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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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閑話 遠見の魔女と最果ての黒

 それは今から一年ほど前、暫く暮らしていた街を出て、各地を転々としていた頃の話。




 旅慣れない息子に、その暮らしが辛くなかったはずはないが、ウィルは不満の一つも零さなかった。思えば、あの街を出なければならなくなった頃からだ、息子が、わがまま一つ言ってくれなくなったのは。


「父さんは、どうして私を護ってくれるんですか?」


 その問いかけが一番こたえた。

 私はただ、抱きしめて「ごめんなさい」と言うことしかできなかった。


 親が子を護るのは当たり前――そんなキレイゴトを言ったならば、賢い息子はきっとこう答えただろう。子を捨てる親なんて珍しくもない、まして自分は殺されることが普通の色彩いろをしている、と。

 息子にそんなことを言わせないために、私はただただ、謝ることしかできなかったのだ。


 この子の幸せだけが、今となっては私の唯一の望みだというのに、どうすればウィルが幸せを感じてくれるのかがわからない。私はなんと不出来な親なのだろう。私ではなく、彼女が生きていれば……そう考えかけて、それではウィルを護ることができないとすぐに思い至る。


 この世界は、いつだって足りないものばかりだ。


「やれやれ、ようやっと見つけたわい」


 耳元で聞こえた老婆の声に、私は一切の躊躇なく抜剣、横薙ぎに剣を一閃させた。


 ――が。


「風の便り、ですか」


 そこには何者の姿も無く、精霊術で声を届けられたのだと理解する。

 驚くことすらなく、身を寄せて来る息子の体温に胸が痛んだ。この年で、荒事に慣れてしまうような生き方しかさせてやれなかったのは、私の未熟さのせいだ。


「おぉ、怖い怖い。物騒なのは相変わらずじゃの、最果ての黒エッジよ」


 そのとぼけた物言いと声には聞き覚えがあった。

 とりあえず一度剣を収めて、どこかで聞いているはずの相手に告げる。


「なんの御用でしょうか、遠見の魔女パノプテス。私たちは旧交を温めるような間柄ではないでしょう?」


「なんじゃ、つれないのぉ。今のぬしとなら、茶飲み話もできるのではないかと思うておったのじゃが、騎士を辞めても固いままかえ」


 どうやら魔女の言葉は自分にだけ届いているようで、ひとまずそれに安堵する。


「なんの御用ですか、と伺ったのですが?」


「やれやれ、仕方ないのぅ。では結論を。ぬしの息子を我らの王に迎えたい」


「なるほど、殺し合いがお望みだということですね。それはわかりやすくて良い」

 唇に笑みを刻めば、


「えぇい、落ち着かんか、この人斬り脳!」

 耳元でしわがれた怒鳴り声が響く。

 さすがに少し顔をしかめた。


「今のは儂の望みの行きつく先であって、今すぐどうこうとは思うておらんわい。結論から先に言わねばぬしはまともに話を聴こうともせんであろうが」


 なるほど、と納得する。

 今まで敵としてしか遭ったことがないというのに、この老婆は自分自身よりも自分のことを知っているような節があって、少しばかり苦手だった。

 切っ先の黒を名乗っていた私に、最果ての黒と名付けたのも彼女だ。


「最終的に我らの許へ迎えたいとは思うておるが、ぬしの目に光がある内は認めぬであろうことくらいわかっておるわい。儂はな、ぬしの信頼が買いたいのじゃ、最果ての黒エッジ。ぬしが死して後、息子を託すに足る相手と思えるほどのな」


「面白いことをおっしゃいますね。いったい何を対価として支払ってくださるのでしょうか?」


「そうさな、まずは息子殿の髪染めとして使える精獣と染料、旅の無聊を慰める物語、そして安住の地、でどうじゃな?」


「悪くはないですね。貴女が渡す物と、導く土地を信用することができるのならば、ですが」


「やれやれ、しようのない男じゃのう。ぬしが信じられぬのは儂ではあるまい。我らの同胞を誰よりも多く殺した、教会の黒曜の剣オブシディアン・ソードよ。ぬしが信じられぬのは自分自身であろう? 自分が、我らに恨みを買っていないと信じられない。その恨みが息子へと向かわぬと信じられない。

 違うかの?」


「どちらでも同じことでしょう」

 わかったようなことを言われて、少し、口調が荒くなった。


「恨んでなどおらぬよ」

 どこまでも穏やかに、いっそ慈しむような囁きが耳元に届く。

「何をバカな、」即座に否定しようとすれば、

「ぬし個人を、恨んでなどおらぬ。教会という組織はさすがに憎く思うておるが、剣として鍛え上げられただけのぬしらを、どうして恨むことなどできようか。まして、息子を護るために世界を敵に回したぬしのことをよ」


 もしも。自分にも母というものがいたのなら、こんなふうに自分のことを認めてくれたのだろうか。ふと、そんなことを思ってしまったが。


「それでも、言葉だけで信じることはできませんね」


「ま、そうであろうな。故に今回は本と染料だけを置いて去るとしよう。

 また、逢えることを願っておるよ、最果ての黒エッジ




 それから月に一度、半年ほどのやり取りを経て、残る二つを受け取るに至った。

 この時贈られた物語は、息子の大のお気に入りとなっている。


予告詐欺になってしまいました。

このエピソード、もうちょっと先で挿入かな、と思ってたんですが『人喰い龍と嘘つきハーリー』の話題も出たしここでいっか、と。

人斬り脳(笑)なお父さんもいろいろ抱えています。

そしてこんな早く出る予定ではなかった魔女の登場。まぁ脈絡なく出て来るよりは良くなっただろうな、と思ってます。作者お気に入りの魔女の弟子は、残念ながら今回は出番がありませんでした。

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