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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第50話 差別するもの、されるもの

 敵がぎらつくナイフを抜いた。


 それを見た反応は三者三様だった。


 アビーは全身を硬直させ、扉を開けた勢いのまま、馬車の外へと転がり落ちた。


 ルッチは理解が追いつかない様子で「えっ……」と短く声を漏らし、ポカンとしている。


 三人の中で唯一有益な行動をとれたのはメアリーだ。

「あーにぃ!」

 思わず昔の呼び名が出た様子だったが、それでも注意喚起ができていた。


 ――そして、ルビアは。


 恐怖も逡巡も躊躇も無く。


「――紅蓮」

 友人の侍獣を、促した。


 メアリーが声を上げた、あのタイミングで背後からの攻撃にスピネルが間に合うか。アルであれば判断できたのかも知れないが、ルビアには予想がつかなかった。それに、前回の毒のこともある。かすり傷が致命傷となることもあり得たし、アルの『奥の手』が使えるのは、今のところルビアに対してだけだ。


 だから。ルビアは迷うことなく、確実に間に合う方法をえらんだ。


 ルビアに応じ、馬車を飛び出した紅蓮が、ごう、と吼える。


 次の瞬間には、『敵』は紅蓮の炎に包まれていた。


 およそひとが発したものとは思えない、濁った、けたたましい絶叫が上がる。それは、それ自身が燃える炎の咆哮と混じりあい、聞く者の魂を竦ませた。

 いや、少なくともアルとスピネルは平静を保っていたし、ルビアも恐怖を押し込めるのに成功していたが。


 生きながらに焼かれる人間が、どうにかして炎から逃れようと、おぞましいダンスを踊る。見ていてたのしいものではなかったし、そんなものでよろこぶような倒錯した趣味嗜好は持ち合わせていなかったが、それでもルビアは目を逸らさない。


 ――私がやらせた。


 旅の仲間の身に危険があるかもしれない・・・・・・という、可能性に過ぎないそれは、ルビアにとっては、誰とも知れぬ襲撃者ひとりの命よりも重かった。

 その判断に後悔は一切無いが、結果から目を背けるのは恥知らずというものだ。


 平行して、周囲にも改めて視線を投げる。


 死屍累々、とはこういうのを言うのだろうか。世界が血を流しているかのような赤黒い光に照らされて、うずくまる人影の数は10を下らないだろう。

 いや。と、ルビアは否定する。少し違う。ぱっと見た感じではあるが、実際死んでいる者はまだ・・居ない様子だ。


 ……まぁ、腕や脚を斬り落とされた男は、このまま放っておけば命まで取り落とすことになるだろうが。


 そこかしこに転がっている棒状のナニカは脅威ではないのでひとまず無視する。


 およそ15歳の少女の反応ではなかったが、命の奪い合いを見るのも――あの時は一方的な強奪だったが――死体を見るのもこれが初めてというわけではない。

 一度や二度で慣れるものでもないのだが、覚悟ならばあの日に定まっている。ウィルが身を置く……いや、生まれながらに所属を強要された世界がそういうふうにできているのならば。サルビア=アメシスト=バラスンは、そこに踏み込むことに躊躇などしない。


 人体の焼け焦げる臭気が馬車の所にまで届き、ルビアの背後でメアリーとルッチが不快そうに口許を覆った。ずっと目を閉じ、耳を塞いでいたアビーは、こらえきれずに嘔吐している。


 ――あぁ、恥知らずが居たな。


 弟子の娘に向ける視線が冷え切っていることをルビアは自覚した。自分でも乱暴だとわかる手つきで、女の手首を摑み、引っ張る。バランスを崩し、その人物が自身の吐き出した物でスカートを汚すことになど、ルビアは頓着しなかった。


「見て、学びなさい。そのために貴女は此処に居るのでしょう?」

 視線も向けず、摑んだ手首も早々に手放して、言葉だけを投げ棄てる。これがルビアにとっては最大限の譲歩だった。この言葉の意味がわからないようなら、連れて行く価値などは無い。


「――あぁ、そうだ。ルッチ、一応防衛機構の再展開を」

 念のために、肩越しに振り向いて指示を出す。アビーが何を選択したのかには、もう意識すら向けない。無駄な時間を費やしては、せっかくの好機が無駄になる。


 仲間(?)のひとりが生きたまま燃やされて、襲撃者たちの心は折れかかっている様子。これを利用しない手は無い。

 急いだ方が良いが、焦っては逆効果。ルビアは普段通りの歩みを心掛けて、紅蓮を伴いアルとスピネルの許へ向かう。普段は膝くらいまでの大きさしかない紅蓮だが、周囲の火気を取り込んで戦闘形態の今は腰くらいまでの大きさで、頭を撫でるのにはちょうど良かった。


「すいません、邪魔をしてしまいました」

 ルビアに答えたのはスピネルだった。

「いえ。僕とアルの連携に難があったのも事実ですし、ルビアの知恵を借りようか、とも思っていたところだったので」


「それに邪魔したのはルビアじゃねぇだろ?」

 アルがルビアの背後を睨む。怯えたように身じろぎする気配があったので、一応ついては来たようだ。ひとまず、彼女を切り捨てるかどうかは保留する。


「監督不行き届きですよ」

「最年少が責任者ってのもなぁ……」

「適任者でしょう? 今はそれよりも……」と、ルビアは周辺の男たちを見遣る「襲撃理由について、正直に答えてもらいましょうか?」


「はぁ? 理由なんてあるかよ、この穢れた血が!」

 存外威勢の良い声が上がった。時間をかけすぎたのか、それともルビアの見た目で侮られたのか。そうならないように紅蓮を連れて来たのだが、巧くいかないものである。

 穢れた血、というのは失地ミッシング・ランドの血筋を指しているのだろう。


 自身に対する罵倒に対しては、不思議なほど怒りは湧いてこなかった。最初に感じたのは、奇妙な共感だ。あぁ、これが、ウィルが世界の全てから向けられていた感情なのか、と。

 自分は優れていて、相手は劣っている。そんなくだらない、バカげた思い込みの所為で、彼はこの世界に生きることすら許されなかったのか、と。


 ふと目が合ったアルも、同じような考えに到ったのだろう、悔し気に唇を噛んでいる。その表情を、沈黙を、おかしな具合に勘違いしたようで、男は調子に乗ってまくしたてる。


「お前ら劣等種はおとなしく優越種になぶられてりゃ良いんだよ! 汚らしい黄ばんだ肌しやがって、気持ちわりぃ!」


 失地ミッシング・ランドの血が入っているルビアたちの肌は、確かに目の前の男程には白くは無いが、黄色、というのとも少し違う気がする。むしろ気持ち悪いというなら、その男の病的な白さの方がよほど気持ち悪いし、何より……


 ――色彩が無いのは、怪物の証では無かったのか。


 自分の都合で安易に使い分けられる色彩の正邪に、ルビアの怒りは容易く振り切れた。情報を引き出すのに少しでも有利になるようにと、貼り付けていた表情が抜け落ちる。


 ――こんなモノが人間で、彼が怪物だと言うのか。


「あぁ、次は貴方が生きた松明になりたいんですね? いいですよ、少し暗くなってきましたし、ちょうど良いですね」


 調子よくまくしたてていた男の表情が凍り付く。怯えが滲み出し、それが周囲のお仲間にも感染していく。或いは男の暴言は恐怖をごまかすためのものだったのかもしれなかったが、ルビアにはもうそんなことはどうでも、どちらでも良かった。


 もうひとり殺せば、心も完全に折れるだろう。


 紅蓮にお願いしようとしたルビアの肩を、ぐっ、とアルが摑んだ。

「ルビア。それはダメだ」

「今は正論なんて聞きたくないです!」

 振り向きもせずに叫んだルビアの視界を、アルとはまた違った赤が横切る。


 スピネルは実に無造作に、わめいていた男の喉に、つま先を打ち込んだ。


 殺したのか、と一瞬思ったが、痛みにのたうち回っているので、生きてはいるようだ。うめき声が聞こえてこないのは、喉を潰したのか。


「あのにおいは気持ち悪いのでやめましょう」

 本当に、ただそれだけ、といったふうを装ってスピネルが言う。


 彼はこう言っているのだろう。剣を取る者でもない君が、敢えて手を汚す程の価値はアレには無い、と。

 少し冷静になったルビアは、礼を言うのは後回しにして、出来上がった尋問にもってこいの空気を利用する。


「他に強制的に黙りたいのが居ないのなら、話を続けましょうか」


 そこから先は実にスムーズだった。恐怖で滑りが良くなった舌は、聞いても居ないことまでべらべらとしゃべってくれた。


 やはりと言うべきか、襲撃者たちはメアリーの客ではなかった。そいつらが言うところの『穢れた血』であるアゲート王国の住民は、タイガー・アイ帝国では人間とすら認められていないようで、好きなようになぶっても良い、いわば人語を話す家畜として通常の奴隷よりも高値が付くそうだ。

 人種差別がそこまでひどいとは、ルビアですら予想していなかった。


 ルビアたちを襲撃した奴隷商は、アゲート王国からタイガー・アイ帝国に入る者たちを専門に狙って荒稼ぎをしていたようだ。アゲート王国から来た者であれば、実際の人種がどうであれ『穢れた血』と称して販売していたのだとか。

 これはいよいよ、街に入るのはやめた方が良さそうだ。


 ――まぁ、それはそれとして。


「……困りましたね。いよいよ殺すしかなさそうです」

 ルビアの一言に、加害者であった者たちが一様に青ざめる。口々に理由を問うそいつらに、ルビアは肩を竦めて返す。

「だって、この国では貴方たちのやったことは罪にならないのでしょう? 数を増やしてまた来られても面倒ですし、禍根は断っておいた方が良いですよね」


 気は進まないが仕方ない。それがルビアの正直なところだった。

 頭を地面にこすりつけて、必死に命乞いをする様を見ても、ルビアの心にはさざなみひとつ立たなかった。ひとを商品にしていた連中に対する同情はもちろん、先程感じた怒りの感情も、今は醒めてしまっている。

 せっかく止めてくれたスピネルに申し訳ないという思いだけはあったが、作業としての殺人を決定する以上、自分だけが手を汚さずにいるという選択肢はルビアの中には無い。


 アルはルビアに不服そうな視線を向けても、代案は思いつけない様子だったが。


「いえ、殺すまでも無いですよ」

 スピネルはそう言い、先程喉を潰した男のところへ歩み寄る。


 都合三度。彼は足を踏み下ろした。


 最初から砕かれていた左脚も加えて、四肢を砕かれた歪なヒト型がそこには転がっていた。最初に喉を潰されているので、それからはひゅうひゅうとあえぐような呼気が漏れるのみだった。


「街からはどうだかわかりませんが、国境からは結構な距離です、血のにおいもしますし、野の獣に襲われて死ぬ可能性の方が高いでしょうが……そんなのは僕たちの知ったことじゃありませんよね。運が良ければ助かるかもしれない、こいつらにはそれだけで上等でしょう」

 表情一つ変えずに、草でも刈り取るように無造作に、スピネルが残りの処理・・を済ませる。アルが手伝いを申し出る隙も無いほどの手際の良さだった。

 腕やら脚やらを斬り落とされて出血が止まっていない者は、紅蓮の炎で傷口を焼いて雑極まりない止血を施す。


「さて。数を揃えて仕返し……などと考えるのは勝手ですが、ひとつだけ覚えておいてください。返り討ちに遭った後には、生きたまま燃やされた方がまだマシだった、と思うことになりますよ?」

 ルビアはいつも通りに笑って、ダメ押しにもうひとつ脅しておいた。生きたまま燃やすよりも酷いことなど、彼女自身想像もつかないのだが。脅しにはこれくらいのハッタリは必要だろう。


 ……そして本気で怯えている様子のアルとは、落ち着いた後でじっくり話し合う必要があるだろう。


 ルビアとしては、喉を潰し四肢を砕いたスピネルのやりようですら、いささかやり過ぎだと感じたくらいだというのに。


 などと思えたのは、襲撃者の馬車の積み荷を検めるまでのことだった。


 ――あぁ、スピネル君は、優しすぎるくらいでしたね。

あれ? 荒事って誰の見せ場だっけ? なんて疑問が浮かぶほどウチのヒロインがヒーローしてました。

積み荷に関してはまぁ、ご想像の通りでしょう。想像を越えたいところではありますが、やり過ぎてR-18に島流しにされないようにほどほどにやります。そもそもやり過ぎる程の描写力は無いかも。

次回「解雇通告」お楽しみにとは言いづらいサブタイですが、お待ちくださいませ。

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