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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第63話 魔女の祝福

 ――いったい、どこからどこまでが遠見の・・・魔女の脚本シナリオだ?


 ほんの一瞬浮かんだ、あまりにあり得ない考えに、ハルは嗤った。まぁ、傍から見れば笑ったとしか見えないのだろうが。


「どうかなさいましたか?」

 ジャスパーに問われ、ハルは答える。

「いえ、一瞬とはいえ、あり得ない想像をしてしまったので。アルとの、そしてルビアとの出逢いすら、魔女に仕組まれたものだった、などと」

「――あり得ませんか?」

 と、ジャスパーの言葉は、一応疑問の形を取っていたが、白々しい問いだった。予定調和のようなやり取りは、相手がアルやルビアであれば楽しいと感じられただろう。サニーたち、楽園の面々もそれに準じると言って良いだろうが……友人の父とは言え、得体の知れない商人が相手では、ただただ寒々しいだけだ。


「わかっていて訊くのは趣味が悪いですよ?」

 ハルが嗤い、二人は声を揃えた。


『アレが誰かに踊らされるようなタマか』


 アルを都合よく動かすことなど不可能だ。始原のほのおはひとの手には余る。アルマンディン=グレンの炎は、半端なはかりごとなど容易に焼き尽くしてしまうだろう。

 持てるちからに反して、あの少年はあまりに無欲だ。小賢しく誘導することなどできるものではない。無自覚に、無意識に、企みの最も致命的な部分で想定外の行動を取り、策の全てを台無しにする……そんな結末がありありと想像できる。


 アルはどこまでもアルらしく、アルとして振る舞うことしかしない。できない。他人の思惑などで、歪められるものではないのだ。

 だからこそハルは、アルのことだけは無条件に信じられる。


 ――じぶん自身よりも、信じられる。


 ルビアに関しては、アルの両親に言ってもしょうがかないので言及しなかったが、ルビアの想いを誰かの策だと考えることは彼女に対する侮辱だ。


 サルビア=バラスンは、世界でただひとり、ウィルムハルト=ブラウニングに恋をしてくれた女の子なのだから。

 そこに第三者の利害など、絡む余地は無い。


 希代の魔女ですら、少女の想いを自由にはできまい。


 それでも、彼と彼女の存在を、魔女が策謀に組み込んだ可能性は否定できない。

 同胞を魔法使いに仕立て上げるために、家族すら欺いた魔女だ、魔王を仕立て上げるためであれば、どんなことでもするだろう。

 友を得て、失って。自身に近しい存在が隠れ住む地に受け入れられる。総てを失った魔王にとっては、其処こそが唯一無二の護るべきものになる、といったような計算が……と、そこまで考えて。ハルは空恐ろしい可能性に気付いてしまった。


 あの日。魔女はハルを庇って命を落とした。


 ……それすらも、予定の内だったとしたら?


 目の前で死んで見せることによって、次代の魔王を縛る――かの魔女であれば、それくらいやったとしても驚くには値しない。


 確証は無い。けれど確信があった。


 もしも、自分が魔女の立場なら、同じことをしただろうという確信が。


 仮にこれが真相だとしても、命を命で贖ったという事実は変わらない。なにより、そこまでの覚悟を以って託されたものならば、放り出すことなどはできない。

 それは、本当のところを探ることですら、まるで墓を暴くような罪悪感を伴う、魔女と共に埋葬された真実だ。


 まるで呪いだ。


 老いた魔女の、命をした呪詛のろい


 安易に死ぬことは赦さないという、祝福のろい


 ――父さんといい、魔女といい。やすませては、くれないのですね。


 ハルは笑う。どうやら、ウィルムハルト=ブラウニングは、いまだ死ぬことを赦されてはいないらしい、と。


「――優しいでしょう? 遠見の魔女は。」


 思考がひと段落するのを待っていた、としか思えないタイミングで詐術士の玉石ジャスパーが言う。簡単に表情を読ませるような可愛げは、ハルには無いのだが……

「優しいと思うか、残酷だと思うかは、受け取る側次第でしょうね」

 友人アルが言うところの完璧な作り笑いで以って、ハルは答えた。

「おや。意外と皮肉屋なのですね」

 これには肩を竦めるだけで応じて、話を戻す……前に、一応サラとカレンにどういう知り合いかを説明しておく。友人アルの両親だ、と。


「さっき『予定より随分早い』と言いましたね。貴方がたの予定がどんなものだったのか、訊いても良いですか?」

 可能であれば、感情の色彩いろを視認しづらい魔境とは別の場所で訊きたかったところだが、贅沢は言えない。


「さすが、察しが良いですね」

「そういうのいいんで」

 即答に、ジャスパーは喉の奥でくくっ、と笑った。

「予定ではシディ=ブラウニング氏がいつかお亡くなりになった後でお迎えするはずだったと思いますが。本当に、何があったんですか?」


「何が起こったのか、そこはわかっているでしょう?」

 まずハルはそこを確認した。試した……というわけではなく、単に全てを説明するのが面倒だっただけだ。あまり長く話をしたい手合いではない。

 およそアルの父とは思えない食わせ者のにおいがする。


 ジャスパーは空を指差した。

「えらく派手な火が打ち上がって、弾けましたね。あれが原因になったのはわかりますが、なぜああなったのか、それになにより、何故貴方が逃げなかったのかが、まったくわかりません」


 なんとなくでハルが空を仰げば、変わらぬ蒼穹あおが其処には在った。手を伸ばしても、決して届くことのない蒼が。


「私の不用意な発言で紅蓮が暴走したんですよ。その後始末の結果が、あの空に咲いた火の花です。村を出なかったのは、アルみたいなヤツとは二度と逢えないと思ったから」


 実際は少なくとももうひとり、既にあの村で出逢っていたのだが。


「――そんな理由で死のうとしたと?」

 ジャスパーの声に混じった僅かな苛立ちを、聴き取れた者がハルの他にいたかどうか。けれどハルにも、何が彼の気に障ったのかはわからない。

「そこまでは思っていないですよ。ただ……父にただ生かされているだけの未来なら、別に無くてもいいかな、と思っただけで」


 怪物じぶんがいなくなれば、父も自由になれるだろう、とも。


「……なるほど。魔王陛下にとっては、魔女は残酷だったということですか」

 表面上はにこやかなままの、温度を無くしたジャスパーの言葉にハルは。

「――どうでしょう、ね……」

 と、そんな曖昧な答えしか返せなかった。言葉を濁したわけではなく、ハル自身が明確な解答を持たなかったためだ。


 死をいとうことも希求するのぞむことも無いハルは、魔女に生かされ、何を想うのか。その答えは、未だ出ていない。


 一応話がひと段落したところで、フリージアがようやく言葉を発した。


「――ウィル君が魔王だったわけ!?」


『今更っ!?』


 発言者を除く全員の声と心がひとつになった。


 あぁ、この女性ひとは間違いなくアルの母親だ。そんなどうでも良い感慨をハルは抱く。魔女の存在を知っていて、シディとも面識があれば、普通は気付きそうなものだが……その『普通』が通用しないのがアルであり、その母だということだろう。


「だってあなた教えてくれなかったじゃない!?」

「いや普通は気付……あー、いや、キミはそういうひとだったね」

 どうやら旦那の中でもそういう扱いらしい。


 よく今まで楽園の秘密が守られてきたものである……と、考えかけて、ハルは思い至る。この女性ひと、実は詳しいことは何も知らないのではないだろうか、と。そのあたりを追及しても物悲しい事実しか出て来ないことは確実なので、さらりと流して商談に移る。

 今回の商品は調味料や干した魚介などの食料品だった。今回『も』かもしれない。サクラ用の書籍は年に一度らしい。


「……随分安いですね」

 価格交渉をサラに任せるか、自分でするかで少し悩んでいたハルは、ジャスパーの提示価格に拍子抜けしていた。


「相場の一割増しですが?」

 調子を取り戻したジャスパーの白々しい発言を、

「安すぎるでしょう?」

 と、斬って捨てる。ハルとしては、相場の倍までなら適正価格と判断していたのだ。なにしろ世界不適合者はみだしものたちのコミュニティである、取引相手自体が希少なのに加え、商人側にも教会を敵に回すリスクがあるのだ、これで割高にならない方がおかしい。

 いったい、魔女はどんな魔法を使って彼らを引き入れたのか。


「彼らと魔女はどういう関係なのですか?」

 ハルはこれをサラに訊いたのだが。

「旧知の関係あいだがらですよ」

 しかしジャスパーがそれに答えた。

 詳細を語るつもりは無いということか、それとも、これで察しろということか。わかったのは、魔女が周到な準備を終えている、ということだ。まるで蜘蛛の糸に絡め取られるような感覚は、あまり気持ちの良いものではなかった。


 想定外の再会に気を取られ、過去にばかり思いを馳せていたハルは、カレンの目的を完全に失念しており、そのまま商談を終えるところだった。


 姉の機嫌を取るのに、ハルはこの後かなりの時間と労力を費やすことになるのだが……それはまた、別の話である。

2週間も空いてしまってすいません。次はここまでお待たせすることは無い……と、思います。たぶん。(予防線)

ずっと自分の中ではあった考えなのですが、やっと言えます。魔女の出番は死んでからが本番。

もう仕込みはぜんぶ終えてるので、あのひと。

次は若干一名待望の乳牛GETです。ハル君がご機嫌取りする話も入るかも。

ん? アニーメインの話? まぁ、アニーですから。

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