表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
135/267

第58話 こころの中心

 ウィルムハルト=オブシディアン=エキザカム=ブラウニング――それが彼の正式な名前だということは皆知っていたが、まおー君と呼ぶルナのように、誰も彼もが好き勝手な呼び名を使っていた。それが、それぞれが、親愛を込めたものだということが、果たして彼に正しく伝わっているのかどうか。

 いつも……それこそ泣いている時ですら笑っている彼の本心は、ルナには良くわからない。祖母であれば、それも視通すことができたのだろうか。何でも知って――いや、祖母の言葉を借りるなら、『視えて』いた、だろうか。遠見の魔女パノプテスという名が、総てを視通す者、という意味であることは、最近になって魔王から教わったことだ。


 その総てを視通す魔女が、いつも言っていた。

 いつか自分が見出すことになる魔王が、どのような存在なのかを。


 彼……か、彼女かはわからないが、という前置きを聞いた時には、祖母でもわからないことがあるのか、と皆驚いたものだが、それに関しては直接本人を見て納得した。アレは確かに、わからない。

 まぁ、それはそれとして。彼は私たち、世界に拒絶された総ての者の護り手にして救い主、存在自体を否定された者を、優しく肯定してくれる、『魔』と貶められた者達の王であると魔女は語った。


 だから、彼がこの楽園ユートピアを訪れる前から、皆彼のことを王と慕っていたのだ。呼び方こそ、それぞれ異なってはいたが。

 ……慕う気持ちが強すぎて、それこそ神様のように崇めていたせいで、勝手に失望したサラはちょっと特殊な例だ。他の皆はちゃんと人間として見ていたから、いくらか頼りないところがあっても、たまに抜けたところがあっても、むしろ親しみやすさすら感じるほどだった。

 気の弱いアニーなどは、特にそうなのではないだろうか。


 こうして、少しずつ魔王との関係性は変化して行って……昨日からルナは、彼の隣に住んでいる。


 ――まおー君のことはキライじゃないケド、どーせーなんてダメなんだから。


 そういうことには順序がある。きちんと段階を踏まなくてはいけないと、カレンだっていつも言っている。まず最初にちゃんと告白してくれないとダメだし、キスだってまだしていない。同棲したいのなら、プロポーズだって先に済ませて欲しい。責任を取る、というセリフもそれっぽくはあったが、どうせならもっと素敵な言葉が良い。女の子はロマンチストなのだ。

 そんなことを考えていると、隣のベッドで眠っていたロマンチスト代表カレンが目を覚ました。アニーの歌の作詞は全てサクラがやっていることになっているが、恋歌に関しては実はカレンが詩を書いていることをルナは知っていた。


 ……というか、知らないのは男の子たちくらい? ひょっとしたらそこにサラも含まれるかもしれないが。彼女の考え方は男の子寄りだ。


「おはよう、ルナ。早いのね。ちゃんと眠れた?」

 起き上がったカレンが、もう目を開けているルナに気付いて、心配そうに覗き込んでくる。皆の食事を用意するカレンが起きる時間だけあって、今はまだ早朝と呼べる時間帯だ。


「ルナはいつもこれくらいよ。ベッドの上でぼんやりするのが好きなの」

 ルナの言葉に応じるように、頭の横で水月がみぃと鳴いた。


「水月もおはよう。白鴉も。もう少ししたら、お寝坊な魔王君を起こしに行ってあげてね」


 枕元で、ばさりと鳥が羽を広げる音がした。

 暫くルナと同居することになったのはカレンだけではなく、このサラの侍獣もである。監視されるのはあまり良い気分ではなかったが、ルナとて納得はしていた。ちょっと感情的になっただけで、食堂に月光花を咲かせたルナは、間違いなく危険人物だ。しかもアレは、魔王がなるべく無害な状態に散らしてなお発生した事態なのである。


 頼もしい魔王は、しかしその日も寝坊しかけた。なんでも、感情抑制についてどう教えれば良いか、遅くまであれこれ考えていたのだという。

 前にも何度か朝食の時間に起きてこないことがあったから、今日からは彼を起こすのがルナの日課になりそうだ。

 しょうがないな――そう、言いかけた言葉をルナは呑み込む。元はと言えば自分のせいだというのに、それはあまりにも……


「うん、これからはルナさんが起こしてくれるなら、心置きなく夜更かしができますね。これは助かる」

 にこにこと――サラに言わせればへらへらと――魔王が笑う。


「……もぉ、しょーがないなぁ、まおー君は。ちゃんと早寝早起きしなきゃダメなんだからね?」

 呑み込んだ言葉を敢えて吐き出させてくれたのだとしたら……なるほど、彼は優しい魔王だ。単に天然の可能性も充分以上にあり得るが。




 魔王による精霊術講座は、昼食後、お茶の時間までと決まった。小さい子には、頑張った後のご褒美があった方が良いだろう、などとカレンは嘯いていたが、単に最近の彼女がお菓子づくりにハマっているだけだとルナは知っている。ハマっている原因が、食事よりもお茶とお菓子を喜ぶ魔王にあることも含めて。

 ……切り分けられるパイやタルトのサイズが小さくなると嫌なので、本人には何も言っていないが。


 今日から最優先で教えられるのは、感情抑制の手法だ。ルナに教える、というのが最たる目的ではあるものの、ニクスもサラも侍獣を得ているし、後々のことを考えれば、全員が知っておくべくことだと、他人事と思わずに真面目に聴くように前置きして、魔王は言った。


「なにより大事なのは、こころの中心を明確にすることです」


「こころの中心……ですか?」

 生真面目に挙手をして、訊いたのはサラだった。質問するのはたいてい彼女かサニー、サクラあたりだ。


「はい。信念と言い換えても良いですし、もっとわかり易く、一番大切なひとやものでも構いません。ここの皆は、家族のことは大事でしょう?」


 視線で問われたユウガオが、肩を竦めて答える。

「そりゃあ、みんな・・・が無事でいてくれるに越したことはないわね」


 訊いた魔王も笑顔のままで、ルナではこのやりとりの含みには気付けなかった。修道服の元暗殺者が、誰かひとりの犠牲が必要となれば、手を汚すのが自分の役割だと思っている、などとは。


「絶対に譲れない『何か』をこころの中心に持っていれば、そうそう感情は暴走するものでは無いです。多少揺らいだところで、抑えられます」


「まおー君のこころの中心は、やっぱりルビア?」

 一番大切なひと、と聞いて真っ先に浮かんだその名を問う。口に出した言葉が、小さな棘になってちくりと胸を刺した。その理由を、ルナはまだ知らない。


「いいえ」


 即答の、そのまさかの内容に、抱きかけた疑問など吹き飛んでしまう。

「――違うの!?」


「アルとルビアは大事な友達ですが、私のこころの中心とは違います。それはもっと前、あのふたりに出逢う以前に定まっているので」


「はいはーい、それが何か、ってのは聞いても良いっすか?」

 ぶんぶんと大きく手を振って、サニーが訊く。


「私が最初に魔法を使った時の記憶ですよ。とても利己的な理由で、最悪の事態を引き起こした。だから――あんなことはもう御免だ――という、ただそれだけの想いが、私のこころの中心です」


 最悪の事態、などと語る魔王は、やっぱり綺麗に微笑んでいて。わからないひとだな、という想いを新たにするルナであった。


 結局、魔王が言うように、皆のこころの中心は家族、ということになった。

 何が一番大事かと問われれば、此処に暮らす者の答えは決まっている。


 ……サラあたりは、もしも魔王が彼女の望む通りの魔王であれば、こころの中心に彼を据えていたのかも知れないが。


 なんにせよ、魔王の言葉は正しい。自分の所為で家族が傷つくかもしれない、そう思えば、たいていのことは我慢できると、ルナは確信を抱く。


 ――だいじょうぶ。ルナはここを壊したりなんてしない。


 少女の決意に応えるように、頭の上の水月が「みぃ」と鳴いた。

モチベーション低迷により、ちょっと時間が空いてしまいました。ここ二日は一文字も書けませんでしたが、この鬱、実は特効薬があるんですよ。

それはあなたの感想です!(物乞い)

いえね、ぶっちゃけ「こっちサイドも楽しみ」のひとことがあれば数日は早く上がってました。

読んでくれている方の感想は何よりの励みになるので、早く続きが読みたい、と思ってくださるのであれば、ひとことだけでも書き残していただけるとありがたいです。不特定多数にさらすのがいやだ、というのであればメッセージ機能もありますので(むしろハードル高い?)


次からはこんな感じで、視点をハル君から楽園の皆に移してお届けします。次の候補はサニー、カレン、夕顔あたりでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ