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「……っていうか なんであんたもう半死半生なのよ? 大丈夫? 回復してあげる」
一応、心配はしてくれるんだ。ホンワリとした光がボクの身体を包むが回復したそばからすぐに裂傷は傷を開いた。
「えっ?! どうなってるの? うえぇ~ なんかの呪い?」
「ちがう…… えっとぉ~ これは自傷みたいなものだから…… 治癒術が効かないのかも……」
この傷は外的要因ではない。原因を取り除かない限りすぐに傷つく。この状況に、支えてくれていた殿下も痛ましい表情になって見つめてきた。おっと、殿下がいること忘れていたよ。
「私のことはいいから それよりも……」
慌てて言葉使いを直すと、奴の方に向き直る。そちらではルーくんががんばって相手を押しとどめようとしているが、大きさが違いすぎる。相手は10メートル以上。こちらは3メートル程度。ウエイトが違いすぎるのだ。
そんな彼の奮闘を睥睨したヒロインの一言。
「ルーくんッ もっときばりなさいッ!」
ご主人様が無茶言ってるよ。しかし、これで後一押しが手に入った。さっそく彼女にむかって提案する。
「あいつを焼き尽くすことはできますか?」
「う~~~~ん びみょう~~ 逃げないように固定できるなら……」
「それを聞いて安心しました……」
ボクは、気力を奮い立たせると震える膝を叱咤しながら立ち、皆の前へと歩み出る。
おやっ、なんでだろう。いつのまにかボクに視線が集まっているなぁ。まぁ、ちょうどいいや……。
「あいつは私が押さえつけます 皆さんッ 最後の全力攻撃をッ」
見渡すボクの瞳に答えるかのように皆が力を込めてうなずく。
さぁ、これが、最後の戦いだ。
「いきますッ!!」
新たに開く傷口などお構いなしにボクは力を振るう。まだこの身体は保つ。保ってくれる。
ルーくんと格闘している奴の足下半径数メートルが突然音を立てて埋没する。精霊術によって落とし穴の要領で大地に穴を開けた。
「ルーくん 離れてッ!」
ボクの言葉通り、彼は羽ばたいて一気に上昇する。そして、削られた土で奴の頭上を消失点に見立てて土を盛り上げる。するとドーム状に相手を囲い込んでいった。イメージは簡単な、かまどだ。
奴もこの状況に危機感を感じたのか慌てて唯一露わになっている穴から脱出を試みようとしたが、走り込んできたルオレナの体当たりに押し戻された。
「今ですッ!!」
「全力攻撃ッ!」
前に出たユスティーヌが声を上げて精霊術を解き放つ。業火といってもいいような炎がかまどの入り口めがけて飛んでいった。言うだけのことはある。ものすごい威力だ。それを皮切りに残った者がなけなしのマナを消費して攻撃に加わった。ここが正念場だと感じた殿下まで前に出て参戦する。
かまどの中で業火に焼かれた奴が暴れているのがわかる。少しでも気を許したら、土牢は破壊され奴を解放してしまいそうだ。それでもそうならないのは逆に体中をめぐる痛みのおかげかもしれない。
何十秒だったのだろうか。それとも何十分だったのだろうか。ひとりまたひとりと撃ち尽くして膝をつく者達を尻目に残ったのはボクと殿下とユスティーヌ。そして、ボクを守るように立っていたエルゼン様とボクを支えるステラだけとなった。
限界だ。ボクは崩れるようにその場に倒れ込む。地面に衝突する前にステラに抱き寄せられた。
「……やったか」
あっ、それ言っちゃダメなヤツ……。
崩れ落ちる土牢を見ながら近くにいたエルゼン様が口にする。モクモクと立つ土煙でヤツの安否はようとして知れなかった。
程なくして、地響きを立てて崩れ去る瓦礫の中にヤツの姿はあった。だが、それはドラゴンの姿ではなく、黒い肉のような膜に覆われた全長1メートルはあろう多角形の大きな黒い水晶であった。
「魔核だッ! しぶといッ!」
ユスティーヌの言葉にアレがヤツの心臓だとわかった。アレを残してはいずれまた復活してしまう。硬質であるはずの表面が本当に脈打つ水晶の異様な光景に身を引く思いだがボクは、とっさに声をだした。
「エルゼン様ッ!」
「オォウッ!」
ボクの作り出した光り輝く剣を握り直した彼は、神速と思わせるほどの脚力で詰め寄ると水晶めがけて水平に構えた光の刃を突き入れた。
ビシッ!
大きなひび割れた音が轟くと、続いて表面に細かなひび割れが走り、一気に甲高い破砕音と共に粉々に割れ、宙に舞った。濃厚な黒い煙を辺りにふりまきながら徐々に上空へと四散していく様をボクらはただ、見つめるだけであった。
じわじわと心の底から何かがこみ上げてくる。それは周りの者達も同じようであった。お互いを支えながら熱に犯されたかのように騎士達がフラフラと立ち上がってくる。
そんな中、一際大きな声でユスティーヌが腕を振り上げた。
「よっしゃぁぁぁ~~~ッ! フログ へし折ってやったどォォォッ!」
彼女の歓喜の声を皮切りに、そこかしこから勝利のトキの声が上がった。
終わった……。ボクの身体はそのことを自覚した瞬間、糸が切れた操り人形のように力をうしなった。慌ててステラが支え直してくれなかったらぶっ倒れていた所であった。それでも、霞む意識の中にボクを呼ぶ声が聞こえてくる。
「レイチェルッ! なんでこんな状態にッ!? はっ はやく治癒術をッ」
父様、そんなに慌てないで……。
「ダメだっ 先程ユスティーヌ嬢が掛けたがこの傷は治癒術が効かない これは力量以上の精霊術を無理矢理行使した人間の症状と似ている マナを使わせなければ……」
さすが殿下、おちついてらっしゃる。
「だからといって放っておけるかッ あぁ レイチェルッ」
「落ち着け旦那ッ オレ達領兵は 治癒術を使えないモノがいるから応急処置ができるモノをもっているッ おいっ 誰かッ!」
その声は……。ウォルフ達も無事だったんだ。よかった。あっ、あんまり力一杯動かされると痛いんでそっと……、そぉ~とでお願いします。
「ところで こんな所で大の男どもがいたいけな少女の服を脱がせるつもり?」
なんてこと言うんだユスティーヌ。 ……おいっ なんだこの気まずい沈黙は……。
「わっ 私がやりますッ!」
そんなに慌てないでステラ。ご迷惑をお掛けします。
あぁぁ~、いいなぁ~。 この感じ……、好きだなぁ……。 ほんとうに 終わったん…だ……。




