ある侍女の運命 1
ブックマーク、ありがとうございます。励みになります。
視点が侍女のステラに変わります。
私の名はステラ。
ルナフィンク家 侯爵令嬢 レイチェル様にお仕えする専属侍女だ。
私は元々平民で王都より離れた田舎の農夫の娘であった。それなりに両親から愛され、貧しいとはいえそれなりの暮らしはしていた。
しかし、私が10歳になったときそれはおこった。父が病に倒れたのだ。治癒師などは私たちの住む村にはいなかったため薬師の先生に薬をもらっていたが、父は一向に回復する気配もなかった。それどころか看病していた母まで倒れた。その時初めて両親がかかった病が病ではないと村の大人達は気づいたのだ。
両親は「触」に侵されたのだ。
それは、この世を作る精霊とは真逆の存在。マナを食らい世界を滅ぼす存在。集まった「触」から魔物が生まれると幼い私でも両親から聞いたことがあるほど当たり前の話だ。
村の皆は恐怖していた。私の両親が死んでそこからいつ村中に魔物があふれ出るのかと戦々恐々としていた。そんなことなど知らなかった私は両親が回復すると信じて、一生懸命看病していた。
そして、幾日か立ったある日の夜。胸に感じた息苦しさに私は目を覚ました。窓から見た部屋の外が嫌に明るかった。部屋は黒い煙で充満していた。この息苦しさの原因だった。
火事。 私はすぐに飛び起きると転げるように家の外に飛び出した。その時初めて、家の周りに大人達が集まっていることに気づいた。私は、近くにいた大人に縋りついた。中に病で動けない両親が残っているのだ。子供の私では両親を家の外まで担いでいけない。だが、誰一人動こうとするモノはいなかった。皆、私から気まずそうに視線を逸す。私に縋りつかれた男は私を振り払うとボソリとつぶやいた。
「こうするしか他に方法はなかったんだ… 魔物なんかが村中に溢れるぐらいなら…」
何をいっているのかわからなかった。男達は次々と言い訳の言葉を私に向けてくる。いや、あれは私にではない、自分が許されたいからそう言い聞かせているかのようななんとも歪な言葉であった。中には私の火の不始末の所為だと言う者まで現れた。そして最後に、これは村を守るため、正義のためだとヘラヘラと笑う男の顔見たとき、私の中で何かが崩れた。
何を言っているのこの人達は? 正義のためって何? そのために動けないお父さんとお母さんは見殺しになったの? いや、それどころかこの火の出所すら怪しい。
私はそんな大人達の顔を呆然と見ていたが、急に吐き気を催し、その場で嘔吐した。
気持ち悪い。気持ち悪い。こんな所いたくないッ!
私は、村の皆の制止する声を振り切って無我夢中で走り出した。その後のことはあまり覚えていない。どう走ったのか。どこに向かったのかも定かではない。とにかくここにはいたくなかった。得体の知れない何かから逃げたかった。
どのくらい闇雲に走ったかも思い出せない。足はいつの間にかフラフラと歩きに変わっていたがそれでも私は止まらなかった。
そんな状態で何日も歩き続け、ふいに膝から崩れるように私はその場で倒れた。どうやら限界がきたようだ。
頬に感じる感触は土であった。あたりを見ると鬱蒼と生えた木々が見えた。どうやらどこかの街道のようだ。
もう指すら動かせない状態であったが不思議と絶望はなかった。このまま死んだらお父さんとお母さんに会えるかもしれないと本気でそう思っていた。
そんな時、頭の中に女性のような声が聞こえてきた。
『その命、捨てるというのならその娘の為に使え。命にかけてその子を守れ。そのための力をおまえの中から目覚めさせよう』
目も頭も霞む中でやけにその言葉ははっきりと聞こえていた。
死にかけている人間に何を言っているの… だいたいその娘って誰よ?
不思議と苦笑がもれる。だが、スッと日に照らされていた顔に影が差した。
「大丈夫ですか?」
精霊に愛され、その御業で作られたような可憐な少女の顔が恐る恐ると私の顔をのぞき込んでいた。
これが、私とお嬢様の初めての出会いであった。
―――――――――
その後、ルナフィンク家につれられ、治療を受けただけでは飽きたらず、身よりのない私をお嬢様のメイドとして雇ってもらった。
その時からだろうか、私に異変が起きていた。
私は、一度教えられたことを完璧にこなせるようになっていた。それはただ見ただけでも同じ事がいえた。そのおかげでメイドの仕事は一週間もあれば全て完璧にこなしていた。
その力の異常性に気づいたのは、用で兵の詰め所に訪れた時、裏庭で武術の稽古をしていた男達を何気なく眺めていただけだったのに私はその日、一度も手にしたこともない剣を正しく振ることができていたのだ。
これは、あの死にかけた時に聞いた『そのための力をおまえの中から目覚めさせよう』という声の所為ではないだろうか。あの声はもしかして精霊達を束ねる精霊神様のお告げだったのかもしれない。精霊神教会では度々、精霊神様が人間にお言葉をかけるという話を聞いたことがあった。
ならば、『命にかけてその子を守れ』という言葉のその子は、お嬢様に違いない。
私は、それからメイドの仕事をこなしながら、隠れて剣術や格闘術といったあらゆるものを見て覚え、修得していった。
これから何がお嬢様の身の上に起こるのかわからない。でも、精霊神様に言われたからじゃない。私は、私を救ってくれたお嬢様に報いたいのだ。私に仕事をくれて何不自由のない生活を提供してくれるルナフィンク家を守りたいのだ。
そう思っていた。
そうなると信じていた。
精霊神様から頂いたこの力でできると思っていた。
そう思っていたのに…。
そうなるはずだったのに…。
私は、失敗した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回もステラ視点です。