第8話 バースディ・パーティーへの誘い
「――なんだそれ?」
ある日の授業の終わりに、バースディ・パーティーに来ないかとルビアに誘われて、アルの口を突いて出たのがそれだった。
「この村ではあまり一般的では無いのでしょうか? 誕生日を祝う宴のことですよ」
ルビアではなくハルが答えれば、
「あれ? パーティーは毎年……」ルビアは小首を傾げ、直後にぱん、と両掌を打ち合わせる「あ。そういえば、男の子を誘うのは初めてかもしれないです」
苦笑して、ちろりと舌を出すそのしぐさは、普段口調のせいもあって大人びて見えることの多いルビアを年齢以上に幼く見せた。そんな彼女に見とれているのは一人や二人ではなくて。大注目の中、指輪の一件以降おとなしくなっていたジェディがもの凄い顔で睨んでくるのを、乾いた笑いでやり過ごし、問いを重ねる。
「なんでまたオレ?」ジェディでも誘ってやれよ、と思うが、さすがにそれを口には出せない。
「風変りな人が好きなんです、私。だから今年はアル君とウィル君に是非来てもらいたくて」
水色の髪をそっとかき上げて微笑むが、
「……それ、褒めてる?」
言われたアルは苦笑いだ。
「――あれ? 大絶賛だったんですけど」
きょとんとルビアが目を瞬くのを見て、似たようなことを言ったもう一人に、じとりとした視線を向ける。目を閉じている相手なので見えはしないのだが。
はぁ、とため息一つ吐き、
「あー、いい、わかった。やっぱオマエら似てるわ。
で、素直に喜べない褒め言葉はおいといて、その、バースディ・パーティー? 何やんの?」
先ほど答えを返したハルに向けて問えば、
「一般論ならわかりますけど、この村で彼女がどういったことをするのかまではわかりませんよ。プレゼントを持ち寄って会食、ですか?」
苦笑して答え、後半はルビアに問いを回す。
「いえ、急に誘ってプレゼントを要求するほど厚かましくはないですよ。夜は家族だけで過ごすので、ちょっと豪華な昼食を皆で食べて、お話ししたり、ゲームをしたり、ですかね」
立てた指をくるくると回しながらルビアが答えた。
この時点でアルは半ば以上行く気になっていた。貴族出身のルビアの家が言うところの豪華な昼食に、正直興味津々だ。が、
「あぁ、それなら私は無理ですね」
いい笑顔でハルは拒絶を告げた。
「……あの、『無理』というのは?」
さすがに引き攣った笑顔でルビアが言う。
「極度の偏食なんです、私。『豪華』に分類される食事はたぶん食べられません」
「……えっと、具体的には……?」恐る恐るといった様子でルビアが問う。
「肉類全般と魚全般が無理です。生きて動いていたものがどうしても食べられないんですよ。卵もそれとわかるものはダメですね。生き物になるモノを食べていると思うと気分が悪くなってしまって……」
なるほど、どう考えても豪華な料理は食べられない。
「……っていうか、普段何食ってんの、オマエ?」
アルが呆れて問うのに、
「主にパンと野菜スープを。父さんの料理は美味しいんですよ?」
ハルは何故か自慢げに答えた。
「そういうことなので、食事会はアルだけでどうぞ?」
「いや……さすがに男一人は居心地悪いぞ……」
「豪華な食事に興味津々といった感じでしたが……?」
「何オマエ心読めんの!?」
完全正解にアルは驚愕する。
「いえ、さすがに心は読めませんが……アルはわかりやすいですから」
「……それもまた褒め言葉?」ため息交じりに問えば、ハルはクスリと笑った。
「――まぁ、半分くらいはそうかもです。で、結局どうするんです?」
「あー……悪い、ルビア。残念だけどオレもパスで」
ハルと二人、立ち上がると、ルビアは慌てた様子でアルのシャツの裾を摑んだ。
「待っ……じゃあ、食後のお茶、ならどうですか? ディルジエラ産の紅茶と、お茶請けにはパンケーキを焼く予定なんです」
「ディルジエラ……」
意外、と言うべきか、ハルがそこに食いついた。薄情にもさっさと立ち去ろうとしていたのに、足を止めて振り返る。
「あ。ウィル君はわかります? セカンドフラッシュはまだ手に入っていないので、ファーストフラッシュですが、ちゃんと今年のですよ?」
おぉ、とハルが感嘆のため息を漏らしていたりするが、アルにはまったくわからない。と、また心を読んだようなタイミングで、ハルが「ようはおいしいお茶と甘いお菓子です」と説明を入れる。
食事は残念だけど、それはそれで悪くないか、などと思っていると、今度はルビアが心を読んだように言った。
「なら食事はいつもの皆で済ませて、お茶の方には今まで呼んだことのない人たちを誘って……あ、せっかくだからフォウナ姉さんもどうです? 最初の時しか来てくれてませんよね」
ちょうど通りかかったフォエミナにルビアが声をかけた。
「女ばっかの空気は苦手だからね。ま、ソイツらと一緒なら別に良いよ」
何故か苦笑交じりにフォエミナが答えて、
「じゃあ決まりですかn」
ね、と言いかけたところで小さな影が割り込んだ。
「なになに、なんの話? オレも混ぜてよ」
フォエミナが村の子どもたち全員にとっての姉のような存在なら、コイツは皆の弟的な立ち位置だ。ちょろちょろとフォエミナにまとわりついて、うっとうしそうにあしらわれながらも、何が楽しいのかにこにこ笑っている。
「あ、じゃあアンバー君も来ますか? ちょっとしたお茶会をするんですが」
ルビアが端的に説明すると、アンバーは大喜びで頷いた。
「この皆でやるの? こないだの森と一緒……あれ、ジェディ兄ちゃんは?」
無邪気な一言に、微妙な空気が流れる。
あれ以来、アルはまともに話していなかったし、ルビアもだいたいの事情を察していたらしいと、ハルから聞かされていた。なので、ハルとジェディが同席するというのは……
「やっぱり、私は遠慮しましょうか」
と。当然のように自分を省こうとしたのは、やはりと言うべきだろう、ハルだった。
こちらを注視していたジェディも、これには微妙な表情になる。
ルビアは開いた口が塞がらないといった様子で、フォエミナが慰めるようにその肩を叩いていた。
「これなら男一人、とはならないですし、アルも問題ないでしょう?」
実際そうなのかもしれない。そう、アルは思ってしまった。ハルにとって他人というものは、いずれは自分を拒絶する存在なのだ。ならば、あまり無理に距離を近づけようとするのは……
「あ、あの、お茶とお菓子以外にもゲームとか……」
ルビアは諦めきれない、といったふうに食い下がるが、
「特に興味はないです」ハルはにべもない。
「えぇと、それなら、本はどうでしょう?」
苦し紛れ、といった感のある発言だったが、意外にもこちらには反応があった。
「本、ですか?」
「はい。両親が持ち出したもので、伝承関連や史書がほとんどですが、創作の物語もいくつかありますし、読み聞かせることはできますよ。『人喰い龍と嘘つきハーリー』という……」
「――行きます」
手を取って――あのウィルムハルト=ブラウニングがルビアの手を両手で包み込むようにして、言葉半ばで即答していた。
ジェディが鬼の形相をしていたのを、見なかったことにしたいとアルは心から思った。
「え……?」
「誰が来ようと、プレゼントが必須だろうと、何を置いても行きます」
ぐい、ぐい、ぐぐい、と。詰め寄るように顔を寄せて言うハルに、ルビアは耳まで真っ赤だ。
――あー。わかるわー。あの無駄美人、至近距離だと破壊力ヤバイよなー。
なにやら親近感のようなものを、ルビアに対して抱くアルだった。
「これであの時の全員だね」
アンバーがのんきに笑った。
予想外に長くなったのでここで一区切り。いやいや、週一更新のペースが守れなくなりそうだから無理くり上げたわけじゃないですってば。いやホントに。
なんか目的地まで着けないのがデフォルトになりつつある今日この頃です。パーティーまでいけなかった……
結果として本で簡単に釣れたハル君ですが、そこへ行くまでが大変でした。まったく、一筋縄ではいかない主人公君です。
次こそバースディ・パーティーです。次回『意外な才能』次はなるべく早く上げます。