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その日は、朝からどんよりと曇っていた。
ベタすぎてなんだかなぁ。しかし、ついにその時はきた。
父様は、一応王族の方々に「魔物の襲撃があるかもしれない」と進言している。だがこれは、先のレイチェル達の魔物襲撃を危惧していることやこの世界において魔物の存在は当たり前なのであまり重要視されていない。それでも、護衛の数は今までよりは多いらしい。
屋敷内は、バタバタと使用人達が右往左往している。しばらくすると、ボクを乗せたことになっている空の馬車がウォルフ達と共に出発するだろう。実はこの馬車、王妃様が途中で乗って帰ってくることになっている。レイチェルやロザリアに早く会いたい王妃様がこっそり同乗してくることになっているのだ。直接訪れたりすると他の貴族から贔屓と思われてしまう事への配慮である。中にボクが乗っていないことに驚くだろうけど……。
急な予定変更だったので、王妃様をお迎えするために屋敷内が慌ただしいのであった。おかげでボクに注視している者がいないので助かる。ボクもそろそろ準備をしないといけないな。
外の様子を伺っていたボクは後ろに控えていたステラと共に寝室に戻る。そこには、白いシャツにズボンと最近、とんとみなくなった服が用意されていた。その服に袖を通しながらしみじみと思う。女の人のファッションにこめる思いはすごいなぁ。ドレスはもうお腹いっぱいです。服を着替え終わるとステラが皮の胸当てをもってきた。
鎧だよ、鎧。
革製の軽いヤツだったけど鎧なんて日本にいた時だって着たことなかったのでちょっと興奮する。手甲をはめ込み、分厚いブーツを履くとなんかそれっぽい。いけないと思っていてもテンションがあがる~~。
う~~~ん、なんだろうこの胸の圧迫感は……。男の時にはなかった感じだ。まぁ、鎧を付けている所為であろう。
最後に、スラッと延びる短剣を帯びたベルトを締める。つい物珍しさに無意味に剣を引き抜いて刀身をマジマジと見つめてしまう。男の子だったらやっちゃうよね。キラリと光る白刃は、殺める恐怖と美しさを醸し出していた。
「お嬢様?」
剣に魅入っているボクを訝しげにみつめた彼女の声に気がつくといたずらを見咎められたかのような感じがしてソッと鞘に戻した。非力なレイチェルの身体のボクが剣を抜いて戦うことはないだろう。なんといっても短剣ですらしばらく持っていると腕がプルプルしてくるのである。あくまで護身用だ。
ステラの方を向くと彼女もボクと同じ格好に着替え終わっていた。早いなぁ。さすが、場慣れしている。べっ、別に彼女の着替えシーンを覗きたかったわけじゃないよ。
「お嬢様 本当によろしいのですね?」
彼女がボクの装備のチェックを終えると真摯な眼差しを向けて問いかけてきた。
「ステラ 今更ですよ」
ボクの答えに複雑な表情を向けてくる。そんな僕らのやりとりをなんの感慨もなく見つめる視線があった。
「ママ お出かけ?」
ボクの腰にピタリとくっつく、リリの綺麗に流れる髪をすく。
「えぇ リリはいい子でお留守番をしていてください」
「うんっ わかった」
無邪気な彼女の笑顔がまぶしい。ここに帰ってこれるだろうかなどと不吉な思いが頭をよぎる。そんな表情がでていたのかリリは更に言葉を続けた。
「ママ心配事? 大丈夫だよママ ママには天使様がついているもん」
「ありがとう リリ」
彼女なりの激励に感慨がわく。しかし、彼女の何気ない言葉にふと、違和感を感じた。
「……リリ 天使……」
ボクは聞き返そうとしたが、不意に寝室の扉が開くと中に滑り込むように人影が入ってきた。
「お姉様 やはり行かれるのですね」
来客者はこちらをジッと睨みつけるロザリアであった。
彼女はボクらの出で立ちを一度見ると、両手でスカートに皺になることを気にすることなくグッと何かに耐えるようにうつむきながら掴んでいた。
「わかってます コレが精霊神様からの使命であることは…… それでも…… それでも……」
彼女の独り言のようにつぶやかれる言葉は静かな寝室に響いてボクの耳にも届いていた。この沈黙がつらい。何と言っていいのかわからん。
ボクが会話に困っていると、彼女は勢いよく顔を上げた。
「私もお姉様と一緒に戦いますッ!」
彼女の決意の瞳がボクを射抜く。しかし、うなずけない事をボクは知っていた。
「ダメです」
「なぜですかッ?!」
ボクの即答に彼女が勢いよく詰め寄ってくる。
「あなたは今 精霊術を使えないでしょ」
ボクの言葉に彼女は黙って下唇を噛んだ。術を暴走させた彼女は、術を使うとまた失敗するのではないかと不安を感じている。それで術が使えないないのだ。本来ならこの世界は精霊術に依存した世界故に使えないと生活が困るのだが、そこは良い所のお嬢様。自分ができなくても使用人が代わりにやってくれるのであまり危機感を持ってはいない。
専門の人間がついて、小さな術から徐々に成功を重ねていけば、いずれロザリアも恐怖を感じず扱うことができるだろうが、今はその時ではない。無理について行って、また術を暴発させればどういうことになるか聡い彼女はわかっていることであろうに、感情が納得しないのだ。そこまで聡い少女ではない。
握りすぎて血の気が引いている手をとるとゆっくりと顔を上げた彼女の瞳にボクが写る。
「今 あなたは戦えなくても いずれあなたの力を必要とする時がきます おおざっぱにいうと後3年ぐらい後に……」
「お姉様?」
ボクの言葉に疑問符を乗せた彼女が首を傾げる。そんな彼女の表情が愛おしくて笑みがこぼれてしまった。
「その時に嫌ってほどあなたの力を頼らせてもらいますよロザリア」
冗談めかしにごまかした言葉は、不自然に口角がゆがんでしまう。これはいずれくる本当のこと。ヒロインと一緒に戦う彼女の未来。その時、ボクはどんな位置に立っているのだろう? やっぱりヒロインと一緒に戦っているのかな?
未来の構図に自然と苦笑いがでてしまう。
「なぜお姉様なのですか…… なぜお姉様だったのですかッ?!」
顔を近づける彼女の問いは、誰にも答えられないだろう。やっぱり選ばれてしまったとしかいえないからね。ボクが行く必要がないと思うのは当然だ。だが、ヒロインの力だけで終わるのなら彼女が最初からやっているはずだった。ボクの存在を知ってから彼女はこの計画を立てたということは、今度の敵はヒロインの力だけでは倒せない強力な相手だということだ。
「ごめんなさい…… でも これを乗り越えれば必ず未来が変わる 変わるんです」
そう自分に言い聞かせるようにつぶやいてしまう。そうこれは未来を変える一歩。大きな一歩なのだ。
「……お姉様が知った未来とは そこまでなのですか?」
その問いにボクは曖昧に微笑むしかできなかった。ボクは話で聞いているだけだがもし、そんな光景を見てしまったら気が狂ってしまうかもしれない。この国が滅びるなんて嫌だ。皆が傷つくのはもっと嫌だ。
不意に握られた手が強く握り替えされてロザリアの方に引き寄せられる。
「私は嫌な子ですっ 陛下が傷つこうが王妃様が傷つこうがどうだっていいっ お姉様とお父様さえ帰ってくるのならと願わずにはいられません! だからっ 帰って……」
嗚咽で言葉をうまく紡げない彼女の告白は、真摯なモノであった。それに対してボクは明言はできなかった。
「お嬢様 時間です」
ボクらのやり取りを黙って見ていたステラが声をかけてくる。ボクはつないでいた手をソッと離す。途端、離された手をもう一度掴もうと縋るロザリアの手を何度もほどきながらステラに顔を向けた。
「行きましょう」
「お姉様ッ!!」
ボクを追いかけようとする彼女に振り向いて制止させると、テラスに座り込む大きなルオレナの背に先に乗ったステラが引き上げてくれた。
「ロザリア リリをお願いします」
何かを告げようと彼女が口を開く前に、身体を翻し、軽く跳躍したルオレナの姿はすぐに森の中に入っていった。後ろの方で彼女の慟哭が聞こえない振りをしてボクは前を見続けた。ボクの後ろから腰に回されたステラの腕がギュッと力が入るのを感じた。




