第44話 狩りに出かけよう
「それじゃ陛下、行こうか」
「……はい? いや、えっと……はい?」
まだ食肉には余裕があるが、畜産実験をやるなら早めが良いだろう……ということで、狩りチームを送り出そうとしたところで、何故かそういう話になった。
「私も行くんですか?」
「前にも言ったけど、陛下は少し体を動かした方が良いよ?」
「えぇと……ニクスさんの相手だけで充分、」
「不充分です」ハルの言い訳はサラに遮られた「身体的にも、せめて人並み程度にはなっていただかないと困ります」
「なんのために?」
「見栄えのために。仮にも貴方は私たちの王なのですから」
仮にも、と本人を前にして言ってしまえるサラの正直さは嫌いではないが、
「見栄えなら今のままで充分だと思いますけど」
容姿に関しては無駄に良いと褒められる(?)ことの多かったハルである。できれば運動などしたくない、と言外に告げるも、この直情的な臣下には汲み取ってはもらえない。
「不充分、です」
にこりともせずに再度告げられては、こう答えざるを得なかった。
「はぁい」
気の抜けた返事に、サラがまた不機嫌になったのは言うまでもない。
そんな二人のやり取りを、カレンが笑う。
「なんだか、生意気な弟ができた気分ね」
「お姉ちゃん、とでも呼べば良いですか?」
ハルが問えば、嫌味を言われている気分になるからやめとく、と見事に正鵠を射られた。
「バカなこと言っていないで、出発しますよ」
と、サラにはまた叱られたが、
「――サラさんも来るつもりですか?」
それはちょっと困る、とハルが言うと、サラは不機嫌を隠そうともせずに返す。
「私は陛下の護衛役です」
「それでも、です。貴女まで来てしまっては、此処の防衛戦力が弱くなりすぎる」
「此処の皆も、そこいらの濁色に劣るものではありません」
「能力だけなら、そうでしょう。けれど戦える者が何人います?」
力があることと、戦えることは同義ではない。そう告げると言葉に詰まるサラに、ハルは安堵していた。此処に居る皆よりも、王の身の安全の方が優先だ、などと言われていたら、少し彼女のことが嫌いになっていただろうから。
「そもそも此処にたどり着ける者が居るとは思えませんが?」
サラが言って来たのはそんなことだったが、これは否である。
「少なくとも私は、此処に到達する手段をひとつは思いつきましたよ?」
「それは、陛下なら可能かもしれませんが……」
なんとも言えない表情でサラが返すが、ハルが言っているのはそういうことではない。
「それを手段として数えて良いなら、ふたつですね。色彩に依らず――魔境と呼ばれる場所で活動できる者であれば、誰でも此処に到ることは可能ですよ」
ハルのこの言葉には、ほぼ全員が反応した。不安そうにする者、不満そうにする者、種類こそいくつかあったが、平静を保てていたのは、夕顔くらいのものか。
知っているのか、と視線を向ければ、修道服が似合わない妙齢の美女は、肩を竦めて応じる。単にあらゆる事態に備えているだけらしい。不測の事態においては、サラよりも頼りになる存在かもしれない夕顔は伏せ札だ。
その存在は、味方にも知られていない今の状態が最上である。ひょっとしたら、シグルヴェインはある程度察しているかもしれないが。
「いったい、どんな方法なのですか?」
訊いてきたのはサラだったが、森の管理者であるフロルも気になるらしく、いつになく真剣な目をハルに向けて来る。
「それは勿論内緒ですよ」
ハルの即答に、サラの視線が険しさを増す。
「ふざけないでいただけますか」
「いつもそうでないとは言いませんが、今回に限っては大真面目ですよ。サラさんは、秘密を守る最善の方法が何か知っていますか?」
ハルの問いに、サラは不満そうにかぶりを振った。
「最善は誰にも言わないこと。次善はひとりだけに教えること。複数人に教えるのは最悪です。3人以上が知る秘密は、もう秘密とは呼べない」
知っているのが自分だけなら、秘密は確実に守られる。誰かひとりだけに話すのならば、ある程度の強制力が発生する。何故なら秘密が漏れた時、誰が漏らしたのかがすぐにわかるからだ。
「それなら私には話しても良いのではないですか?」
サラはまだ不満そうだったが、ハルも此処は譲れなかった。
「より善い方を選ぶのは当然だと思いますが?」
……そう、当然なのだ。
――最悪よりも、次善を選ぶのは。
「そういうことなので、今回サラさんには留守番をお願いします。魔女の創った楽園を、貴女が護ってください」
ちら、と夕顔に視線を投げて、いざという時は頼む、という意思をハルは伝えた……の、だが。
「あらぁ? 魔王サマはそんなにあたしのことが心配なのかしら?
しっかり護ってね、サラ?」
余計なことを言ってサラの神経を逆撫でする夕顔に、ハルは頭を抱えたくなるのだった。
結局狩りに出るメンバーはフロル、ニクス、シグルヴェインのいつもの3人にハルを加えた4人となった。人間でない者としては黒豹の姿をしたニクスの『ママ』以外に、サラの白鴉も今回は一緒だ。
今はハルの肩に止まっているこの雷の精獣を連れて行くことが、ハルとサラの間の妥協点だった。
街道のある――といっても、不入の森からはそれなりに離れてはいるが――南ではなく、未開の地とも呼べる北へと抜ける。そのあたりの草原が狩場らしい。
フロルが居るので、植物のある場所なら何処にどんな獲物が居るのか完全に把握できるし、ニクスの能力があれば、直接触れるまで気付かれることもない。本当に、本職の狩人に怒られそうなヌルい狩りだ。
仕留めた獲物は血抜きだけして、精肉は楽園に戻ってからだ。主にカレンとシグルヴェインが中心となって腑分けするそうだが……たぶん夕顔の方が得意なんだろうな、とハルは内心苦笑する。まぁ、これも隠しておくべきことだろう。
畜産実験用に、野ウサギを数羽捕獲した。フロルが即席で作った籠に、暴れないように白鴉の電撃で気絶させて入れてある。やはり精獣は繊細な力加減ができるので便利だ。ハルもそうだが、魔法の域に到った者は、どうにも手加減というものが苦手である。
シグルヴェインに狩りはしないのか、と訊かれたハルだが、自分がやると肉を通り越して精石にしてしまうのを知っていたので辞退した。
シグルヴェインに自前の爪があるので、弓はおろか血抜き用のナイフすら用意されておらず、やりようがない。
……まぁ、あったとしても弓も刃物もハルは使える気がしなかったが。
普通なら下生えを切り払ったりするのにも刃物は必要なのだが、植物なら何でも操れるフロルが居るので、それすらも不要なのだ。ちなみに獲物を乗せる橇もフロルが現地で作った。
「陛下、疲れてない?」
ある程度狩ったところでシグルヴェインに気遣われたが、
「平気ですよ。これでも一時期は旅暮らしだったので」
激しい運動は苦手なハルだが、そこまで虚弱なわけでもない。
……単に、体を動かすよりも本を読んでいる方が好きなだけで。
ちなみに。畜産実験の第一弾として飼育小屋に入れた野ウサギは、数日と持たずに衰弱死することとなる。
まずは、改善点を見つけることから始めなければならないらしい。
ちょっと短いですが、今回はこのへんで。こっちサイドは能力的にはチート揃いですね。人格的にはくせもの揃いですが。素直な子があんまりしゃべらないので、余計に際立ってます。
次は畜産実験その後、とハル先生の授業になると思います。
次回「楽園の精霊術教室」(仮)お楽しみに。