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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第39話 バラスン先生の弟子

 年齢のワリにしっかりした子だな、とは最初から思っていた。


 それが甘すぎる評価だったと、彼女と関わりを持ってから、ルッチは思い知らされ通しだ。若いのに優秀だとはルッチも言われていたし、自負してもいたが、ルビアと会ってからは思い上がりに過ぎなかったんじゃないかと思っている。

 まさか、成人したてくらいにしか見えない女の子に、理詰めのお説教をされようとは。しかも反論の余地など一切ないレベルのものを。


 ――他人の笑顔が怖いと思ったのは初めてだ。


 本当に、ルビアさんとでも呼んだ方が良いんじゃないだろうか。ワリと本気でそんなことを考え始めた頃に、そこへ連れて行かれた。

 この国最大の都市の、中央付近にある商会の本部だ。ここのトップに顔が利くと16そこそこの女の子に言われても、普通は大ぼらとしか思えない。普通はそうなのだが、ルビアにしろアルにしろ、普通じゃないことは旅の間に充分すぎるほど思い知らされている。


 ……の、だが。


「バラスン先生!?」


 それでも猶、商会主らしき紳士の、この叫びを予想できた人間がいたとしたら、きっとそいつは正気ではない。

 すぐに慣れるよ、と言ったメアリーの言葉を思い出す。あぁ、この子は本当にモノが違うのだと。諦めにも似た納得を得た。


 ――天才って、居るとこには居るもんだなぁ。


「貴方の立場で、その発言に問題は無いのですか?」

 苦笑して、ルビアが視線を向けたのは、客人らしい太った男と受付嬢、あと待合室にいる見知らぬ幾人かだ。


「貴女を先生と呼ぶことで私を侮るとすれば、それはあの頃の私と同程度――カモでしかないですね。そんな能無しがいたとしたら、せいぜい儲けさせてもらいますよ、バラスン先生」

 商会の主が、ふてぶてしく笑い、対照的にルビアは苦く笑った。

「今すぐ時間が取れるなら、恥ずかしいので奥へ通してもらえます? そうでないなら出直すので、都合の良い時間を……」

「バラスン先生をお待たせするなんてとんでもない! 時間は空けますので、どうぞ奥へ」


 ルビアがひとつため息をついた。意味は……そうだと思った、だろうか。

「皆はどうします? さっき言ったように、先に宿を、」

「そんな水臭い! ウチの客室を使ってください、バラスン先生」


 再度、ルビアがついたため息は、先程のそれよりもずっと深くて重かった。

「ごめんなさい、とりあえず付き合ってください。一刻も早く第三者の目のない場所に行きたいです」


 どうやら恥ずかしいと言ったのは本音のようで、少し顔が赤かった。


「あぁ、君、お茶の準備を。ディルジエラのセカンドフラッシュ、一番良いものを頼む。受付はマーガレット君と交代だ。

 ……君にも、訊きたいことがあるのでね」


 受付嬢が若干顔を青くして、それを見たルビアが顔をしかめた。ルッチにはどういう意味があるのかわからない。


 通された応接室で、まず調度品に目が行くのは職業病だろう。どれもこれも見事な細工で、少し圧倒されていると「お連れの皆様もどうぞ」と、片側のソファを勧められた。

 端にアル、その隣にルビア、メアリー、そしてルッチが座ったが……もう一人分のスペースに、スピネルは座ろうとはせずに、メアリーの背後に立つ。ルッチが怪訝な顔を向けると、理由を答えてくれる。

「僕は護衛ですから。アルと違って、剣以外で戦うのは苦手なので」


「オレだって剣のが好きだぞ?」

「好みはそうでも、君は術も相当でしょうに」

 そんな、こちら側の男二人のやり取りに、

「アルマンディン……そうだ、アルマンディン=グレン君だね」

 あちら側に座った男が割って入る。


「え。なんで知ってんの? どっかで会ったっけ?」


 ……こんなあからさまに権力財力持ってそうな人物を相手に、旅の連れに対するのと同じ態度で言葉を交わせるアルも大概アレだ。


「君の色彩は目立つからね。しかも生まれつきなんだろう? バラスン先生の村では一番有名だったのではないかな?」

 なるほど、とアルは肩を竦めるが、


「はぁ!?」思わず、ルッチの声は裏返る「アンタ、そんなスゴイヤツだったの!?」


「ま、ルビアと一緒だと目立たねぇよな?」などと本人は言うが、

「いや、戦闘になったら君は誰より派手でしょうに、熾紅オリジナル・フレイム」即座にスピネルのツッコミが入った。


 と、そこでお茶が運ばれてくる。

 茶器を持って来た受付嬢を、商会主がじろりと睨んだ。


「さて。君に質問だ。バラスン先生がいらしていたというのに、何故すぐに私に伝えに来なかった?」


「――待ちなさい」


 本来ならこの場で一番偉いはずの男性に、命令口調で言ったのはルビアだ。慣れたのか麻痺したのか、今更ルッチには何の驚きもなかったが。


「貴方は私のことを彼女に伝えていたのですか? そうでないなら、その叱責は筋違いですよ。得体のしれない子どもが相手なんですから、来客中に割って入るほうがどうかしています」

 受付嬢がまずルビアの分の紅茶を注ぎ、軽く頭を下げる。庇ってもらえるとは思っていなかった、といったところだろうか。


「なるほど……道理ですね。では近い内に従業員全員に周知するとしましょう」

「恥ずかしいんでやめてください」

「バラスン先生は奥ゆかしいのですね」

「いい大人に先生呼ばわりされた子どもの、ごく一般的な反応です」


 用意された紅茶を口に運ぶルビアは、本気で嫌そうだ。でも、この子はどう考えてもごく一般的な子どもではない。というかそもそも、普通の子どもはいい大人から先生呼ばわりされる機会など無い。


「そう、それだよ。なんでルビアが先生?」

「そうです、先生のご息女、ということではないのですよね?」

 アルの言葉に、受付嬢も追随する。


「あー、の、ですね。ルチル工房で私がした話、覚えてます?」

 珍しく歯切れの悪いルビアに、ルッチはそれらしい話があっただろうか、と首をひねる。上等であろう紅茶に口をつけるが、こんな状況では味などまるでわからなかった。


「あ!」声を上げたのはアルだ「ルビアが泣かしたのって、このおっさんか!?」


 そういえばそんな話もしていたな、とルッチも思い出すが、この身も蓋も無い言いようは、良いのだろうか? そんな心配をよそに、言われた当人は腹を抱えて笑い出した。


「はっきり言うなぁ、さすがは火の申し子だ」

「アル君……なんのために私が言葉を濁したと……」

 ルビアは頭を抱えていたが、本人は本当に気にした様子も無く、

「別に隠すことでもないでしょう。三流だった私は貴女を侮り、父君との契約で三枚目を書くはめになった」


「ちょっ!」何故かルビアが慌てた声を出す。


「……冗談、ですよね?」信じられない、と受付嬢は言うが、

「事実だ、と言っても誰も信じない程度には、信頼を得られるようになりましたよ、バラスン先生」

 否定の言葉を返すこと無く、商会主は笑った。悪戯が成功した子どものような笑顔だった。


「――これで対等だ、とでも言うつもり……だったらまだ良かったんですけどね。なんですか、その『褒めて』と言わんばかりの笑顔は。確か貴女の娘よりも年下ですよね、私」

「おや、褒めてはいただけないので?」

 などと楽し気に笑う子持ち(らしい)の中年に、ルビアは紅茶を飲みながら、投げやりに「あー、エライエライ」などと返している。


 物おじしないアルがため息混じりに言った。

「……なールビア、どんだけ調教されてんだ、このおっさん」

「私がやったみたいに言われるのは不本意なんですが……」


「いやいや、むしろ『調教』というのは言い得て妙だと思いますよ。

 侮って、再提出をくらい、更に追撃を受けて三枚目を書かされて、泣いて謝る私にバラスン先生は言ったではないですか『次も問題があればまた書き直してもらいますからね?』と。あれはまさしく、駄犬の躾けだったでしょう」

「違います。あの時はまだ契約に関してそこまで詳しく無かったんですよ」


「いや、あの頃は若かった、みたいに言ってるケド、お前現時点でも若いってより幼いって言われる年齢トシだからな?」

「更に年下のアル君が何を言ってるんですか」

「いやオレはこんな武勇伝持ってねーよ」

「もっとすごい侍獣もの持ってるじゃないですか」

 言い合う二人の肩に、スピネルが背後から手を置いて、言った。


「――どっちもどっちです」


 商会側も含めた全員が何度も頷いたのは言うまでも無い。


「えーっと、それで結局、そちらさんが必要以上に譲歩した、ってことだっけ?」

 話をまとめるようにメアリーが言うが、これに相手はかぶりを振って応じた。


「いえ、まだ少し続きがあります。

 こちらが提示した額をご覧になったバラスン先生はおっしゃいました。今回は・・・この額で構わない、と」


「うわぁ。更に搾り取ったわけですか」

 スピネルが思いっきり引いていた。


「いいえ。バラスン先生は適正価格で買ってもらえれば文句はない、とおっしゃったのですよ」


「あぁ、それに恩義を感じて『先生』というわけですか」

 という、スピネルの予想はしかし、再度否定される。


「見も蓋も無く言ってしまえば甘い対応だと思うでしょう? 私もその時はそう思い、正式な契約書を交わしました。きっとまだ、どこかで子ども相手だと軽視していたのでしょう。

 そしてそんな、自分の方が上だとする思い上がりは、次の瞬間に打ち砕かれました。えぇ、それはもう、気持ちいいくらいに木っ端微塵に」


 と、そこで一度言葉を切り、傍らで真剣に話を聞いていた受付嬢に、バラスン先生が何と言ったかわかるか、と問うた。


「え……いえ、でも、まさか……」

 何か察したらしい彼女は、ルビアに怯えた眼差しを向けるが、商人ではないルッチたち4人には、何が何だかさっぱりだ。


「そう、バラスン先生は笑顔でおっしゃったよ。『それでは、今まで買いたたいてきた分の差額、耳を揃えて支払ってくださいね』と」


「鬼だ」「鬼だな」「鬼ですね」「ぐうの音も出ない程に鬼だ……」


 ルビアの同行者4名の反応に、被害者の男は笑ってかぶりを振った。

「そう思うのは、君たちが商人ではないからだ」


 視線で促された受付嬢も頷いて言う。

「そうですね。要求自体はこれでも温情がある方だと思います。彼女の年齢を考えると空恐ろしくはありますが……商会設立前だとすると、せいぜい10歳そこそこですよね?」


 だいたいそれくらいです、とルビアが頷いた。


「再提出は未熟、三枚目は失格、四枚しまい仕舞しまい、などと言ってね。三枚目を書かされるような商人は、誰からも信用されなくなる。そうするともう、まともな商売などできないから、そんなことになった時点で、生殺与奪の全てを相手に握られたも同然なんだ。

 あぁ、ちなみに四枚だと魂ごと濁るよ」

 そんな危うい立場だったという当人は、軽い調子で笑っている。


「そのあたりは知らなかったんですよねぇ。わかった上で考えると、4枚目を書かせるというくだり、脅し以外のなにものでもないですね。こっちが満足できる金額を提示してみろ、としか聞こえないです」

「むしろそこまで交渉ができるのに、契約書の基本的な部分を知らなかったというのが驚きなのですが」

 受付嬢はもう、どんな顔をしたらいいかわからない、といった様子だ。


 ――笑えば良いと思うよ、もう。


「まぁ、支払いには猶予を与えましたし、利息は請求しなかったんですから、優しいものですよ。そもそもこちらは殴られたから殴り返しただけですし」

 にっこり微笑んでルビアは言った。


「ちなみに猶予はどれくらいだったのですか?」

 と、受付嬢に問われたルビアの「半年」という返答で、彼女を鬼認定する者が更に一人増えたのは……まぁ、どうでも良い話だ。


「いやいや、それでも商売に対する心構えをはじめとして、様々なことを教えていただいたからね」


 大人に心構えを教える10歳児ってどうなんだろう、などという疑問を覚えるのはもうルッチだけなのだろうか。


「たとえば……そうだな、記載すべき項目を、あえて一文省くのは相手の程度を見極めるのに有効だが、追記する余地のない契約書を作れば相手の信頼を買うことができる、などかな」

「それ、ウチのモットーじゃないですか!?」

「あぁ。だから実際この商会はバラスン先生が造られたようなものだよ。先生に無くて私にあるものなど、年齢くらいのものだからね」


「……ルビア、アンタって何者?」

 思わずルッチがそう問えば、彼女はそれはそれは良い笑顔で答えたのだった。


「ただの恋する乙女ですよ?」

はい、そんなわけで、商談までたどり着きませんでした。

あ、なんか「いつもの」とか言われてる気がする。きっと気のせいですね!

長引いたのはだいたいこの良く調教されたおっさんのせいです。

次こそ商談です「新しい資金源」(仮)お楽しみに。

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