第33話 淡雪水晶
前回までの無彩色サイド
キャラ紹回ラッシュ。以上。
一家全員が集まっての、いつもの夕食。血の繋がりがある者は一人としていないが『家族』と、そう言って問題ないであろう、顔と名前が一致して、少しは……表面的にではあるが、人となりも知った皆をハルは眺め遣る。
良い所だ、と素直に思う。楽園の外では生きられない――少なくとも、このように笑って暮らすことは不可能なのだとしても、此処には生きるのに必要な全てが揃っている。この閉ざされた世界で、ちっぽけな楽園の護り人として一生を終えるのも悪くはない。いや、共食いの怪物には望外の幸せと言っていいだろう。
と、そんなことを考えていると。
にゅっ、と眼前に人の顔が生えて来た。
「うわっ」
さすがに驚いて、ハルはのけぞる。
のけぞるだけのつもりが、バランスを崩してそのまま地面にひっくり返ったりもしたが、まぁ何かを食べている最中ではなかったし、怪我もないので問題ない。
寝転がったまま、見上げる先に居るのはサニーだ。
わざわざ背後に回り込んで、横手から眼前に顔を突き出すという謎の悪戯をしてくれた彼女はしかし、無様にひっくり返ったハルを笑うでもなく、じっ、と探るような眼差しを向けてくる。
「どうかしましたか?」笑顔でハルが訊ねると、
「どうかしてるのはまおくんの方じゃないっすか?」
からかう風でもなく、そんなことを言われる。
「私が、ですか?」
無言で助け起こしてくれたシグルヴェインに視線で謝意を告げつつ、ハルは小首を傾げた。確かにいろいろとどうかしている――なにしろ人殺しで人喰いで、なのに普通に笑える怪物だ――自覚はあったが、今この場でそれを言われるような脈絡があっただろうか、と。
「心此処に在らず、って感じだったっすよ? ごはんは美味しく食べないと。作ってくれたカレンに失礼っす」
にっ、と悪戯っぽく笑うのが、敢えてそうした、という感じで。本来言おうとしていたこととは違う気がした。
けれど。それでも、言われたことはもっともだ。ハルはカレンに謝罪した。
「あー、うん。いいよ。食事中だろうが移動中だろうが、唐突に物思いに耽るヒトには慣れてるから」
ちら、と向けられたカレンの視線の先では、サクラがわざとらしくそっぽを向いていて、ハルは思わず笑ってしまった。とぼけ方まで自分と良く似ていて。
「それでまおくん? 明日のでぇとのお相手は誰にするんすか?」
サニーに問われ、ハルは迷わず答えた。
「都合が悪く無ければ、フロストさん、お願いできますか?」
「――えっ、ちょっ、今アタシを誘う流れじゃなかったっすか!?」
慌てたようにサニーが身を乗り出すのを、ハルはいつもの笑顔で迎え撃った。
「その流れに従うのは何か負けた気がするので。当初の予定通り、あまり話したことの無いフロストさんを優先しようかと」
「うっわ。まおくんも大概ひねくれてるっすねー」
「どちらかと言うと『ねじくれてる』の方がしっくりくるかもです」
「綺麗な笑顔でなーに言ってんだこのヒト」
サニーのキレのあるツッコミはとりあえず聞き流して、ハルは改めてフロストの方を見た。いつもちらちらとハルの方をうかがっている同い年くらいの少年は、今はふてくされたようにそっぽを向いている。
「あれ? 都合悪かったですか?」
「……別に。明日でいい……いいですよ」
あくまでハルの方を見ようとしないのが疑問と言えば疑問だったが、ハルは気にしないことにした。幼い頃から種々様々な感情を向けられてきたので、受け流すのは得意だ。
「そうですか。楽しみにしていますね」
ハルが告げると、目を合わそうとしない少年の口角が僅かに上がった。
翌日。ハルのところへ迎えに来た少年は、わかり易く上機嫌だった。
少なくともサラのように嫌われてはいないらしいが、それなら昨日のアレはなんだったのだろうか、という疑問は、隣を歩くフロストの様子で氷解した。
ほんのり上気した頬と、時折盗み見るように向けられる視線には覚えがある。
綺麗な異性を見る目――それを同性から向けられることにハルは慣れていた。矛盾はこの際措いておく。要は滄翡翠と同じなのだ。男だとわかっていても、ついつい目が行ってしまうらしい。アルから聞いた話だと、そのケがなくてもアリ、などとのたまっていた者も居たとか居ないとか。
つまり昨日ふてくされていたのは、自分を誘っておきながらサニーとばかり話していたのが気に入らなかった、ということだろう。
「ボ……私は、食糧庫の管理を任されています。皆が食べるものを維持する、とても大事な役割なんですよ」
ボク、と言いかけて言い直したのであろう少年が、得意げに胸を張っている。十中八九あの魔女の受け売りだろうと予想できるが、ハルは素直に「すごいですね」と微笑んでおいた。少年の頬が更に赤みを増すのも指摘しない。サニーとは違って、ハルに他人をからかって遊ぶ趣味は無い。
虫の声も、鳥の声も響かない、花が枯れることも、樹が朽ちることもない森を、無彩色と白の二人が歩く。
「……あれ? そういえば此処って鳥獣の類は居ないはずですよね? 食用の肉ってどうしてるんですか?」
ふと思いついて訊いたハルに、白の少年は我が意を得たりと頷いた。
「これから案内する場所で説明する……し、ますよ」
わざわざ言い直すのは、丁寧な言葉遣いが大人っぽいとでも思っているのだろうか。背伸びがしたい年頃なのだろう、かわいいものだ……と、おそらく同い年くらいのはずのハルは思った。
案内された先には、もはや見慣れた樹の家……いや、少し離れた地面にある、木造のハッチが目当てのものか。フロストは慣れた様子でそれを開くと、ハルを招き入れた。
石造りの階段を踏んだ瞬間、足下から冷気を感じた。フロストが管理している食料貯蔵庫、ということだろう。一階分くらい階段を下りた先には、かなりの広さであろう空間が取られていた。
曖昧な表現になったのは、棚とその中に収まった木箱が通路を除く全てのスペースを埋め尽くしていて、感覚的にあまり広いとは感じなかったからだ。
「適当に開けてみてください」
フロストに言われ、ハルは手近な木箱の蓋を開けた。
一抱え程あるその箱の中には、腑分けされたブロック肉が詰まっていた。腐っていない、のは、この場所なら――食糧庫という意味ではなく魔境の森という意味で――当然だ。けれど魔境であればこそ、屍肉がそのままの形で残っているのはおかしい。昨日見た桜の花弁のように、ハルが棄てたチェリーの種のように、一日もあれば森に還るはずである。冷やしておけば日持ちがする、外の世界とは違うのだ。
――彼の本質は、冷気ではない?
ハルは改めて、フロストの髪を、その魂の色彩を見遣る。フロスティ・クウォーツという名に引きずられ、また色彩が見えづらい魔境の森で錯覚していたが……
「あっ!」
と、声を上げたのはフロストだった。
いきなりどうしたのかと、ハルが眉根を寄せれば、
「ごめん、肉は苦手なんだっけ……」
言葉を取り繕うことも忘れ、白髪の少年はしゅんとする。どうもハルの沈黙と、探るような視線を勘違いしたらしい。沈黙は沈黙でも、沈思黙考だったのだが。
「いえ、苦手なのは『食べることが』であって、見る分には平気ですよ。切り分けられているだけで、死体と同じですし」
幸いあまり臭いもしませんし。と、微笑んで言うと、何故かフロストの方が引いた様子で、「死体とか言われると、ちょっと気味悪い……」などと言った。見解の相違、というやつだ。
「黙っていたのは考え事をしていたからです。貴方の色彩は氷や霜ではなかったんですね」
「えっ、そうなん……ですか?」
本人もそう思っていたのか、驚きに目を丸くしている。
「はい。氷の色彩でもある、というのが正解です。貴方の白は停止の色彩です。突き詰めれば、部分的に時間すら止められると思いますよ。
久遠の凍結、悠久の静止――凍刻とでも名付けましょうか」
ハルが微笑みかけると、少年は興奮に頬を紅潮させた。
本当はエタニティだけでも良かったのだが、ちょっとごてごてしていた方がこの少年は喜ぶのではないかと思ったのだ。
それにしても、とハルは考える。
――デートで食糧庫というのはどうなのだろうか?
まぁ、そういうところも年相応で可愛らしいか、と。『年相応』という言葉が下手をすれば世界一似合わない少年は思うのだった。
一週間以内(一週間かかるとは言っていない)
ってゆーセリフを準備してたんですよ――先月末くらいから。
やっと言えました(笑)
さて、次は(本人が)待ちに待ったあの人メイン回です。地味に私のお気に入りでもあります。
次回「日輪草」また一週間以内にお届けできることを願って……