表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
147/267

第69話 建国と至宝

 今回捕らえたのは、国境付近で活動している奴隷商の実働部隊、そのほぼ全てらしい。そいつらの飼い主が根城にしている街、関連組織のある町と、さらに上の組織がある街、ルビアですら舌を巻く程の短時間でクンツァイトが得た情報を地図に書き記して、彼女たちは祖国の国境警備隊と別れた。ここからはなるべく大きな街には近づかないようにして、可及的速やかに更に隣国のエメラルディア王国を目指すこととなる。


「エメラルド、じゃないんだ」

 不思議そうに訊いてきたのはルッチだったが、ここまでの流れを思えば、ルビアとアビー以外は同じ疑問を共有していることだろう。


「それは他にありますから」と、アビーが答え、

「それ以外にもエメラルディ公国、エメラルダは……連合王国でしたっけ?」

 ルビアが続ければ、そんな遠くの国まで良く知っていますね、などとアビーにまで感心されてしまった。エメラルダ連合王国は砂漠――不帰のアレとはまた別のだ――で隔てられた彼方に在り、信仰されている宗教も七彩のとは違うらしい。


 うろ覚えでしたけどね、とルビアは苦笑する。


「なんでそんな似た名前ばっか……」

 と、渋い表情になったアルは、覚えるのが大変だとでも思っているのだろうが。


「12石は使いたがる国が多いですからね」

 ルビアが視線で促し、アビーがそう説明した。暦にも用いられる12の宝石は、至上のものであるが故に国号として名乗りたがる国は少なくはない。

 ちなみにアゲート王国の名前は弱小国家であるが故の遠慮……というわけではなく、単に国王の自己顕示欲によるものだ。


「ようはでっかい国が見栄張ってるってことか?」


 こういう身もふたもないことを言うのは、言うまでもなくアルだ。正鵠を射ているだけにタチが悪いが、この場には大国の住人などいないので問題にはならない。ツボに入ったらしいアビーが顔を背けて肩を震わせているくらいだ。

 まぁ、大国の威信を『見栄』のひとことで片付けられたのだから、気持ちはわからないでもない。ブラックユーモアというのなら流せもしただろうが、アルは全力全開の本気で言っているのだ。


 まぁそれであってますけどね、と首肯するルビアも苦笑を禁じ得ない。彼のようなひとばかりなら……と、浮かんだ考えには、さすがに表情が曇ったが。


 ――彼のようなひとばかりなら、ウィルムハルトもあのようなことにはならなかっただろうに。


 と、考えた後には失笑がやってきた。誰しも――ルビアですら、アルのようにシンプルではいられない。それはひょっとしたら、ウィルだってそうかもしれない。だからこそ、この熾紅あかの少年は、無彩色の彼のヒーローたり得たのだろう。


 今居るこの国ほどひどくはないにしても、誰もがアルのようにはなれない。


 そのタイガー・アイ帝国の旅だが、人里を避けて通らなければならないというだけで、特に大きな問題は無く進行している。

 すぐ隣の国なのだから当然だが、気候も大きく変わらないので、今の時期なら狩りや釣りで食料の現地調達は難しくない。水は川の近くを通った時に補充できるし、最悪精石を消費して作り出すこともできなくはない。費用対効果コストパフォーマンスが悪すぎるので、可能なら使いたくない手段ではあったが。


 こぶし大の精石を消費して、やっとひと樽分である。ヴィンテージワインよりも高い水など、好んで飲みたがる者はいないだろう。少なくともルビアは、そんなもの一生飲みたくない。


 そして野宿とは言っても、馬車の中で眠れるので野ざらしというわけではないし、虫は紅蓮を怖がって寄って来ないので、快適なものだ。


 ちなみにこの虫の話をしたとき、アビーとルッチは拝むような勢いでアルに感謝していた。都会育ちなら虫は苦手か。


「冬場なら、もう少し苦労したかもしれませんけどね」

 塩焼きにした川魚にかぶりつきながら――母が見たら眉をひそめたことだろう――ルビアは言った。なんの問題も起きずに旅程は進み、予定通りなら、タイガー・アイ帝国で過ごす最後の夜だった。


「苦労、って言っても、せいぜいごはんが保存食になった程度じゃない?」

 苦笑と共に返したのは、メアリーだ。


 雪でも降れば、進行速度は落ちたかもしれないけれど。暖に関しては、アルと紅蓮が居れば一切心配は要らないし、雪道に関しても、紅蓮が先導すれば溶かしながら進めるのではないだろうか。


 ……確かに、狩りの獲物が減るくらいしか問題が思いつかない。


「改めて考えると、とんでもないメンツだよね」

 一般人はアタシくらいだと、ルッチも苦笑い。


「いや、私も未来の聖女様や、侍獣持ちの火そのものなひとには及びませんよ」

 と、ルビアも苦笑い、を、するつもりだったのだが。


「なのに中心に居るから異常なんだよなぁ……」「確かに。」「いろんな意味で勝てる気がしないよ? 私」「私など、最初から勝とうとも思えません」


 同行者たちに口々に言われ、笑えなくなってただただ苦い顔になる。


「まぁ、ルッチさんも一般人は言い切れない気がしますが。その若さで一流の職人なのですから」

 とは、アビー。結局、ルビアを除く全女子が苦笑を浮かべたかたちだ。


「若さでも一流具合でも、ルビアには遠く及ばないと思う」

「それは比べる相手が悪いですよ」

「だねー」


「なんかいろいろ納得がいかないんですが……」

「安心しろ、お前以外は例外無く納得してる」


 ひどいことを言われた。と、思ったのは、しかしルビアだけだったらしく、アルの言葉に全員が大きく頷いている。


「納得いかないんですが!?」

「いーじゃねーか、すげーヤツだ、って褒められてんだから」

 などというアルの言葉が、若干めんどくさそうに聞こえたのは、はたしてルビアの思い過ごしだろうか。


「褒められ……てるんですかね?」

「最低でもアビーは大絶賛だと思うぞ?」

「いや、それは……うん。」


 ――否定できなかった。


 間の抜けた沈黙を埋めるように、焚火がぱちりと爆ぜた。


「そーいやルビアに訊きたいことあったんだった」

「アル君が? 珍しいですね」

 思わず返してから、嫌味のようだとルビアは自覚するが、アルはあっさり「まーな」と笑い飛ばす。こういうところが、本当に敵わないと思う。自分同様、ウィルもそうだったのかもしれない、などとふと思った。


「独立戦争ってどうやんだ?」


「……国でも興すつもりですか、貴方は……」

 呆れ半分、といった感じで言ったのはアビーだった。

 残りの半分は畏れだ。色彩の純度だけを考えるなら、アルは間違いなく一国の王の器である。いや、能力に限定せずとも、人格込みで王の器と言えるだろう。いささかひとが過ぎるきらいがあるが、そこは支える臣下次第で……


 うわ、と嫌そうな声を漏らしたのはルッチだ。

「アルが王様なら、ルビアは宰相?」

 思い浮かんだ内容、それ自体はルビアと同じではあったが。


「うわ、ってなんですか」

「や、そのー……なんか似合っててヤだなー、トカ……」

 彼女の怯えたような態度も、それはそれで納得のいかないものではあったが。


「そんなに簡単な話でもないですよ」

 たとえその器があったとしても、子どもが国など興せるものではない。それはルビアが居たところで同じだ。子どもの潔癖さは、たやすく政を破綻させるだろう。ルビアも、決して妥協は得意ではない。


 それに、それ以前の問題として。


「そもそも至宝が無いとね」

 肩を竦めて言ったのはメアリーだ。


「至宝……って、精霊の瞳? どうぎょく、だっけ?」

 難しい顔でアルが問い返す。


「精霊の瞳玉――総ての色彩を内包した至上の精石は、偽りを嫌う精霊の性質をそのまま宿し、真実だけを写し取り、記録します。だから国家間の大事な取り決めは、この宝玉を介して為されるので、瞳玉を持たない国はそもそも国として認められないんですよ。

 またこの石には同種の石と繋がる性質があるため、国同士の連絡手段として用いられる他、そもそもの建国宣言にも使われますね」

 すらすらと説明したのはスピネルだ。立場上、さすがに知っていたのか……或いは、ルビアに叱られてから学んだのかもしれない。アゲート王国で大掃除をしていた間なら、それなりに時間はあっただろうから。


 まとめとして、ルビアが口を開く。

「そんなわけで、この国宝を加工する技術と、使いこなすだけの力量、両方が揃って初めて国として認められるということです。前者は国家という集団としての力、後者は国王個人のちからですね。

 そこから先、土地を巡っての独立戦争となるか、新天地を切り拓くことで近隣諸国からの承認を得るのかは立地によりますね。アゲート王国……というか、前身のタイガー・アイ帝国ですか――の場合、南北を真の魔境に挟まれ、西に内海、東は他国といった状況なので、選択の余地が無かった、ということです。さすがに龍に挑むわけにもいきませんからね」


 それと……と、これに関してルビアはあえて言葉にするのを避けたのだが、戦うのなら恨みのある相手の方が都合が良かった、というのもあって、この土地で独立戦争となったのだろう。自分たちを虐げてきた連中と戦うのならば、それだけで士気も高くなろう。


「そっか、ダメか……良いアイデアだと思ったんだがなぁ」


 肩を落とすアルが、いきなり建国などと言い出した理由は、話の最初からルビアにはわかっている。彼は、彼の友達が生きていける場所を創りたかったのだ。


 だが、だからこそ、建国どうこう以前の問題として。


「新しい国を創ったところで、解決しない問題もありますよ」


 これだけで、アルには正しく伝わっただろう。


 国を興したところで、宗教の問題は解決しない。それこそ、エメラルダ連合王国のような、七彩教会の勢力が及ばない土地にでも行かない限りは。


 逃避行――頭に『愛の』とでも付ければそれはそれでルビア好みではあったが。それでも、逃げたところでいずれ、七彩教会が勢力圏を広げてこないとは言い切れない。


 やはり、ウィルムハルトを救いたいと願うのであれば、どうあっても世界を変えるしかないらしい。


 ――何より。好みというのであれば、逃げるよりも立ち向かう方が好みだ。

今回の没タイトル「そうだ、建国をしよう!」「存在しないのなら、創ってしまえば良いじゃない」

ギャグ回じゃないのでやめときました(笑)

そんなわけで相変わらずウチのヒロインがヒーローしてたおはなしでした。

次はバトル回を予定。次回「誰がために」(仮)お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ