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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第28話 桜

「なんかまおくん、今日も疲れてないっすか?」

 夕食の席に着くハルを出迎えたのは、昨日と同じサニーの言葉だった。


「明日はそうでないことを願います」

 そう、ハルは返しておいた。

 昨日は肉体的に、今日は精神的に疲れている。子どもの相手は苦手だ、とハルは今更ながらに思った。考えてみれば、今までハルの周囲には、子どもらしい子どもは居なかった。ルビアは言うまでもなく、あのアルですら、生まれ持った力のせいで無邪気なばかりではいられなかった様子だ。


 その日の夕食の(ハルの)メインは焼き野菜をパンで包んだもので、いつもながら美味しくいただいていたのだが、作ったカレンは「レパートリーが……」と不満げだった。そういえば最初の頃に出されたものか、と、思い至る。食べられるものであれば文句はないハルとしては、毎日このパンでも良いのだが……それを口に出さない程度の分別は彼にもあった。

 作る者には、作る物に拘る権利があるだろう。


「明日はサクラさん、お願いできますか?」

 ハルがそう言うと、彼が大好きな物語の作者は、両手で自分の体を抱くようにして、上半身を軽く引いた。


「……えぇ……っと、何かしましたっけ、私?」

 戸惑い、問えば、サクラがからかうような口調で言う。

「初対面でいきなり手を握られて、吐息がかかるほどの距離にまで詰め寄られて、『大好きです』とか言われたね」


「……なんていうか、そこだけ抜き出すと危ないひとですね、私。」

 苦いつもりの笑みを浮かべたハルに、

「いやぁ、ピンポイントに切り取らなくてもヤバイっすよ、まおくんは」

 ため息混じりに言ったのはサニーだ。


「えっ、嘘。」

「ぶっちゃけ顔が綺麗だから許されてる感はあるっすよ? 汚いおっさんだったらまず間違いなくボコられてるんじゃないっすか?」

 サニーの言葉に対する反応は、幼い者――精神的に、という意味のニクスも含む――と、成人年齢程度の者とで二つに分かれた。前者はきょとんと首を傾げ、後者はうんうん、と頷く。

 控えめでおとなしいアニーまで頷いていたのが、ちょっとショックだ。


「……詳しく教えてください」

 思い返せば、あの村での女の子たちの反応にも、思い当たる節があったハルは、サニーの手を取って懇願して……

「こういうとこ、っすね」その手を見下ろしたサニーに苦笑された。「まおくんは見た目綺麗すぎるんすから、気軽に女の子に触っちゃダメっす。勘違いされても知らないっすよ?」


「――勘違い、ですか……」

「――まおくん?」

「あぁ、いえ。勘違いだと断定して、想いを否定してしまった子のことを――本気で私を好きになってくれた子のことを、思い出してしまって」

 勘違いは自分の方だった、と後悔するハルに、サニーの気楽な言葉が届く。

「お、なんすかなんすか、昔の女の話っすか?」


「そういう言い方は、やめてもらえますか?」

 笑顔は崩さずに言ったのだが、何故か場の空気が凍りついた。けれど、これだけは言っておかなければならないと、ハルは続ける。

「今現在も、ルビアは私の大切な友達ですので」

 たとえもう逢うことができなくても、彼女にとっての自分はそうでなくなっていたとしても、ハルにとっては、いつまでも変わらない。アルも、ルビアも、かけがえのない友人だ。


「――ご、ごめんなさい……」

 声が震えていて、いつもの語尾も無いサニーに、ハルは笑顔で答える。

「いえ、わかってもらえればいいんです」


 暫く沈黙が続き、恐る恐る、といった感じで口を開いたのはサニーだ。

「……も、もう怒ってないっすか?」

「はい? はい、別に怒ってはいませんが……?」

 ほっ、と息をついたのはサニーだけでは無かった。


「……笑顔のままマジギレするヒト初めて見たっす……逆に怖いっす……」

 うんうん、と、今度は場の全員が頷く。サラだけは何故か満足げだったが。


「え? そんなに怖かったですか?」

「正直、まおくんだけは絶対怒らせないようにしようと思ったっす」

「表情は変わらないのに、声からは一切の感情が消えてたからね。なるほど、これは魔王だ、と思ったよ」

 サニーに続いてサクラまでもがそんなことを言う。


「魔王君の言動に問題があれば教えるから、わたしたちの失言にも、もうちょっと優しく対応してもらえれば、って思うの」

 と、カレンは困ったように言うが、

「え。あれより、ですか?」

 と、ハルが返すと、また何故か空気が凍りつく。


「決めたっす。アタシ、まおくんのことは、二度と恋愛関係でイジらないっす」

 サニーがらしくないことを言っていた。




 翌日。サクラから「手が届く距離までは近づかないでくれるかな?」などと言われたことに若干のショックを受けつつも、彼女の案内で楽園を歩く。


 最初こそハルはその名に皮肉を感じたりもしたが、良く知れば、なるほど此処は楽園であった。暑さ寒さとは無縁で、年中ひとにとっての適温が保たれており、森の恵みは採った傍からすぐ実る。精霊の力を消耗するので、無尽蔵というわけではないのだが、フロルが上手く管理しており、ハルですら変化がわからない程だ。

 精霊が濃密すぎる場所は、本来なら生き物が暮らすのには向かないのだが、無彩色や精霊の子であれば、ただ眩しいだけの場所である。そしてその睡眠を妨げる問題は、ニクスが解決してくれている。


「さ、着いたよ」

 先を歩いていたサクラが、くるりと振り向く。

 さらりと流れる薄紅うすくれないの髪、それと同じ色彩の小さな花が、彼女の背後にある大樹を飾っていた。ハルの知らない花だったが、予想はできる。


「これが、桜、ですか?」

「ん、良くわかったね。そう、この花が桜。失地ミッシング・ランドでは国の花ともされていたそうだけど……この辺りだと、あんまり花としては扱われてはいないね」

「――こんなに綺麗なのに?」

「それは……いや、実際に見てもらった方が早いかな? 夕暮れ時に説明するよ。とりあえず今は、上がって?」


 サクラに促されて、ハルは桜の家に入る。他にもいるのかもしれないが、花が咲く樹を家にしているのは彼女が初めてだった。


 二階の書斎へと通される。さすが作家、というべきか、ハルの家に用意されていた以上の蔵書量だ。


「察してはいるかもしれないけれど、ボクは出不精でね。案内できるほどゆかりのある場所はこの桜の樹くらいのものなんだ。本棚は少々充実しているとは思うけれど……あぁ、魔王クンはボクと同類だったかな?」

 言葉の最後に苦笑が混じったのは、本棚に向けられたハルの顔を見たからか。


「……これ、みんなミリクトン先生が?」

 視線を本棚に釘付けにされたままでハルが問えば、苦味を増したサクラの声が答える。

「――できたらずっとサクラで通してもらえるかな? 面と向かって先生なんて言われるとくすぐったいよ。で、そこの本だけど、半分……は、ないか。ボクが書いたのは三割ほどだね。残りは行商人から買ったものと、サラたちが出先で買って来てくれたものだよ」

 サクラも『サラ』と呼ぶことにしたらしい。


「気になる本があれば貸してあげるけど……ボクが直接選んで買ったもの以外は有名な本が大半だから、読んだことがあるものも多いんじゃないかな?」

 と、サクラが言った通り、半数以上がハルも知っている本だった。この冬にアルから借りて読んだばかりの本も何冊かあるのは、間が悪いと言うか、何と言うか。


「それで、ボクの物語おはなしを気に入ってくれたそうだけど、魔王クンはどんな物語が好みなのかな?」

 執筆用であろう文机に軽くもたれて、サクラが訊く。作家として、というよりも、単純に読書仲間を見つけて喜んでいるように見えた。

 考えてみれば、此処の面々に本が好きそうな者はあまり居ない。サラは実用書ばかり読んでいそうだし、カレンは料理本くらいにしか興味を持たなそうだ。それ以外のほとんどの面々は、アルと同様、本を読むより読み聞かされる方を好みそうな印象だ。物語を読むイメージがあるのはアニーくらいだろうか?


「うーん……ひとことで言うと、奇蹟が起きない物語おはなし、でしょうか?」

「――随分救いが無さそうに聞こえるけど……それだと、ボクの物語もダメじゃない? ワリと無理を通してると思うんだけど」

「あぁ、いえ、そうではなく。奇蹟が都合よく『起きる』物語は嫌いなんです。あり得ないことはどうしたってあり得ない。あり得ることをいくつもいくつも積み重ねて、奇蹟を『起こす』物語が好きです。

 世界を騙す、嘘つきの話のような」

「――なるほど。ボクの物語を気に入るわけだ」


 ご都合主義な奇蹟を起こしてくれるほど、世界も神様も優しくはないのだと。此処の住人であれば身を以って知っていることだろう。


「あとは……そうですね、ラストはハッピーエンドが良い。主人公とヒロインがキスをして終わるような、結末はそんなありきたりなものが良いです」

「バッドエンドは現実だけで充分?」

「えぇ。満腹で、正直ちょっと食傷気味です」


 そうやって物語の感想を交換したり、ハルがまだ読んだことの無い本の簡単な説明をしてもらったりしていると、二人して時間が経つのを忘れてしまい、少し……いや、かなり遅い昼食を慌てて食べることになった。「やっぱり同類だ」と言ってサクラが笑う。


「夕暮れは光の色で気付くんですけどねぇ」

「昼焼け、なんてのもあったら便利なのにね?」

 余人に聞かれたら叱られたり呆れられたりしそうな会話を交わし、ハルとサクラは笑い合う。なるほど、確かに同類だ。


「さて。そろそろ時間かな?」

 そう、サクラが言ったのは、陽の光に赤が混じり始める頃だった。

 彼女に促され、ハルは共に家を出る。


「ちょっとした見物だよ」

 という、サクラの言葉が合図であったかのように、はらり、と舞い落ちる。夕陽の色で昼間よりも赤く見える、限りなく白に近い、微かにあかく色づいた桜の花弁が、はらり、はらり、と舞うように散る。


 思いもよらぬ光景に言葉を失うハルは、生まれて初めての感慨を抱く。花の散り逝く様を見て、美しい、と。

また一週間かかってしまいました。体調崩して以来ペースが乱れっぱなしですが、次はもうちょっと早いはず。たぶん。きっと。そうだといーなー。

次あたりで蒼紅の方に移ろうかと思っていたんですが、名づけまでいかなかったので、最低もう一話はこっちです。タイトルはまだ未定。


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