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「オンセンとは何でございましょう?」
お茶を用意しているステラに何気なく聞いてみたらこんな答えが返ってきた。何だと、温泉を知らないだと。
「え~と… 自然に沸いたお湯が溜まったところですか」
自分が当たり前だと思っているものほど説明しづい。
「申し訳ありません お嬢様 そのような場所は聞いたことがありません」
一度用意していた手を止めると彼女はこちらに頭を下げてきた。
「いいんです ちょっと聞いてみたかっただけですので」
ボクは慌てて手を身体の前で振った。やはり領内にそのような施設はないのか。だからって温泉がこの世にないとは思わない。ルオレナが探してくれる了承をとれたので存在はしているはずだ。
「そもそもそのような場所で何をなさるのでしょうか?」
彼女の表情から本気で言っていることがわかる。この世界にきて何となくお風呂という習慣が薄いなぁとか思っていたけどここまでとは…。王城にいた時も頼めばお風呂の用意をしてくれた。そう頼めばである。貴族であるボクらがこれなら市井ではきっと水浴びか身体を拭いて終わりかもしれない。
「温泉に入って身体も心もリフレッシュするんですよ」
「はぁ… さようでございますか」
いまいちピンときていない表情だ。お風呂でまったりするという娯楽精神がないのか。気持ちいいのにもったいない。ここはやっぱりお父様にお願いしてみようかなぁ。共同浴場とかあったら領民も喜んでくれるのかな。きれいさっぱりになれるのは万国共通、嫌な感じではないと思いたい。断わられたらその時あきらめよう。
それよりもまさかと思うけど、ボクはもう一つの案件を戦々恐々で訪ねてみた。
「ところでステラ ボードゲームはありますか?」
ボクの問いかけに案の定、首を傾げると予想通りの答えが返ってきた。
「ぼぉどげぃむとは何でございましょう?」
やっぱりかぁ~~~ッ。圧倒的に娯楽が少ないぞこの世界。戦いの歴史の所為で心に余裕がない証拠だね。
「なっ ないのならいいのです」
ステラはボクとのやりとりに疑問を感じているが、ありがたいことにそれ以上追求せず黙々とテーブルにティーカップを置いてくれる。一口飲んで心を落ち着かせよう。暇つぶしにでもと期待していたのに残念だ。
ここはヒロイン見習って造ってみますか。やはりファンタジーにピッタリなのはチェスかな。あっ、ボク、チェスのルール知らないや。将棋なら知ってるけど自分的に洋風の世界に将棋は違和感があって嫌だな。
じゃぁ リバース。あっ そういえば配面って何本で区切るんだ。よくみてなかった。これは、将棋も同じだな。
それじゃ、トランプかな。
「ステラ トランプは……」
ボクは彼女の顔を伺いながら言葉を紡ぐと案の定、首を傾げたので慌てて口をつむる。何ともいえない沈黙が辺りを包みこんでしまった。でもなぁ、暇つぶしが欲しい。レイチェルの暇つぶしは刺繍したり、庭を散歩したり、本を読んだりなんだよな。この本というのも娯楽小説ではなく、『淑女の嗜み』みたいな教養や歴史本なんだよ。うぅ、娯楽。娯楽欲しい。ヒロインよ、そこは造って広めてくれなかったのか。
いや、もしかしたらトランプという名前ではないのかもしれない。一縷の望みをかけてボクは聞いてみる。
「ステラ 絵柄と数字が書かれた手のひらに収まるような紙の束はありますか?」
ボクの言葉に少し目を伏せてステラは思考すると。
「……いえ ございません」
終わったぁ。ボク、終了のお知らせ。
だが、断る。
よし、作ろう。ちゃんとしたトランプは作れないけど、もどきならボクでも作れるはずだ。ヒロインを除いてこの世界には本物のトランプを知っている人はいないのだからいいだろう。
「ステラ ペンと紙を数枚とソレを切るナイフ 後 板と定規を用意してくれますか」
「……かしこまりました」
先程からの意味不明の会話の流れでかなり混乱している彼女であったが全部飲み込んでボクが所望する物を集めるため部屋から出ていった。
ごめんね、ステラ。でもボク、がんばるよ。
「…ママ」
寝室の方から、リリのか細い声が聞こえてきた。
「起きたのですか リリ」
ボクは椅子から立ち上がると彼女に向かって足を進める。眠たげに瞳を擦りながらベットから降りてきたリリの前に膝をつくと、その胸の中にリリは飛び込んできた。
「おはよう リリ」
「うん おはよう ママ」
ぐりぐりと彼女の柔らかい頬とボクの頬が擦れあう。あぁ、至福。娘最高。
ボクは、なんとか彼女を抱き上げるとそのまま鏡台の前の椅子に座らせ櫛を手にとる。これぐらいならボクにもできると彼女の髪をすいた。
サラサラとしたリリの栗色の髪が綺麗に流れていく。うれしそうにプラプラと足を揺らして、時折こちらを見ようと首をあげる。その度に作業が中断されるが彼女の笑顔を見られるなら何だというのだ。
可愛いよリリ。あれ? なんだかリリの髪がつやつやしているような。心持ち瞳がパッチリ大きくなっているような。リリの顔立ちがとっても愛らしいものになっているような。そういえばさっきなっちゃんが言っていたような。彼女の加護になんかそれっぽいものが……。 いやいや、きっとボクの目が親バカ補正が掛かっているだけだよ。
「お嬢様がそのようなことをなさらなくても」
手に頼んだ物をいっぱい抱え込んで帰ってきたステラは、ボクらを見ながら慌てて駆け寄ってくる。
「これぐらいやらせてください ねっ リリ」
にっこり微笑み返してくれるリリはマジ天使です。
「ですが……」
「ありがとう ステラ 荷物は机の上に置いてもらえますか」
それを聞いたステラは慌てて荷物を隣の部屋にある大きな書机に置くと戻ってきた。その頃には一通りリリの髪も整ったので、服などの細かいところはステラに任せてボクは机の上の荷物を改める。
持ってきてくれた紙はB5サイズのノートサイズで生前のような柔らかい紙ではなくて、表面がザラザラして結構固く厚かった。これはこれでカードを作るのにはもってこいの材質である。
板をカッターマットのように机の上にひくと、ペーパーナイフと定規を使ってうろ覚えのサイズの長方形に切り取っていく。できたカードを上乗せにして同じ大きさにまた切り取っていく。こういった物作りの作業をしているとついつい夢中になってしまう。だって男の子なんだもん。
「おっ お嬢様 危ないです 私が変わります」
リリの用意が終わったステラは彼女を連れて寝室から出てくると、ナイフをもって作業を続けるボクの姿を見て、悲鳴を上げそうな勢いで近寄ってくる。さっきから慌てふためいているステラの姿がちょっとおもしろくて失礼ながら笑顔がこぼれてしまった。
「ありがとう それではこのくらいの紙をえ~~と…… 53枚作ってもらえますか」
「ごっじゅッ…… お嬢様 そんな物何にお使いなされるのですか?」
図柄4種類が13枚にジョーカー1枚と考えるとそうなってしまう。その結果に自分で言っておいてあまりの数にボクもちょっとビビってしまった。トランプ、あなどりがたし。
「まぁまぁ いいから いいから できあがってからのお楽しみです」
ボクは苦笑混じりにできあがった一枚のカードに羽ペンにインクを付けて書き込んでいく。本来ならスペードとかダイヤとかのマークを数字の変わりに数だけ書き込み、キングなどの図柄を入れるのだがあまりの数の作業にボクは、○ □ △ × という単純な形を書いた横に数字を記入していった。もう一度言おう。この世界の人は本物のトランプを知らないからいいのだ。
せっせと作り上げていくボクの隣でジーと見ているリリだが、身体がソワソワと揺れていた。お手伝いしたいのかな。
「リリ できあがった物をインクが乾くように日に当たる窓際にもっていってもらえませんか」
「うん」
お手伝いができる喜びに彼女は大きく笑顔を作ると一枚ずつ手に取り、壊れ物を扱うかのようにゆっくり運んでいった。その姿にニヘラと頬が緩んでしまう。もう、リリはボクを萌え死にさせたいのか。しょうがないなぁ、もう。
結構な時間をかけて、図柄2種類13枚が完成したところでステラが休憩を促してきた。いやぁ、作業を始めると時間を忘れて集中してしまう。いい暇つぶしができた。ボクらは、お茶にしょうと作業を止めて部屋をみつめるとソファの上で頬を膨らませているロザリアの姿が見えた。あれ? いつのまに。
「お姉様 ひどいですわ 私に気づかないなんてェ~~」
ルオレナを抱き上げていた腕に力が入っている。いや、あれ、しまってますよね。抜け出そうとモダモダ動くルオレナに苦笑しながら、ボクは不機嫌な妹に声をかけた。
「ごめんなさい ロザリア ちょっと集中してしまいました だから ルオレナは離してあげて」
ボクの謝辞にキョトンとして締め上げていた物を抱え上げる。
「ふ~~ん おまえ ルオレナって名に決まったのね よろしくね ルオレナ」
うれしそうに見るロザリアとは対照的に抱え上げられていた手からバタバタとうごいて脱出してきた彼は、ボクの足下に身を隠した。
そういえば思い返してみると、ロザリアは彼の毛並をボサボサにするは力を入れて締め上げるはであまりいい印象をもたれていないような。
「あらあら 嫌われてしまったようね」
「そっ そんなぁ~~」
逃げられてシュンとする彼女を宥めながら、ボクらはお茶にすることにした。




