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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第55話 術式編纂者

「――どうしてこうなった……」

「――強いて言うなら、アル君が強すぎたから、でしょうか」

 アルのぼやきに、ため息を吐くように答えたのはルビアだった。


 現在、アルたち三人は大盾を構えた完全武装の兵士たちに囲まれていた。


「優秀だと思ったのは買いかぶりでしたかね」

 はぁ、とルビアは今度は本当にため息をつく。アルが背後に庇っているとはいえ、この状況で軽く腕組みなどして堂々と佇んでいるというのは、肝が据わりすぎではなかろうか。アビーなどルビアに抱き着いてガタガタ震えているというのに。


 端的に言うと、ルビアが援軍だと判断した突入部隊は、彼女に依頼したスピネルとは別口だったようで、外が落ち着くのを待ってアルが入り口の炎を解除すると、アルたちにまで剣を向けて来て……つい、反射的に、斬り落としてしまったのである。炎の剣で、彼らの剣を、アルが。


 武器を破壊された後、盾への切り替えは早く、そのあたりはさすが戦闘の専門職と言えたが、盾で押しつぶしに来られるとアルとしても手加減ができないので、木製のそれを燃やしたところ、今度は金属製の盾が持ち出された。

 アルの火力ならそれを熔かすことも不可能ではなかったが、それをやると構えている兵士もただでは済まないので、牽制の火柱を上げて見せて……練度が高すぎるのもそれはそれで困ったもので、ここに到るまで、ルビアが言い訳の言葉を差し挟む隙さえ無かった。


 結果、この包囲網が敷かれている、というわけだ。


 確かにルビアが言う通り、アルが強すぎたのが原因と言えなくも無い。普通の15歳は、統率の取れた兵士の一団を圧倒したりなどできない。


 ちなみに本来の捕縛対象であるふたりは早々に連れ出されている。


「お前たちは完全に包囲されている! 無駄な抵抗は止めて投降しろ!」

 定型句、とも言えるセリフに、アルはオイオイ、と苦笑を漏らす。


「うわ。こんなセリフ、自分が言われることになるとは……思わなかった、とも言い切れませんね」

「お前もなに火に油注いでんだ!?」

 世界を変える、などと言っている娘なので、確かに発言自体は間違ってはいないのだが、交渉ごとを担当すべきルビアがこれでは、アルが困る。


「いえ、たぶんそろそろだと思うので」

 慌てず騒がず微笑むルビアに、アルが何のことか聞くよりも早く、


「――ルビア、無事か!?」

 聞き覚えのある声が盾の向こう側から聞こえた。


「お前たち、いったい何をやっている!?」

「隊長! それが若いのに恐ろしく手練れの炎使いが居まして……」

 そんな叱責と報告に、


「貴方が部下としっかり情報共有をしていれば、もっと無事でしたよ」

 怖じることなく口を挟んだルビアの言葉には、たっぷりと毒を含んだ棘が生えていた。兵たちを押しのけて前に出て来た、棘に刺された相手よりも、むしろアビーが一番怯えていて、アルは苦笑するばかりだ。


「――すまん!」


 隊長(?)は、深々と頭を下げた。その潔い態度に、こちらのスピネルあたりであれば感じ入っただろうし、アルもまぁいいか、という気になったが、下げられたままの頭頂部へ向けられるルビアの視線はどこまでも白けていた。


「訊きたいのですが、私は貴方を本当に信用して良いのでしょうか?」


 なっ、と絶句したのは彼が押しのけた兵たちだ。彼らの怒りに満ちた視線がルビアに突き刺さるが、そんなもので動じるルビアではない。なにしろ本気で怒ったルビアは教会の騎士にだってケンカが売れるのだ。それこそ、嗤って死ぬ覚悟で。


「少しひねくれた見方をすれば、得体の知れない連中わたしたちを体よく処分してしまおうとした……そんなふうにも取れる状況ですね」


 ふと、アルは疑問を覚える。何かルビアがわざと挑発して、相手を怒らせようとしているように思えたのだ。


「お前っ! このひとを誰だと思って……!」

 とうとう暴発しかけた兵士を止めたのは、未だ頭を上げようとしないスピネル隊長だった。

「ひかえろ! 信義にもとる行いをしたのは私だ。ならば私には、彼女の罵倒を受け止める責があろう」


 真摯な態度に、ルビアはしかしため息で応える。


「いえ、そんなのどうでもいいです。これは貸しですので、タダの言葉以外の形で、きちんと返してくださいね?」

「――私の名に懸けて約束しよう」


 宣言と共に、背中に流した鮮烈な赤髪を摑み取ると、その先端をナイフで斬り落として見せた。髪は瞳と並んで精霊に通じる部位であり、髪をそり落とすことは最大限の謝罪とされ、目を潰すことは最上級の厳罰とされている。

 自らの髪を斬って見せる行為は、そこまではいかずとも、頭を下げる以上の謝罪ではあった。


 その後、ルビアがクンツァイトが語った『得意先』の情報を伝えるのを待って宿へ戻る。その途中アルが先ほど感じたことについて問えば、やはりわざとだったと判明した。揺さぶって、人となりを見極めようとしていたのだそうだ。

 結果、ルビアの判断は。


「あの人の赤はアル君と同種ですね。はかりごとが得意なタイプとは思えません。きっと兵を動かしたのは配下の参謀役の誰かでしょう。私たちのことを伝えなかった理由については……彼や兵士をいくらつついたところで出てこないでしょうね」

 そっと顎先に指で触れて思案顔になるルビアに、隣を歩くアビーがおずおずと挙手して発言を求める。ルビアが頷くのを待って、言う。


「あの、単にこの顔ぶれが荒事に首を突っ込むとは思わなかっただけでは……?」


 言われてアルは改めて見遣る。非戦闘職で未成年の少女ルビア、同じく非戦闘職の若いアビー、唯一の男である自分も、まだ子どもとして扱われる年齢である。


「――あー……」

 ルビアが漏らした声は、それはそれは情けないものであった。




 大捕り物の後始末が済むまでは街に居て欲しい、との要請があったのはその翌日のことだった。結局クンツァイトから報せが行った連中は明色、いや、黄昏色のままであり、ルビアはなんともすっきりしない顔で昼食を摂っている。


「いえ、確実に暗色だと言えるわけでも無いのですが……今更『得意先』に衛兵側だと明白になった私たちが出向いたところで、揺さぶりにもならないでしょうし……もう後は本職に任せるしか無いですね。せめて隊長さんの参謀が私なんかよりずっと有能であることを祈りましょう」


「ルビアよりずっと・・・ってのはムリくね?」

 思わずアルがこぼすと、旅の連れはひとりの例外もなく頷いた。呆れ3、心酔1と、表情に違いはあったが。どうも戦闘時の堂々たる態度のせいで、更に懐かれたようである。

 あぁ、本当にあのおっさんの娘なんだな、とおかしなところでアルが納得していると、隣国で助けた一行がやって来た。


「せいじょさまー」と、幼子二人がメアリーに駆け寄り、

「こぉら、あんまり大声でそれ言っちゃダメ」などとたしなめられている。


「じゅーしゃのおにーちゃんも、こんにちはー」

「あ、はい。こんにちは……」

 ウチのスピネルは子どもが苦手なのだろうか。そんなことを考えたアル以下残りのメンツは『お供』という扱いだった。ルビアが若干ホッとしていたのは『商人』と呼ばれなかったからだろう。


 それはそれとして、二人の下男も一緒だったことにアルは少し驚いていた。あんなことがあったのに、まだ下働きを続けるのかと。他に仕事が無いのか、よほど雇い主に心酔しているのか。


「暫くこの街に滞在するとのことでしたが、時間に余裕はあるでしょうか」

 家長の男がルビアに訊いた。当たり前に彼女が一行の代表として扱われているが、出会った状況を考えれば、妥当なところだろう。

「えぇ、まぁ。できることはもう無いので、基本ヒマですね。夕食時にアル君に一仕事してもらうのと、消耗品の補充くらいしかやることがありません」


「でしたら助けていただいたお礼に、一仕事させてもらえないでしょうか?」

「貴方の仕事、というと、術式編纂ですか?」

「はい。そこの、アル君でしたか? 彼は実に調整し甲斐がありそうだ」

「なるほど、それはありがたいですね」


 代表者同士が話をまとめている脇で、婦人がちょいちょい、とアルの袖を引く。

「あんなこと言ってますけどね、本当はあのひと、単に自分の能力が侮られたままなのが我慢ならないだけなんですよ?」

 耳打ちされたアルの視線が向いたのは、当事者ではなくて。


 ――なるほど、このおっさんはルッチの同類か。


 専門分野に並々ならぬ誇りと、こだわりを持っているタイプだ。能力を目標達成のためのツールとしか考えていないアルやルビアとは違う。

 とはいえ、その能力ツールの使い勝手が良くなるというのなら、アルとしても願ったりだ。ハルといいルビアといい、アルの友人には敵が多すぎる。


「では場所を移すとしましょう。固有術式というのは、その人物の魂そのもの。あまり大っぴらにするものではありませんので。赤の他人は当然として、ただの旅の同行者、という程度なら教えるべきではない。立ち合いは本人が許可した者だけでお願いします」


 ――おぉ、プロだ。


 自分に向けられた視線に、アルはそんな呑気なことを思い、一同をぐるりと見渡した。


「私は遠慮しておきます。その資格はないと思うので」

 アルが何か言う前に、そう言って辞退したのはアビーだ。

「そういうことならアタシもかなー」

 ルッチもそれに追随する。それ以外の者は、お前が決めろ、とばかりに黙ってアルに視線を向けた。


「んー、まぁルビアは必須だろ、ちからの使い道考えるのは、絶対オレより得意だし。スピネルも居てもらった方がいいよな、ふたりだけの護衛なんだ、手札がわかってなきゃ、連携も取りづらい。

 で、メアリーは……うん、居てもらってもいんじゃね? 信用はできるし、目ぇ離すのはスピネルが不安だろ?」


「え、そんな理由で同席してもいいの?」

 メアリーの苦笑に、アルは言葉が足りなかったと気づく。

「いや、だって、護衛がふたりとも護衛対象ほっぽっとくわけにもいかねぇだろ」

 そう、アルはメアリーの護衛として雇われてもいるのだ。


 話が決まり、幼子ふたりは母親と、同席しないことになったアビーとルッチが面倒を見ておくことになる。聖女様ではないことに不満を漏らす子どもの正直さに、アビーとルッチは顔を見合わせて苦笑するのだった。

副題に なっているのに 影薄い    名も無き術式編纂者


そんなわけで、その内彼にも名前がつくかもしれませんが、それはそれとして。

前半部分、実はほぼ丸ごと書き直してます。いや、疲れてる時に無理やり書いてもダメですね。

次回「術式編纂と黄昏色の真実」ひょっとしたら更に分割されるかもしれませんが、お楽しみに。

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