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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第54話 国境の街の大掃除

 店主に内密の話がある。ルビアがそう告げると、受付に立っていた娘は露骨に胡散臭そうな顔をした。

「……貴女が、ですか?」


 街の中心部にある、この街でも有数の大商店である。成人間もない(実は成人してすらいない)ようなルビアが、約束も無くいきなり訪れて会わせてもらえるものでもないだろう。

 なので、少し強引に行く。


「はい。緊急の要件です。此処に出入りしていたコルネタイトに関して……と、言えばわかりますか? わからないのであれば、貴女では話にならないので、今すぐ店主に伝えてください」

 コルネタイト、というのは奴隷商の頭目の名である。門衛のスピネルに教えてもらうまで知りもしなかったことだが。


「貴女はいったい何を……」

 困惑の表情は、その名を知らないのか、知っているからこそか。もう少し会話を続ければ読み取る自信はあったが、ルビアはもっと早い方法を選択する。


「伝えに行く気すら無いのであればそれで良いです。情報は鮮度が命――今回のこれは特にそうですので、価値が失われる前に他所に売りに行くとします。アル君、アビー、行きますよ」


 同行者2名を促し、ルビアはあっさり踵を返す。


 と、受け付けが慌てて呼び止めた。


 ……そう、選択肢はそれしか無い。並べ立てられた無数の思わせぶりな言葉、暗に、という体で露骨に伝えられた時間が無いという状況。奴隷商のことを知っていようといまいと、無視することは容易ではないだろう。


「――店主がお会いになるそうです」

 たいして時間を置かず、戻って来た受け付けはそう告げた。


 ――さぁ、ここからが本番だ。


 クンツァイトと名乗った壮年の店主は、こんな唐突な話を持ち込んだ若すぎるルビアを見ても、にこにことした笑みを崩さなかった。

 可能性として考えられるのはふたつ。かなりやり手の商人なのか……既に、ルビアの情報を得ているのか。さすがに後者の可能性は低いだろうが。そんなことを考えつつも、早速ルビアは揺さぶりをかける。


「コルネタイトが捕まりました」


「ほぅ、あの男が。

 ……いったい、何をやったのです?」

 知らないふりをしているのか、本当に知らないのか、笑顔の仮面から読み取ることは不可能だ。


「奴隷商が本業だったようですね。隣国での」

 ルビアの語り口が伝聞系なのは予防線だ。相手が本当に奴隷売買と無関係だった場合、こうしておかねば通報されて、これ以上動けなくなりかねない。


「そのようなことをやっていたのですね……」


 知らなかった、とは明言しない。それはあらゆる事象に対し明言を避ける商人の資質と見ることもできるが……


「私の情報は無価値でしたか?」

「いえいえ、取引があったという、それだけで疑われる可能性もありますからね。予め知ることができたのは重畳でした。得意先には、私の方から報せても?」

 反撃、とも考えられる言葉に、ルビアは笑顔で答える。

「――報せる先を教えていただけるなら」

「それは勿論。情報の出どころも、明確にしておきますよ」


 ――それは恩人として? それとも警戒対象として?


 読み切れない相手が並べた複数の名前の内ひとつを、そこはこれから向かうから、と固辞して応接室を出る。


 クンツァイトが情報料として支払ったのは、無関係だったとしたらやや多いが、不自然ではない金額だった。別れ際に付け加えられた「今後ともご贔屓に」という挨拶も、ただの定型句としてとらえることも可能だが、両者が奴隷売買と関わりがあるなら、ちゃんとした報酬は別の形で、と言っているともとれる。


 店を出て、暫く歩いた後で、ルビアはあくびをするふりで口許を隠し、

「クンツァイト、黄昏色トワイライト

 と、ルビアたちの宿で待つ門衛に『風の便り』を送った。少しばかり離れているが、紅蓮という目立つどころではない目印があるので問題無い。


 彼と決めた符牒は、有罪なら暗色ダーク、無罪なら明色ライト、そして判断不能が今しがた告げた黄昏色トワイライトだ。良くある表現ではあったが、もしこの場にウィルムハルトが居たならば、かつて失地ミッシング・ランドではそれが黒、白、灰色と表現されていたことを教えてくれたかもしれない。白という色が無彩色に通じるとして、七彩教会圏内では廃れてしまった表現である。


 それにしても最初からどっちつかずとは……さすがは大商人、一筋縄ではいかない。クンツァイトは門衛のスピネルから提示された合計いつつの調査対象の内、最も大きく、一番怪しくない・・店だった。

 此処を最初に選んだのは、大店であれば独自の情報網でルビアの正体を摑まれてしまう可能性があることと、明色ライトであればそこから情報が広がることは無いと考えたのだが……後者に関しては、見込みが外れた形だ。


 ――まぁ、それならそれでやりようはありますか。


 気持ちを切り替え、向かった二か所目は、大きさで二番目、怪しさではトップの店だったのだが……


「あれはひどかったですね」

 店を出るなりアビーがそう耳打ちしてきた。ルビアは苦笑し、耳打ちを返す形で口許を隠し、暗色ダークの報告を送る。店を出るたびにあくびをしていたのでは、監視が付いていた場合怪しまれるので助かった。


 しかし、本当にひどかった。クンツァイトの時と同じ情報を伝えるなり落ち着きを無くし、高額な情報料をルビアに支払うと、慌ただしく何かの……いや、ぼかす必要すらないか。あれはどう考えても逃げ出す準備をしていた。


「あれでよくあそこまで店を大きくできたものです」

「非合法な商売をやっていたからではないですか?」

 アビーとルビアは、もう普通に会話していた。隠すまでも無い、という判断だ。アレは誰が見てもそうだろうから。


 続いて回った三か所目は明色ライト、四か所目は暗色ダーク。これらはクンツァイトが告げた『得意先』には含まれていないものだ。調査対象とかぶらなかった名前については後で報告するとして……ルビアたちは、予定を変えて最後に回した店へと向かう。


 警備隊の事前調査では二番目に怪しく、おそらく既にクンツァイトからの情報が回っているであろう店に。


 そこでは店主自らがにこやかな笑顔で出迎えてくれた。


 ルビアがアルに視線を流すと、彼は小さく頷いた。

 次いでアビーをちらりと見遣れば、取り繕ってはいるものの、やや表情が硬い。


 ――まぁ、及第点ですか。


 少々顔に出過ぎではあるが、気付けたことは合格だ。


 ルビアたち三人は奥まった一室に通された。護衛らしき体格の良い男を従えた店主は、奥の執務机の上にあったベルを取り、にこやかだった笑みを凶悪に歪めると、リン、と掌中のベルを鳴らした。


 閉じたばかりの扉が乱暴に開かれるのと、

「アル君」

 ルビアがアビーを抱き寄せ、頼もしい護衛の名を呼ぶのは同時だった。


 そして、

「紅蓮」

 アルが自身の侍獣を呼び寄せ、入り口を炎の壁で塞ぐのも、また。


 扉を開けた連中が驚愕の声を上げる。さすがに燃え盛る炎に飛び込む根性は無いだろうが、一応背後は紅蓮が護ってくれる。


「侍獣だと!?」

 護衛らしき男が上げた声は、驚愕というよりも絶望に染まっていた。


 メアリーとルッチを宿に残したのは護衛対象を不必要に増やさないためで、スピネルが残ったのはそちらの護衛につくためだが、最初から紅蓮を連れて来なかったのにはいくつか理由がある。報告先の目印というのはほんのついでで、このように手札を伏せておくというのがひとつと、もうひとつは、呼び寄せることでこちらの非常事態を門衛の方のスピネルに報せるためだ。

 回る順番をあらかじめ決めておいたのも、何処にいるのかがわかるようにである。もっとも、最初のイレギュラーのせいで順番は変わってしまったのだが……


 クス、と笑ってルビアは言った。

「やっぱり優秀ですね」


 炎の向こうからは、大勢の人間が争う音が聞こえていた。


「な、な、なにが……」

 大物ぶった仮面がはがれ、まるで事態についていけていない店主に、というよりもむしろ傍らのアビーに聞かせるためにルビアが応じる。

「連絡も無しに順番を変えましたからね。此処で何か起こる可能性が高いと踏んで、予め兵を伏せていたのでしょうね。それで、アル君の派手な精霊術を合図に突入した、といったところですか」


 護衛の男は潔く両手を上げて降伏の意思を示したが、店主はそんなバカな、話が違う、と無様に喚き散らしている。


「いったいどんな話を聞いたのですか?」

「お前たちが警備兵に繋がっているという話だ! そのもの・・・・だなどとは聞いていない! クンツァイトめ、ハメてくれたな!」


 クンツァイトからの情報、それは確定したが……


「私たちが警備兵に繋がっていると、そうはっきりと言われたのですか?」

「な、に……?」

「そうにおわせるだけで、明言はしなかった。違いますか?」


 絶望に染まる男の表情が、ルビアの予想を肯定していた。


 その男がハメられた、それは間違いない。クンツァイトを同業だと思い込み、ルビアたちを敵だと決めつけた。


 ――さて、どこまでが間違いなのか。


「案外、それを見極めるための試金石だったのかもしれませんね」

「どういうことだ!?」

 ルビアの呟きに、余裕を無くした男が怒鳴り声を上げる。


「つまり私たちがどちらの側か、貴方を使って確認を取ったのかもしれない、ということですよ。あくまで可能性ですが」


 勿論、もっと単純にクンツァイトは善良な市民で、得意先と情報を共有しただけ、とも考えられるが。


 へなへなと崩れ落ちる闇色だった男とは違い、ルビアの中でクンツァイトという男は未だ黄昏色のままであった。

ルビアが応じる→予測変換でルビアが王子様って出ました。似合う!(笑)

そんなわけでルビア劇場第二幕でした。全部が全部彼女の掌の上、ってのもアレなんで、読み切れない人が登場。敵かな? 味方かな?

次は放置されてたあのひとたちの出番です。

次回「術式編纂者」お楽しみに。

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