表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
145/267

第68話 昏白

 一行で御者が務められる者はアル自身を含めて4人。改めて数えてみれば、過半数を超えていた。むしろ手綱を握らないのはルビアとメアリーだけだ。

 ……いや、メアリーに関しては、単にスピネルがやらせないだけ、という可能性も充分にあるが。スピネルは意外でもなんでもなく過保護なところがあるし、逆にメアリーは良くも悪くも貴族らしさがない。なんなら普通に馬に跨ったりしそうである。そういうイメージはむしろハルの方がわかなかったりする。少なくとも、ハルが馬に乗れなかったとしても、アルは驚かない。


 まぁとにかく、御者のローテーションに加わっていたのは、アル、スピネル、ルッチ、アビーの4人だ。二度目の国境越えでは大型の馬車を二台増やし、4人全員が御者を務めている。元々あった2台の内、貴族仕様のメアリー所持の方にはルビアとメアリー、ついでに紅蓮が乗車し、御者は護衛の意味も込めてスピネルが担当、アビーが用意した荷馬車の手綱をアルが握り、追加分をルッチとアビーがそれぞれ担当している。


 ルビアの言うところの『来客』があったのは、今回は初日の野営時だった。


「またえらくお早いお越しだな」

「良いんじゃないですか? おもてなしの準備はしてきましたし」

「――あー……オレが、な。」

 げっそりとアルは呟く。アレは本当にキツかった。いや、結果には大満足だし、感謝もしてはいるのだが……


「お前らっ! なにのんきに談笑してやがる!」

 抜いた剣を突き付けて、『客人』のひとりが吠える。スルーされたのが傷ついたのだろうか。むさいひげ面に似合わず、存外ナイーブな『お客様』である。


「いえ、だって……ねぇ?」

 ルビアが失笑し、視線を向けた先のアビーが続けた。

「今回足手まといの私たちは、頼もしすぎる援軍の方々が護ってくれますし」

 オリジナル・スピネル以下、6人の兵士の皆さんを見遣って。一応、参謀氏は戦力に数えてはいない。

「攻撃に専念できれば、質を伴わない量なんて、アル君にはただのカモよねー」

 メアリーまでそんなことを言う。スピネルは一応護衛に専念する構えだが、彼自身、自分を予備戦力としか見ていない様子だ。それも、使う可能性が限りなくゼロに近い予備だ。


 アルの戦力をまだ把握しきれていないルッチだけが少し不安そうにしているが、非戦闘員ならこれくらいは普通だ。むしろたった一度の体験でここまで落ち着けるようになったアビーがおかしい。

「そうですねぇ。数を揃えただけでいい気になって、不意打ちすらせずに堂々と姿を見せるなんて……なんでしょう、お手荷物はネギと鍋なんでしょうか? 〆は麺類ですかね」


 ――嬉々として煽ってすらいやがる。いや、そゆとこはらしいけども。


「えー、私は麦がゆの方が好きだなー」

「お嬢様、そういう問題では無いです」

 スピネルがツッコミに回ってくれて、アルは妙な安心感を覚えたりなどしたが。


 鍋の具材御一行様はその扱いが不満らしく、真っ赤になって震えていたりする。言葉を発さないのは商人ズの皮肉についていけないからか。頭悪そうだしな、とアルは失礼な、それでいて正鵠を射ていそうなことを考える。


「アル君、私が視る限り、囲んでいる53人で全部です」

 最初のひと言以降、会話じかんかせぎを任せて索敵に徹していたルビアが耳打ちする。一応後で周囲を探索する必要はあるだろうが、初手は決まった。


熾紅オリジナルフレイム昏白ホワイトアウト


 同じく、小声で詠唱を続けていたアルが、編纂された独自術式オリジナルスペルを開放する。


 アルたちを円形に囲んでいた計53人が、炎上した。


 白く、少しばかり濁った色合いの炎だ。炎――そうとしか見えないから、見た目は少々エグいけれど。この炎、それ自体に殺傷能力は無い。呼吸する空気のみを選んで燃やすこの炎は、ひとの意識など数呼吸の内に刈り取ってしまう。


「――へぇ。そこそこ使えるのがいたな」

 一割ほど、激しく燃え上がった炎があった。

 熱くない炎と息苦しさに即応し、空の蒼か植物の緑で空気を作り出したのだろうが、対応速度は合格でも、選択した手段が不合格だ。やったことは、結局火に薪をくべただけなのだから。


 結局、正解の対応を取れた者はいなかった。炎自体をどうにかするのが正解ではあるのだが……それができる者は国中探しても数えるほどだろうと、この術式を編纂したランメライトは色名にかけて請け合っている。そしてその国内有数の術者はここにはいなかったようだ。


「ほら。やっぱりカモだった」


 意識を漂白され、昏倒する53名を見遣って、ルビアはため息をもらすのだった。




 さて、何の盛り上がりもなく、初手で一撃のもとに一網打尽にしてしまった――ちなみに伏せられている戦力も無かった――わけだが。

 同行者からも察せられるように、今回の襲撃は予定通りである。


「せっかくなので、国境の向こう側も少し綺麗にしておきましょう」

 との、クンツァイトの提案の結果がこれだ。前回捕らえた奴隷商たちの、上だか横だかはわからないが、関連のある連中が動くだろうから、それも片付けてしまおう、というのがクンツァイトの提示した案であり、同行の兵士一同と追加で引いてきた馬車は、言ってしまえばゴミを持ち帰るための箒とちりとりである。


「それって普通に国境侵犯なのでは……」

 真面目なスピネルがそんな良識を口にしたが、そんなものが通用するなら策士などやっていない、ということだろう。黄昏色を演じ続けてきた男は、にこやかに笑って返した。

「大丈夫、証人なんて残しませんよ。国境を股にかけていた人買いの集団が、王国側に捕らえられるという結果しか見えなければ、誰も何も言えません」


 そんなわけで、王国の国境警備隊の面々は、日中は馬車の中にいた、ということだ。一般兵はともかく、さすがにオリジナル・スピネルが日中顔を出すのはマズい。

 そんな彼らは気絶した人買い連中の拘束と積み込み作業を黙々とこなしている。最初はアルも手伝おうとしたのだが、ここまでのことは全部ひとりでやったのだからと遠慮されてしまった。大して疲れているわけでも無かったのだが、「ではお言葉に甘えましょう」と言ったルビアの表情に何かしらの含みを感じたのでおとなしくしている。


「イロイロと凄いヤツだとは思ってたケド、ここまでとは思わなかったよ……」

 手際の良い兵士の様子をアルがぼんやりと眺めていると、若干ひきつった笑顔でルッチが声をかけてきた。


「まー、ついこないだまではできなかったことだしな」

 できるようになった経緯を思い出し、答えるアルは、いつになく疲れた様子だ。

「オレの火で、殺さずに無力化、ってのが簡単にできるようになったのはありがたいんだが……アレはしんどかったー」


「まぁ……」「あれは……」「……ねぇ?」

 ルビア、スピネル、メアリー。その場に立ち会った三人が口々に言う。


「そんな大変だったの?」何も知らないルッチの問いに、


「正直、心を折るのが目的かと疑いそうになりましたね」

「雇い主と問題を起こしたのも納得の口の悪さでした」

「下手したら大の大人でも泣くんじゃない? アレ。」

 顔を見合わせた三人が、先ほどと同じ順番で答えた。


「お疲れ様でした、アル」

 その発言に、あのアビーですら労りに満ちた眼差しを向けてくる。


「まぁ、ハルのこと悪く言われた時は普通に殺意わいててそれどこじゃなくなったけどな」

 苦笑するアルに、メアリーとスピネルが頷く。

「あー、アレ。」「確かに殺気放ってましたね、普通に」


 これにルビアは困惑顔になる。


「殺意って……どれだけウィル君のこと好きなんですか」

「いやお前がだよ。何他人事みたいな顔で苦笑してんだよ」「笑顔がコイツコロスって語ってたよ、ルビア?」「戦えないのになんで殺気が放てるんでしょうか」

 総ツッコミである。ちなみに三人同時、且つ食い気味だった。


「まぁルビアのあの反応のおかげでちょい冷静になれた感はあるけどな。詳しく話聞けば納得だったし。視え過ぎているせいで、視えない者の視界が理解できない……ってのは。実際それ聞いてルビアも落ち着いてたし?」


「えっ、と……結果として使い勝手の良い術が組みあがって良かったデスヨネー」

「いやごまかせてねーからな?」


 いーけど、と吐息する。使い勝手の良い術であることは確かだ。

 互いに信頼し合っている友人限定の解毒で、意識を失うまでに全力を注いでいたのが、効果を限定して、無駄を徹底的に省くことで、余力が残るどころの話ではなくなっている。消耗の度合いで言えば、ちょっと派手に燃やした、という程度のもので、10回同じことを繰り返しても平然としていられるだろう。

 ランメライトが言うには、前回アルがやった『解毒』は、毒だけではなく、体内の有害なもの総てを燃やし尽くしていたのだそうだ。放っておいても自浄可能な程度の些細なものまで、総て。一度くらいなら問題ないが、何度もやると逆に体の抵抗力が落ちると言って叱られた。


「そう言えば先ほど、手伝いを止めたのは何故でしょう?」

 アルが『なんとなく』で従った部分をつついたのはアビーだ。頭の良いヤツはいろいろはっきりさせないと気が済まないんだな、とアルは苦笑い。


「あれだけのことをやって、元気すぎるのは問題ですから。アル君、少しは疲れたふりをしておいてください」


 ――わりかし無茶な振りが来た。


「いや、ふり、って言われても……」

 どうしたら、と困惑するアルに、ルビアは笑顔で告げた。


「術式編纂を思い出せば良いですよ」


 ――なんてことを言ってくれるんだ。


 アルは程良い感じに疲れた表情を浮かべるのだった。

解決編でした。約束通り早かったよ! 日付は変わってしまいましたが、ほぼ連日更新です。


今回、「太鼓判を捺す」という表現を使いたかった部分があったんですが、世界観にそぐわない表現だと思ったのでやめました。こだわりすぎると使える表現がどんどん減っていくんで、バランスが難しいです。前に別の表現を考えたシロとクロとか。

次はルビア先生の講義建国編、もしくはクンツァイトあたりの視点で短いこぼれ話を挟むかもです。また68.5話、みたいな感じで。これはやるかどうか未定ですが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ