ある侍女の運命 2
2017/3/14 レイチェルの過去を修正しました。
お嬢様は、見目も麗しく日増しにお美しくなられている。しかも、上級貴族であるルナフィンク侯爵家の長女だ。跡取り目当てに昔から言い寄ってくる男共は後を絶たなかった。
中には、力ずくで既成事実を作ろうとした愚か者も一人や二人ではなかった。その度に私の鉄拳制裁が飛んでいる。
侍女がそんな事をして大丈夫なのかというと、お嬢様の後ろ盾にはジョアンナ王妃様がいらっしゃる。なんでも、お嬢様のお母様、シルビア様が王妃様と大変懇意にされていたらしく、亡くなられた奥様に変わってお二人を大層可愛がっておられるとか…。それはもう、自分の子供より可愛がっている溺愛ぶりだとか…。相手の貴族側も醜聞を嫌っているためあまり大きく言えず、おかげで全てもみ消されていたのだ。
それでも、お嬢様に言い寄る男共は減らなかったので、彼女は王都を離れ社交界から遠ざかるように長い間、領内に引きこもっていらした。
しかしあの日、どうしても参加せねばならないパーティーがあり王都にロザリア様とご一緒に向かわれた。
王太子殿下の15歳の節目の誕生パーティーが催されたのだ。さすがに侯爵家として欠席というわけにはいかない。
何か問題が起きないかと心配したが、周りの貴族達は王子様に少しでもお顔を覚えてもらおうと躍起になり、殺気じみた雰囲気を醸し出ながら励んでいたため、お嬢様に構っている余裕などなかったのは幸いだった。
そうしてつつがなくパーティーを終え、領内に戻ろうと馬車を走らせる最中、妙な気配を感じていた。
お嬢様が怖がるため護衛の兵士はほとんどつれていない。それでも今まで私一人でなんとかなっていたのであまり危機感はなかった。それに、王族が主催するパーティーともあって、地方の貴族達が続々とやってくるので街道はいつにも増して警邏の兵士が多く配置されていた。そんな中で、誰が侯爵家の馬車を襲うと想像できようか。
森の中で待ち伏せしていた賊共が次々と姿を現す。最低でも10人は確認できた。私は、馬車から飛び降りると太股に仕込んであった剣を取り出して賊共と対峙する。普段ならこのような賊など何人きても私の相手になどならないのだが、今回はそうはならなかった。打ち込んだ時、相手の実力がただの盗賊風情とは思えないほどの練度を感じたからだ。
私の直感が叫ぶ。こいつらはただの賊ではない。暗殺者だ。そんな集団がお二人の命をねらっている。私は、初めて背中に大量の冷や汗を感じていた。私一人では保たないとそう感じた。その時、頭の中にはっきりとあの時の言葉を思い出した。
『命をかけてその子を守れ』
それが今なのだと確信した。私はこの瞬間のために生かされたのだ。これでお嬢様に報いることができる。
いつの間にか私の中では恐怖より心が高ぶっていた。
どんなに切りつけられようと私は、高ぶった心のまま笑みを浮かべていた。その姿が相手には異常に思えたのか一瞬の怯みをみせたその隙に馬車を包囲網から出させるとそのまま一気に走らせた。追いかける賊共を後ろから屠っていく。例え、左腕が動かなくなろうとも…。例え、左目が開かなくなろうとも…。自分の血をあたりに飛び散らかせながら私は、目の前にいる賊共を屠っていった。
しばらくして、喧噪は嘘みたいに消え、屍の中に私一人だけが立っていた。
守った。
私は充実感に満たされていた。もう体のあちこちの感覚がないし、血を流しすぎて意識が朦朧とするがそんな事どうでもいい。
どうせ死ぬのなら少しでもお嬢様の近くで死にたいと馬車が去った後をフラフラとした足取りで追った。
そして、目の前の光景に瞠目する。
逃げ去ったはずの馬車が数分も歩かないところに止まっていたのだ。御者台に座ってたであろう男は体を折り曲げて絶命している。馬車の扉は大きく開け放たれて、その中から男に強引に連れ出されるロザリア様の姿が見える。
その後ろ。傾いた馬車の中からちらりと覗いた足はピクリとも動いていない。美しかった白いドレスは真っ赤に染まり、扉の縁からポタリポタリと大量の赤い液体が滴り落ちていた。
「あぁぁあああぁーーッ!」
私の口から出たのかもわからないような声をあげて、その場に崩れるように膝をついた。
守れなかった。
守りたかったのにッ!
守れなかったッ
「ぐうあぁああぁーーーッ!」
私は右手に握っていた剣ごと地面に拳を何度も叩きつけた。
―――ギィヤアァァァァァーーーッ!!
突如起こった悲鳴に我を忘れかけていた私の意識が戻ってくる。顔を上げるとそこには、体中を炎に包まれた男共の末路が見えた。
「許さないッ!! よくもお姉様をッ! お姉様を殺したおまえ達もッ! 助けてくれなかったこの世界もッ! 絶対に許さないッ!」
「殺してやるゥッ! 殺してやるぅぅぅッ!」
とてもあのロザリア様の口からでたとは思えないほどの殺意のこもった声色だった。次々と燃え上がる男共の姿など私には眼中になかった。それよりもロザリア様の様子がおかしい。あれはまさか術が暴走しているのでは?
本来、マナを使いすぎれば体の安全装置が働き、意識を失うはずなのに、ロザリア様は明らかに気を失いかけているのに無理矢理覚醒させている。あれではいずれマナが底をつき、あるのは死だけだ。
いけない。ロザリア様まで失ってはお嬢様に顔向けができない。しかし、王国の中でも指折りのマナ保有量を誇るロザリア様にマナをぶつけて術を相殺させられるほど私のマナはほとんどない。武術は覚えられてもこれだけはもって生まれた才能だ。どうにもしようがない。
枯れた笑いが口から漏れる。そんな光景をただただ見守るしかない自分がくやしくて涙が溢れてくる。
終わった。 何もかも終わってしまった。
私が諦めたその時、聞き慣れた声が、聞きたかった声が私の鼓膜の中に届く。
「ロザリアッ!!」
白かったドレスを赤に染めた私の大切な主が、そこに立っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回から視点はもどります。