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来るべき日に備えてやれることから一つ一つやっていこう。
一番簡単なところで、教会に赴いて、ユリエル様との世間話である。これは、レイチェルの習慣にもあったので問題なく進んだけど、毎回ステラはあまりいい顔をしていなかった。なぜだろう。
世間話といっても、ほとんどボクのグチと弱音なんだけどね。日に日に本当にうまくいくのか不安になってくるじゃないか。ユスティーヌはというと案の定さぼっているとのことだ。あの女は神経が図太いというか何というか……。
次に、ルオレナに本当に乗れるかどうか試してみた。彼に頼んでみると、あっさりと目の前で身体が2メートル級の大きさになった。自分の部屋が無駄に広くて良かったと思った。でなければギューギュー詰めになるところだった。それにしても、かっこいい。コレに乗るのかと思うとワクワクしてしまう。
しかし、どうやって乗ろう? さすがにスカートで跨ぐのは無しだと男のボクでもわかる。以前、ザザ様に馬に乗せてもらったように横乗りでいけばいいではないかと思ったが、あの時はゆっくりと歩いていたからよかったのだ。戦闘中でそんな座り方では振り落とされてしまう。
とりあえず、夜闇に紛れて一度、横乗りで乗ってみたのだがはっきり言って安全ベルトのない絶叫マシンに乗っている感じであった。
真っ暗な森の中をものすごい速さで走り抜け、飛んだり跳ねたりと縦横無尽に動くルオレナの騎乗はまさに恐怖だ。ちょっと泣いちゃうよ。しがみつくことで精一杯だよ。そんな状況なのに不安定な横乗りなんてできるわけがない。戦う前にボクが落馬するよ。しっかり足で挟んで固定しないと戦闘なんて無理だ。
ズボンだ。ズボンが欲しい。ご婦人の乗馬用の服とかないのだろうか。
その時ボクは震撼した。自分が買い物をしたことがない上に、お金を持っていないことに今更、気づいたのだ。
何をするにもステラがやってくれるので楽でいいやと思っていたツケが今ここで痛い目みることになった。服を用意するにもステラに頼まなくてはならない。そうなるとおのずと彼女に打ち明けねばならないのだ。
彼女には記憶がないということをすでに打ち明けているのに更に、負担をかけることになるのかと思うと億劫だ。
どうしようかと隣で寝ているリリの邪魔にならないようにベットの上でゴロゴロ寝返りを打ちながらウンウン唸って悩みに悩む。すると、ドアが静かにノックされた。
ステラであろうか。こんな夜更けに何か急用だろうか。
「どうぞ」
「失礼いたします おはようございます お嬢様」
「えっ?!!」
どうやら、決めかねている間に朝日を迎えていたらしい。悩みすぎたのと完徹したので頭が痛い。ボクはソッと目頭をほぐす。何やってんだ、ボクは……。
「どうかなさいましたか お嬢様」
体調が悪いのかと心配したステラがこちらを伺いながらカーテンを開けて日差しを部屋に入れる。光が射し込んだことで隣で寝ていたリリが身じろぎした。可愛い。いやいや、今はそんな事を考えている場合ではない。
もうここまで来たら勢いだと朝の仕度を手伝ってくれるステラに、王妃様達のこれから起こる事を話そう。信じてもらえるかどうかはわからないけど男は度胸だ。あっ、今は女だった……って、なんか前にもやったような気がする。
「ステラ 聞いて欲しいことがあります」
「何でございましょう」
少し彼女の声が強ばるのを感じる。彼女とてここ最近こんなのばっかだからあまり良い話ではないと身構えているのだろう。正解なのだから、世話ないな。
ごめん、ステラ。また巻き込んでしまう。
ボクは、これから起こるであろう陛下と魔物の話を彼女に聞かせた。荒唐無稽な話だと自分でもわかる。話すにしてもいきなりすぎて要領が悪いなと自分でも思う。でも、ボクもいっぱいいっぱいなんだ。自分で話していて改めてこれから起こることが大きすぎて重すぎると感じた。これが未来を知るということかと今更ながら主人公の凄さと重さを思い知った。
ボクの話を黙って聞いていた彼女は、一度瞳を閉じると。
「そうでしたか…… それが精霊神様から賜ったお嬢様の使命であるのですね」
落ち着いた彼女の言葉にボクは少し安心していた。だから、彼女の手が少しだけ震えていることにボクは気づかなかった。
「正確にはコレで終わりというわけではないのです むしろ 始まりと言っていいでしょうか」
「そっ そうですか わかりました 私でよければ全力でお嬢様にお仕えさせていただきます」
彼女の真摯な瞳がボクを見つめる。彼女の平静な態度にかえってボクの方が慌てだしてしまった。
「えっ? 信じてくれるんですか? 荒唐無稽な話ですよ」
そんなボクの言葉に彼女はゆっくりと首を横に振ると達観した笑顔をボクに向ける。
「お忘れですか お嬢様 私もまた 精霊神様より未来のお嬢様をお守りしろといわれた身でございますよ」
あっ、そうだった。彼女だからこそであった。よかったぁ 彼女に相談して。一仕事やり終えたボクは完全に油断していた。彼女の瞳の奥にある不安の色を。先ほどから握っている丈の長いスカートに指が食い込んでいることに全然気づけないでいた。
そんなボクは早速、彼女に戦闘ができるような服を用意してもらうことにしたのだ。それが、彼女の不安の導火線に火を付けることも知らずに。
「お嬢様 まさか 戦場に立たれるおつもりですか?」
「えぇ そのつもりですが」
「いけませんッ!」
彼女にはめずらしい大きな声が部屋に響いた。その声に反応してモゾモゾと寝室の方からリリが起き出してくる気配がしたが、あまりのことにボクは唖然と彼女を見つめることしかできなかった。
そんなボクにお構いなしに彼女の言葉が怒濤のようにボクに投げかけられた。それはもう、吐き出すかのようにだ。
「なぜですかッ お嬢様が戦う理由などないではありませんかッ お嬢様はお屋敷におられればよろしいのです 後は私どもが何とかいたします ですから 何とぞッ 何とぞッ」
ギュッとエプロンの裾を強く握りしめる指が真っ白になっている。詰め寄る彼女の迫力に負けて首を縦に振りそうになるのをグッと堪える。どんなに彼女の剣の腕がたとうとも外せないセオリーがある。
それは、魔物を倒すには精霊術が不可欠だからだ。白の騎士団が遅れをとる相手なのだ。生半可な術では効かない恐れがある。そうなると、マナ量で考えてもヤツにまともにダメージを与えられるのは現時点でボクとユスティーヌしかいない。彼女もボクという存在があるからこそ、この提案をしてきたのだ。彼女一人でできるのなら最初からそうしているであろう。
もしかしたら、取り越し苦労なのかもしれない。でも、失敗してはいけないこの状況でそんな楽観できるほどボクの神経は図太くはない。
ボクは、うつむき力を込めて握る彼女の手をそっと手に取る。強ばった指はそのまま開くことなくボクの両手の中にスッポリと収まった。
「ありがとう ステラ」
ボクの言葉にハッとうれしそうに顔を上げる彼女にボクは残酷に告げた。
「でも ごめんなさい それはできません」
「なぜですかッ?!」
「私にはそのための力があります」
「確かに 確かにそのための力を精霊神様から賜ったことは認めます ならばこそ ならばこそ後ろに下がっていて下さればいいのです お嬢様が率先して戦う必要などないではありませんかッ」
いつもはボクの言葉に是という彼女が引き下がらない。心配してくれているのだ。当然である。ボクはただの令嬢なのだから。力があったってただの令嬢なんだから。それでも……。それでも、ごめんね ステラ。ボクには願わずにはいられない思いがあるんだ。
「それでも 私は あなた達に死んでほしくないのです」
ボクのはっきりとした言葉を聞いた彼女は目を見開くと力なくうなだれた。
「バカですよ お嬢様は……」
吐き捨てるような言葉が彼女から聞こえてくる。言われたことないステラからそんな言葉を聞くと本心ではないとわかっていてもへこむなぁ。
「ママ?」
寝室の扉を少し開けてこちらを伺っているリリの顔が見える。ボクはしゃがむとニッコリ微笑んで両手を広げた。彼女はトテトテと歩いてくるとその手の間に埋まる。ボクを見上げるその瞳は不安げに揺れていた。子供ながらにボクらの雰囲気をくみ取ったのであろう。聡い子だ。
「ステラ 私はこの子達に未来を与えたいのです ただ笑っていられる日常をあげたいのです わかってもらえますか?」
争いのない平和な世界とか大層なことは言えないけど、今ある日常を彼女達に送りたい。これはその前哨戦なのだ。
リリの柔らかい髪をなでながらボクは未だうつむくステラに声をかける。何か言いたげに彼女は一度勢いよく顔を上げたがすぐに口を横に引き結ぶと、うなだれながら確認をとってくる。
「その中に お嬢様も入っておられますか」
「えぇ もちろん」
死ぬ気なんて毛頭ない。でも、確証もない。いつも優柔不断なボクにしては即答できたのは賞賛に値する。たぶん、その時になったらボクは彼女の懸念通りに動いてしまうだろう。だって、しょうがない。ボクの生前の最後がソレだったんだから……。バカは死んでも治らないのだよ。
些か不安だが、ユスティーヌと一緒にこの世界を守るよ。そんな気持ちを込めてボクはリリの頭から手を離すと勢いよく背筋を伸ばした。
「さっ 朝ご飯にしましょう」
全くもってしまらない台詞だ。それでもボクらしい言葉であった。




