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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第47話 月光花

 前回の狩りから10日、結局逃げられなかったハルはまた狩りに同行することとなった。メンバーは前回と同じで、今回は特にもめることもなく出発する。これまた前回同様、白鴉も一緒だ。


 狩りに関しては、フロルがふらふらと勝手に遠くに行きそうになったことを除けば、何も問題はおこらなかった。前回は自重していたのだろうか、とハルがシグルヴェインに問えば、前回は動物を捕まえるという、今までとは違うことをやったから退屈しなかったのだろう、との答えが返る。

 言われてみれば、今回の狩りは前回とほとんど同じなので、退屈と言えば退屈なのかもしれない。


「本当に好奇心旺盛なんですね、フロルさんは」

「あー……陛下から外の話を聞くようになって、余計に、かも」

 シグルヴェインの返答は、言われてみれば納得だった。


「……失敗、でしたかね?」

 勝手に何処かへ行かないように手を繋いだ、幼い森の管理者をハルは見遣る。当人は良くわかっていない様子で小首を傾げていたが。


「――なに?」

「――いえ。今回はフロルさんに捕まえてもらっていいですか? そうですね……ウサギとイノシシ、あと鳥を一羽。傷を負わせないようにお願いします」


 前回の失敗の原因は何処にあったのか。ハルが可能性として考えたのはみっつ。


 ひとつ、白鴉の電撃が想定以上のダメージを与えていた可能性。これは可能性としては一番低い。精獣が自分そのものとも言える力の加減を間違えるなど、まずないと言っていいので、フロルに捕獲を担当してもらうのは、どちらかといえば彼の退屈を紛らわせるという意味合いの方が強い。


 ふたつ、ウサギという生き物、それ自体が虚弱すぎる可能性。これを検証するために、他の生き物も捕まえてもらう。


 みっつめは、皆で準備した畜産広場自体にまだ不備がある可能性だ。これは朝昼晩の三回、家畜の容体を細かく確認することで見極める。担当するのは今回のやり方を考案し、知識面でも楽園ユートピアでは最も優れているであろうハルと、森の管理者であり緑の色彩の扱いに関しては並ぶ者の無いフロル、暗幕担当のニクスと照明担当のサニーを加えた、言ってしまえば関係者全員である。


 第一回実験では、失敗するなど露ほども思っていなかったので、ほとんど放置状態だったのだ。理論構築と知識に優れていても、経験はほぼ皆無であるハルの弱みがわかりやすく表に出たかたちだ。


 早めに狩りを終え、帰還して。

 その日の夜には、ハルは理解に到っていた。


「――心的負荷ストレス、っすか?」

 質問役に回ってくれるサニーに助けられて、ハルは話を進める。

「はい。暫く観察していてわかりました。過剰な輝煌による影響は出ないように調整されていても、外の世界とは僅かに何かが違う。人間であれば無視できるような違和感も、動物は敏感に感じ取ってしまい、それがストレスになったのでしょう」


「その僅かな違和感を、消すことは可能ですか?」

 要点を、端的に。楽園ではそれはサラの役割だ。魔女の弟子だけあって頭の回転自体は速いのだが、新しいことを考えるのは苦手なようだ。副官としては極めて優秀だが、指導者としては不足――それがこの雷光色の姫君である。


「難しいでしょうね。ひとにとっては誤差でしかない違和感を、明確に見つけて調整する、というのは。不可能ではないとしても至難でしょう」

 一概にそうだと言い切れるものではないが、基本的に能力の高い者ほど力の微調整を苦手とする傾向にある。全力が十の者にとっての1と、万以上ある者にとっての1では価値が違いすぎる。細かすぎてわからないのである。

 侍獣が居ればこのあたりも巧くやれるのだが、フロルとサニーに今すぐ侍獣を与えるというのも、それはそれで難しい。フロルは年齢的な意味で、サニーは儀式場的な意味で。


「……じゃあ、ムリなの……?」

 カレンが泣きそうな目でハルを見た。そこまでのことか、とハルなどは思わないでも無かったが、解決策なら思いついているので、そちらを告げた。


「違和感を消すのが無理ならば、心的負荷の方をどうにかすれば良いんですよ」

「いや、そんな、そっちなら簡単だ、みたいに言われてもっすね……」

 サニーは困惑気味だが、ハルは何を言っているのか、と小首を傾げる。


「簡単ですよ? 人類は既に特効薬を知ってるじゃないですか」

 まぁ、私には不可能ですけど。そう付け足したハルの視線を目で追って、サニーだけでなく全員が納得の表情を浮かべた。




 畜産広場はアニーの野外音楽堂に、彼女自身の音響監修の下、改めて創り直されるのだった。




 めんどりは卵の安定供給のために、ウサギは愛玩用にそのまま飼われることとなった。イノシシは……費用対効果を考慮した結果、精肉されたが。


 それからさらに数日後、ようやくルナの準備が整ったということで、ハルは彼女の相手をすることになる。正直に言えば、少し苦手な相手ではあったが、作り笑いは得意なので問題は無い。


 月の光の色をした少女に連れて行かれたのは、サニーの時と同じ花畑だった。一応、ハルはその事実ことは呑み込んでおいた。

 約束通り、石の古い……というか、失地ミッシング・ランド由来の呼び名をルナに、他の者より先に教える。


 ハルは本当は授業でまとめてやりたかったのだが、ルナが機嫌を損ねると面倒なのでやめておいた。


「まずは私から。オブシディアンは黒曜石といいます」

 精霊文字は地面に直接ではなく、サクラから借りた紙に代用インクで書く。続けて蛍石フローライト黒瑪瑙オニキス淡雪水晶フロスティ・クウォーツと説明して、唯一フルネームを知っているサクラに言及する。

「サクラさんの石名は金緑石アレキサンドライトですね。他の皆の石名も教えましょうか?」


「……せきめい、って、なに?」

「女の子の名前、花の名前の次につく石の名前のことですが?」

 これは、不用意な発言だったのだろうか。

「……ルナ、そんなのないもん…………」

 楽園で一番小さな女の子は、唇を尖らせて泣きそうな顔をした。


「……あー、たぶんそれ、私につけてもらえ、ってことですね」

「そうなの?」

 ぱあっ、と少女の表情が輝くのに、ハルは安堵した。

 女の子が泣くのは苦手だ。


「えぇ、きっと。『鬼人』に代わる言葉のときと一緒だと思います」


 ――ちょっと宿題が多すぎませんかね、遠見の魔女パノプテス


 命の恩人への恨み言は胸中に留めおき、花の香りの中でハルは思案する。本来は父の色彩からとって名付けるのだが、さすがに此処に居るような人物に両親のことは訊ねられないので、本人の色彩をそのまま使うことにする。


 ――この際だ、王侯貴族ばりに宝石を使ってしまえ。


「月と言えば真っ先に思いつくのは月長石ムーン・ストーンですが……ムーン・ドロップ=ムーン・ストーンじゃ微妙ですよね。いっそファミリーネームもムーンライトとでもすれば座りは良くなるかしれませんが……せっかくなのでファミリーネームは全員同じにしたいですしね」

 此処の皆はもう家族も同然なのだから、遠見の魔女の一族として、同じ姓を名乗らせてやりたい、そうハルは想う。魔女の名前がわからなければ、既に決まっているサクラのミリクトンを使えば良い。逆にわかった場合は、ミリクトンの姓はペンネーム扱いだ。

 更に暫し考えて、思いつく。

シルバー……いえ、もう一声欲しいですね……精霊銀ミスリル? ムーン・ドロップ=ミスリルというのはどうです?」


「みすりる?」

 どうやらルナは知らないらしい。

「銀というのは元々精霊の威を通しやすい金属なのですが、それを更に加工して特性を強めたものを特に精霊銀と呼びます」

 ちなみにこのような金属を導念体などと呼び、逆に精霊の威を一切通さない鉛などは絶念体と呼ばれる。精霊銀がどのような加工でできるのかまでは、ハルもさすがに知らないが。


 ちなみに後日魔女の名前を訊いたところ、家名どころか花名ですら誰も……サラですら知らなかった。どういう意図があったのかまでは不明だが、皆の家名はミリクトンに決定する。ムーン・ドロップ=ミスリル=ミリクトンというのは、悪くない響きだ。


 この後は昼寝をするというルナに付き合わされ、ハルは添い寝と腕枕を強要された。ついうっかり寝過ごしてしまい、起きた時に暗くなっていたのには焦っ……たりは別にしなかったが、カレンのお説教を思うと少々憂鬱にはなった。


 ――のだが。


 昼食のバスケットは二重底になっており、夕食もそこに入っていた。どうやら夜まで寝て過ごすのは、ルナにとっては予定通りだったらしい。

 どうりでバスケットがいつもより大きいと思った。ハルがそんなことを呟くと、ルナには呆れられた。サイズも重さも二倍以上なんだから気付け、と。


 自身の興味が無いことには鈍感と言えるほどに無頓着。それがウィルムハルトという人間である。


 夕食を適当に終えて、暫くすると、立ち上がったルナが言った。


「時間ね」


 まるでその言葉自体が合図だったかのように――光が、咲いた。


 月明りだけではどうにか輪郭がわかる程度でしかなかった視界が、一夜限りの地上の月光に照らされて、一気に色彩を得る。


 どこかにあるのだろうとは、ハルも予想していたし、夜まで此処に居た以上、そういうことなのだろうとは思っていた。けれど。


 ――けれど、あぁ、これは反則だ。


 春夏秋冬、あらゆる季節の花が同時に咲き誇る、世の常ならぬ楽園の花園を、数多の月光花が、満月の夜にだけ花開く、地上に零れた月の雫が照らし出す。

 陽の光の下では一度……いや、今日も含めて二度は見た花畑だが、天と地の月明りに照らされたそれは、まるで違う顔をしていた。


 その花畑の中央に立ち、目を閉じて月光を浴びるルナもまた、同様に。

 良く言えば無邪気、悪く言えば騒がしい普段の顔は鳴りを潜め、夜の女王を体現したかのような立ち姿と、薄い笑みを刻んだ口許には危うくも妖しい色香すら感じられる。


 気が付けばハルは、彼女の髪にそっと手を触れていた。

 今以上、彼女に銘を告げるのに相応しい場所も刻も無いと思った。


「貴女の銘、いくつか考えていたのですが……この光景を見てはもうこれしかあり得ませんね。偉大なる月にして地上の月――月華グランド・ムーン

 逃げ水、触れ得ざるモノ、水面みなもの月……そんなイメージは一瞬で吹き飛んでいた。彼女は、確かに地上に在る月だ。


 次の瞬間、起こった事態は今度こそハルを焦らせ、慌てさせた。


 ルナが月光花と同様の光を放ち、次の瞬間には地上の月が消失していた。

 ムーン・ドロップが本当に消えて無くなったのか、今夜の開花時間が短縮されたのかまではわからないが、予期せず――いや、予測自体は可能だったはずだが、単にハルが失念していただけか――あたりに満ちていた月に関連付けられる精霊たちがひとつに集束しており……


 みぃ、と。仔猫が鳴いた。


短くなりそう(杞憂)

畜産実験まで前回で終わらせても良かったかもですね。

ルナの準備に関しては、予想通りという方もわりと居るのではないでしょうか。

日数計算が一番の悩みの種だったのは此処だけの話ですよ?

名付けまでやっても良かったんですが、ここで切った方が綺麗だと思ったので。

次回「水月」お楽しみに。

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