トリオ結成(4)
翌日の講義は二限からだった。十時に西千葉駅に着く電車に乗れば余裕をもって到着できることは分かっていたものの、やはり初回の授業は早めに行こうと思い、啓介は九時半ごろには大学の付属図書館にいた。
「ここが図書館だったのか」
キャンパス内をさまよいながら見かけた透明の建物こそが、それなのであった。
至るところで学生たちが勉強している。分厚い専門書を開きながらノートパソコンにレポートを打ち込んでいる茶髪の男性がいたかと思えば、ひたすら英文をルーズリーフに書き連ねるミニスカートの女性もいる。少し騒がしいと思って近づいてみると、それはホワイトボードに難しそうな数式を殴り書きしながら話し合っているグループだった。そのような雰囲気の中をふらふらと歩いているのが恥ずかしくなった啓介は、ひとまず空席に腰を下ろした。
居眠りしている男子学生の隣で、彼はぼんやりと考え始めた。
――この学生もきっと、何年かの大学生活に疲れて居眠りしているのだろう。服装を見てもとてもきれいとは言えない見かけだし、髪もボサボサだ。自分がどう見られるかなどということは気にせず、ただ勉強やサークル活動、もしかしたらアルバイトまで掛け持ちしながら日々の生活を送っているに違いない。
――そんな学生生活なのに、彼女はいるのだろうか。……おや、ほのかに甘い香りがする。服は汚いけど香水でもつけているのかしら。そうなると女の影がちらついてくるな。こんな男でも恋人ができるのなら、この僕にできないはずがない。
――むふふ。興奮してきた。僕に彼女ができたらどんなことをするかな。きっと毎日一緒に通学だな。いや、それはお互いに負担になるかな。でも、夫婦で通勤なんてこともあるから、カップル通学ってのもアリだろ。そうだ、相手はきっと文学部の女の子。フランス語か何かを専攻していて、いつもフランス香水の匂いがするんだ。その身体を僕は夕焼けの中で抱きしめる。彼女の心臓の鼓動が早くなるのを僕の右胸が感じる。そして僕のドキドキも隠しようもなく彼女の右胸に伝わって、二人は見つめあう。そして……。ああっ、もう。鼻血出ちゃう。出たことないけど。
「あっ、昨日の君じゃない」
啓介は我に返った。隣で眠っていたのは、昨日食堂で話しかけてきたあの男だった。なんと予定調和な展開であろうか。
「こっそり隣で寝ていないで、声掛けてよ。水くさいなあ」
「いや、決してそんなつもりでは」
「こんな話してる場合じゃないだろ。二限は一年の必修科目でしょ? 急がないと初回から遅刻だぜ」
腕時計を見て焦る。あと六分で講義が始まってしまうではないか。講義室がどこにあるのかもよく分かっていないのに。
「走るぞ」
名前の分からない彼は啓介を急かした。啓介も後に続く。
図書館を出ると、思いの外、走っている学生が多かった。大学生の時間感覚の低さに驚いた。しかしそんなことを気にしている場合ではない。ただ啓介は、前を走る同期に遅れないように走るだけで精一杯である。
「走るのは苦手なんだよ」
そんな声が聞こえるはずもなく、ただ彼は走り続けるのだった。途中でバッグを落としたが、全く拾おうともせず前に進んでいく。仕方なく啓介は彼のバッグも抱えて全力で追いかけた。