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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第57話 黄昏色の真実

 ルビアが面会希望の旨を告げると、受付には困った顔をされた。まずは門前払いから始まらないあたり、ルビアたちもこの街で有名になったものである。

 そんな感慨を抱いているルビアは、その『有名』をアルの戦力も込みで考えていたのだが、彼の実力を知る者は剣を交えた――で、良いのだろうか、アレも――兵士たちだけであり、大捕り物に一般から協力した一団の中心人物であるルビアとは知名度が違っていて、実際有名なのはほぼルビアだったりする。今一緒に居るアビーはルビアの助手、アルはルビアの護衛という扱いでしかない。


 知らない、ということは時に幸せなことだ。


「あの……申し訳無いのですが、只今重要な来客中でして……」

 本当に申し訳なさそうに言う受付に、ルビアが返した言葉は。


「――知ってます」だった。


「はぁ……はい?」

「誰が来ているのかは知っているので、私が来たことを伝えて来てもらえますか? ダメなら暫く待たせてください。どのみち、すぐ呼ばれると思うので」


 キツネにつままれたような顔で、受付が奥へと向かい、すぐに戻って来てルビアたちはあっさり通された。受付の顔には「わけがわからない」と書いてあった。


 前回通されたのよりも更に奥の、扉も分厚く防音に気を遣っていると思われる、見る者が見れば密談用とわかる一室には、先程の受付と同じような顔をしたスピネル隊長と、笑顔を取り繕いつつも、探るような鋭い視線を向けて来るもう一人。


「まさかとは思いましたが、貴方がスピネルさんの参謀だったんですね」

 扉を閉めて、受付が充分遠ざかるだけの時間を空けてから、ルビアは言う。


「……いったい、いつ気付いたんですか?」

 諦めをため息にして吐き出して。黄昏色の大商人クンツァイトはルビアに問いかけた。




「いえいえ、気付いたわけでは無いですよ?」ルビアはかぶりを振って言う「さっきも言ったように、まさか、と驚いています」

「つまり『まさか』とは思えたということですね? 私は何処で失敗しました?」


「何も。強いて言うなら、完璧過ぎたこと、でしょうか」


 きっかけはアビーが口にした冗談だった。


 クンツァイトの言う『得意先』のひとつが検挙されたと聞いて、誰かは知らないがスピネル隊長の参謀は本当に優秀らしい、と言ったルビアに、アビーは絶対あり得ない人物として、クンツァイトの名を出したのだ。


 笑えない冗談として口にされたそれは、言った当人の意図とは全く別の意味で笑えないものだった。


「絶対にあり得ない。それが私とアビーの共通認識でした。全てにおいてどちらとも取れる『黄昏色』の貴方が、この一点においては疑う余地なくあり得ないと思えた。そこだけは、どっちつかずではなかった。

 そのことが、まぁ、引っかかったと言えば引っかかりました」


「それで、確証が一切なかったから、単純なスピネルを煽った、と。」

 はぁ、とクンツァイトがため息をつく。


「人聞きが悪いですね。実直さにつけこんだだけですよ」

「いや、そっちのが人聞き悪いだろ」

 アルのツッコミが入るが、利用した相手を更に貶める方が人聞きが悪いに決まっている。ずるいのはこちらだ。


「あー……つまり、アレか? オレはまんまと乗せられて、相棒の足を引っ張ったってことか?」

 頬を引きつらせるスピネル隊長に、ルビアが容赦なく首肯する。

「まぁ、そういうことになりますか。ちなみに私たちが戦闘に関わったのは、策にはまったのではなく、むしろ読み違えた結果だと思いますよ。これもアビーの意見なのですが、普通に考えれば子どもばかりで虎口に飛び込むようなマネはしないだろう、と。子どもらしい無謀さは、私が止めると思ったのではないですか?」


 クンツァイトは興味深げにルビアを見て頷く。

「――まさに。アレは君の知性を信じたのが裏目に出た結果だ」

「まぁ、私はアル君の強さを信じてましたから」


 ルビアには危険を回避するだけの思慮深さがある。と、その信用は間違ってはいないのだが、ただ彼が危険だと判断した場所は、ルビアの認識では危険でもなんでもなかった、ということである。


「……意図的に戦いに関わらせたのではなかったのだな」

 スピネル隊長がホッと息をつく。煽ったのかつけこんだのか、どちらにしろ随分な扱いを受けたというのに、それに対する悪感情は一切見られず、この期に及んでまだルビアたちを護るべき年少者こどもとして扱う彼の善良さが、ルビアの罪悪感を刺激する。

 あの時のルビアの言葉、その根底にある条件が全て仮定の言葉で語られていたことに、果たしてこの善人は気付いただろうか。


 少なくとも、参謀は気付いたようだ。ルビアに向ける眼差しが、じっとりと、恨めし気なものに変わる。言葉を向けたのは、スピネル隊長にだったが。


「まったく、いったい何年の付き合いだと思ってるんだい? ボクだってキミの譲れない一線くらい理解してるよ」

 仕事用ではないクンツァイトの口調は、幼い少年のようだったが、不思議と違和感は無かった。


「あー……そりゃあ、その……悪い」

 しゅん、と鍛え上げられた体躯を縮こまらせるスピネル隊長。

「良いけどね。キミのそういうところをわかってて、報告を怠ったボクも悪い。いや、報告してたとしても、その子なら巧くキミを乗せたかもね」


 友人同士の和やかな雰囲気は、クンツァイトの視線がルビアに向いた瞬間に霧散する。昼の色彩が、黄昏を飛ばして夜になるように。瞬きひとつの間に、招かれざる客へと向ける視線が鋭さを取り戻していた。


「――それで? 私の秘密を暴いた君の目的はなんなのかな?」

「いえ。特に何も」


 ルビアのとぼけた返答に、め付ける眼差しが、敵に向けるそれのような鋭利さを持った。当事者ルビアではなく同行者アビーの方が怯えているのは……もはやいつものことと言えるかもしれない。

 怖くないからといって、そのままにしておくのも問題なので、ルビアはもう少し詳しく説明することにした。


「黄昏色の結末がすっきりしなかった、その程度のことですよ。あとついでに言うと、稽古をつけて欲しかった、といったところですか」


「――稽古?」

 怪訝そうに、クンツァイトがルビアの言葉を繰り返す。


「はい。私はアル君のようには戦えないので。私の唯一の武器である思考能力が、本職相手にどこまで通用するのか試してみたかっただけです」

「そんなことで……」

 隙の無い笑顔のルビアとは対照的に、クンツァイトは苦虫を噛み潰したような表情だ。スピネル隊長は一転、興味深そうに二人のやりとりを見ているが……潜入調査が台無しになったと、わかっているのだろうか。


「まぁ、申し訳ないとは思ってますよ。でも、大掃除も終わったことですし、仮初の身分も潮時なんじゃないですかね?」


 市井に潜っているのがクンツァイト一人、ということもないだろう。大仕事は終わったのだから、ここから先は彼自身ではなく、部下たちで事足りるのではあるまいか。むしろ度を越して善良な隊長についている方が、いろいろなことが巧く回る気がする。


「言っていることは大きく間違ってはいないですけれど……君が言うな、という言葉を贈らせてもらいましょう。君は功罪共に大きすぎる。『罪』の部分は、下手をすれば反逆罪に問われかねないものですよ?」


 真意の読めない、黄昏色の声音と表情で、クンツァイトが言う。

 試されているのかな? などと思いつつ、ルビアは綺麗に微笑んで見せる。


「幸い、スピネルさんには貸しがありましたから。容赦なく取り立てさせてもらうことにしました。これで貸し借りは無し、ということで」


 人を食った言いように、聞いていたスピネル隊長が豪快に笑った。


「クィー相手にここまでやれるヤツは久しぶりだな。若さのせいかムチャな面も多いが、年長者がフォローすれば問題無いだろ」


 ん? と首を傾げたルビアに、スピネル隊長はとんでもない、予想だにしない提案をしてくれた。


「どうだルビア、ウチで――国境警備隊で働く気は無いか?」

「国境警備隊……」

 え、まさか、とルビアがクンツァイトに視線を向けると、得意げな表情で左の眉を跳ね上げられた。これは予想できなかっただろう、と言われた気がした。

 彼に倣い、ルビアも明言する野暮は避けたが。


 それにしても、裁量権が大きいとは思っていたが、正直そこまで偉い相手だとは思わなかった。独立を勝ち取った国との国境を護る者――それはこの国の軍人の頂点と言っても過言ではない。


 なぜかアビーがキラキラと目を輝かせているが、それはとりあえず無視して、ルビアは答える。

「せっかくのお誘いですが、やることがあるので遠慮しておきます」


 愕然とするアビーはやはり無視だ。


「私たちで力になれることならば協力するが?」

 何故かクンツァイトにまで口説かれるが、ルビアは渋い顔で答えた。


「いえ、さすがに年齢が父くらいの男のひとに恋愛相談はちょっと……」


「……恋、愛……?」「それが、やること……?」

 大人二人が、キョトンと目を丸くした。クンツァイトはともかく、スピネル隊長には言ったはずだが、とルビアは内心首を傾げる。


「恋する乙女は最強なんですよ? 好きな男の子のためなら、世界だって変えられるんですから」


 ルビアとしては至極真面目に言ったのだが、何故か爆笑されてしまった。スピネル隊長……ではなく、クンツァイトの方に。彼が声を上げて笑う意外さに、ルビアが怒りよりも驚きを感じていると、「なるほど、それは全てに優先する目的だ」などと肯定までされてしまい、ますますわけがわからなくなった。


「でも、男の子だって負けていませんよ。私の知ってる腕利きの傭兵は、恋したお姫様のために革命戦争を戦い抜いたんですから。ね、スピネル?」

 おまけに、先程明言を避けたことまで言葉にしてしまう。アルとアビーは気付いていなかったようで、「は?」とか「え?」とか、単音の感嘆を発している。

 ルビアはその二人に説明する意味も込めて、この国で最も有名な騎士に、かつての失言を詫びた。


「良くある名前だ、なんて失礼なことを言いましたね、オリジナル相手に」


『――傭兵騎士スピネル!?』

 能力も性格も正反対と言って良い二人の驚愕の声が、見事に重なった。


「……まぁ、定着した呼び名はどうしようも無いが、面と向かって傭兵騎士それは勘弁してくれ。半端モン、って言われてるみたいであんま好きじゃねぇんだ」


 慌てて頭を下げて謝罪するアビーと、謝りはしたものの、まじまじとスピネルの顔を見て、「どうりで強そうだと思った」などとのたまうアル。

 アビーが信じられない、と言わんばかりの表情をアルに向けていた。無理やりにでも頭を下げさせたいが、アルのこともまだ怖いのでそれもできない、という葛藤が、傍で見ているルビアには良く伝わって来た。


「そこまで気にしなくても良いけどな。ルビアが言った『オリジナル』ってのは気に入ったし。使っても良いか?」

「どうぞご随意に」


 相手がオリジナル・スピネルだとわかっても態度を変えないルビアのことも、アビーは信じられない、とばりの目で見ていたが。


「目的を果たした後で、気が向いたら国境警備隊ウチに来てくれ。頭の良いのはクィーぐらいしか居なくてな」

 スピネルが差し出した右手を、僅かばかりの困惑と共にルビアは取った。

「えらく評価されてますね」


「妥当だろ」「妥当でしょう」「妥当だよな?」「少なくとも過剰ではないです」

 身内以外にも同じことを言われてしまった。


「そうだ、最後にひとつだけ。君の想い人の名を聞かせてもらえるか?」


 傭兵の身から、一振りの剣を以って騎士にまで上り詰めた男の問いに、ルビアは誇るように笑んで答えた。


「ウィルムハルト。ウィルムハルト=オブシディアン=エキザカム=ブラウニング――それが、私のヒーローの名前です」

クィー。読みにくいですが、発音的にはほぼ『キー』です。

そんなわけで解答編でした。一応伏線はそれなりに配置してあったつもりですが、いかがだったでしょうか。

次は無彩色サイドです。名前がついても術式編纂者は不遇(笑)

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