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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第67話 箱庭の王国

前回までの蒼紅サイド

国境の街の大掃除が完了。なんかエライひとたちとのパイプができる。


 国境に関を設け、兵を置いているのはアゲート王国側だけである。タイガー・アイ帝国は関所や砦はおろか、近隣に兵の詰め所すら無かった。

 ルビアとしても、そのあたりは疑問だったのだが……蓋を開けてみれば、出て来たのはつまらない、という言葉でもまだ足りないようなバカげた真実だった。


「未だに私たちのことを敵と認めることすらできないんですよ」

 とはクンツァイトの言だ。タイガー・アイ帝国にとって、アゲート王国とはただの反乱奴隷の集団で、『領土の一部を不当に占拠しているものの、さして価値の無い土地なので見逃してやっている』などという建前、むしろ言い訳を、その国の住民は本気で信じているらしい。


「独立戦争で負けたのに?」

 アルが素直に問えば、クンツァイトは笑顔にたっぷり毒を含ませて答えた。

「負けた、という事実を認められないからこそ、でしょうね。彼らにとって私たちはより劣った存在でなければならない。そうすることでしか自尊心を保てないんですよ、実態が低俗で無価値だから」


 国境を警戒していないのではなく、できないのだ。そんなことをしてしまえば、単なる反乱奴隷が、対等の敵手となってしまうから。

 事実がどうあれ、史実はそういうことになっている。少なくともあの国では。


 ――それにしてもこの男、擬態の必要が無くなった途端に正直というか辛辣というか……


「もう亡ぼしちまえよ、そんな国」アルらしい、感情的で短絡的な発言に、

「できるものならとっくにやってる」

 オリジナル・スピネルは苦々しい顔で腕組みをして、クンツァイトを恨みがましく睨んだ。つまり、参謀ストップがかかったということか。


「できるかできないかで言えば、できますよ。採算が合わないだけで。

 殲滅戦ともなると、将兵の損耗も相当なものになります。奴隷商も大きなところが片付いた今、そこまでして潰すだけの価値はあの国には無い。戦果が『気が晴れる』というだけでは到底割に合うものではない。それに……」

 と、言葉を切ったクンツァイトが、その視線をルビアに向けた。笑顔に促され、ルビアは肩を竦めて後を引き取る。

「潰した後の問題もある、ということですか? まぁ、愚かな敵というのは、緩衝材にはちょうど良いのかもしれませんね。

 ……あの、これ何の試験ですか?」

 明らかに試されているのがルビアにはわかった。


「いえ、試験ということは無いのですが……貴女、やっぱりウチに来ません?」

「15の小娘に何言ってんですか、天下の国境警備隊が」

 ため息に混ぜてそう返せば、


『15!?』

 と、アルを除く全員が驚愕の声を揃わせた。


「あ。」

 しまった、と一瞬だけ思ったが、旅の連れになら知られても問題無いだろうと思い直す。対外的には16以上おとなということにしておいた方が都合は良いが……

「いやちょっと待ってください。いったいいくつだと思われてたんですか、私。」


 ――驚愕するほどのレベルなのか。


「あー……いや、20は軽く超えてると……」

 気まずそうに頬を掻いているオリジナル・スピネルはまだ良い。

「童顔の30代だと思ってました」

 クンツァイトは真顔で言ってくれた。


 ――オイ待て泣くぞ。


 実際滲んでいる気がする視界を、ルビアは旅の連れへと転じる。


「私は父から聞いて知っていたのですが……つい、忘れてしまっていました」

 ――年齢をつい忘れる、とは?

「…………」

 ――ルッチ、何故無言で目を逸らす?

「僕も20かそこらかと」

 ――そこまでオリジナルと揃える必要性……?

「え? そりゃ思ったよりは下だったけど、そこまで上にわぁっ!」


 ――メアリーほんと良い子!


「えっ、と……ルビア? 急に何? なんで私、抱き着かれてるの?」

「親愛の表現です」

 ぎゅーっ、と抱きしめると、メアリーは更に戸惑いを増した。

「は、はぁ……ありが、とう……?」


「ってかルビアさぁ、大人と思わせるのは予定通りなんじゃ?」

 若干呆れ気味のアルに、ルビアは涙目を向けた。

「そうですけどもっ! だからってあのヒト、言うに事欠いて30とか!」

 びっ、とルビアが指差した参謀氏は、呑気に「ひとを指差すのは失礼ですよ?」などと言ってくる。

「うら若い乙女を三十路扱いするほどじゃないですぅー」


 唇を尖らすルビアを見て、クンツァイトは「そうしていると年齢とし相応に見えますね」などと頷いている。


「こうしてないと、とてもそうは見えないって意味ですよね、それ。」

 むくれて頬を膨らませる癖はまだ抜けない。


 ――と。


「……あの、メアリー……? これは……?」

 先ほどのメアリーのような反応を、今度はルビアがする番だった。

 いったいどうしたことか、メアリーの暖かい掌がルビアの頭を撫でている。

「んー? なんとなく?」

「はぁ、なんとなく?」

「なんとなく、初めてルビアが年下に思えたから?」


 ――さすがに恥ずかしくなったので離れた。


「で、ルビア? 気が済んだなら訊きたいことあんだけど」

 アルがそう言ったのは微妙な空気が流れ始めてすぐにだった。なんでしょう、とルビアが反問すると、彼は続けた。

「ここまで面倒な国だとは思ってなかったんだよな? だったら別ルートとか取らねーの?」

 素朴な疑問、とでも言わんばかりの口調で、ひどくとぼけたことを。


 ……彼にはこういうところがある。敢えて自ら愚者として振る舞うことで、場の空気を変えてしまうのだ。ウィルもきっと、そんなところに惹かれたのだろう。

 だからルビアは、軽い調子で当然のことを確認する。


「アル君も北と南がダメなことくらいはわかりますよね?」

「――ダメなのか?」


 ……返ってきたのは予想外の返答だった。


 ――え? そこから?


「えぇと……」

 まさか、と旅の連れの貴族と従者と職人と商人を見回せば、ルビアと同様の呆れ顔で、一応の安堵を得る。はふ、とため息をひとつ、どうしたものかと考えたのは一瞬だった。

「じゃあ皆で教えてあげましょうか」


 まず北に関しての適任はやはり従者だ。ルビアが促すと、オリジナルでない方のスピネルが言った。

「北は――まぁ南もですが、ぬしの居る魔境ですからね。天剣山てんけんざん剣匠龍けんしょうりゅう、話に聞いたことくらいはないですか?」


 単に魔境と称されるだけの場所であれば、それこそ人の集落に匹敵する程の数が在るが、その地の象徴たる強大な魔獣が治める地となると、国の数程度にまで落ち着く。

 魔境の主は、当然ながら固有の名は持たない。ひとが名付けた精獣は侍獣となるが、龍を従えた者など、伝説の中にすら存在しない。創作物の中でそれをやって、国中の失笑を買った、などという話すらあるほどだ。


 ひとの手に負えないからこそ、龍というのだ。ひとに従う龍など、燃える氷や凍る炎に匹敵する矛盾である。


 ……氷を燃やしてしまえそうな者になら、ルビアはひとり心当たりがあったが。


 龍とひとが友達になる物語であれば、ルビアの家にもあったけれど……こちらは、矛盾とも言い切れないものだ。実例だってある。


「あー……アレって、そんな近くだったんだ」

 苦笑いと共にアルがそう言った、天剣山の龍こそがそれである。


 つるぎたくみの名で呼びならわされるその龍は、幾人もの剣士を鍛え上げたことから、そう呼ばれるに至った。戦士の心の在り様を貴ぶその龍は、しかし無条件にひとに優しいわけではなく、心の卑しいものは当然として、単に戦うことができないだけの者でも、自らの領域への侵入を赦さない。


 鍛えられる過程で命を落とす者も少なくは無い――いや、はっきりと言ってしまえば、龍の試練に耐えられる者の方が稀だ。ルビアたちの中でだと、可能性があるのはこの説明を任せたスピネルくらいのものだろう。アルは剣よりも炎が本質なので、彼の龍との相性はあまり良くは無い。切り抜けることくらいはやってしまいそうではあるが、護衛二人だけで龍の領域を抜けることに意味などありはしない。

 旅に明確な目的を持っているのはメアリーであり、ルビアなのだから。


 そんな、比較的ひとに対して友好的と言える龍ですらこうなのだ。


「南の不帰かえらずの砂漠はもっとムリよねー」

 ルビアの視線を受け、貴族――メアリーが続けた。


 不帰かえらずの砂漠、其処は一般的な魔境とは逆に、一切の精霊が存在しない地だという。ありとあらゆる生命いのちは存在せず、ただ一匹の龍のみが在るという。


不帰かえらずの砂漠の砂龍――周辺の精霊総てを呑み乾し、猶も貪ることをやめない、唯一人語を解さない・・・・龍。亜龍と呼ぶ者も居るそうです」

 商人、アビーがさすがの知識量で捕捉を加える。


 ちなみにこの砂龍、一般的な龍には劣るのだからと、退治して名を上げようとする愚か者も少なからず居たそうである。

 結果がどうなったかは言うまでも無いだろう。未だ不帰かえらずの砂漠は不帰かえらずの砂漠のまま在る――それが回答こたえだ。


「へー、南ってそんなんなんだ」

 と、こちら側はまるで知らなかった様子のアル。


 ――敢えてやっている? ……いや、素だこれ。


 ルビアもまだアルへの理解が足りない。時々妙に察しが良いので勘違いしてしまったが、本質的に彼はさかしさとは無縁の存在だ。


「じゃあ西は? 海があったろ?」

「海って言っても内海だからね。渡ったところで路は無い……とまでは言わないケド、結局陸路を大きく迂回する必要があるから、当然危険も増えるね」

 意外にも、と言っては失礼だろうか、ここまで発言のなかった職人がすらすらと答えた。自身の職分以外には興味がないものと、少々侮っていたのかもしれない。

 西の内海はアゲート王国の交易の窓口だから、こちらの説明は本来アビーが適任だったのだが。ちなみにそのアビーは口を開きかけた状態で固まっていた。


「そのまま海は行けないのか?」

 まぁ、それは何も知らなければ当然の疑問だろう。


「外洋を往く船が無いってわけじゃないよ? でも危険は陸路とどっこい……いや、逃げ場が無い分こっちのが危険度は上かも。海の魔獣も居るしね」

「詳しいんだな、ルッチ」

「一応、船も軽くだけど勉強したんだよ。馬車に応用できる技術もあるんじゃないかと思って」


 ……どうやら彼女に関しては、妥当な評価だったようだ。


 ――まぁ、それはそれとして。


「お客さんですよ、アル君」


 予定通り、と。遠くを視ていたルビアは、担当者に告げた。


 招かれざる客の、到来だ。

随分遅くなてしまいましたが、ひとつだけ、言い訳をさせてください。


PC壊れたんはどーにもならへんやん!?


閑話休題。

ついに! ついに本作にも龍が登場です。いや、まぁ、現物はまだ出てませんが(笑)

いやー、ファンタジーなら必須と言っても過言では無いですよね、龍。

浪漫が生きて動いてるようなもんですよね、龍。

あ、十枚羽のヤツは比喩表現的な感じで実在はしていないため、この世界の龍について語られるのは今回が初となります。

思わせぶりな引きを作ったので、次はなるべく早くお届けします。

次回「昏白こんぱく」お楽しみに。

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