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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第34話 日輪草

「さぁ、いよいよアタシの番っすね!」

 夕食の席で、サニーが元気にそう言った。


 ハルはちらりとルナを見遣る。視線が合い、一瞬首を傾げたルナは、ハルの意図を察して答える。

「ルナの準備はまだだよ?」


 それなら、と視線をサニーに戻せば、

「……まおくん、実はアタシのこと嫌いっすか?」

 わざとらしく目を潤ませて、そんなことを言われた。


「いいえ? どちらかと言うまでも無く好きですよ?」

 まっすぐ目を見て事実を伝えると、サニーはむぐ、と言葉に詰まった。


「ほんっとタチ悪いっすね、この無駄美人は……」

 じとっとした目で睨まれる。

 無駄に美人、という表現が此処でもはやりつつあるのがハルには愉快だった。




 翌日。昼食の入ったバスケットを片手に歩く道すがら、不意にサニーが言う。

「昨日……や、もう一昨日っすね、ちょっと気になったんすけど」


 ハルが視線で続きを促すと、サニーは一度合わせた目をまた前に戻して言った。

「なーんか、壁があるっすよね、まおくん。」


「そんなふうに見えますか?」素直に意外を示せば、

「わかりやすくは無い……ってか、はっきりとわかりにくいっすけど。あからさまに他人を拒絶するわけじゃなく、ある一定距離以上には他人を近寄らせないようにする――そんな柔らかい壁を感じるっす。

 叩こうが斬りつけようがびくともしない、柔軟で、でも絶対的な壁だ、ってアタシは思ったんすけど、間違ってるっすか?」

 世間話の口調で、大胆に切り込まれた。

 皆の前で訊かなかったのは、彼女なりの気遣いだろう。普段は道化を演じているが、思慮深い一面もあることは、言葉の選び方でわかる。まぁ、あの道化ぶりも全てが演技というわけではないだろうが。


「……凄いですね、サニーさんは。今まででそのことに気付いたのはひとりだけ……あー、父さんは気付いてたかもですが、それを別にすれば、アル以外誰も気付けなかったのに」


「まぁ、私にも似た様な経験があるので」

 ひどく落ち着いた物言いで、ハルは一瞬、サニーが別人に見えた。

「詳しくはもうちょっと仲良くなるまで秘密っす」

 けれど、そう言って悪戯っぽく笑うサニーは、今までハルが見て来たサニーそのものでしかなかった。


 壁がある、そう指摘しただけで、サニーはそれを改善しろとも言わなければ、何が原因かとも訊かなかった。『もうちょっと仲良く』なるまでは踏み込まないつもりなのかもしれない。


 けれど、ハルが抱えている秘密の中には、決して明かせないものもある。

 魔女が自身の魂を濁らせてまでついた嘘を、後を託された自分が明かすわけにはいかないだろう。此処では、精霊は世界に満ちた力であって、死者の魂の欠片などではない。楽園では、それが真実で良い。


 ――魔女のかけた魔法は、解けないままで良い。


 それが、ハルの出した結論だから。だから口に出しては、まるで関係のない、けれど脈絡はあることを言った。


「秘密は女性の魅力を際立たせる最高級のドレスである――っていうのは、誰の言葉でしたっけね?」

「へぇー、そんな言葉があるんすねー」


 そんな中身の無いやりとりを交わしつつ、向かう先をハルは知っていた。

 ……いや、その先に何があるのかまでは知らないが、向かう方向はわかる。フロルの時に、彼が間違って案内しそうになったからだ。あの時は引き返した場所を、更に進んだその先には……


「……花畑、ですか」


 最初に目に入ったのは、サニーの花である日輪草ひまわりだ。さすがに大きいので目立つ。それ以外にも金盞花があり、雪片花もある。緋衣草に一瞬驚いたが、これは一応サラの花だ。ハルの花である紅姫竜胆もあった。花名は聞いていなかったが、シグルヴェイン、フロル、オニキス、フロストの花もきっとあるのだろう。

 時間的に夕顔は開いていないし、月光花に至っては満月の日まで蕾もつけないので、ハルにはどれがそうかわからない。ついでに言うと桜もそうだ。


 けれど、それら日時が限定されるものを除くとしても、まさに百花繚乱の光景だった。季節を超越して咲き誇る花たちは、その色彩と大きさ、形によって相応しい場所に配置されているようだ。楽園の外では成立し得ない、夢幻の花園――此処に案内したのがサニーなのだから、花畑を整えたのも彼女なのだろう。


「意外っすか?」悪戯な笑顔を向けて来るサニーに、

「いいえ、少しも」ハルは思ったままを即答した「花畑、というのは、太陽のような笑顔の貴女に、ぴったりの場所だと思いますよ」


 ハルの言葉に、何故かサニーは苦笑して言った。

「いや、そんな軽く国が傾きそうな笑顔で言われても……」

「いえ、私のはただの作り笑いですから。どれだけ出来が良くても、サニーさんのそれとは別モノですよ」

 これもまた、アル以外は気付かなかったけれど、そう言ってハルは、完璧な笑顔を『作って』みせた。『壁』に気付いたサニーが相手だからこそ言えることだ。


「……あー、うん。完璧すぎると思ったら、そーゆー……でもなんか納得っす。まおくんてば綺麗過ぎて観賞用、って感じっすもんね。マジもんのパチもんなら、それも頷けるっす」

 その言いように、ハルはクスクスと笑った。

「本物の偽物って、面白い表現ですね」


「――うっわ。なんすかその美少女の見本みたいな笑い方。ズルイっす、卑怯っす、ルール違反っす」

 一瞬間があったのは、笑ったハルに見とれていたからなのだが、そういうのに慣れすぎているハルは特に気にも留めなかった。


「いや、ルールって……」思わずハルが苦笑すると、

「性別ってゆー、生物のルールに違反してるっす」

 うがー、とサニーが威嚇してくる。


「貴女の表現は独特で面白いですね。話をしていて、とても楽しいです」

 笑顔を向けると、なぜかサニーはたじろいだ。

「……そっ、そんなんでごまかされないっすよ。まおくんの笑顔は、なんかもう、ズルイんすよっ!」言いようがかんしゃくを起こした子ども並になっていた。


「そうでしょうか……? 私には、こんな取り繕った笑い方よりも、降り注ぐ陽の光を思わせる貴女の笑顔に魅力を感じますが」

「こっ、れだから天然タラシは……」

「褒めたのに貶された!?」

 しかも何やら溜めまで作って。納得がいかない、とハルが首をひねっていると、サニーはひとつ大きく吐息して、「しょうがないから、許してあげるっす」などと言う。


「私が許してもらう側なんですか?」

「どう考えてもそっすね」

 納得できたわけではなかったが、曇り空が晴れたのなら、それで良いか、と思うハルだった。


「ところでアタシの色銘なまえは決まったっすか?」

 機嫌良く、陽光の色の三つ編みを跳ねさせてサニーが訊く。


「決まってますよ。ちょうど今それに関することを考えてました」カッコイイかもカワイイかもわかりませんが、と前置きして「貴女の色彩は太陽の光の色だと思います。降り注ぐ陽光、晴れ空の色。微笑む空――晴天スマイリー・スカイ

 いつも通り、文字に関しては地面に書いて伝える。


「……確かに、わかり易くカッコ良かったり、カワイイって感じじゃないっすね」

 晴天、の文字を見ながらサニーは言う。


「気に入りませんか?」

「んや、そんなことはないっすよ。いつでも笑ってられるのは、それはそれでカッコイイことだと思うし――なにより、そのわかりにくさがアタシっぽいっす」


 持って回った言いように、ハルが思うのは。

「……確かに、わかりにくいですね」

「今のはわざとっす」サニーが悪戯っぽく笑った。


 此処にある花の古い呼び名を教えたり、花言葉を教わったりしながら過ごした結果……「ルナより先にズルイ!」と、先に旧名に関して教える約束をしていた女の子がへそを曲げてしまい、石の方は必ず先に教えるから、と必死になだめることになるのは、その日の夕食時のことである。

七日目、ギリでした。

メンズの花の名前、聞いてないんじゃなくて考えてないんだろ、と思ったそこの貴方! 大正解です。まだそこまでは決まってません。ファミリーネームはもうみんな一緒にしようかなー、なんて考えてますが。

サニーの過去も実はここでやる予定だったんですが、本人がもうちょっと仲良くなってからだと言うので次の機会に回します。

次はたぶん「雷光姫」になると思います。それでは、一週間以内に、また。

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