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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第49話 非戦闘員

前回までの蒼紅サイド

後援者(自称ルビアの弟子)と会談、その娘アビーが一行に加わる。

ルビア以外の、知識の足りない者達との折り合いは良くない様子。

「国境ではすみませんでした」

 そう、アビーが言うと、ルビアは少し呆れたように笑って、あれくらいの対応はできるようになってくださいね、と言った。

 タイガー・アイ帝国に入って、最初の夜のことである。


 街道脇で野営するのは、アビーたち6人のみで、アゲート王国にいる時に同行を申し出た商隊の誘いはルビアが断っている。

 曰く「優秀な護衛が二人プラスアルファ居ますので」とのこと。プラスアルファはアルの侍獣である紅蓮のことだ。


「なに、なんの話?」との、呑気な発言はメアリーで、

「あぁ、そーいやなんか含みあったな」存外目端が利くのはアル、

「あったっけ?」と、ルッチは何もわかっていない様子。

 スピネルに至っては、無言どころか、視線すら向けて来なかった。


 国境を超える時、シャモン商会の一人娘という、アビーの身分を前面に出したのだが、警備兵の一人が他所の商会と関わりがあったようで、嫌味を言われたのだ。一人娘をタイガー・アイ帝国に向かわせるとは、成り上がり者は本当に手段を択ばないのだな、とか、そう言った意味合いのことを、持って回った、白々しい言葉で以って。

 ムッとして言い返しそうになったアビーの代わりに矢面に立ったのがルビアだ。


「ご心配、痛み入ります。精都で成功した暁には是非ともお礼がしたいので、差し支え無ければ、お名前をお伺いしておいても宜しいでしょうか?」


 アルが含みがあった、と言ったのはこの発言だろう。完璧な笑顔で告げたそれは、言われた相手には脅しとしか思えなかっただろう。つまりは『成功を収めて戻って来るから覚えていろ』という。名前も告げずに、追い払うように通したことからも明白である。

 とまぁ、そういった流れをアビーが説明すると、メアリーとルッチはげんなりした表情で口々に「とても真似できない」と言った。


 一刻も早く帝国を抜けるため、食事は最低限の粗末なものだったが、その粗食を『不味くはない』レベルにまで引き上げたルビアに、アビーは驚嘆していた。普通なら、食べられたものではいそれを、無理やり呑み下すのが当たり前の食材なのだ。そういった事情を、能天気にも『美味しくない』などと言ったメアリーにまくしたてていると、

「……なぁルビア、お前の信者増えてね?」

「敢えて目をつぶろうとしていることを指摘しないでください」

 裏でそんなやりとりがされていた。


 ルッチは食餌と一緒に不満も呑み込んだ様子だったが、スピネルは相変わらず話題に加わろうともしない。そんな彼をアビーが睨んでいると、アルが苦笑した。

「お前も苦労するよな、スピネル」

「――いえ。アルはわかってくれているようで、とりあえずは安心しました」

 男同士で慰め合っている様子に、アビーは鼻を鳴らして嘲う。


 すると、ルビアにたしなめられた。

「アビー。貴女は自分の専門分野だけで物事を量りすぎです。此処に居る皆は、それぞれの得意分野においては商人としての貴女に匹敵すると私は思っていますよ。

 あ。アル君は例外ですけど。彼と並び立てるひとなんて、私が知る限りひとりだけですから。メアリーはまだ発展途上の様子ですしね」


「そーいやルビア、ちょっと気になったんだけど」と、アルが訊いた「水樽、買い直すなら、なんで売ったんだ?」


 どういうことかと、アビーが問えば、以前、摘んでいた水樽をかさばるだけだからとルビアが売り払ったとのこと。


「私が一行に加わらなければ、積む場所が無かったからでしょう」

 ルビア、アル、スピネル、メアリー、ルッチの5人で御者台までいっぱいだ。荷台にそれほど余裕は無かっただろうとアビーは考えた。


「――んで、ルビア? ホントのところは?」

 無言を貫くルビアに、アルが再度問いかけた。


「う。なんでバレたんですか。そうですよ、うっかりミスしただけですよ」

 唇を尖らせるルビアは、いつになく幼く見えた。


「だってルビア、やけに言葉少なだったし。あれだ、『雄弁は鉄であり、沈黙は金である』ってヤツ?」

 ぴっ、と人差し指を立てたりしながら、アルが言う。


「――意外です。貴方がそんな格言を知っているなんて」

 アビーの発言は、普通に考えれば失礼であったが、アルは特に気にした様子も無く答えた。

「あぁ、こーゆーのハルが好きでさ、いろいろ教えてもらったからな。雄弁さが役に立つのは鉄火場くらいのもんだから、それ以外の時は余計なことは言わずに黙っておいた方が良いって意味だっけ?」


 驚いたように瞬きをしたのは、アビーだけではなかった。


「……その解釈は初めて聞きました」ルビアが言い、

「そうですね、普通は度を越した無駄口は無為無価値の鉄くずだ、という意味ですから」アビーが続ける。


「そうなのか?」

 アルはきょとんとする。


「はい。ひょっとしたら、ウィル君の独自解釈かもしれませんね」

 昔を懐かしむように目を細めるルビアは、今度はひどく大人びて見える。

「あー、言われてみりゃ、アイツらしいかも」

 苦笑を浮かべたアルも、また。


「でも、一方を無価値と切り捨てないのは、素敵な考え方かもしれませんね」

 アビーは穏やかな微笑みを浮かべた。


「ですよね!」喜色満面、ルビアがアビーの手を取った「そうなんです、ウィル君はとっても素敵なんです! 自分から誰かを、何かを切り捨てるようなことは絶対しないひとなんですよ、ウィル君は!」


「アッ、ハイ。」

 両手で包み込んだアビーの手をぶんぶん振りながら、身を乗り出してまくしたてるルビアに、アビーは反射的に返す。


 ――いや、まぁ、確かに。その考え方が素敵だと言ったのは本心ではあるのだが。けれどそもそも、それがウィルなにがしの解釈であるかは未確定ではなかったか。


 余計なことを言わないだけの分別が、アビーにはあった。




 事件はその翌日、逢魔が時に起こった。




 その時荷馬車に同乗していたのはスピネルで、国境前の一件でアビーは彼を心底軽蔑しており、アルが同乗している時以上に不快な気持ちでいた。御者台で隣に座るようにルビアから厳命されていなければ、間違いなく荷台に移っていただろう。

 どうせならあっちの馬車に乗りたかったな、とメアリーの馬車を頬杖を突いた状態で半ば睨むようにしていると、スピネルが急制動をかけた。


 御者台から投げ出されそうになり、文句を言おうとしたアビーを、スピネルが横抱きに掬い上げ、御者台から跳んだ。

 予想外の力強さに、アビーは目を白黒させる。


「アル!」

 スピネルが叫んだ時には、アルも既に馬車を止め、飛び降りていた。彼の手により、メアリーの馬車の扉が開かれ、


「ルビア!」

 スピネルが別の名を叫んで、


「きゃぁぁぁぁぁっ!?」

 荷物のように放り投げられたアビーの悲鳴が尾を引いた。


 一応ルビアが受け止めてはくれたものの、アビーは結構な勢いで奥の壁に頭をぶつけた。痛みに涙目になっているところへ、アルの声が飛び込んでくる。

「紅蓮! そっちは任せた!」


 ぼう、と赤い仔犬が吠えると同時、メアリーが馬車の扉を閉じて、外の様子は見えなくなった。


「ルッチ!」

「……あ、うん。グリフォン座、世界樹座、起動」


 それが、この馬車の防衛機構であると、アビーは一応の説明は受けていた。星座の形で組み込まれた精石の内、空の色で構成されたグリフォン座が馬車の外側に空気が存在しない領域を創り出し、植物の色彩による世界樹座が馬車の内側の空気を維持する。これによって……


 カカカッ、と何かが馬車に当たる音が聞こえ、アビーはひっ、と息を呑む。


「火矢、では無いですか。まぁ、だからといって火炎対策を棄てるわけにもいかないですしね……」

 座席に腰を落ち着け、ルビアは苦笑と共に言う。

「まー、必要経費よねー」似た様な表情でメアリーも続け、

「うーん、もうちょっと、改良の余地があるかな……」

 アビーは顎に手をやり、首をひねっている。


「なんで……なにが……」

 へなへなと床にへたり込んで、ただ一人落ち着きを無くしているのがアビーだ。


「何が起きているのか、ということなら、襲撃です。やっぱりと言うかなんと言うか、あの時の商隊は奴隷商だったみたいですね。同行してたら一服盛られて商品になってたところ、でしょうか?」

 ルビアの説明に、うへぇ、とメアリーが嫌そうな顔をする。


「なんで……」

「なんで、とは?」

 アビーの呟きに、ルビアが問い返す。


「なんで、そんなに落ち着いているんですか!?」


「いや、この子はそこらの装甲馬車より頑丈だし」

 ルッチの言う『この子』というのが、まさに今乗っている馬車を指すのだと理解するのには、少しばかりの時間が必要だったが。


「なに言ってんの? たかが人さらい、スピネルひとりでもおつりがくるよ」

 バカなの? とでも言わんばかりの口調で、メアリーが言い、

「――まぁ、そうでしょうねぇ。向こうが襲撃のタイミングをうかがっていることは、国境を越えてからずっとわかってて、警戒してくれていたみたいですし」

 ルビアも軽く肩を竦めて見せた。


 此処に到って、アビーはようやく、スピネルが内輪の会話に参加しなかった理由を理解した。彼は、護衛としての責務をまっとうしていたのだ。アルもそれを察していて、ルビアはそれを予測していた。

 ルッチはどうだかわからないが……アビーは、想像もできなかった。


 カタカタと、暴力の気配に震えることしかできないのはアビーだけで。


「うーん、この防衛方法だと、外の音も聞こえなくなるのが問題ですね」

 ルビアは落ち着いた様子で目を閉じていて、

「視える?」

 と、アビーには意味不明な問いを発したメアリーに「戦闘中のようです。うわ、剣熔かしてますよ、アル君」などと答えていた。


 ルッチは「外の様子を知る機構……」などと、何やら思案している。


 それからどれくらいの時が経っただろうか。狭い空間に押し込められ、悪意ある者たちに外を取り囲まれている状況は、アビーをひどく疲弊させていた。

 何かがぶつかる音が聞こえるたびに体を震わせるアビーには、他三名の落ち着きようが理解できない。襲ってきている者たちが何人いるのかはわからないが、たった二人で対処できるようなものなのか、と思ってしまう。どれだけあの二人が強かったとしても、馬車ごと奪われる可能性だってあるのではないか、と。


 実際のところ、それは杞憂であり、ルッチ自慢の馬車には盗難対策もなされているのだが、そのあたりを気にしてこなかったアビーはそれを知らず、あり得ない恐怖に身を震わせ続けている。

 アビーは幼い三人の想像力が欠如していると思い込んでいたが、欠如しているのは彼女の護衛に対する信頼である。


「動きが止まりましたね。ですが、これは……」

 ルビアの呟きの、後半部分までアビーは聞いてはいなかった。

 終わった! そう思い込み、扉に飛びつく。


「わ! バカ!」

 慌てて防衛機構を解除するルッチ。アビーはルッチが一行に加わったいきさつを知らない。今の状態のままで扉を開けると、空気が荒れ狂い、かすり傷程度では済まないなどとは露ほども思わず、閉鎖空間から逃げ出そうとして……


 解除は、どうにか間に合った。


 けれど、突然開いた馬車の扉に、スピネルとアルが反応し……振り向いた二人の背後で、『敵』が隠し持っていたらしいナイフを抜いた。

ちょっと時間があいてしまいました。

ルビアちゃんがヒーローすぎるので一般人目線でお届け。あ、いつも通り長引いてます(開き直り)

次は(たぶん)ヒーローなヒロインに視点を戻して、今度こそ前回予定していたところまで進めます。

次回(こそ)「差別するもの、されるもの」お楽しみに。

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