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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第30話 商人と職人

蒼紅サイド前回までのあらすじ

メアリー目当ての襲撃でルビア毒に倒れる→解毒(焼却)→袂を分かつ覚悟をするメアリー→なぜか賃上げ交渉をするルビア

RPGなんかにたとえると、スポット参戦キャラが正式加入した感じです。

「さて。これで当面の資金は安心ですね」

 昼食を食べに向かう道すがら、得意げにそう言って一同を振り返ったルビアは、しかしすぐに表情を不満で曇らせる。きっとスピネルを筆頭とした三名の呆れ顔が彼女にとっては納得のいかないものだったのだろうが……


「商売人。」アルがため息にも似た言葉を吐き出し、

「結果だけ見れば見事だと言えるのですが……」スピネルがそれに追随した。

 ちなみにメアリーは言葉を見つけられずに、ごまかすように笑っている。


「なんでですか!?」と、むくれるルビアだが、


「いえ、どう考えてもあの第一声は無いと思います」

 うぐ、とルビアが言葉に詰まる。

 説明役は普段ならルビアなのだが、その彼女を相手に説明するとなると、スピネルの役割となる。あとの二人はどう考えてもミスキャストだ。

「……まぁ、アレは、ねー?」

 自分自身失言が多いことは理解しているメアリーですらもそんなことを言う。


 ルビアの手の傷を診せに行った先で、メアリーが初期対応の腕を買われて少し治療を手伝っていかないかと誘われて……その時のルビアの第一声が、


『いくら出します?』


 と、これである。言われた中年医師も一瞬固まっていた。

 守銭奴、という言葉を呑み込んだ自分を褒めてやりたいとすらスピネルは思う。


「い、いや、だってほら、早く止めないとメアリーが無償でお手伝い、とか言い出しそうでしたから」

「いや、いくらなんでもそれは、」言いかけたところで「えっ」と聞こえるべきではない声が聞こえて「え?」と同じ音を返したスピネルがそちらに視線を向けると、慌てて目を逸らすメアリーの姿が。


「……お嬢様?」

「ナ、ナニカナー?」

 白々しい棒読みに、スピネルはわざとらしいため息で応えた。

「お嬢様。貴女の場合、少しはルビアを見習いましょう。」


「いや、少し『は』って」不服そうにルビアが言うが、

「いやいや、見習いすぎても問題じゃね?」当然だ、とアルが返す。

「なんでですか」むぅ、と頬を膨らますルビアに、

「商談が大変になんぞ?」めんどくさそうにアルが言い、

「楽な商談なんて、不健全じゃないですか」

 答えたルビアの言葉は、しかしこの場の誰の共感も得られなかった。


「――どうやら、この四人の中で、商人としての才能があるのは貴女だけのようですね。今後も交渉役は一任します。特にお嬢様は余計な口出しをしないように」

 最後にスピネルが主人に釘を刺して、この話はここまでとなった。


 昼食は泊まった宿の食堂で摂り、その後すぐに出発の予定だったのだが、何と宿でスピネルたちの帰りを待っていた客が居た。

 茶色い髪の彼は、何でも馬車を作っている職人だそうで、宿の者からメアリーの馬車の内装の話を聞いて、見せてもらいたいと待っていたのだという。


「別に良いんじゃない?」

 などとメアリーは呑気なことを言うが、そんなわけにはいかない。

「あれは大事な資産です。僕たちの立ち合い無しでは許可できません」

 傷でもつけられてはシャレにならない、というスピネルの考えに、ルビアは大きく頷いて賛同したが、アルとメアリーは良くわかっていない様子だった。


「では、食事が用意できるまでの時間だけ、ということでどうでしょう?」

 交渉担当のルビアがそうまとめた。


 ――結果。


 ルチルと名乗った若い職人は鬱陶しいくらい興奮した。


 内装を褒めちぎられて、最初はまんざらでもない様子だったメアリーも、今はただただめんどくさそうである。


『断れば良かった』


 今、四人の心はひとつになっていた。


 準備ができたと、宿の者が呼びに来た時には思わず安堵の息が漏れたものだ。

 四人全員から。


 けれど安心したのも束の間、なんとその職人は食事に同席したいと言ってきた。

 ちら、とスピネルが視線を向けたルビアは「馬車の持ち主が決めることだと思いますよ?」と、とても良い笑顔で逃げを打ったのだった。


 結局、その職人は同席している。


 メアリーだけでなくスピネルも断り切れなかったのは、彼が悪い人間ではないからだ、困ったことに。

 自身の仕事に情熱的で、真面目で、真摯。全て美点ではあるのだが、問題はその美点の全部が全部行き過ぎているところだろう。一言で言えば暑苦しい。それも『大変』とか『非常に』を接頭語として用意しなければならないレベルで。

 正直、スピネルもあまり相手はしたくなかったが、ルビアが対処を丸投げしたとあっては、メアリーに任せるわけにもいかず、対応せざるを得なかった。


 曰く、内装があそこまで見事なのに、外装が黒一色なのは勿体ない。自分に任せてくれればあの内装に見合うものに仕上げて見せる。

 曰く、防衛機構が皆無というのもいただけない。今時精石のひとつも組み込まれていないというのはどういった了見か。自分に任せてもらえれば(以下略)


 前者はお忍びの旅だから目立つわけにはいかないこと、後者は予算不足を理由に、スピネルは最初はやんわりと、それでは伝わらないとわかってからはきっぱりと断った。

 の、だが。


「なぁー、頼むよ。アタシに任せてくれれば予算内で最高のモノを仕上げてみせるからさ!」


「……アタシ?」

 と、首をひねったのはメアリーだ。ずっと『オレ』だった一人称が急に変わった職人の彼(?)は、やっちまった、と言わんばかりの表情で口を押えたが、やがて諦めたように苦笑して言った。


「あー……ホントは女なんだ、アタシ。舐められるから、男のフリしてるけど」

「それだけではなさそうですね」

 と、今の今まで対応をスピネルに丸投げしていたルビアが言った。


「やれやれ、鋭いね、アンタ。そーだよ、アタシはまだ職人として認められてない。腕はそこらの男どもより上なのに、女ってだけの理由でさ。だから箔をつけるためにデカい仕事がしたいのさ。

 なぁ、頼むよ。満足のいく仕事ができなかったら金は要らないからさ!」

 ばん、とテーブルに両手をついて頭を下げる。


「良いんですか、そんなこと言って?」

 難癖をつけて支払いを渋るかもしれない、と、ルビアは言外に告げるが、彼女に限って言えばそれはあり得ないと、スピネルは短い付き合いだが断言できる。

 彼女は優れた仕事には相応の対価を惜しまない人間だ、と。


 ……その分、自分たちの仕事に対しても最大限の対価を要求する人間なのだが。


「文句のつけようがある仕事をしたなら、そりゃあアタシが未熟だってことさ」と、彼改め彼女は一旦言葉を切って両手を腰に当てた「そもそも、こんな綺麗な色した連中が、金を出し渋るようなセコイ真似するかよ」


「なるほど。巧い言いようです」

 言ったのはルビアだったが、スピネルとしても同感だった。相手を称賛しつつ、金払いに関して牽制してもいる。


「商売相手としては合格だと思いますし、馬車自体の防衛機構に関しては護衛としても同感です。あと問題なのは費用対効果だけですので、判断は馬車の所有者にお任せします」

 と、職人の彼女に口添えするようなことをルビアは言った。

 まだ少女と呼ぶべきであるような娘の顔が期待に輝く――が。


「悪いけど、今は節約しておきたいの、ごめんね」

 はっきりと。そう断ったのはメアリーだった。


 正直、スピネルとしてはやらせてみても良いか、くらいの気持ちにはなっていたのだが、主の彼女がそう言うのであれば否やはない。

 予定外の出費……に、関してはメアリーが相殺して余りある稼ぎをしてくれたが、収入の方は間違いなく減少している。だから節約しておきたいというメアリーの言い分も充分に理解できるものだった。


 ルチルに縋るような目を向けられたが、スピネルは無言でかぶりを振った。ルビアもそれ以上は何も言わず、アルに至っては最初から我関せずで食事にだけ集中している。

 ルチルはがっくりと肩を落とした。身も蓋も無い言い方をするならば、一番チョロそうなメアリーが拒絶したことで諦めがついたらしい。


「余裕が無いんじゃしゃーないかー。もし気が変わったらこの街の南にあるルチル工房を訪ねてよ。あ、アタシのホントの名前はアイリスね」

「ルチルは工房の名前でしたか」

「んや、アタシの石名でもあんだけどさ。一応工房主の娘」

 と、自身を指差すアイリス=ルチル。なるほど、それは確かに、しがらみがいろいろとありそうだ。申し訳なくは思うものの、既に結論は出た。スピネルはひとつ頷くと、別れの言葉を口にする。


「それではアイリス=ルチル。縁があれば、また」

「そいつがあることを祈ってるよ」

 苦笑をひとつ残し、若い職人は背中越しに手をひらひらと振って去って行った。




 メアリー達の馬車が傷だらけの状態でルチル工房に運び込まれるのは、翌朝一番のことである。


 縁は異なもの味なもの……などと言うものの、今回の味は少々苦すぎた。

めっちゃ時間空いてしまいました。最近謝ってばかりなので、今回は違う言葉を選びたいと思います。

待っていてくださった方、本当にありがとうございます。とりあえず週一ペースを取り戻すことから始めたいと思います。言い訳しだすと長くなるので活動報告に書くかもです。


次回「護るちから」お楽しみに。

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