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少し休んだ後、またチマチマと作業に戻った。途中参加となったロザリアはリリと一緒にできあがったカードを集める仕事をまかせた。作業は先程よりスムーズに進んでいく。それというのもステラがすごい勢いで製作していったためだ。さすが修得が速い彼女の能力のため、てきぱきとカードを綺麗に切り取り、マークと数字を綺麗に書き込んでいった。もう彼女一人で良くねぇ。
ほどなくしてカード53枚ができあがった。ジョーカーは描けないので☆マークを描いておいた。何度でも言おう。この世界の人は本物を知らないのだ。
「それで コレで何をなさいますの?」
「『ババ抜き』をしましょう」
「ババヌキですか?」
当然の質問をロザリアがしてくる。ボクは集めたカードを床に裏向きにおくとグシャグシャにかき回してシャッフルする。シュッと格好良くカードをきれればいいのだが、いかんせん紙なので折れそうだし、失敗してぶちまけたら格好悪いので無難にかきまぜる。そんな姿をのぞき込むように皆、車座にならんで床の上に座っている。サリーがいたらお小言をもらいそうだがトランプするならやっぱりこのスタイルが落ち着く。
ロザリアはいいとして、リリはさすがにルールがよくわからないようなので一緒にすることにした。彼女は今、ボクの膝の上に座っている。ロザリアと二人だとあまりこのゲームが成り立たないため、遠慮するステラを無理矢理仲間に入れてゲームスタートだ。
シャッフルが終わると一端ひとまとめにして上からカードを一枚ずつ配っていく。
「配ったカードを皆に見えないように見て 同じ数で揃ったカードを私達の輪の真ん中に捨ててください」
ボクは手本に膝の上で座っているリリと一緒に見ながら揃ったカードを抜き取り目の前の床に置いた。それほど難しいことではないので二人ともとにかく手元のカードからペアを抜き取っていく。
「同位のカードがなくなったら 順番に相手のカードを一枚抜いて同位のカードを合わせて捨てていきます 最後までジョーカーを持っていた人が負けです いいですか?」
「わかりました」
「おもしろそうですわね 負けませんわよ」
ルールもわかってくれたところでゲームスタートである。とりあえずボクとリリから始めるということで右隣に座っていたロザリアがボクと同じように手の中で扇形に広げたカードの束から一枚抜き取る。「あっ」とうれしそうにリリが声をあげた。ペアのカードになったからだ。まぁ、コレくらいはご愛敬だ。ボクは、ペアとなったカードを捨てるとバレてはダメだよと唇に指を添えた。リリはうれしそうに自分の口に手をやって二人して顔を近づけあってクスクスと微笑み合った。可愛いのォ。
ちなみにボクの手札にはジョーカーはない。たぶん持っているのはロザリアだ。手札を確認した時、あからさまにしまったという顔をしていたからだ
ボクは、隣のステラの方に身体を向けると、手の中のカードを広げる。
「さっ ステラの番ですよ」
「失礼します」
ステラさん、ゲームなんだから気軽にいこうよ。まぁ、彼女にしてみれば無理なことなんだけど。スッとカードを一枚抜き取ると、ペアカードを捨ててロザリアの方に手札を向けた。
「私の番ですわねッ 私はコレにきめましたわ」
はやッ?! 悩むんじゃないのかよ。それよりも、いちいち指針を述べなくていいからね。でも、楽しそうで何よりだ。ロザリアはうれしそうにペアカードを捨てるとニヤニヤした顔をこちらに向けてきた。
「さぁ どうぞ お姉様」
あからさまにカードの束から一枚飛び出しているのですけど……。コレはフリですか。
「リリが引いてみる?」
「うんッ」
うれしそうに答えると前のめりになってロザリアの手元の札を見つめる。
「じゃぁ これぇ」
何とあからさまのカードを避けましたよこの子。ウチの子、賢い。そして妹よ、くやしそうにしない。顔に出過ぎだよ。貴族の令嬢ってポーカーフェイス必須じゃなかったの。
結果的にいうと最後まで残ったのはロザリアであった。キィィ~とかいう子初めて見たよ。それから、何回か対戦を繰り返していたが、ステラがお仕事に戻るのでリリとボクが分かれて3人でゲームをすることになった。
一応、控えていたメイドさん達を誘ってみたのだがあまりノってはこなかった。女性はあんまりゲームとか得意じゃないものね。やっぱり女の人は、おいしいお茶とお菓子とちょっとしたおしゃべりの方が楽しいようだ。
では、男の人ならと思ったが、この屋敷で働いている従者の方々は男性恐怖症のレイチェルに遠慮しているため声をかけてもいい返事が返ってこなかった。しかたがない。いままでそうだったのだから今更すぐには態度は変わらないだろう。よくある小説のヒロインのようにもっと気さくで人懐っこい性格なら男達も遠慮しないでトランプの相手をしてもらえるだろうがボクも居心地悪そうな人にグイグイとはいけない。だいの大人が頬を赤らめて、カチコチに固まっている姿を見るのはなんだかいたたまれない。
なんで皆そんな態度になるんだよと憤りを感じていたが、ふと、窓に映る自分の姿を見て納得がいった。ですよねぇ~。自分で言うのもなんだけどこんな美人と楽しくゲームなんてボクだって緊張するよ。
おかげでトランプ仲間はボクとリリとロザリアの3人となってしまった。残念だ。まぁ、絶対広めなくてはならないわけではないのでいいや。今度は、リリと神経衰弱でもやろう。
このまま身内だけのゲームになるだろうと思っていたが思わぬ所から伏兵が現れた。
「くそッ なんで負けるッ」
「ホホホッ 騎士といってもたいしたことありませんわね」
悔しそうに手に持つジョーカーを見つめるエルゼン・ザザ様と上機嫌のロザリアの姿があった。ザザ様、そんなに力を入れられるとカードが折れるのですけど。あぁぁ、ほら、くしゃくしゃになった。それよりもあんた帰ってなかったんかい。確かにルナフィンク領にある別荘にいくと言ってましたけど……。
あれから、ちょくちょくザザ様がここルナフィンク邸に顔を出しては皆でトランプで遊んでいる。
「あっ わるい」
握りつぶしたカードを申し訳なさそうにボクに見せると肩を竦めた。
「いいえ 予備はありますから」
ボクは机の引き出しからカードサイズに切り取られた白紙のカードを取り出すと☆印を描いた。このトランプ、紙の所為ですぐに折れるし汚れるし破れる。なので、ステラに頼んで予備の白紙のカードを数枚作ってもらっていたのだ。白熱するとどうしても力、はいっちゃうもんね。
「しかし この『ババヌキ』というのはなかなかおもしれぇな 休憩や待機の時なんか仲間と時間潰しができそうだ でもなぁ~……」
最初は調子よかったのに歯切れの悪い声が聞こえてきた。言いたいことはわかるよ。このカードをそろえるために53枚もの紙を切って数字とマークを書き込んでいく作業がめんどくさいんだよね。うん、ボクもめんどくさいのでこれ以上作らないよ。欲しけりゃ自分で作れ。
「欲しいのでしたらご自分で作るか財力に物言わせて作らせてみればよろしいのではありませんか」
「ぐっ こんな何使うかわからんカードの束に商会が飛びつくはずがないだろうが」
わかってらっしゃる。このトランプはどこまでいっても損傷の激しい紙の束なのだ。ババ抜きなどのゲームのルールを知っていれば価値も上がるだろうが知らなければただの紙だ。そんな物に商会が飛びつくとは思えない。懇切丁寧にゲームを説明すればあわよくばと思うが正直、めんどくさい。ボクにとってリリ達と暇つぶしに遊べればそれでいい。
「うぅ 作るか…… でもなぁ~」
首をひねって悩んでらっしゃる。そこまで悩んでいる姿になんだか共感がもてる。男って基本めんどくさがり屋だものね。
「フフッ ザザ様はこういったチマチマした作業が苦手なのですね 見かけ通り大ざっぱな方で安心しました」
「なんだ それは嫌みか」
「いえ 正直な感想です」
ブスッと顔を背ける彼にシレっと答えておいた。
「ママ 『シンケイスイジャク』がやりたい」
「「ゲッ!」」
リリのリクエストにロザリアとザザ様が嫌そうな顔をユニゾンさせる。あんたらいいコンビだな。わかってますよ。二人とも記憶力をつかうこのゲームがかなり苦手だという事を。そんなあからさまに遠ざからないで。この際、脳筋なザザ様はおいといて。ロザリア……、君はしっかりしようよ。
「そうですね やりましょうか リリは賢いですものね」
リリの頭を優しくなでると大きな瞳が細まる。
「私もやりますわッ」
勢いよく隣に座り込むロザリアはなぜか頭を寄せてきた。なにこの態勢? もしかして頭なでて欲しいのかな? いいよォ、美少女を撫でられるなんてボクにとってはご褒美ですよ。
そっとやさしくなでるボクの手に頭をぐりぐりしながら「えへへっ」とうれしそうにする彼女の姿はちょっと可愛い。
「いい心がけです これで記憶力をあげましょうね でないと力だけのどこかの騎士様のようになってしまいますよ」
「はいッ がんばりますわ」
「おいっ それは俺のことか?!」
「さぁ?」
半目で睨みつけてくる彼にボクはシレッと言ってのけた。
「ダァー わかったよッ やりゃいいんだろッ」
髪の毛をガシガシかきむしりながら彼も隣に座ってくる。そういう潔さは好感がもてるよ。つい、流れで彼の長い髪をなでてしまった。
「おい こら…… なんだこの手は」
「……あら つい 流れで」
ニッコリほほえむボクに彼は不服そうに目を閉じると頭に添えられた手を力強く握った。
「ッ!?」
ボクの肩が不意にビクンと大げさに跳ね上がる。握られた手から微かに震えが身体中に伝播していった。
「あっ わるいッ」
彼は、ボクの身体の震えを握った手から感じたのだろう。サッと手を離すと距離をとった。
「いえ ごめんなさい」
所在なさげに震える自分の手を胸に引き寄せる。なんで勝手に震えるかなぁ おかげで気まずい。
男が近くにいても平静を保てるようにはなったのだがこうやって急に捕まれたりすると身体が過敏に反応してしまう。トラウマは完治しているのではなくナリを潜めているだけなのだとボクに教えてくる。男のボクが男を怖がっているなんてボクの心が折れそうです。
「ママ?」
ボクの膝の上に座っていたリリが心配そうにボクの顔を見上げてきた。いかん、いかん、しっかりしなくちゃ。
「なんでもありません さっ ゲームを始めましょう」
ボクは笑顔でごまかすと床の上にカードを裏向けて並べていった。




