第66話 石名と花名と
最後まで行ってなかった前回の続きを少しだけ
ちょい短めです
疑問は、ひとつ。
何故、彼女の話には両親が出て来ないのか。
推論は、ふたつ。
最初から居ない、孤児だった可能性。
……そして、件の10数人の中に含まれている可能性。
彼女を大切に想う者が、彼女を護り、命を散らせたのだとすれば、彼女の家族などはその筆頭に挙げられることだろう。
こんなことにばかり頭の回る自分を、ハルは皮肉に思わないでも無かったが。
それでも、気付けなければ、何も言ってやることができなかった。家族を操り、死なせてしまったと嘆いているかもしれない、この臆病になってしまった少女に。
「貴女は負い目を感じるのではなく、誇り、感謝するべきですね。貴女の声の後押しがあったとはいえ、命を賭して、大切なひとを護った彼らに対しては」
良いことを言った、と得意になるつもりはなかった。慰めを口にしたつもりもなかったが、そう取られる可能性は考慮していたし、意固地になって反発される可能性もハルはちゃんと考えていた。当然、そこから言いくるめる手立ても。
けれど。
呆れた顔で深いため息をつかれるのは予想外だった。
「……ホント、ウィルくんは、優しくないのか優しいのかわからない」
やれやれ、とばかりにかぶりを振ったりされた。
「いや、私は別に優しいわけじゃないですよ。というか、優しくなかったのはだいたい貴女の所為ですからね? そもそもなんであんなこと言ったんですか」
「だって……」と、アニーは唇を尖らす「他のどんな『おねがい』も、ウィルくんはきいてくれそうだったから」
言われ、ハルは自らを省みる。
死ねと言われれば死ぬのか、と問われ、いつ、どこで、どのように死ねば良いのかと本気で問い返すような輩が、拒絶する『おねがい』とは。
――うん。絶無ですね。
「――あー、うん。私も、ごめんなさいでした」
ハルが素直に頭を下げれば、アニーは怪訝そうに首を傾げる。
「……ウィルくん?」
「――いや、私が拒絶するだろう『おねがい』って、自分でも他に一切思いつかなかったので。選択の余地が無かったのに、言いすぎました。ごめんなさい」
ぷっ、とアニーは吹き出した。
「謝るところ、そこなんだ。やっぱり、ウィルくん、ヘン」
クスクスと、小鳥が囀るように笑うアニーに、やはりこういう距離感が心地よいと、改めて思うハルだった。
愛だの恋だのは、全部ルビアのところに置いてきたから。
――ウィルムハルトの中にそんなものがあるとすれば、だが。
ともあれ。
ウィルムハルト=ブラウニングは、此処では魔王でありさえすれば良いのだ。
気を取り直して、ということで、家畜と愛玩動物と一緒に、アニーの歌に耳を傾ける。いつもよりも晴れやかな歌声に聴こえるのは、はたしてハルの気のせいか。
まぁ、一緒に、などと言ったところで、無彩色は普通の動物には怖がられるので、抱き上げたりなどはできないのだが。
機嫌よく3曲ほどを歌って一息ついたアニーに、ハルは拍手を贈って、もうひとつの贈り物の準備を始める。
「さて、アニーさんの石名なのですが。」
ハルが言うと、寄って来たウサギを抱き上げたアニーは「……うん?」と小首を傾げた。彼女には随分懐いているようで、胸の中のウサギがそのしぐさを真似している。
「12石をメインに、と考えていたのですけれど……ダイヤモンドはちょっと違うんですよねぇ」
「……そう、なの?」
ウサギにすり寄られたアニーは少しくすぐったそうだ。めんどりの方は彼女の足下をぐるぐる回り出していた。
「はい。あの石は反射光が単色、白だけなので、アニーさんの硝子色の髪には不似合いなんですよ。瞳の色から取ろうにも、アレキサンドライトは既に居ますし。青か赤、どちらかに限定するのもちょっと違いますよね? クリスタル、というのも考えたのですが、12石と比較するとどうしても見劣りがしますし……」
「……えっと、それ、で……?」
「はい、特定の石を表す言葉では無くなりますが、三稜鏡というのはどうかと。これなら、硝子色の髪にも似つかわしく思うので」
抱き上げたウサギをもふもふと撫でながら、おぉ、と感嘆の声を上げるアニー。
「……いろいろ、考えて、くれてるんだ……」
「まぁ、先代からのせっかくのほどこしなので」
「……ほど、こし? ……おばあちゃんの?」
「はい。わざと片手落ちにしておいたんじゃないですかね、名前。自分の跡を継ぐ者が名付けようと思えば、皆のことを良く視て、知る必要がある。その過程で親しくなるように、ということじゃないでしょうか」
――そうすることで、私をこの地に縛る鎖も太くなる。
ひねくれた考えを言葉にしないくらいの分別はハルにもあった。
「……そっ、か…………ね、ウィルくん? わたし、たち……少し、は、仲良く……なれた、かな……?」
「ま、交わした言葉と、共有した時間の分は親交も深まっ……」
言いかけた言葉が、中途半端に途切れる。
不足分の名前を補ったのは、ルナ、夕顔、カレンに加えて、今回のアニー。サニーは最初からあったものをハルが付けた体裁をとったが、その時に彼女の事情も聴いている。
――もしかしなくても、女の子ばっかりですね、これ。
これは良くない気がする。
いや、何がどう、というわけではないが、何かがそこはかとなくよろしくないようにハルには思えた。
いきなり言葉を切ったハルを、暫くは怪訝そうに見ていたアニーだったが、それにも飽きたのか、座って静かな歌を唄い始めていた。
同性とも親交を深めなくては。そんな義務感に駆られるハルだったが……彼らが後回しになっていたのにも理由があるのだ。
シグルヴェインは何かにつけて体を鍛えさせようとするし、ニクスは天然で駆けずり回ることを強要してくるし、フロルは自身の言葉数は少ないのにやたらハルの話を聞きたがるので単純に疲れる。
あとフロストは……まぁ、あんなだし。
改めて考えてみても、ハルと相性が良い相手は女性の方が多い。サクラは大好きな物語の作者だし、サニーとの会話は純粋に楽しめる。アニーの歌はいくら聴いていても飽きることがない。
こうして考えると、趣味嗜好がまるで違うのに友達になれたアルの存在はやはり奇蹟なのだと思える。
……というか、此処の男性陣に積極的に関わりたいと思える相手が居ない。嫌っているわけではないのだが、一対一だと疲弊が……と、そこまで考えたところで、ひらめきがあった。
――考えてみれば、一対一である必要なんて無いですよね。
全員を集めれば自分ひとりが苦労することも無いだろう。そんな小賢しい打算と共に、ハルは更に計画を練る。親睦を深めるためのお泊り会、というのはどうだろうか。夜、屋内であれば、体を動かす、ということにはならないだろう。
そんなことを考えていると、アニーの子守歌でまた眠ってしまっていた。
厳しすぎる言葉への仕返し、と考えるのはうがちすぎだろうか。
やったねハル君、男子会の予定が立ったよ!
……まぁ、ヴィジュアル的には彼が紅一点になるんですが。
次こそはサイドチェンジです。
内容は候補がいくつかあってまだ確定してないです。
アゲート王国の立地についてルビア先生に説明してもらうか、建国に関してルビア先生に説明してもらうか、隣国でまたひと悶着あってルビア先生の出番はほぼ無くなるのか。
感想もらってテンション上がったので一気に書きました。
この作者チョロイので皆さま感想ぷりーづ!