天使の事情 2
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突発的に起こる魔物の大量発生に、王国は兵を送ってこれを討伐するのだが、どこでどのくらいの規模の魔物が発生するかわからない状態で迅速な討伐など不可能に近い。そんなことできるのはあらかじめ未来を知っている人間しかできない。ならお告げで魔物が発生する場所と時間の情報を渡せばいいのかというとそうともいえない。まず、情報を覚えていられない。ボクだってゲームの攻略を一度だけで、一気に言われても覚えてられない。よしんば覚えていられても、時間、移動距離、資金、投入できる兵力、食料などなど机上の空論だけでは失敗は目に見えている。
しかも残念なことに今王国内では軍部と政治部の間で足の引っ張り合いが行われ仲が悪いらしい。その仲違いも緩和しないといけないのだが今その役職に就いている者にそれを望むのは難しい。
どうにかこの状態を打破できないかとユリエル様はなっちゃんに相談したらしい。そこでできたのがこの 狂愁のロンデガルド ~愛は運命を変える~ というゲームだ。
このゲームは攻略対象と恋愛するパートとロンデガルド王国を守る戦略シュミレーションパートに分かれている。攻略対象が男だったのでこれって乙女ゲームってやつなのかな。
恋愛パートは王子と精霊騎士団の団長の息子 宰相の息子の三人だ。ゲームとしては少ないと思うがこれは、今の官僚たちの仲違いを諦めて次世代のトップを結束させるねらいである。
そして戦略シュミレーションパートは言わずもがな魔物の大量発生の対処法だ。
何度も何度もゲームオーバーして起こることを確認して、何度も失敗しながら討伐方法を試行錯誤を繰り返しクリアしていく。
そうして、何度もシュミレートして全イベントを網羅、攻略した強者の魂を、いわゆる異世界転生させるのだ。
異世界転生万歳ッ
ユリエル様によるとすでにこの世界に転生して13歳になったらしい。
名前を ユスティーヌ・フラダ
元々は平民の生まれだが5歳のマナ保有量の検査で高数値を叩き出したため急遽フラダ男爵の養女となった女性だ。この辺の設定はベタである。しかも、ロザリアと同い年だ。
ちょっと待てよ… うちは侯爵家… 妹のロザリアは毛先がちょっと巻き毛だよね…。 考えすぎ… 考えすぎ…
「あれ? そういえば 最初に厄介なエンディングっていってましたよね? あれってどういうことですか?」
そうボクの目の前にユリエル様がいるのはそのことであった。話がかなり逸れていて忘れるところだったよ。
「そのことなんだが… 実は、彼女が転生したことでイレギュラーが発生した」
一度言葉をきったユリエル様がスッとボクを見る。
「死ぬはずでなかったレイチェル・ルナフィンクの運命が死ぬ運命に変わって 新たなバットエンドがあらわれてしまったのだ」
それは、悪魔エンド。あの時レイチェルが死ぬと妹のロザリアが絶望と怒りに術を暴走させて辺りを焦土と変える。それはボクも目にした。
触は性質が似ている人の悪感情に引き寄せられるらしい。強烈な憎悪にまみれた彼女の体は触に浸食されていった。本来なら全てのマナを喰われ、そこから魔物が生まれるはずだったがロザリアのマナはこの国では随一の保有量らしく彼女はその膨大の力と憎悪の心を持ったまま変異した。
魔物に知恵や意志はない。本能のままマナを求めて食らいつく存在なのだが、変異したロザリアには意志があり、力がある。それはもう魔物とは呼べない存在。それこそが悪魔。この世界で初めての悪魔が誕生したのだった。
このエンドは転生者が来たことで発生したためヒロインも知らない。そんな初見の状態で運命の日を迎え、魔物の大量発生など食らってはさすがの転生ヒロインといえども保たない。こうして、ロンデガルド王国は滅び、乱世の時代へと逆戻りとなる。
突然現れたこのエンドを回避するためには、原因であるレイチェルの死亡フラグを叩き折らなければならない。ユリエル様はある人の運命を曲げて、レイチェルと縁をつなげて守る使命を与えたらしい。
それが、レイチェルの専属侍女 ステラだ。
彼女の能力は見ただけでその技術を習得できるものだ。技術を覚えるだけで運動能力やマナ保有量があがるわけではないという弱点も持っているが、なんともチートくさいものである。でも、そのぐらいの能力がないとまずいらしい。世界もこの運命に便乗しているからだ。
そして運命の時、彼女の力を持ってしても結果は失敗した。世界が伏兵を用意していたのだ。そいつらにレイチェルは殺され、ロザリアは暴走する。もう諦めたその時、なんとボクが彼女の体を借りて現れたというわけだ。
「しかも 言われてもいないのにロザリアに自分が死んでいないことを認識させ暴走まで止めるなんてッ さすがはナズエルのお気に入りの魂だ」
「あげないわよ」
優雅に椅子に座りながら冷ややかな目でユリエル様を睥睨する。強引な方法だが、運命からはずれているボクの魂だからできたことらしい。なっちゃんはユリエル様のためにボクという保険をかけていたのだ。
決してボクを女の子にしたかったわけではないと信じたい。
ロザリアはレイチェルが死んだと思っていたので、あのまま放っておいたら悪魔となっていたらしい。あの時ボクがしたことは正しい判断だったようだ。無我夢中だったとはいえ、よくやったよ自分。
しかし、肉親の死を目の当たりにしたのだからしょうがないのだろうけどロザリアがここまでレイチェルに依存している事に少し違和感を感じたボクはその事を聞いてみた。
話を聞いてみればそれは、たわいもない勘違いであった。
ロザリアは自分が生まれたことによって母 シルビアを殺してしまったという罪悪感に呑まれているらしい。そんな事ないと言えば終わることなのにこの13年間、それに気づいて言ってくれる者が周りにいなかったわけだ。特に父親は彼女が生まれてから確実に避けていたことをレイチェルの記憶が教えてくれる。父親に嫌われ、母を殺した自分が愛情を受ける資格のないと思う心と愛されたい、愛して欲しいと思う心が葛藤して13年という月日が小さくても確実に彼女の心に深い傷をつけていった。日増しに情緒不安定となっていく彼女の精神の命綱がレイチェルであった。彼女だけが唯一自分の側にいてくれて自分を愛してくれる家族だったからだ。
原因は大したことない事なのに先送りにするから大きな傷になってしまったといういい例である。
できれば誤解を解いてあげたいが、父親の方はどう思っているのだろう? 自分の娘にそんな愚かな思いを抱いているとは思いたくない。
なので父親の事も聞いてみたが、何とも情けない答えが返ってきた。父、ダグラスは母、シルビアを失った悲しみを埋めるように、周りを省みず仕事に没頭した。思いを引きずりまくって擦り切った所で周りを見てみたら、娘二人を4年もほったらかしにしていたらしい。家族として話すタイミングも何もかも手遅れになった彼は、どうしていいかわからず結局何もできずズルズルと今の状態となっているのだ。
ヘタレだ。父はヘタレであった。
機会を作って家族会議だ。ロザリアに一言愛しているといえばそれで済む話なのにどうしてこうなった。それで誤解が解ければロザリアの不安定な精神も落ち着いて、もしかしたら悪魔化しないかもしれない。
ユリエル様からレイチェルの運命は元に戻ったらしいけど運命の日までは油断できないと告げられた。何せ、突然死亡の運命に変わったからね。
とにかく、ボクのこれからの使命はロザリアを悪魔にしないためにも死亡フラグをたてないこと。コレ絶対ッ! 後は好きにしていいらしい。アバウトだなぁ~。
「さて そろそろお暇するか 余り長く居続けると世界に存在がバレてしまうからな」
そういうと、ユリエル様の姿が透けていく。なっちゃんはもう一度ボクの前に来て腰に手を回すとギュッと抱きしめてきた。
「いろんな事があったけど 後のことはこの世界の人間に任せておけばいいのよ ゆうちゃんはこの世界を楽しんでね」
「うん ありがとう」
ボクも彼女の腰に手をまわすと肩越しに語りかけた。
「私的には魂が今の姿に馴染んだ事だし 面倒なフラグも折ったしで今すぐにでもお持ち帰りしたいのだけども…」
「ははは… せめて女の子であっても今世を謳歌させて…」
耳元に吐息をかけて危うい事言わないでよなっちゃん。枯れた笑いしか出ないじゃないか。
「それじゃ またね」
「うん…」
なっちゃんの姿が消え、時間が戻ってきたかのように場が進む。フヨフヨと浮かびながら暗い部屋の中を照らしていた光球を消すと、ボクはベットに潜り明日に備えて瞳を閉じた。
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