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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第41話 初めての頼み事

 初公開の『花火』は概ね好評だった。ルビアはほっと胸をなでおろす。自信がまるでなかったわけではないのだが、先に見せたメアリーには「地味」との評価を受けていたので。

 メアリー的には最初の最初に見たものを期待していたのだろうが、アレは意図せず集束してしまった精霊をウィルが浪費の形で使い切った時の副産物だから、見た目だけ再現するにしても術式の構築は容易ではないだろう。というか、たぶんアルには無理だ。そういう作業は彼向きではない。まだしもルビアの方が適正はあるが、それはアルと比べれば、というだけのことで、新しい術の開発など、子どもがほいほいできるものではないのだ。


「いやぁ、大好評でしたね、バラスン先生」


 ――まぁ、いい年をした大人に『先生』などと本気で呼ばれることも、普通は子どもにはできないことだろうが。


 術式の構築、というのはそういうのとはまた違って、センスや思考力だけでどうにかなるものではないのだ。今のルビアでは圧倒的に知識が足りない。メアリーが見たがっているような派手な花火は、専門知識を充分に蓄えた大人の協力なくしては為し得ない。まぁ、それにしたところでアルの存在は必須だろうが。


 今回商品にした花火は、アルマンディン=グレンの火の適正でごり押しただけの術であり、熾紅オリジナル・フレイム以外の誰にも再現は不可能だろう。


 それでも充分に凄いことではあるし、むしろだからこそ『商品』になり得るとルビアは判断したのだが。


「おかげで安定収入が約束されました。ひとまず、感謝しておきます」


 自称弟子の元を訪れた時に来訪中だった太った男が今後のパトロンとなる。食料品を主に扱っているらしいその男は、レストラン経営にも手を出しているそうで、行く先々で一夜限りのショーをやることになった。『まだ誰も見たことの無い、刹那の花をご覧にいれます』というのがうたい文句らしい。希少性をウリにして値を釣り上げるのだそうだ。

 実際に見た人の口からある程度噂が広がるまでは、初期特価として少し値を下げた方が良いのだろう、とのルビアの提案に、丸い男は目も丸くして言ったものだ。

「なるほど、シャモン殿の師というのに偽りは無いらしい」


 ルビアが即答したのは言うまでも無い。

「嘘偽りで誇張も良いところなので忘れてください」


 なお、価格交渉が終わった後で「誇張?」と失笑されたもよう。




 そんなこんながあった後、ルビアたちも少し遅めの夕食を摂っているところだ。


 客人たちの食事中、ずっと花火を維持していたアルは少しばかり疲れた様子で、まだまだ術式には改良の余地があるとわかる。これでも最初にメアリーに見せた時からいろいろとルビアが手直ししてはいるのだが……本来ならあの程度の火でアルが疲労など感じるはずが無いのだ。

 簡単に最適解にたどり着けるであろうウィルは此処には居ないので、自分たちでどうにかするしかない。


 知識の蓄積、ということならば彼もそれほど飛び抜けているわけでもないだろうが、そもそもウィルムハルト=ブラウニングは視えている景色自体が違ったのだろう。感情の色彩が視えていた、とアルに聞かされた時には、さすがのルビアも唖然としたものだ。


「さすがに良いもん食ってんなー」

 マナーも何もあったものではなくがっついているアルに、バイライトは何も言って来ないが、その娘は少し顔をしかめている。

 彼女はもう少し感情を抑えることに慣れた方が良いな、などと考えるルビアは、いくら本人が否定しようと『師匠』以外の何者でもなかった。


 メアリーとスピネルはさすがの作法で、優雅に食事を摂っている。

「こういうのは久しぶりですね」「だねー」

 などと気楽に言葉を交わしながら。


 その二人のやりようを、おっかなびっくり真似ているのがルッチ。


 ――かわいそうに、あれでは料理を楽しむどころではないだろう。


 ルビアはというと、一応両親の出自が出自きぞくなので、基本的なテーブルマナーであれば何の問題も無い。宮廷儀礼、とでもなるとさすがに困るが、いくらなんでもそんなものが必要となる機会など訪れないだろう。


 そんな一名にとってだけ気の休まらない夕食を終えて、バイライトが改めてルビアに問いかけた。


「バラスン先生のとりあえずの目的地は、精都エルドラド、ということで間違いありませんか?」

「えぇ。途中でアクアマリン公国の学究都市に暫く滞在する予定ではありますが、最終的には一旦精都を目指しています」

 それが何か、と視線で問えば、自称弟子はとんでもないことを言い出した。


「私も同行しても宜しいでしょうか?」


「――はぁ!?」劇的な反応を見せたのは彼の娘だ「ちょっとパパ正気なの!?」と、椅子を蹴り倒すような勢いで立ち上がる。


 普段は意外と幼い言葉遣いらしい。容姿は理知的美人なだけに、なかなかのギャップだ。ちなみに椅子はガタガタと揺れたがギリギリ倒れるところまではいかなかった。


「外では商会長と呼びなさいと、」

「その商会長が商会ほっぽって行こうとしてるから正気を疑ってんのよ!」

 アルをはじめとする、ルビアの旅の連れ一同が大きく何度も頷いている。

「既に私が居なければ立ち行かない段階ではないだろう。むしろ精都と繋がりを作るのは商会にとっても利がある。すぐに支店とまではいかないだろうが……いずれそれを企図するなら、むしろ私以上の適任など居ない」

「それはっ……! そうかもしれないけど!」

 アベリアが言葉に詰まる。


 ルビアは一人、食後の紅茶を楽しんでいた。オータムナルだ。これはこれで……などと表情をほころばせるルビアに、アベリアが責めるような視線を向けて来る。


「ちょっとルビアさん!?」

 彼女からの呼び名はこうなっていた。父親は『バラスン先生』呼びを強要しようとしたのだが、ルビアが強固に反対した結果だ。敬称だけはどうしても譲ってくれなかったのでどうにか『さん』に落とし込んだ。『先生』から出発して、『様』を経由してようやくたどり着いたのがそこである。


「はい?」と、ルビアがカップを戻すと、アベリアは声を荒げた。

「はい? じゃないです! そんなひとごとみたいに!」

「商会のことは実際他人事ですよ? 私が口を挟むことでは無いと思います」

「それは……そう、ですけど……」

 またアベリアは勢いを失うが、


「まぁ、彼の同行に関してはちっとも宜しく無いですが」

 続くルビアの言葉に、また「はぁ!?」と大声を上げた。ついでにぽかんと大口も空けており、美人が台無しだ。


「何故です? 私が同行すれば何かと便利だと思いますが」

「まぁ、それには同意しますよ。私たちの一行では、どうしても見た目で侮られますから。実際、今までも面倒は多かったです」

「それなら……」

「それでも、です」


 ぴしゃり、と言うのに、バイライトはしゅんとした。大のおとなが、成人前じゅうごさいの小娘を相手に。

「私の何がいけないのでしょう……?」

「その崇拝っぷりじゃね?」即答したのはアルだったが。


「貴方には他に頼みたい事があるので」

 アルの言への肯定は言葉にはせずに、ルビアは話を先に進めた。


「……頼みたい、事……」バイライトは呆然とそう繰り返し、眉根を寄せて問うた「バラスン先生が、私に?」


「はい。旅の同行者は必須ではありませんが、これは貴方にしか頼めません」

「やります!」食い気味というか、『貴方にしか』以降ははっきりと喰われていた「何がお望みですか!? 何でも言いつけてください!」


 目を潤ませて、未成年しょうじょに詰め寄る髭中年。

 この絵面は控えめに言っても犯罪的だ。思わずルビアですらアルの後ろに隠れてしまうくらいに。


「おっさん……キモイ。」アルがばっさりと斬り捨てた。

「正直今までで一番気持ち悪いです」ルビアも今度は言葉を呑み込まなかった。


「そんな……」

「そんな、じゃありません。貴方はたとえとして『駄犬』という表現をしましたが、今の貴方は忠犬を通り越して狂犬ですよ?

 ……とりあえず、場所を変えて話をしましょう。極めて個人的な頼み事なので、人払いをお願いします。メアリーたちも遠慮してください。アル君は――怖いのでついて来てください」

「あー……ま、狂犬でも犬なら火は怖がるよな」

 冗談とも本気ともつかないことをアルは言った。


 シャモン商会へと場所を戻し、ついでに部屋も最初に話をした部屋に戻った。メアリー達3人は、そのままアベリアが客室へと案内して行った。

 尊敬する師――ルビアとしては認めたくはないが――に気持ち悪いとまで言われたバイライトは、さすがにテンションを下げていた。


「頼みというのは人探しです」

 開口一番、ルビアは言った。


「……それが、私にしか頼めないこと、ですか?」

 バイライトは怪訝そうだが、ルビアは気にせず続ける。


「探してほしいのは私の想い人です。名前はウィルムハルト=オブシディアン=エキザカム=ブラウニング。瞳の色はメアリーと同じか、それ以上に無垢な黄金きん色で、顔貌は……一言で言うと傾国の美女ですね」


「女性……なのですか?」

 それで人払いをしたのか、と納得しかけ、いや、でも名前が……と首をひねるバイライトに、ルビアはかぶりを振って応じる。

「いいえ。あり得ないくらいの美人にしか見えませんが、れっきとした男の子です。男の子……ですよね?」

 念のためアルに確認する。アルは苦笑したものの、ちゃんと「男だよ」と答えてくれた。彼の容姿を知っているので、不安がよぎるのも理解できたのだろう。


「確かに私も随分と顔が広くはなりましたが……人探しは専門外ですよ?」

「はい。見つけることが目的ではありませんから。まぁ、見つかればそれに越したことはないのですが……実際、難しいでしょう」

 無彩色の彼は徹底して身を隠しているはずだ、とはさすがに伝えられない。が、髪の色ではなく瞳の色、として伝えたことから、理解にたどり着く可能性も否定できなかった。だからルビアは、一番自分を売る可能性の低い、この自称弟子にだけ話したのだ。

 もしも早々に教会の手が回れば、メアリーたちには悪いがまたアルとの二人旅に戻ることも考えに入れていた。


「見つけることが目的ではない……? つまり『探す』という行為自体が?」

 バイライトは早くも正解を見つけた。さすが弟子、とでも言ってやれば喜ぶのだろうが、この中年というか忠犬というか狂犬を喜ばせるのはそれはそれで危険なので、ルビアは褒めるのはやめておいた。


「はい。私が――サルビア=アメシスト=バラスンが、ウィルムハルト=オブシディアン=エキザカム=ブラウニングを探している、という情報をできるだけ広めてください。目的は彼を見つけることではなく、彼に見つけてもらうことです」

「なるほど。私はバラスン先生の代理として『彼』の接触を待てば良いのですね」

 その通りです、とルビアは微笑んだ。


 実際に広く捜索してもらうことによる情報の拡散、そしてルビアの代理人としてウィルからのリアクションに対応すること――これは余人には任せられない。やれるだけの地位と能力があり、曲がりなりにもルビアが信用できる人物となると、この自称弟子だけである。


「それで、ブラウニング氏と連絡が取れた場合、何か伝言はございますか?」

「そうですね……あぁ、それでは、蒼いサルビアの花飾りを見繕って、ウィル君に渡してもらえますか? 本当は自分で作りたいところですが……それは直接逢った時に、改めて渡すとします」

「それはなんとも、大胆な告白ですね」

 花言葉を知っていたらしいバイライトに穏やかな笑みを向けられて、ルビアは若干居心地の悪い気分になった。


「承知しました。私はいずれ芽吹く、種を撒くと致しましょう」


 ――このひとも、真面目な顔をしていれば、頼りがいがあるんですけどねぇ。

おっさんの加入回避! 前回のアレが気持ち悪いと言われたので、更に盛ってみました! ……と、いうのはさすがに嘘で、今回がキモさの本領発揮の予定だったのに前回でもう言われてしまって戸惑ってました。

そしてルッチが不憫でした。そーいや最近ルビアちゃんは不憫じゃないですね(笑)

次こそ国境越えの話……だと思います、たぶん。

次回「精霊の瞳玉」(仮)お楽しみに。


蒼いサルビアの花言葉は、せっかくなんで再会の時まで取っときます。

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