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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第73話 すべては未来のために

 気に入らない。


 街に入ってから、ルビアはそう思ってばかりだ。


 気候もたいして変わらない――そう言ったのはルビア自身だが、本当に、何も変わらなかった。タイガー・アイ帝国の街並みも、アゲート王国の街並みも、其処に住まうひとたちだって、何も、何も変わらない。


 変わらない、のに。


 劣等種だとか、優越種だとか、本気でそんなことを言ってしまえる『一般人』が、本当にバカバカしくて、気に入らない。


「貴女たちは、龍になりたかったのですか?」


 そんな、答える者の亡い問いを発してしまった自分自身もそうだ。こんな感傷的なのは、らしくない。終わってしまったこと、取り返せないことについて考えるなど、不毛なだけだというのに。


 此処のありさまに関しては、言うまでも無い。


 ――端的に言って、反吐が出る。


 髪や眼は、素材に使ったのだろう。精霊の祝福が色彩として表れた部位は、呪具や術具の最高の素材となり得る。

 それ以外の欠損部位が指や歯、最大でも乳房程度であるのには、明確な意思を感じるのだ。つまり、それは――


『死なせてしまっては、もう愉しめない』


 長く、永く、苦しめることだけを目的とした行為。

 髪は例外無く短く切られているというのに、眼球が抉られている者がそれほど多くないのも、他者が拷問されているところを見せるためなのだろう。


 滅ぼしてしまえ、と言いたくなる気持ちもわかる。


 けれど、何より気に入らないのは。


「何故ですか?」

「……何故、とは?」

 アビーの問いをそのまま返した、氷滄と呼ぶには深すぎる滄を色彩に持つ、ベゼリアイトというその男だ。これでとぼけているつもりなのだろうか。


「貴方は動機を――少なくともその全てを語っていない。協力を求めるには、少々不誠実なのではありませんか?」

「……驚いたな。侮っていたつもりはなかったのだが……」

 言葉通り、驚いているのであろうベゼリアイトをアビーは鼻で嗤った。


「それが正しいから、というそれだけの理由で、正しいことができる――そんな素敵な愚か者バカを、少なくとも私はひとりしか知りません。貴方はとても彼の同類には見えない。どちらかと言えば、賢い人間でしょう?」


 誰のことを言っているのか、ベゼリアイトには理解できたようで、なるほど、と苦笑した。これ・・を変えたい、という言葉に偽りは無いのだろう。けれど、何故そう思うのに至ったのか、という部分が足りていない。

 此処で行われたことはこの国において、やりすぎだと眉を顰められることはあっても、罪だと弾劾されることではないのだ。だから、きっかけがあるはずだった。


 ちなみに。素敵なバカ、と称された当人に、それが自分のことだという自覚があったのかどうかは不明である。


「私の妻は失地ミッシング・ランドの血を受け継いでいてね」

「……どこかで聞いた話ですね」

 男の告白を受けて、アビーがそう苦笑する。正直、ルビアもまたか、と思わないではない。そういうことがあるのに、何故誰も変えようとしなかったのか……いや、だからこそこの男が今、変えようとしているのか。


「では、奥さんのため、ですか」

 問う、というよりも確認するアビーに、ベゼリアイトは静かにかぶりを振った。


「いや。死者のため、などというのは結局のところ、生者の自己満足に過ぎんよ。だから私は、亡き妻を言い訳にはしない。誰かのため、というのであれば、息子のため、であろうな。

 幸い妻は外見的特徴がそれほど濃くは出なかったが、息子は……今年で15になるが、太陽の下を歩いたことすら無いのだ」


 それが動機だ。そう結んだ男の、父親の顔が、まるで自分の行き着いた先を見せられているようで、ルビアは何よりも気に入らなかった。




 ルビアたちが領主の館に通された時には、生存を祝う宴は既に始まっていた。街の中央広場で振る舞い酒が配られており、それに面した二階のバルコニーにベゼリアイトが進み出ると、住民は歓呼の声で迎えた。かなり人気は高いようだ。

 まぁ、足元も掌握できないような人間が革命を起こすなどと言ったのでは、笑い話にもならないけれど。


 ちなみに置いてきた幌馬車は、メアリーが治療を手伝う間にベゼリアイトの部下が回収してきている。


 ひとしきり言葉をかけたベゼリアイトが、アルを紹介して場を譲る。

 何を言えば良いのか、事前にルビアはアルに訊かれたが、一切入れ知恵はしていない。思ったことを、思ったままに言えば良い、というのがルビアの答えだった。この場面で、小賢しい思索はむしろ邪魔にしかならない。


 ただ、アルはアルらしく、れっか色彩いろであれば良い。


「オレはアゲート王国から来た」


 とんでもない第一声に、お祭り騒ぎだった広場が、しん、と静まり返る。

 そこへアルが語るのは、この街へ来た経緯。何を思い、何を考え、どう決断して、この場に至ったのか。それら全てを語り尽くし……こう、結んだ。


「頼むよ。頼むからさ、オレにお前らを助けたことを後悔させないでくれ」


 助けるに値しない、そんな者にはならないでくれと、アルマンディン=グレンは懇願する。自らの価値を、自分自身に対して示して欲しい、と。

 それは重い期待ではあるが、さりとて簡単に逃げられる類のものでもない。期待してくれているのは、危地を救ってくれた者なのだ、普通は応えたくなるだろう。


 そんなアルの演説を、しかしルビアは最初しか聞いてはいなかった。

 切り出した一言で安心し、自身のやるべきことに集中する。


 訊き足りないことがある。そう言って、アルと入れ違いに戻ってきたベゼリアイトを連れ出そうとすると、メアリーにスピネルを付けられた。今更危険もないだろうとルビアは考えていたのだが、絶対と言えるものでもなかったので、ありがたく厚意には甘えておくことにする。


 今回は、紅蓮を連れていくわけにはいかない。




「訊きたいのは、死んだ一部の例外についてです。

 そこには、潜入させていた貴方の部下も含まれるのではないですか?」

 隣室に――本当にすぐ隣だったのはベゼリアイトなりの気遣いか――移動して。問いかけたルビアに、すっ、とベゼリアイトの目が細くなった。


「なるほど。確かに、私が思う以上の察しの良さだ。

 ……何故、わかったのかね?」


「貴方は完璧にやりすぎたんですよ。あんなのが暴れたっていうのに、被害が少なすぎた。まるで、何が起こるのかを最初から知っていたかのように」

「……準備が万端過ぎたか」

「だからと言って、住民を無駄に死なせるわけにもいかなかったのはわかります。だからまぁ、それは良いです」


 ――そう、此処までは、良いのだ。


「あの模造龍、貴方が創ったのではないですか」


 奴隷たちが、あのようなモノに成り果てたのは、人為的なものではないか。始まりから終わりまで、出来レースだったのではないか。


 魔霊を創造する、そんな技術ルビアは聞いたこともないが、ウィルが教えてくれたことから考えれば、絶対に不可能とは言い切れない。創ったそれを制御することは絶対に不可能だと言い切れるが。


 なんにせよ、それは呪詛の類であり、善良なアルやメアリーには聞かせられない話であった。


「……あぁ。まったく、末恐ろしいな、君は。最初に言葉を交わしたのが、あのアベリア嬢で無かった時点で気づくべきだった、ということか。

 ――あれほどのモノになったのは、正直想定外であったよ。手に余るモノになる可能性は考慮していたが、アレは予測を遥かに超えていた」


 その返答こたえが、ルビアの想像を肯定していた。


「……殺したのか」

 音が鳴るほどに強く奥歯を噛みしめて、スピネルが言う。


 ……つまりは、そういうことだろう。術式の詳細などは分からないし知りたいとも思わないが、強い負の感情がこごって魔霊とるならば、全員ではないにしろ複数人を一気に殺して回ったのだろう。実行した者は、当たり前に模造龍に真っ先に殺されているだろうが。


「死はむしろ慈悲だった――というのは、あの有様を見ればわかると思うが」


「それを決めるのはお前じゃない! 全員が、本当に死を望んだのか!?」


 スピネルが吠えた。アルの影響を受けたのか、それとも普段は意識して抑えているだけで、本来はこういう熱さを内に秘めているのか。


「生憎、全員に確認を取るだけの余裕はなかっただろう。それでも、大きく間違ったとは思っていない」

 硬い表情で、自らに言い聞かせるように言う、それをルビアは一笑に付した。

「それでも死にたくないと、そう想っていたからこそああ生ったのでしょうに」

 くだらない言い訳をするなと、弾劾した。自身の行動の理由を外に、よりにもよって被害者に求めるのは、あまりにもおぞましい。


「――それでも。それでも、あのままよりはマシだったと私は信じる」

 今度の言い様は、先のものよりはいくらかマシだった。


「……理解はできるが、納得はできない」

 スピネルの結論はそれだったが、ルビアは違った。


 理解も納得も、共感すらもできてしまっていた。


 ――あぁ、本当に、気に入らない。


 愛する者のためとうそぶいて、他の何者の犠牲も良しとするその姿は、まるで自分の、ついてしまったさきのようで。

 きっとこれは、近親憎悪と呼ばれるものだ。


「それではどうする? どうあっても私のことは赦せないと、剣を向けるかね?」


「少なくとも。『私は』そんなことは言いません」

 スピネルを手で制し、ルビアは言った。


「ならばなんのためにこんな話を?」

「貴方に釘を刺すために。」

 即答に、暫しの沈黙が返った。


 幽かに聞こえる宴の喧騒は、此処からだとまるで別世界の出来事に思える。


「私たちはこれ以上、貴方の事情には関わらない。もしアル君やメアリーが協力を申し出たとしても、貴方の方から断ってください。さもなくば、あのふたりにも全てを話します。

 アル君なら、言うかもしれませんよ? 貴方だけはどうあっても赦せない、と。今の状況で余計な敵を増やしたくはないでしょう?」


「なるほど道理だ。

 ……が、先んじて釘を刺しておく必然性も無いのではないか?」


 ……それは、確かにその通りであった。あのふたりがまだ手伝うと言い出したのなら、その時に直接止めれば良いし、このような話をするのはその後でも遅くはなかったはずだ。


「返礼代わりにひとつ忠告を贈ろう。真実を追求する潔癖さは、時として自らを蝕む毒ともなり得る。それが本当に必要なことか否か、よくよく考えてから行うべきだろう」


「……覚えておきましょう」


 結局のところ。ルビアもまだまだ子どもだということだろう。

一週間もかけてしまいました。どうにも、話が重いと筆も重くなりがちです。

すっきりしない結末かもしれませんが、帝国編はここまでとなります。次はまた無彩色サイド……に、行く前に閑話を挟もうかと思っています。

次回「彼方からの手紙」(仮)お楽しみに。

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