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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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第5話 指輪の在処

 こんなつもりじゃなかった。ハルに頭を下げながら、アルは思う。不入いらずの森でしているように素を出せば、きっとハルは皆とも友達になれると思った。なのに、こんな……


「別にアルが謝ることじゃないでしょう? 此処に来ることを決めたのも、指輪を手放したのも、どちらも私なんですから、アルのせいじゃありませんよ」

 いつもと変わらぬその口調は、いつもと変わらぬあの笑顔を思い出させる。


 この時ハルは、顔を上げないアルが思った通りの表情で微笑んでいた。或いはアルが顔を上げなかったのは、ハルのその表情かおを見たくなかったからかもしれない。


「でも、ここにも、水浴びにも誘ったのはオレで……ハルは嫌がってたのに……」


「ま、確かに、私を嫌っている人と私的な時間を共にするのは嫌でしたけど。でもアルは何も、」

「皆で探そう!」

 ハルの言葉の途中で顔を上げ、アルは意図的に声を大きくして言った。ぐるりと周囲を見渡して、

「皆、アルの母さんの形見がなくなったらしい! 細い鎖で首から下げれるようにしてある指輪なんだけど、探すのを手伝って欲しい!」

 言って再度頭を下げれば、


「おー」「指輪なー」「鎖でつないであるんだっけ?」「あたしはこっち見て来るねー」「金属なら森では目立つよな?」


 口々に言いながら、文句も言わずに皆散っていく。


「皆、助かる! うし、ジェディ、オレらはあっち探そうぜ!」

 ハルと仲の悪いジェディはアルが自分で引き受けることにする。

「お、おぉ」

 やはりハルのために働くのが不満なのか、その反応は鈍い。


「ウィル君、これで見つかると思いますか?」

「見つかる、ではなく、見つける、ですね。そのための下準備は必要でしょう」

「なるほど。そういうことなら、私も協力しますね」


 背中越しに聞こえてきたハルとルビアのやり取りの意味は、この時のアルには良くわからなかった。



「なージェディ、あんまハルに絡むのやめろよ」

「……アルムだって昨日まではあんなもんだったろ……」

 それでもちゃんと探してくれているのか、足元を見ながらジェディが言う。


「いや、まぁ、それもそうかもだけどよ……」

「いつの間に仲良くなったんだよ?」

 あんなヤツと、という言葉が聞こえるようだった。


「アイツも言ってたけど、ちょっと話す機会があってさ。ちゃんと話してみたら、けっこう面白いヤツだったぜ?」

 今日の態度を見るに、ハルの『ちゃんと話す』の難易度は想像以上に高そうだが。友達になって素のハルを知るまで、アルには気付けなかったことなのだが、ハルは明らかに他人を拒絶している。あの穏やかな態度に騙されているのは、単純なアルだけではなかっただろう。

 まぁ、今日のあれこれで気付いた者も少なくはないだろうが。ルビアはたぶん、察していた。

「面白い? オレは嫌なヤツとしか思えねーよ……」


 意中のルビアと仲良くしてるしな、とは言わないでやった。実際『仲良く』というのとも少し違う感じだ。どちらも賢く、育ちも(この村の連中と比べれば)良いので、同じレベルで会話ができる相手が他にいないため、自然と話し相手になっている、といったところか。距離感自体はあまり近くはない……というか、ハルが他の全員に対するのと同様に壁を作っている。唯一の例外がアルだが、それもあの遭遇があったからこその変化でしかない。


 それから暫く森をうろついたものの、探し物は見つからず、アルとジェディは元の場所に一度戻ることにした。


 同じように考えたのだろう、この辺りを探していたらしいハルとルビアの他に、3人が戻ってきている。


「アルム兄ちゃん、見つかった?」

 中の一人、未だ金無垢のアンバーがそう訊ねるのに、アルは首を振って答える。こう聞かれたということは、他の連中も見つけられてはいないようだ。


「一応、川の中も探してはみたんですが……」

 ここからは見えない川の方に視線を向けて、言ったのはルビアだ。はしたないだなんだと言っていたが、彼女が川に入って探したのだろうか。


「念のためにオレも見てくるわ」


 駆け出しながら靴を脱ぎ捨てたのはジェディだ。ルビアが絡んでいるからか、随分と慌てた様子だった。


「焦ってコケるなよー」


 それはアルとしては冗談で言ったことだったが。


 水柱が上がる勢いで大きな水音がした。


「おいおい、マジにコケたのかよ……だいじょーぶかー?」

 慌てて駆け寄るほどのことだとも思えず、アルはゆっくり歩いて川へと向かい、


「――あった!」


 上がった声に慌てて駆けだした。

 川の中に尻もちをつく恰好のジェディが水面から上げる手には、確かに金属の鎖の煌めきが見えて……


「――あ。」

 と、声を上げたのは誰だっただろう。


 水で手が滑ったのか、指に絡んでいた鎖が解け、川の流れに浚われる。ジェディは慌てて手を伸ばすも、届かない。体勢が悪かったのだろう、そのまま川に倒れこむような恰好になり、追うこともできない。

 川の流れはそれほど速くないとはいえ、子どもが走って追いつけるほどではない。皆呆然と見送って……はっとしてアルは駆けだして、腕を摑まれつんのめる。


「ハル!?」

 何故、よりにもよってハルが止めるのか。

「走って追いつける速さじゃないですよ。暫く行った先に流れが澱んでいる場所もありますし、どこかに引っかかっているかもしれない。探しながら行きましょう」

 この森に来たことがあるとも思えないハルが、どうしてそんなことを知っているのか。思ったことに答えるようなタイミングで、ハルが続ける。

輝煌ひかりが視えているから、ですよ。授業、真面目に受けてればアルにもわかったはずですよ」

 せっかく綺麗な色彩いろをしているのにもったいない、と何度も聞いた言葉を。


 今ならば、アルにもわかった。これは、色彩を持たないウィルムハルトの心からの言葉だと。

 これからは真面目にコイツの授業を聴こう。そう思うが、それはそれとして、今は指輪だ。


「あ、あの……」

 立ち上がったジェディが、気まずそうに上目遣いの視線をハルへと向ける。全身びしょ濡れのせいもあってか、雨に濡れた子犬のようだ。

「ごめん。オレのせいで……」


「まぁ、今のはさすがに事故でしょう」

 ため息をつくようにハルが返す。


「よし、じゃあ濡れちまったジェディとオレで川の中を探しながら行こうか」

 責任を感じているようだし、ちょうど良いだろうと思ってアルが提案すれば、

「え?」ハルはきょとんと首を傾げた。

「ん?」向かい合い、同じようにアルも首をひねる。


「川に入るのは、指輪が見つかってからで充分ですよ?」

「いやいや、ルビアだって見落としてたんだろ? ちゃんと中に入って探した方が良いって」

「いえ、その必要はないです。指輪には黒曜石が象嵌ぞうがんされていますから。精石せいせき程ではなくとも、鉱石は輝煌ひかりを帯びています。黒曜石のそれは水とはまったく関わりのないものですから、川の中にあるとわかっていて『視』落とすことはないですよ」

「え? でもさっきは……?」

「探索範囲が広いとそう簡単には見つけられませんよ。川は視ませんでしたし」


 そういうことか、とアルが納得していると、

「顔色が悪いですよ、ジェディ君。濡れて体が冷えましたか?」

 ルビアがジェディを心配していた。良かったな、と思いつつ視線を転じれば、

「って、オイオイ、マジで顔色やべーな。オマエはもう帰るか?」

「いや、最後まで付き合う」

 自分の責任だと思う気持ちはアルも同じだったので、それ以上止めようとは思わなかった。


 森に散っている連中への伝言役が必要だということで、ここに集まっている中から一人、ルビアではない方のサルビアが残ることになった。アルの姉と同い年の彼女は、アルとはまた違った色合いの赤い髪を左右で二つに分けてくくっていて、皆からはサリィと呼ばれている。


「みんながんばってねー」


 ハルが座っていた場所に腰を下ろして、のんびりと手を振る様子は、とても火の色とは思えない。

 苦笑とともに歩き出そうとしたところで、気づく。


「……いつまで摑んでんの?」

 左手を上げれば、ハルの右手がついてくる。

「とりあえず、指輪が見つかるまで、ですかね」

「……森はふつーに歩けるんじゃなかったか?」

「川の中に意識を集中しなくていいなら、そうですね」


 ――なるほど。事情は分かった。確かによそ見をしながら歩くのは、目が見えていても危ないだろう。


「……なんでオレ?」

 絵面的にはルビアあたりの方が、と考えかけたところで、

「私が信頼しているのは、」

「よしわかった行くか!」

 ハルがとんでもないことを言おうとするのを遮って、今度こそ歩き出す。


 さすがに言わせるわけにはいかない。当然の顔で、信頼できるのはアルだけだ、などとは。

 信頼、という言葉の前に『一番』と付かなかったということは、そういうことだろう。村の子どもの多くが集まっている中で、お前たちは信頼に値しないという意味合いのことを言われては、壁に加えて堀までできてしまう。難攻不落だ。

 アルはまだ、他の子どもたちとハルが友達になるのを諦めてはいなかった。


 ハルの歩みに合わせて、普段よりやや遅いペースで歩くアルを先頭に、ルビアとアンバー、白っぽい緑の髪を男のように雑にまとめたフォエミナを加え、最後尾を川から上がったジェディがとぼとぼと歩いている。

 子犬のように動き回りじゃれつくアンバーを、ルビアは仕方なさそうに、フォエミナは若干めんどくさそうに構っており、アルはハルを誘導しなければならないのでそちらの相手はできなかったが、ジェディが終始無言なのが気にかかった。


 そして途中で指輪は見つからないまま、流れが・・・澱んでいる・・・・・場所に至る。


「あー……」アルが言葉を失っていると、

「これも視えてた?」つまらなそうにフォエミナが言った。


 ハルは人差し指で頬をかき、

「いえ……正直高低差まではわかりませんでした」


 ばしゃばしゃとやかましい音を立てて水が流れ落ちていく。滝と呼ぶほどではないが、かなり斜面は急で、手がかりもなくここを降りるのは難しく思えた。下は確かに大きく広がった水場になっていて流れは緩やかになっているが、仮に深さが充分あったとしても飛び込むのはためらわれる高さだ。


「下まで流れ落ちていれば迂回すれば良かったんですが……困ったことに、半ばほどでひっかかってますね」

 目を凝らすように眉根を寄せてハルは言う。


「んじゃ、ジェディの出番だな」

「……お、おぉ」

 汚名返上のチャンスだぞ、と視線を向けるも、反応は鈍い。


「アル? 何をするつもりですか?」

「ジェディの精霊術で蔦を伸ばしてもらって、それを手がかりにオレが下りる。ハルは場所を教えてくれ」

 簡単なことだ、と告げるが、ハルは首を縦には振らない。

「危険です。土色の人を呼んできて、下まで落としてもらいましょう。迂回して下りれば回収できます」

「だいじょーぶだって、いつも遊びでこれくらいやってる」

「ジェイド=ヴィオラ=タルボさんは『いつも』の精神状態ではないでしょう。私は反対です」


 本気で止めるつもりだったとしたら、ハルのこれは失言だ。


「やれる!」

 ギラギラした目でジェディが叫ぶ。日ごろから見下しているハルからあのような言われ方をして、ジェディが黙っていられるわけがないのだ。


「緑なす木々よ、生命の息吹よ、我が意に従いて、集え、集え、集え」


 木の幹に絡んでいた蔦がするりと伸びて、緑色の蛇のように斜面を下りていく。


 フンと鼻を鳴らしたジェディにではなく、ハルはアルに向けてため息をついた。

「わかりました。私が下ります」


「はぁ!?」声が軽く裏返った「いやいや、そっちのがよっぽど危ないだろ!」

「体重は私の方が軽いですよ、たぶん」

「いや重さの問題じゃねぇ」

「いえ重さの問題ですよ?」


芽吹きの緑スプリング・グリーン


 言い合いを遮って聞こえたのは、フォエミナの告銘コールだった。使用する精霊術の色彩が明確に思い描けていれば、その色彩の銘を告げるだけで事足りる。

 呼び声に答えて、ジェディが伸ばしたすぐ隣に、もう一本の蔦が伸びる。


「フォウナ姉ちゃんすげぇ!」

 と、はしゃぐアンバーを適当にあしらいながら、

「アンタどんくさそうだし、もう一本あった方が安定するでしょ?」

 ハルに向けて肩を竦めて見せる。


「助かります。とても」


 笑顔で答えて、ハルは左右の手に一本ずつ蔦を握ったかと思うと、迷わず急斜面に踏み出した。


「ちょ、」思わず手を伸ばしたアルの肩を、フォエミナが乱暴に引き戻す。

「二人もぶら下がったらさすがにちぎれるよ」


 そのまま左腕で頭を彼の頭を抱え込むようにして、

「アレを止めなかったアンタが悪い」


 耳元に、そっと囁きを零した。


 思わずそちらに目を向けそうになると、右手が頭を摑んでハルへと固定する。


「危なっかしいねぇ、まったく。頭が切れるんだか、考え無しなんだか、良くわかんないヤツだよ」

 と、これは皆に聞かせるような声量で言う。


 確かに斜面を下っていくハルの体運びは、ひどく危なっかしいものだ。


「どっちもアンタのダチなら、切れた時はアンタがなんとかしなよ」

 もう一声。囁きを残してフォエミナはアルを開放した。良くわからないので問い返したくはあったが、ふらふらと斜面を下っていくハルからとても目が離せない。


 やがて目的の場所にたどり着いたのか、ハルは右手を川へと……


「――あのバカ!」


 フォエミナの叫びの意味を、アルは正しく理解したわけではなかった。ただ彼女が言った「切れる」「なんとかしろ」という二つの言葉に背中を押されるように、ハルが離した方の蔦に手をかけ、滑るように斜面を下りる。


 ぶちり、と。


 ちぎれる音はいやにはっきりと聞こえた。


「あ。」


 ――あ。じゃねーよこのバカ! 何のんきな驚き方してやがる!

 ツッコミを入れる呼気すら惜しんで駆け下りて、最後の一歩は大きく蹴って、宙に投げ出されたハルへと手を伸ばす。

 上に残った4人が口々に名を呼ぶ声がどこか遠く聞こえて。


 右手が、かろうじてハルの手首を摑んだ。

 ここで初めて左手をかけていた蔦を握る。


 減速は一瞬。


 二度目のちぎれる音がした。


 悲鳴を上げたのは、ルビアと、ジェディと、アンバーと。


 アルは唇に笑みを刻んだ。ここで蔦が切れるのは当然。二人分の重さを支えられないことは最初からわかっている。目的は落下の勢いを殺すことだと、この命綱を用意した本人は理解している。


「ま、頑張んな」


 フォエミナのその囁きは、なぜかはっきりと耳に届いた。


 浮かべた笑みを深めて、アルは追加の一蹴りで、落下方向を水面へと向ける。

 友人の華奢な体をかばって、アルは背中から水に落ちた。充分な深さがあったのか、斜めに落ちたのが幸いしたのか、背中が軽く水底に触れただけで済んだ。


 水面に顔を出し、軽く手を上げると、上から三人分の歓声が上がる。無言で親指を立てているあのお姉さんは少しばかり男前すぎると思う。にっ、という擬音を当てるのが妥当だと思える笑みといい、なにかいろいろとおかしい。


 ――それはコイツもだな。


 完全に力を抜いて、背後から支えられる恰好の無駄に美人な少年は、頭を後ろに倒してアルを見上げた。

「人間って、あんな動きができるんですね」

「第一声がそれかよ……」

「いえ、アルならいきなり蔦が切れてもなんとかしてたような気がしたもので。余計な心配をしたのかな、と」

 言われて見上げて考えて、

「いや、さすがにあの高さはヤバかったと思うぞ?」

 出てきた結論はこれだった。


 ジェディの蔦がいきなり切れていたとしたら。もう一本の命綱もなく、完全にあの高さからの自由落下だ。斜面で多少減速はできたかもしれないが、そこそこ大きなケガをしたのではないだろうか。


「そう? ではお互い助かった、ということで」


 ハルがゆっくりと持ち上げた右手には、細い鎖が絡んでいた。

主人公はハル君ですが、ヒーローはアル君一択ですね。


ハル君に友達を作ろうと奮闘(?)するアル君。

ハル君はそれがめんどくさくて発言が雑になってます。普段ならもうちょっと小器用に他人と距離が取れる子なんです(親バカ)


実はここのサブタイ、最初は「指輪にまつわるエトセトラ」でした。雰囲気が木っ端微塵になるのでやめました。

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