第43話 楽園の食料事情
前回までの無彩色サイド
やべーヤツがさらにやべーことになった。戦闘能力的な意味で。
シグは皆のお兄ちゃん。
ほぼ全員とのデート(?)を終えると、ルナの準備が整うまでハルのやることはなくなった。食事の準備は――後片付けも含めて――カレンが頑なに譲ろうとしない(代わりができるとは言っていない)し、畑の手入れはフロルに任せるのが一番(むしろ下手に手を出すと状態を悪化させるだけ)だし、娯楽に関しても歌はアニーに及ばない(声が良いからとハルも一度歌わされたが、実に微妙な反応をされた)し、物語を創るのはサクラというプロが居る(ハルが考えるとヤマもオチも無くなる)ので、本当にやることが無い。
演じるのは得意だからと、サクラに彼女の物語の一節を語ってみせたりもしたが、釣り合う役者がいないから、と言われて演劇も却下された。
アルとルビアが居ればな、と。つい、ハルは想ってしまう。アルはノリが良いので役柄によっては巧く演じてくれたし、ルビアは普通に演技力があった。
ノリが良いと言えば、此処ではサニーがそうだな……と、思い至ったハルは、サクラにそれを提案し、考えてみる、との答えを引き出した。
……引き出しはした、のだが。既存の物語から相応しいものを選ぶにしてもそれなりの、新しい物語を創るとしたらそれ以上の時間が必要になる。サニーのことをそれほど深くは知らないハルに手伝うことはできないので、結局ハルは暇を持て余すこととなる。
何を為すわけでもなく、ただ養われているだけというのは、ハルをひどく落ち着かない気分にさせた。幼い頃から『生かされている』という思いが常にあったのに加え、今が在るのは魔女に命をもらったからである。
だからと言って積極的に他者と関わる性格もしていないので、この手の会話はもっぱら食後に交わされていた。
食事中でなく食後なのは、真面目な話になるとハルがそちらに夢中になって食事の手が止まってしまい、カレンに叱られた結果だ。
何かやることは無いか、とサラに訊いてみたこともあるのだが、自分で考えろ、とこれまた叱られるだけに終わっていた。
――そういったわけで、考えた結果。
「――魔法教室?」
ハルの言葉を繰り返し、怪訝そうにサラは眉根を寄せる。小首を傾げる、といった可愛らしいしぐさでないあたり、実に彼女らしい。
「はい。皆は魔女から教わっていたのでしょう? それを私が引き継ごうかと。」
サラに銘を刻んだ日にも思ったことだ。彼女を含め『魔法』というものへの理解が弱すぎる、と。しかしサラからの返答は、ハルの思いもよらない内容だった。
「今居る者の中で、おばあ様から教えを受けていたのは私だけですが?
あと……『魔法』ですか? 濁色どもがそう呼ぶ威に至っている者も、です。此処は力の足りない者たちの避難所ですので」
ハルは二重の意味で驚く。この森の管理、疑似的な時間停止、夜中に昼を創ったり、それを夜で覆ったり。果ては感情感染などというものまで起こしておいて、力不足などと言われたこともそうだが、逆に、精霊術の領分で、そこまでのことができるものか、と。
そういえば、と、思い出すのは、魔女の葬送で起こったルナの感情感染――考えてみれば、あの時黒の風花は舞わなかった。つまり此処に暮らす者たちは、能力的にハルの同類ではなく、どちらかと言えばアルの方に近しいのだろう。
そういうことであれば、此処の精霊を使い尽くすことはそうそう無いのかもしれない。心配していた精霊の無駄使いは無かったのだと知って、ひとまずハルは安堵した。
――こういうものを、古い物語では『フラグ』などと呼ぶらしい。
直後に無理難題を発したのは、意外にも皆のお姉さん、カレンだった。
曰く、「家畜が飼いたい」と。
――例外的な一部の人間を除いては、生き物が立ち入ることすらできない魔境で、家畜を飼育したい、と。
「いやムリでしょう、常識的に考えて」反射的にそう返してしまったハルに、
「おや? つまらない『常識』にとらわれて、能力を制限するものではない、と言ったのは誰でしたか?」
間違いなく意趣返しであろう、いつぞやのセリフを引用してサラが嗤う。
「なるほど、道理ですね。ではちょっと考えてみましょう」
あっさりと納得し、黙考を始めたハルは、呆れか、怒りか、何ともいえない表情をするサラには気付かない。嫌味のつもりで言った内容を全肯定されると、ひとはこういう表情になるものらしい。
「……あれ? でも待ってください。此処の食糧事情って、そんなに切迫してましたっけ?」
「野菜、果物、じゅうぶん取れる。お肉はたまに外で狩ってくるので……平気?」
「今まで足りなくなったことはないですね。保存状態も完璧ですし」
ハルの疑問には森の管理者が淡々と、食糧庫の管理者が得意げに答える。
「だったら無理に家畜なんて飼わなくても良いのでは……」
「ちっとも良くない! チーズはまだしも、ミルクなんてもうほとんど残ってないんだから!」
ハルの言葉にかぶせる勢いでカレンが叫ぶ。何故か自分が叱られているような勢いに、ハルはこてりと小首を傾げ……「ひょっとして私の所為ですか?」と、思い至る。極度の偏食である自分の所為で、特定の食材だけ消費が早まったのではないか、と。
だとしたら他の皆に悪いので、なんとかしなければ……などと考えたところで、サニーがやや呆れ気味に言った。
「てーか、今までミルクなんてめったに使わなかったじゃないっすか。今後の購入量を増やすんじゃダメなんすか?」
「ダメ」食い気味の返答、再び。「魔王君のごはんのレパートリーを考えると、もう乳牛を此処で飼った方が良いんじゃないかって。ついでに牛以外の動物も飼えば、いろんな風味が味わえて一挙両得な感じよね?」
「……正直、私の食事だけの問題なら、そこまでこだわってもらわなくても良いんですが……カレンさんの作るものなら、何でも美味しいですし」
と、ハルはサニーに同意したのだが、
「あ。こりゃダメっすね。アタシも家畜飼うの賛成っす」
何故かサニーが掌を返してしまう。他の者も、食事がもっと美味しくなるのなら、とカレンの発案に肯定的だ。
そして大半が賛成となれば、ハルに否やは無い。
「では考えてみましょう。まず、魔境に生き物が居ないのは何故か」
ハルの問題提起に、発案者のカレンが眉根を寄せて考える。
「えっと、輝煌の強さに中てられるから……で、合ってる?」
「そうですね。強すぎる薬は毒になりますから。
これは推測ですが、無理に生き物を連れて来た場合……そうですね、桜の花弁や、果実の種のように、森に還ってしまうのではないでしょうか」
精霊の子は精霊に還すという、古い生贄の儀式はこのように行われ、魔境は魔境になったのではあるまいか。
「では、此の地で家畜を飼うにはどうすれば良いか。
ニクスさんなら、どうにかできるのではないですか?」
話を振られたニクスはきょとんと小首を傾げた。
「――くらく、する?」
「できますか?」
ハルの問いに黒髪の青年(精神年齢的には少年)が頷くと、いつぞやとは逆に、昼間に夜が生じた。明かりなどは灯していないので、手元も見えない。誰も騒いだりしないのは、此処ではこの程度珍しいことでも無いということだろう。
「灯り、要るっすか~?」
サニーの問いにハルが「お願いします」と答えると、蝋燭程度の橙の明かりがいくつも燈った。蛍火のようで幻想的だが、ずっとこれでは家畜には負担だろう。
「昼間の明るさにはできますか?」
「やるっすか?」
「訊いているだけです。って、わかってて言ってますよね?」
「お? なんすか、よくわかってるアピールっすか? いやん、照れるっすー」
などとしなを作るサニーだが、
「表面的にしかわかっていないことはちゃんと自覚しているので、安心してもらって良いですよ」
ハルがそう答えると肩を竦めた。
「やー、ホントよくわかってるっすねぇ、まおくんは。
今度ぉ、もうちょっと深く教えてあげるっすね」
後半はしなだれかかりながら、耳元で囁くという悪戯をしてくれたが。
「質問にまだ答えてもらってませんよ?」
いつも通りに微笑んで訊けば、サニーは声を上げて笑った。あとお腹も抱えて。
「いやいや、まおくんは面白いっすねー。うん。もっと、仲良くなりたいかも。
んで、質問の答えっすけど、イエス! やれるっすよー。ついでに維持もお安いご用っす。その程度なら大して疲れないっすからねー。にっくんもそっすよね?」
問われたニクスが頷いて、なんとかなりそうなめどが立つ。
「じゃああとは実験だけですね。次に狩りに出た時にでも何か動物を捕まえてきてもらって……と、そういえば狩りってどうやってるんですか? 此処って基本出れませんよね?」
ハルが問うと、サラに白けた視線を向けられた。
「いともたやすく私を連れだしたひとの言葉とは思えませんね」
「まぁ、私は色彩が色彩ですので」
自分が異質であるということは、ハルにとっては自慢でもなんでもなく、強烈なコンプレックスでしかなかったのだが、果たしてそれが伝わったかどうか。
誤解されてもどうでも良い、と思うあたりがいかにもハルであったが。
狩りに関しては、やはりフロルが同行しているらしい。森の管理者と一緒であれば、帰りも問題ないだろう。加えてニクスも一緒なら、誰かに見とがめられる可能性は皆無と言える。ついでに言うと、狩り自体も簡単などというレベルではないだろう。この二人が一緒なら、それこそ子どもの遊び感覚で狩りができるはずだ。一応シグルヴェインがいざという時の戦力として同行しているというし、盤石だ。
やることが決まったので、とりあえず実験用に小さな小屋と畜産スペースをフロルに作成してもらう。柵は灌木とより合わせた草、蔦系の植物で作られた。無論、全て生きたままの草木である。
次は実際に動物で実験をして、家畜の購入となる。商人との取引は季節ごとに一度らしく、次は翠玉の月、それも月末なので、まだ一月以上先のことだが、実験や各種調整を行うことを考えれば、それくらいあって良かったと思うべきだろう。
商人と取引があることに関して、ハルには特に驚きも無かった。いくら能力的に優れていると言っても、僅かこれだけの数の子どもたちだけで、完全に自給自足ができるとは思っていなかったから。
あるのはただ、いったいどうやって、という素朴な疑問と、どんな人間が、という純粋な興味だけだ。まぁそれも一月と少し後にはおのずと解決することなので気にするのはやめて、ハルは差し当たってやるべきことへと意識を向けるのだった。
とりあえず先送りになった魔法教室――ではなく、また精霊術教室になるのか――に関しても今回のやり取りで手ごたえはあったし、暇を持て余すことにはならないだろう、と安堵しながら。
アル君とルビアちゃんがまっとうなRPG(最近商売に偏りつつある)なら、ハル君の方は村づくりSLGですね。
どちらも順調です。今のところは。
まぁ、行き着く先はアレなんでアレですが、一章もアレでバッドエンドでもメリーバッドでもなかったので、今後の展開にご期待ください。
次回「畜産実験」(仮)お楽しみに。