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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第46話 楽園の精霊術教室

 シグルヴェインの種族(?)名が決まったところで、侍獣命名の予習を続ける。


「知り合った順番に行きましょうか。カレンさんに付けた銘は『午睡シエスタ』ですね。色彩のイメージとして想起されることばは『暖』『穏』『眠』『夢』あたりでしょうか」


「え、待って、動物は?」

 挙手、はしなかったが、立ち上がってカレンが訊いた。


「あぁ、シグルヴェインさんの場合は色彩と本人の印象が一致していたのでそれも含めましたが、貴女はそうではないので、私が限定するべきではないと思って」

「わたしは、聞きたいんだけど……」

「では、個人の印象は語れるほど知らないので、色彩の方を。

 猫、ですかね。陽だまりで眠る猫のイメージです」

 自分をたとえるならどんな動物になるか、他の皆にも訊いておいてください、と付け足して、ハルは次へ……


「待って。」

 行こうとしたのだが、視線を向けた時点で待ったがかかる。

「ルナはでぇとがまだなんだから、銘はその時に教えて欲しいわ」


「なるほど。では、色彩の印象だけ。月の色なのは明白ですからね。『銀』『夢』『幻』『虚』あたりでしょうか。月に関する言葉で合致するものとしては『鏡花水月』なんてのもありますね」

 見えているのに触れられないもの、という説明をすると、ルナはそれらの文字のいくつかある読み方についてハルに訊いた。勉強熱心なようで何よりである。


「次はサクラさんでしょうか。銘は『花宴フェスタ』と付けましたね。色彩のイメージとして想起されることばは『夢』『幻』『刹那』『儚』『泡沫』『散華』『風花』ですかね。あぁ、あと『舞台』とか『演劇』とかもそうかも」


 ハルの言葉に、またルナの「ズルイ」が始まる。

「なんでサクラだけそんなに多いの?」


「ルナさんの場合、開示できる情報が制限されてますから」

 というハルの言葉を、彼女はまだ銘を告げていないから、と受け取ったことだろう。それもまた間違いではないのだが、ハルの真意は別にあった。


 こんな小さな子どもに『狂気』だの『狂乱』だのとは伝えられない。そんな深刻なことを思っていると、予想外のところから苦情が飛んで来る。


「わたしも、少なかったんだけど……」

 と、カレンが上目遣いにハルを睨んだ。


「それはまぁ、カレンさんはシンプルですから。純粋、と言い換えれば機嫌が直りますか?」

 拗ねていることを指摘されて、カレンは赤くなった顔をそむけた。


「ああ、そうだね。ボクはややこしくてめんどくさいよね」


 ――話が進まない。


「そうですね、わざとそういうことを言うあたり、正直めんどくさいですね」

 ハルが真正面から言い返すと、サクラはくくっ、と喉の奥で笑った。

「本当にめんどくさくなったね、魔王クン」

「いちいち話の腰を折るからですよ。貴女の色彩が複雑な印象を与えるのは、それが『舞台』であり『夢幻』である以上当然のことだって、サクラさんもとっくにわかっているでしょう?」

 ハルはじとっ、とした視線を向けた。


「まぁまぁ。ボクもちょっと、キミと遊びたくなったんだよ」

「私『で』の間違いでは?」

 これにサクラは笑うだけで答えを返さなかった。

 つまりは、そういうことなのだろう。


「それじゃあ、ボクの動物はキツネあたりかな?」

「それ、頷いたらまためんどくさい絡み方しません?」

「バレたか。キツネってちょっと小賢しいイメージあるよね?」

「小賢しい、って、それ前に自分で言ってませんでしたか? それにキツネが化かす――幻を操るのは失地ミッシング・ランド由来のイメージですよね。それを言うなら、あっちじゃ神の遣いでもあるでしょうに」

「さすが、博識だね」


「あー、はいはい、さかしいでもかしこいでもどっちでもいーんで、アタマいーひとだけの会話はそんくらいにしてもらっていっすか?」

 両手を大きく振ってサニーはそんなことを言うが、彼女自身は全くついてこれなかった、ということはないだろう。


「そうですね、ありがとうございます」

「……ごめん、じゃないんすか?」

「いいえ。ありがとうであってますよ?」


 陽光の色彩いろをしたこの少女が大げさに道化て見せたのは、年少組に配慮してのことのはずだ。ならば、教師役のハルが言うべき言葉は、ありがとうだ。


「そういうとこが……あー、もぉ、いっすけどー」

 何故かサニーはむくれてしまった。


「では次はサニーさんにしましょう。銘は『晴天スマイリー・スカイ』と付けましたね。色彩のイメージとして想起されることばは『光』『陽』『晴』『笑』……サニーさんも聞きたいですか? 動物」

「じゃあ、せっかくなんで」

 そう答えたサニーはまだちょっと不機嫌そうだったが。


「太陽に関連付けられる動物としては『獅子』『鷲』あたりが有名どころでしょうが、サニーさんの色彩は空のイメージもあるので『鷲』の方ですかね」

「へー。そりゃまた、随分カッコイっすね」

「お好きでしょう? カッコイイの。」

 そっすね、と返すその笑顔は、ハルが憧れた太陽のような微笑みだった。


「少し順番が前後しましたが、フロルさんには『常若エヴァーグリーン』という銘を付けました。色彩のイメージとして想起されることばは『鮮』『不朽』『不変』『廻』かな」

「動物は?」

 言葉を切ろうとしたタイミングで、フロルも言った。

「貴方もですか……正直、フロルさんの色彩は植物の印象が強すぎるんですが……それでも強いてあげるなら……リス、ですかね。好奇心旺盛な小動物のイメージです。他のひとのと比べて自信ないですけどね」


「へぇ? まおくんでもわかんないことってあるんすね」

 サニーがなにかとんでもないことを言うので、

「魔王なんて呼ばれてても、全知全能とはいかないんですよ」

 ハルはまるで彼女自身のようなとぼけ方をしておいた。


「ニクスさんは……すでに居ますけど、一応勉強のため、ということで。銘は『静夜サイレント・ナイト』で、色彩のイメージとして想起されることばとしては『夜』『穏』『安』『眠』ですかね」

 実年齢では年上、精神年齢では年下の少年は、よくわかっていない様子でこてりと小首を傾げるのだった。どこかに潜んでいるはずの『ママ』は、ハルの眼をもってしても見つけることはかなわない。動物はもう豹で確定済みなので、何も言うことは無い。


「フロストさんの銘は『凍刻フリージング・エタニティ』ですね」


 まず最初にハルは『氷』の文字を書き、それを×印で消した。隣に『凍』の文字を書いて、それを○印で囲う。


「フロストさんの色彩は、私も最初勘違いしていましたが、氷や冷気ではなく停止の色彩いろです。色彩のイメージとして想起されることばは『凍』の他に『止』……凍結や静止、停止といった言葉もありますが、やはり『凍』の一字に勝るものは無いでしょう」

「……動物は?」

 やはりと言うべきか、フロストもそれを訊いてきた。ハルはちっとも苦く見えない苦笑を浮かべた。

「今回、一番返答に困る質問です。凍り付いたときに相応しい生き物を、私は思いつけません。神話関連で狼くらいがせいぜいですので、ここは貴方自身に相応しい動物を考えてみてください」


 フロストが存外楽しそうなのを見て、ハルは安心半分、不安も半分といったところだ。動物を思いつけなかったことに否定的な感情が無いのは良いのだが、なにやらとんでもないモノが出て来そうで不安だった。

 まぁ、その時はその時だと、ハルは空が落ちて来ることを心配するのをやめた。


「アニーさんの銘は『詠硝アルモニカ』ですね。色彩のイメージとして想起されることばは『詠』『響』『透』『脆』『危』『硝子』あたりでしょうか。全ては歌に関連付けられるものですね」

 前髪で目を隠した恥ずかしがり屋の少女は何度も口を開け閉めして、何か言いたそうな様子だ。


 まぁそうだろうな、とハルは意図を汲んで言葉を継ぐ。


「動物にたとえるとすれば金糸雀カナリアあたりでしょうか。安直で申し訳ないですが、それしか思いつかないです。まぁ、どれだけ綺麗な声で歌う小鳥も、アニーさんの歌声には敵わないでしょうが」


「べた褒めだね」と、サクラは呆れた声で言うが、

「どこか間違ってますか?」そうハルが返すと言葉に詰まる。

「やー、アニーの歌に関しちゃ、なんも間違ってないっすね」

 代わりに、というわけでもないだろうが、答えたのはサニーだった。


 そして最後のひとり……


「――あ。」


 視線を向けたところでハルは気付く。

 というか、此処に到るまで失念していた。


 夕顔が呆れ顔でため息をついた。

 何も考えてなかったの? と、彼女の心の声が聞こえてきそうだった。


 ――何も考えていなかった。


 致死毒だの安楽毒だの、この場で言えるわけが無いのだが、どのようにごまかすか全く考えていなかったハルである。


「あたしは動物ならヘビかな?」

 助け船、かどうかはまだ断定できないが、夕顔が言った。


「それはまた随分と……」

 真面目なサラが眉根を寄せている。


「なんならミミズでも良いケド」

「――は?」思わず問い返したのはハルだ。あまりに意味不明すぎて……

「良く褒められたのよ、千匹――」「お前ちょっと黙れ」


 ――泥船だった。


 最初の時あったやり取りを思い出してハルは頭を抱える。不意に出た口調がアルみたいだったのは、ハルの中でツッコミとあの友人がイコールで結ばれてしまっているからか。

 いっそ全部ぶちまけてやろうかこの毒蛇。などと自棄になりかけないでもなかったが、危ういところで呑み下す。


「真面目にやる気がないようなので貴女の分は無しです」


 泥をかぶってくれたと言えなくもないのだが、やり方がアレ過ぎてハルは素直に感謝する気にはなれなかった。


 優しい猛毒キドニー・ヴェノムとハルが名付けた、夕顔の色彩のイメージとして想起されることばは『死』『眠』『毒』『致命』……どれも楽園の住人には刺激が強すぎる。


 普段の彼女の、ああいう言動には困らされることが多いけれど。


 ――けれど、それでも。夕顔に関して言うならば、本当に刻銘の機会など無ければ良いとは思っている。


 いざという時の保険として、暗殺者としての彼女に頼っている現状があるのに、ひどい矛盾だとは自覚しているが、それでもハルは願わずにはいられなかった。


 叶うなら。彼女にもまた、平穏な日々が続きますように、と。


 銘と侍獣を得て、毒の懐剣として磨きあげられるよりも、ピンク色のひどい冗談ばかり撒き散らしている似非修道女で居てくれた方が、ずっと良い。

どうにか全員分終わりました。おさらい回です。

――畜産実験の続き? 知らない子ですね。

……いや、えっと……ごめんなさい、キリが良かったのと、次が短くなりすぎる可能性があったので、次に回しました。

次回は(本人が)待望のルナ回です。「月光花」お楽しみに。

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