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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第36話 龍殺し

「ねぇ魔王サマ?」

 サラの銘を刻んだ翌日の朝食時、珍しく夕顔が呼びかけて来た。

 ちらり、と悪戯な視線をサラへと投げて、

「昨日はお楽しみだった?」

 言ったセリフにむせたのは、ハル……ではない。彼にそんなかわいげは無いし、サラは意味が良くわかっていない様子で首をひねっている。


「な、ななな、何をっ!?」

 げほげほとせき込みながら声を裏返らせているのは、カレンである。いつも以上に小さくなっているアニーと、真っ赤な顔でそっぽを向いているフロストも、意味はわかっているようだ。

 サクラは話のネタになるとでも思っているのだろう、ハルが軽く引くくらいに真剣な目を向けて来ている。


「いやぁ、だって。ちょうど一戦交えたくらいの時間が経った後で、二人で魔王サマの家から出て来るから、とうとうサラも大人の階段を上ったのかなー、って。」

 その時はハルも気付いていなかったが、見ていたらしい。このような場所でもなければ、自分に向けられた意識を知覚できないことなど、ハルにとってはあり得ないのだが……魔境というのは、どうにも調子が狂う。

 にやにやと笑う似非修道女に、答えを返したのは当のサラだった。


「まぁ、ある意味ではその通りですね」

「まぁ、言い得て妙ではありますかね」

 わかっているのかいないのか良くわからないサラに、とりあえずハルも便乗しておいた。本来、刻銘式とは成人の儀式である。

「は? いや、えっと……なにしてたの?」

 夕顔もこの反応は予想外だったのか、素に戻って訊いた。


白鴉はくあ

 百聞は一見に如かず、とばかりに、サラが昨晩結んだばかりの侍獣を呼ぶ。止まり木のように彼女が差し出した腕に、真っ白な光の色をした鴉が舞い降りる。ほとんどの者が驚きに目を見張る中、ルナだけがじとりとした視線をハルに向けて来た。またいつもの『ズルイ』だろうか。


 ……これは、この子にもいずれ侍獣を見繕う必要がありそうだ。


雷華レディ・ライトニングという銘をいただいた帰りの転移先が、陛下の家でないと都合が悪かったようなので、そこを経由して戻って来ただけです」


 補足するように、フロルが頷いて言った。

「まおにぃ、外行ってた」


「……陛下?」

 と、何故かシグルヴェインが気遣わし気な視線を向けて来るが、ハルにはその意味がわからない。護衛抜きで外に出たことをとがめているのだろうか。


「いやいやいや、アタシも、他の皆も侍獣なんていないっすよ?」

 ルナほどではないが、サニーもどこか不満げだ。


「まぁ、皆さんの場合は『教えた』だけで『刻んだ』わけではないですから。サラさんの場合は、此処からでも――魔境の内側からでも視えるくらい、ちょうど良い『場』が整っていたので。

 此処でもやれなくはないのですが……それをやってしまうと精霊のバランスが崩れて、此処の守りが失われてしまうので。再設置はできますが、それが完了するまでは無防備になる。だからやりませんでした」


 大多数の精神的未成熟に関しては、ハルはあえて言及しなかった。えてして子どもというのは、子ども扱いを嫌うものである。


「……うん? そういうことなら、フロルは問題無いのではありませんか?」

 余計なことに気付いたのはサラだ。いつもと比べて言葉数が多い気がするのは、これで侍獣を得て浮かれているのかもしれない。

 仕方なく、ハルは伏せておくつもりだった情報を開示する。


「本来『刻銘』というのは成人の儀式ですからね。あまり未成年に対して行うものではないですよ」


 あの・・アルですら、自身の感情を制御できずに紅蓮を暴走させたのだ。此処の子どもに物騒な刃物を持たせるつもりはハルにはなかった。


「なにそれ」と、噛みついてきたのは、やはりというべきだろうか、当のフロルではなく、同程度に幼いルナだった。


「そんなふうに、自分の感情を制御できないひとには過ぎた玩具おもちゃですよ」


 玩具、という言葉をハルはあえて使った。お前は侍獣をその程度にしか思っていないのだろうという、痛烈な皮肉が少女に伝わったのかはわからないが、ルナは目に涙を浮かべて睨み付けて来る。

 その駄々っ子の視線を、ハルは普段通りの笑みで受け止めた。


「陛下、大丈夫?」

 と、見当違いな労わりの言葉が投げられたのはその時だ。


「――はい?」

 思わず気の抜けた返事を返し、ハルはシグルヴェインを、ついで周囲の皆を見遣って、どうやら彼の言葉を見当違いと思ったのは自分だけではないと認識する。

「労わる相手を間違えてますよ、シグルヴェインさん?」


 どう考えても、心配するべきは心無い言葉をぶつけられた子どもの方だろう……と、その『心無い言葉』をぶつけた当人が考えていると、シグルヴェインはふるふると首を振る。


「間違えてないよ」と、異形の少年は言う「陛下、無理してない?」


「……そんなふうに見えますか?」

 本当に意味がわからなくて、ハルは首を傾げた。


「ううん、ちっとも。いつも通りに見えるよ」

 と、またわからないことを言われる。


「シグ、わかるように言ってもらえますか?」

 付き合いが長い分、扱いにも慣れているのか、サラがそう促した。


「だって、陛下、いつも通り過ぎるから。輝煌食の時はあんなに取り乱してた陛下が、魔法を使ったのに……食事のペースも、立ち居振る舞いも、笑顔も――あまりにもいつも通りで、まるで無理していつもの自分を演じてるみたいに見えるよ?」


 それは、今までにないアプローチだった。思ったのは、存外良く見ているのだな、ということ。大人の居ないこの村で、食事を賄うカレンがお姉ちゃんの立場なら、シグルヴェインは皆を見守るお兄ちゃんだ。心配される、という経験があまり無いハルには、新鮮ではあるが少々落ち着かない感覚だ。

 あと、食事のペースや所作がたとえに上がるあたり、やはり肉体労働派だな、とも思ったが。


 何故かルナにまで労わるような視線を向けられて、ハルは傍目にはあまり苦く見えない苦笑しかできなかった。

 軽く、ため息を、ひとつ。


「シグルヴェインさん……心配性だって、良く言われません?」

「まおくん、しぃーっ! それは皆思ってても言わないであげてたことっすよ!」

 サニーが一応声をひそめて言ったが、この距離で本人に聞こえていないということはないだろう。おそらくわかっていてやっているであろうあたり、彼女も良い性格をしている。


「もっと単純に、本当に普段通りだとは思いません? 喰うのは気持ち悪くてイヤだけど、正当と認められる理由さえあれば、平気で精霊を消費できる人間なんですよ、私は」

 綺麗に笑って、ハルは言う。死者の魂を敢えて精霊と呼び、人間かいぶつというのは思うだけにとどめた。前者は魔女の嘘を護るため、後者は……たぶん、アルを思い出したからだ。ハルが自身をかいぶつと呼ぶたびに、むしろ彼の方が泣きそうな顔をして、それでも安易に全てを否定することはしなかった――できなかった、誰よりも正しく在った友人のことを。


 けれどシグルヴェインは、真っ向からハルの言葉を否定してみせた。

「思わないよ。そんなふうには。何より、ルナにあんな八つ当たりみたいなことを言ってるのに、いつも通りなのはおかしいと思う」


 それは単に性格が悪いだけだろう――とは、言えなかった。基本的に、ハルは他人に悪意を向けることはない。それは善良だからでは無く、無関心故のことだが。


 なるほど、確かに、らしくない。そう、認めざるを得なかった。


 精神的に未熟な子ども――それには自分自身も含まれるのだと。

 厄介なことに、この子どもハルは、生まれながらにして刃物以上に物騒なちからを宿しているのだが。なるほど、人間がこぞって処分しようとするわけだ。


「わがまま言ってごめんなさい」

 と、ルナが素直に頭を下げた。彼女も根は善良な良い子だ。


「……あー、なんか、私が一番子どもみたいですね」

 きまりの悪さをごまかすように頬を掻くハルに、シグルヴェインは言うのだ。


「陛下は子どもだよ? 頭が良すぎて、物分かりが良すぎて、子どもらしく在ることができなかった子どもだよ」などと、優しい目を向けて。


 ハルは降参、とばかりに両手を上げて応えた。


「では、ご心配いただいているようなので、今日は家でのんびりしますね、お兄ちゃん?」

 付け加えた一言は、ささやかな意趣返しだ。


 ようやく『帰る』という表現がしっくりくるようになった家に帰り、読書を始めたもののあまり没入できずにすぐに閉じてしまった。

 ベッドに横になり、想うのは。自分と、二人の友人のこと。


「魔法を使うことへの抵抗は、完全に無くなったわけではない……?」

 自分では無くなったと思っていたのだが、弱くなっても皆無にはなっていないらしい。


 けれど、それでも。


 アルならきっと、こんな犠牲を良しとはしない。


 ルビアならきっと、ハルほど犠牲に無感動ではいられない。


「……魔王、ですか」

 だんだんらしく・・・なっているとハルは思う。わかり易い外面そとづらではなく、内面が。おそらくは、魔女の望んだ通りに。


「あのひとは、いったい何を……」


 ハルの思考は、そこで遮られた。

 ノックの音が、それを遮った。


 ハルの家を訪れたシグルヴェインの、考え込むより体を動かした方が良いという運動への誘いは、丁重にお断りした。彼は無理強いこそしなかったが、


「少しは体も鍛えた方が良いよ? サラが失望するから」

 と、彼女の不機嫌の理由を教えてくれた。


 けれど。


「彼女がそう命じるのであれば、応じる義務が私にはあるでしょうね」

 命令でもされない限り、その気は無いとハルは答えた。

「あぁ、そう言えば、貴方の銘を伝えていませんでした」


 ハルの言葉に、何故かシグルヴェインは目を丸くする。

「……なんです、その反応?」

「……えっと、ボクも、もらえるの?」

「当然じゃないですか」

 むしろ何故もらえないと思ったのかを、訊きたいくらいだ。


「貴方の色彩いろは武器の色ですね。それは刀剣類のように人口的なものではなく、もっと野性的で、純粋な、身一つで家族を護る者の色彩いろ――爪牙シャープ・エッジといったところでしょうか?」


 兄は表情こそ動かさなかったが、満足げな目をしていた。

デート回、とはなりませんでしたが、シグ回と言っていいのではないかと。彼は良いお兄ちゃんです。

これでこっちサイドは一応ひと段落なので、次は蒼紅サイドです。

次こそ国境を越えられるといーなー(笑)

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