィルがくれたものであると、気づくのに随分時間がかかってしまったが。
存続が決まった精霊術教室には、ブラウニングの名を残すことが決定した。ウィルムハルト、という意見も出ないでは無かったが、此処に居ない人間の個人名よりは、家名の方が座りも良いだろうという神父の意見を取り入れたかたちだ。
ウィルが残してくれた本をヴィオラと共に熟読する準備期間を挟んで。今日、ブラウニング精霊術教室は再開する……はずだったのだが。
その日、ヴィオラの元に手紙が届いた。
ルビアと共にこの村を出た、アルからの手紙だ。
タイミングが良いのか悪いのか。
姉のヴィオラ個人に宛てた部分は、勝手に旅に出たことに対する謝罪が主に綴られていたそうだ。それと、国を出るから今後手紙を送るのも難しくなる、と。
「貴族の護衛!?」「いや、それもだけど、馬車の職人と商人って、どーゆー旅の連れだよ。いや、ある意味アイツらしーけども」「花火かぁ……見てみたいなぁ」「帰ったら見せてくれる、って書いてるよ?」「傭兵騎士からスカウトされた、ってさすがに話盛り過ぎだろ」「そーかなー。嘘や冗談なら、アルが、って書きそうなもんだケド……」「術式編纂者に精書……アイツますます人間離れしてくな」「病魔燃やした時点で今更だろ」
私信以外の部分を見せてもらった皆が、口々に言い合う。なんだかんだ、アルは皆の中心だったということだろう。誰もが、彼が元気そうなことを喜んでいた。中には旅を羨む者や、共に行けなかったことを悔やむ者も居たが。
そしてその手紙は、こう結ばれていた。
村にアイツを連れて帰る、なんて安請け合いはできねぇけど。あの頭の良いバカ野郎のことは、オレとルビアに任せてくれ。こっちでなんとかするよ。
お待たせして申し訳ないです。しかも短いという。これもひとえに「アレ? ほのぼのってどう描くんだっけ?」ってなってた私のせいです。
まぁ次回も平和(一応)なんですが。
良くわからない危機感を抱いたハル君主催の男子会(?)です。絵面的に彼が紅一点にしか見えないことには気付いちゃダメです。
次回「初恋には満たない」(仮)お楽しみに。