プロローグ 幸せな結末
この手に摑めるものなんて、何も無いのだと知っていた。
だからこの結末に対しても、特に何を想うでもなく、あぁ、終わるのか、と、その程度の感慨しか湧いてはこない。咲きそろった花一華が風に吹き散らされるように、終演を迎えた舞台に幕が下りるように、ごくごく当たり前に、私の命は終わりを迎える。
私を殺す者達、赤い鎧の7人の騎士にも、何ら特別な感情は抱けない。無理やり引き立てるのではなく、ただ促して歩いているだけなのだから、存外紳士的なのだな、といった程度のことを思うくらいだ。もっともそれは、私が抵抗らしい抵抗をしようとしないからなのかもしれないが。
連れて来られた場所は、教会前の広場だった。
すぐに隊長であろう年かさの騎士による、説教のような何かが始まるが、聞くまでもない内容はただただ上滑りしていくばかりで、手持ちぶさたの私は漠然と周囲に視線を巡らせた。
彩りが足りない。
何かしらの催しがある時には使われる広場だから、季節の花である瑠璃唐草の空色や撫子の薄紅、芍薬の淡い赤などは目に留まるが、最も色鮮やかなものが不足していた。
再誕式や献花祭の時には赤青黄色に金無垢に、緑に紫、茶色に橙と、こんな小さな村でも様々な髪色が見られたものだが、今は少々閑散としていて、どこか密やかな印象だ。
さすがに処刑を娯楽の一つとして見世物にはできなかったということか。再誕式前の子供はもちろん、大人でもこの場にいない者の方が多いのではないかと思われる。あぁ、枯れ草色の神父様はいらしているご様子で。
「貴様っ、何を笑っている! 話を聴いているのか!?」
7人――虹の数である7は七彩教会の聖数だ――の中で最年少と思われる濁った赤い髪の男、というか少年が私の肩を乱暴に揺さぶる。
私は正直に答えた。
「いいえ。まったく聞いていません」
再び「貴様っ」と叫んで摑みかかってくるが、私は笑って続けた。
「どう言葉を飾ったところで、言っている内容は変わりませんから。わかりやすく現代語訳すれば、なんのことはない『色彩のない怪物はさっさと死ね、自分が殺してやる』ということでしょう?」
幼子の色である金色ですらない、色を持たない髪、ありとあらゆる精霊に拒絶された証だというそれを、一房つまんでみせて、
「御託はいいからさっさと殺せばいい」
笑顔のままで、そう言った。
「貴様ぁっ!」
バカの一つ覚えの言葉とともに突き飛ばされた私は、少年が激発して剣を抜くのを見上げた。
聖炎騎士団、などと御大層な名がついているようだが、その薄汚れた赤い髪は、乾きかけの血の色にしか見えない。
そうだ、さっさと殺せばいい。この世のどんな炎よりも綺麗な赤が、私のただ一人の友達が、激情に駆られてこの場に乱入してしまう前に。
「僕が浄化してやる!」という自分に酔った叫びを、
「ふざけるなぁぁぁぁっ!」
幼い、けれど魂を震わす絶叫が塗りつぶした。
驚きとともに、私は声の主を見る。
私をかばう言葉は、先ほどの騎士の御託とは真逆の意味で上滑りしていく。
感極まって、それどころではなかった。
まさか、と思った。
そうか、と思った。
それなら、或いは、私が歩み寄っていさえすれば、きっと……
涙をこらえるのに苦労しながら、立ち上がった私は努めていつものように笑い、
「黙れよ、人間」
差し伸べられた手を、拒絶する。
――裏切られたようなその表情に、どうしようもなく胸は痛むけれど、
「今問題になっているのは私が何をしたかではない」
大事な友達を巻き込まないように。
――傷つけてしまったことを、謝ることすらできないけれど、
「私が色彩を持たないこと、それ自体が万人にとって問題だというのだから」
死ぬのが、私ひとりで済むように。
――本当はすごく、すごく嬉しかったのだと、伝える術もないけれど、
「私は、どうしようもなく怪物で。お前は、どうしようもなく人間だ」
世界のすべてが私の敵なのだ、そう告げて友達から視線を切り、動揺している少年騎士の前を通り過ぎ、隊長であろう、先の年かさの騎士と向き合う。こちらの髪色は、一応炎には見えたが、それでもそれが聖なるものだとまでは思えなかった。
無言で目を閉じ、両手を広げる私に、
「――赦せ」というあまりに自分勝手な言葉が聞こえて、反射的に鼻で笑ってしまった。
「自分を殺す相手を赦すのは、怪物ではなく聖人の役割でしょうに」
言ったものの、自分を殺す騎士に対する恨みや怒りはない。
この手に摑めるものなんて、何も無いのだと思っていた。
――剣が風を斬る音。
けれど、後先を考えずに私を救おうとしてくれる人がいた。
――しぶく血が触れた頬に感じる熱と、生臭い鉄錆のにおい。
謝罪も感謝も伝えられないというのが、少々心残りではあるけれど、それでも、これは。
幸せな結末だ。
これが始まり、そして終わり。
プロローグで、エピローグ。
その更に先まで、お付き合いいただければ幸いです。
わざわざ『ライトノベル』なんてタグを設定したのは、いわゆるなろう系とはやや異なるからです。転生も転移もしないお話で、レベル制も存在しません。無双はまぁ、それなりにあるかもしれませんが、常にではないと思います。