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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第52話 解雇通告

 壮年の男女は夫婦で、夫の方が純粋なタイガー・アイ帝国の血統で、その妻となる女性は混血で、結婚までには大変な苦労があったらしい。そのあたりの話に関しては、移動中にルビアが目を輝かせて根掘り葉掘り聞いていたそうだが、その間眠っていたスピネルが知っているのは、二人の子どもが夫婦の娘であり、男二人は下男であることくらいだ。

 国境越えは夫の実家に顔を出すためだったそうだが、今回の一件で完全に祖国を見限る決意が定まったらしい。今までは仮住まいであったが、アゲート王国に終の棲家を探すのだと夫婦は語った。


 人数が増えたので、夕食は随分にぎやかだった。二人の幼女はすっかりメアリーに懐いており、ぴたりと左右に寄り添って、なにやら楽し気にきゃいきゃい言っている。元気になったのは良いことだ。


 アルとスピネルは戦闘担当なので怖がられるのも仕方ないが、何故か同じくらい怖がられてしまったルビアがワリと本気で落ち込んでいたりする。ルッチとは普通に接しているのに、キツイ印象のアベリアよりルビアを怖がるのだ。


 実はその原因は、スピネルがルビアに一目置いているのを態度で察したせいだったりするのだが、敵対者に対しては聡い二人は、けれどまったくそのことには気付けていなかった。


「傷の具合は大丈夫? 仕事に差し支えない?」

 心配そうにメアリーが訊いたのは、ルビアの一件があるからだろう。彼女の右手は全治一か月で、その間は刻印石の加工ができない状態だ。まぁ、あの娘はそれ以外にも多才で――度を越しているという説もある――路銀くらいなら簡単にどうにかしてしまっているのだが。


「ご心配痛み入ります。私の仕事は術式編纂者スペル・エディタですので、仮に両手が動かなくなったとしても問題ありません」相手が聖女であるためか、夫が丁寧な口調で言い、

「こんなこと言ってますけどね、字が汚くて自分でも読めないものだから、筆記が早くて丁寧なひとを元々雇っていたんですよ」

 妻が補足……というか、真相を暴露する。二人の下男の内どちらか、あるいは両方がそうなのだろう。ひどい目にあった二人だが、日常の話をすることで少し落ち着いたようだ。特に夫の方は仕事に随分な誇りと自信があるようで、得意げに胸を張っている。


 だが……術式編纂者スペル・エディタ? 耳慣れない単語に、スピネルはルビアを見るが、彼女も首を傾げている。よほどマイナーな職業なのか、などと失礼なことを思っていると、男の妻が呆れ交じりに補足してくれた。


「あまり一般的な言葉じゃないわよねぇ。なんでも、精霊術を使う時の呪文を考えたりするお仕事なんですって」

「お前の説明はおおざっぱ過ぎる」夫が不快げに眉根を寄せた「術式を整え、最適化することによって、霊力の浪費を無くし、精霊術を最も美しい形に整形するのが私の仕事だ」

 本当に自分の仕事に誇りを持っているようで、語る口調に熱が入る。更にはアルに向けて、才能に任せきりで霊力の扱いが粗雑すぎる、強引な術式行使には美しさが欠片もない、等と説教を始めてしまった。


 あまりの言いように、アルが反発するのではないかとスピネルには思えたが、アルは意外にも真剣な表情で男の罵倒ともとれるような苦言に耳を傾けている。案外彼自身、自覚があったのかもしれない。

 体に入った毒だけを燃やし尽くす、などという術は確かにとんでもないが、一度使っただけで全ての霊力を使い切るというのは、なるほど非効率である。


 口は悪いが、研究職で身の回りの世話をする人間を二人も雇えているのだから、それなりに優秀なのだろう……と、スピネルは思ったのだが。


「このひとったら、この調子で出資者と大喧嘩しちゃって。生家を頼ろうとしたところでこれだもの。この先どうしようかしら?」

「はん! 私の忠言に耳を貸す度量も無い者なぞ、こっちから願い下げだ!」


 ――優秀……なの、だろうか?


「優秀過ぎて融通が利かないのか、ただの誇大妄想かは、実際仕事を任せてみればわかることです。バイライトなら、扱いづらくとも有能であれば使いこなしてみせるでしょう」

 というルビアの言で、彼女の信奉者を頼ることとなった。


 散々な目に遭ったが、それに見合うだけの出逢いもあったと言って笑う夫婦には、まだ多少の陰があったが、それでも生きる強さは感じられた。


「でもさ、ルビア」黙って聞いていたアルが唐突に言った「あのオッサン、お前の紹介だったら無能でも雇い続けそじゃね?」

「う。いや、いくらなんでも……彼も商人です、利益に関してはシビアなはず……

 念のため、私からではなく娘からの紹介ということにしておきましょう」


 どうやら、否定しきれなかったようである。


 一日かけて往路のほとんどを走破したので、翌朝にはアゲート王国に入れる。

 昼間にたっぷり睡眠をとったスピネルが不寝番に立った。昼夜逆転はそれなりにきつかったが、これが最善手なので文句は無い。


 翌朝――まだ朝と呼べる時間帯に国境を越える。


 出国時にアベリアに嫌味を言っていた――というのはルビアの話を聞くまでスピネルにはわからなかったが――警備兵が、それ見たことかと言わんばかりの嘲笑を浮かべ……行きと比べて一台増えた馬車に止めた目を見開いた。


「奴隷商人を返り討ちにしました。ワリと酷い状態ですが、確認しますか?」

 綺麗な笑顔で、ルビアが言う。嫌味な兵士が言葉に詰まっていると、ちょうど交代の時間だったようで、新たにやって来た二人に話は引き継がれた。


 門衛たちとルビアの会話は、この時のスピネルには理解不能なものだった。こういうことも理解できるようにならないとな、とスピネルは改めて思った。




 襲撃以降、それまではあからさまにスピネルを見下していたアベリアは、露骨なまでに彼に怯えていた。これにスピネルは、むしろ安心感を覚えている。アルとルビアの、あの年齢での覚悟の定まり方は異常だ。あれが当たり前になってしまうと困るので、アベリアの普通の反応がありがたいとすら思えた。


 自分の行いが、人道的に褒められたものでないことを理解しているスピネルとしては、それを否定される方がむしろ安心できた。


 ――けれど。メアリーはそうではなかったようで。


 国境を越え、ひとまず落ち着いた後で、メアリーは言葉を飾らずに言った。


「私、貴女のこと嫌いだわ」


 はぁ、とため息をついたのはルビアだ。


「それではそのひとと一緒ですよ。能力だけなら優れているのですから、上手に取り込むことを考えましょうよ」

「どれだけ優秀でも、信用できないひとに命は預けられないわ。それなら、私とスピネルがルビアからいろいろ教わった方がマシよ。能力で劣っても、心から信頼できるんだから」

「……なるほど。道理ですね」

 ルビアまでそれに同意してしまう。


「では、貴女とは此処で別れましょうか」

「えっ……」

 ルビアの言葉に、アベリアの顔が絶望に染まる。


「護衛を信用することすらできない貴女は、商人として多少優れていたとしても、マイナスの方が大きいです。共に旅をするにはむしろ邪魔なので、お父さんに護ってもらって安全に商売だけしていた方がお互いのためだと思いますよ?」


 このセリフを嫌味ではなく、善意だけで言えるのだから、ルビアだけは絶対敵に回したくははいとスピネルは思った。


「に、荷馬車はどうするのですか?」苦し紛れのアベリアの問いに、

「此処までの護衛料としては妥当ではないでしょうか」平然とルビアは答えた。


 彼女の言葉を瞬時に理解できた者はひとりもいなかった。ルビアもそのことに即座に気付いたようで、補足する。


「タイガー・アイ帝国から、此処までの護衛料です。不満なら、襲撃を受けた場所まで案内するので、ひとりで頑張って帰ってください」


 ひどい脅しだ。一応筋が通っているあたりが悪辣である。あの時点で、ルビアは既に彼女を見限っていたということか。


「――あー……ルビアが一番容赦ないの忘れてたわ」

 あれだけ怒っていたメアリーですら、アベリアに同情の目を向ける程だ。


 これに対しアベリアは。

 すぅ、と大きく息を吸い込んで、勢いよく自分の両頬を張った。


「今までの不明をお詫びします。ですのでどうか、これからもご一緒させてください。私はまだ、何も学べていません」


 一度深々と頭を下げ、まっすぐにルビアを見る。


 良い目だ。スピネルはそう思い、首を縦に振るのにためらいは無かったが……メアリーが言ったように、ルビアは本当に容赦が無かった。

 ふっ、と薄く笑って、三本の指を立てて見せる。


「同行を許可するには、みっつ条件が有ります。

 ひとつ、戦闘に関してはスピネル君とアル君の判断を最上のものとし、二人が直接指示を出せない状況では私の指示に従うこと。

 ふたつ、この一行においては、貴女こそが最底辺であると自覚すること。これは罰でもなんでもなく、各種能力を総合的に判断すると当たり前にそうなります。

 そしてみっつ、次に私たちの内誰かの足を引っ張った時は、その時点で貴女を放り出します。それがどんな場所であろうと、その場で、です。

 これらの条件を貴女の父に報せ、了承された場合のみ、同行を許可しましょう」


「……鬼だな、お前」

 このルビアにこんなことを言えるのは、アルくらいのものだ。


「状況判断もまともにできない無能バカの所為で、大事な仲間が死ぬのはごめんですから。バイライトの娘だからといって、許容できる範囲を超えています」


「けれどそれでは、かなり時間がかかりませんか?」

 早馬を仕立てるにしても、バイライトと連絡を取るとなると数日では済まない。スピネルがそう問うと、ルビアは肩を竦めて返した。

「どのみち当面は此処を動けませんから。乗りかかった船です、国境の大掃除をしていくとしましょう」


 その言葉の意味を、スピネルが正しく理解するのは、暫く後の話である。

術式編纂者スペル・エディタ。こういう造語を考えるのは好きなんですが、やたら時間がかかるのが困りものです。雰囲気づくりや語感を考えると雑にはできないですからね。

次回のサブタイはまだ確定していませんが「術式編纂者」か「大掃除」のどちらかだと思います。比重の大きい方にします。

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