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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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第7話 二者択一

 不入いらずの森には音がない。基本的に生き物が存在せず、大気が流動することもないので、風に木の葉が揺れることもない。魔霊の類もいなくなった今、その森で音を立てるのは人間――それもこの濃度の輝煌きこうに耐えられる人間だけだ。

 だから、がさりと下生えを揺らす音が聞こえた時、アルは即座に振り向いた。


「わ。今日は随分と早いですね」


 金無垢の目を丸くするハルが言うように、今はまだ朝焼けの色が残っているような時間だ。


「まぁ、4日間ずっとそわそわしてましたから、いつもより早いだろうとは思ってましたけど……」


「気になることがあると寝れなくなるタチなんだよ」炎の色の髪をかきむしり、アルが答える「ここでなら良いだろ。話せよ、ハル。なんで大事な形見を盗まれて平然としてられたんだ?」


「先に水浴びを、という雰囲気でもないですね。しょうがない、まず話をしましょうか」


 水辺の木に背を預ける形でハルが腰を下ろせば、アルはその正面に座った。髪と同じ、炎の色の瞳でまっすぐにハルの金無垢の瞳を見据え、如何なる嘘もごまかしも許さないと言外に告げる。


「最初にひとつ、間違いを訂正しておきますね」言って服の下から件の指輪を取り出す「指輪これを大事にしているのは父さんであって、私ではないです」


 断言に、アルは息を呑む。


「私自身は、どちらかというと指輪これに忌避感があります。だって、私が殺したかもしれないヒトの所持品ですから」

 自分を怪物と呼ぶ美貌の少年は、こんな時でも笑顔を崩さない。


「殺した……って、なんで……」


「こんな色に生まれてしまったので」無彩色の髪を一房撮んで見せて「私を殺そうとした誰かに殺されたのかもしれないし、絶望して自殺したのかもしれない。母の死が、私とは無関係だ、というよりも可能性は高いと思いますよ」


「そんなことっ……!」


 続く言葉を巧く紡げないアルに、ハルは困ったような笑顔で言った。

「……無い、と良いですね。

 ま、そんなわけで、母親の形見であるコレを私がなくしたのなら、今度こそ父さんに諦めてもらえるのではないかと思ったんです」


 言葉足らずな説明に、アルが「何を?」と問えば、ハルは綺麗に微笑んで言った。


「私という、無彩色の怪物を」


「ふざけんな! 家族を諦められるわけねぇだろ!」

 膝立ちになって両肩を摑む。至近距離で睨みつけても、ハルの笑顔は崩れない。


「アルは優しいですね。でも、私は重荷にしかなれませんから。

 此処へ来る前に住んでいた街で、近所の人に本当の髪色を見られましてね」

 言って一房撮んだ髪からは、不入の森の浄化作用で、もうほぼ色が失われている。自分以外にもこの色を知っているヤツがいるのか、と少し面白くない気分になったアルだが、そんな気持ちは続く言葉で吹き飛んだ。


「殺されかけました」


「……は?」


 一瞬、アルは本当に何を言われたのか理解できなかった。


「側頭部を背後から角材で一撃。私を殺そうとしたのは、何度か遊んでもらったこともある、気の良いおじさんでした。よくお菓子をくれたおばさんも、優しくしてくれたお姉さんも、誰も彼もが私を殺そうとしました」


 ――あぁ。それは、人間を見限るには充分な出来事だったろう。ここで無彩色の髪を見た時、殺さないのかと問うわけだ。

 素を見せさえすれば皆とも友達になれるはずだ、などと安易に考えた能天気な自分を殴りたい。


 いったい、コイツは、どんな気持ちで……


「父さんは私を護ってくれたので、死にはしませんでしたが、私の不注意が原因でその街には居られなくなりました。

 ほら、迷惑しかかけていないでしょう?」


 ハルは、怪物を自称する少年は、悲しむのでも嘆くのでもなく、


「だからアルも、その時が来たら私を諦めてくださいね」


 とても綺麗に微笑んで、そう言った。


「オマエ……何、言って……」

 両肩を摑んでいた手から、力が抜ける。


「だって、私は騎士に退治される怪物なんですから。下手にかばうと、君の家族にまで迷惑がかかります。私と家族なら、家族の方がずっと大事でしょう?」


 とても、とても優しい笑顔で、幼子に言い聞かせるように友達ハルが言う。


「ふざけんなよ! どっちも大事に決まってんだろ!」両手に再度力を込めて、今度は胸座を摑みあげる。本気の言葉でなければ、きっとコイツには届かないから。だから、「どっちかなんて、選べるかよ……!」血を吐くように、かすれた叫びを上げる。


「アル……」


 驚いたように目を見開いたハルは、次の瞬間にはアルに飛びついていた。いくら軽くても、子犬や子猫とはわけが違う。いきなりだったこともあり、アルは支えきれずに背後に倒れ、結構な勢いで頭を打った。


ぅ……! オマエ、」


 文句を言おうとするのにも構わず、抱き着いたまま地面を転げまわるハルの口からは、

「あぁ、もう、もう、もう!」普段の語彙力はどこへ行ったのか、感極まったようにそんな感嘆詞もどきしか出てきていない。


 絡まりあった二人は、そのまま泉へと落ちた。


「……ぷぁ、落ち、着けって!」


 アルが両肩を摑んで引きはがすと、泣きそうな顔で微笑むハルがそこに居た。

 無理。と即答して両手を首に回してしがみついてくる。今度は水底に手をついて、水没を防いだ。首筋に当たる吐息がやけどしそうな程に熱い。


 体勢を整えて再度引きはがせば、膝に抱くような恰好になった。無駄に美人なソイツの顔がすぐ目の前にあって、アルは不覚にも赤面しそうになった。


「オマエさっきから何やってんだ!」

 照れをごまかすように語調を荒げれば、

「アルのせいです」と、とんでもない冤罪を食らった。


「なんでだよ!」

 意味がわからない、とアルは叫ぶ。


「だって、家族と同じくらい大事だなんて言うから。そんなこと、家族じゃない誰かから言われるなんて、思ってもみなかったから。もう、嬉しすぎておかしくなりそうです」

 金無垢の瞳に零れ落ちそうな涙をためて微笑むソイツの笑顔は、今まで見た中で一番綺麗だったが。

 アルは片手で顔を覆ってため息をついた。


「安心しろ。今のオマエは充分以上におかしい」


「なるほど。それは安心だ」クスリと笑って「ね、アル。私にできることがあったら何でも言ってくださいね。アルになら何でもしてあげたいんです」


「だからオマエ無駄に美人なんだからそゆこと言うのやめろ」

 早口で言う中には、動揺のためか、だからが二回あった。


「私が女の子だったら、わかり易くあげられたんですけどね」

 右手の人差し指を頬に当て、小さく首を傾げるしぐさは充分以上に女の子っぽかったが、相変わらず言っていることが良くわからない。


「はぁ? 何を?」


 アルが問えば、頬に当てていた指を唇に滑らせて、

「唇とか、処女とか」

 ふざけたことをのたまった。


 ので、アルはハルの顔をわしづかみにしてぐりんぐりん回す。


「うわっ、痛い、痛いですよ」


「うるさい。アホなこと言うオマエが悪い」


 動きを止め、力が緩んだタイミングで、ハルが言う。


「でもね、アル。もしも家族か私、どちらかを選ばないといけない時がきたら、君は迷わず家族を選ばないとダメですよ?」


 掌が顔のほとんどを覆い隠していて、お互いの表情は見えない。


「……そんなん、その時になんねーとわかんねぇよ……」ふてくされたようにアルが答えれば、


「うん。アルはそれで良いと思います。ただ、私が何を望んでいるのか、それだけは覚えておいてください」

 顔が見えずとも、優しく微笑んでいることが確信できる口調で、ハルはそう言うのだった。


ん? 今なんでもするって……


そんなわけで元々マックスに近かったハル君のアル君への好感度が完全に振り切れた回でした。

掛け算が好きな女性の方に大量の燃料を投下した感はありますが、まぁ今回はしょうがないです。プロローグへと繋がる重要なパートですから。


命の二択として有名なのはカルネアデスの板ですが、個人的には冷たい方程式の方が好きです。


次回はまだ確定ではないのですが「バースディ・パーティ」になると思います。

「再誕祭」もそろそろです。

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