竹下啓介の場合
「どこの大学を受ける予定?」
「西千葉国立大学です」
日に焼けて黒い顔をしている担任の小さな瞳が、一度に丸くなる。
「ニシコク?」
もとより啓介は、この進路面談が楽しみで仕方がなかった。予測通りに目の前で口を開けて驚いている担任の様子を見て、満足そうに答える。
「ニシコクです」
「フタツバシじゃないの?」
「ニシコクです」
「模試ではいつもフタツバシを第一志望にしていたはずだけど」
「その通りです。ニシコクはいつも第二志望に書いていました」
模試の結果帳票の束をめくりながら、担任は面倒くさそうに質問を重ねる。
「どうしてフタツバシじゃないの? ……ほら、判定もB判定でてるのに」
「ニシコクはA判定ですから」
「B判定なら十分受かるよ? フタツバシにしなよ」
「いや、僕は首席になりたいので。さすがにフタツバシで首席は無理です」
この言葉を発した瞬間、啓介は身体中に快感が駆けめぐるのを感じた。二週間前から推敲に推敲を重ねて準備していた決め台詞である。担任の呆れた表情もまた、啓介の心を盛り上げるのだった。
「……じゃあ最後にもう一回聞く。本当にフタツバシを受ける気はないんだね? 君の仲良しの大野くんはトーダイを受けるらしいけど」
「彼がトーダイに入りたいのは知っています。でも僕はニシコクです」
窓の外には夏の終わりを告げる風が吹いていた。